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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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■第23章


「ふわー、こりゃまたずい分雅な所だな」
 感心したようにつぶやいて、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)は港を出て早々に広がった光景をぐるりと見渡した。
「なんか、葦原みたい。って言ってもハイナジャパンナイズされてないとこ。古き良き伝統日本っていうか。もちろんそのままじゃないけど、それがうまく現代に受け継がれてきたって感じ。
 ね? そう思わん?」
 少し後ろを並んで歩くセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)ラフィエル・アストレア(らふぃえる・あすとれあ)を振り返って同意を求めるヴァイスに、ラフィエルはとまどったように目をぱちぱちさせ、セリカはヴァイスの見たものへ視線を飛ばした。
「ああ、まあ、そう言やそうかもな」
 適当にあいづちを打ったのは、ピンときてないからだ。
 葦原は知っているが、地球の古き良き伝統日本とやらを知らないので、比較ができない。ただ、今の葦原がハイナ校長によって大分日本風にされていて、しかもそれがなんちゃって日本と一部に呼ばれていることも知っているため、おそらくヴァイスの言っていることは正しいのだろう、と思った。
「すげーなぁ。伍とは全然違うや」
 そのまま駆け出して行きそうになる。が、セリカが一歩早かった。肩掛けカバンの紐を掴んで引き止める。
「待て。ホテルにチェックインが先だ」
 伍ノ島のときと同じ手は使わせない、と無言で圧してくるセリカに「ちぇ」と小さくこぼしたものの、ヴァイスは今回はおとなしくセリカに従った。
 前もって予約を入れてあったホテルにチェックインを済ませて荷物を下ろし、身軽になった3人はあらためて肆ノ島の街へ観光に出た。
 港はやはり旅行者のために肆ノ島「らしさ」を強調していたようで、街なかはもう少しくだけた外観の建物や服装の人たちが歩いている。それでもやはり古代大和風の服装をした人たちが多く、竹製の生垣が連なる道や大きな日除け傘を出した茶屋など、和風な風景がそこかしこに見られ、ヴァイスの好奇心をびんびんに刺激していた。
「ああそうか!」
 楽しげに散策していた足をぴたりと止め、ヴァイスは何か分かったような声を上げる。
「どうした?」
「ここ、碁盤の目になってるんだ」
「ゴバンノメ? ですか?」
 初めて聞いた言葉だと言うようにラフィエルがヴァイスを見つめた。
「うん。道同士が直角に交わってる場所のことをそう言うんだよ。ちょっと分かりにくいけど。……とすると、測ってみたら、意外と区画も同じ幅かもしれないなぁ」
 ぶつぶつつぶやいて、ふと何か思いついたように来た道を少し戻ると、道が交差する端から歩数を数え始める。
 ラフィエルとセリカはわけが分からないまま、そんなヴァイスの様子を見ていた。
「セリカさん、分かります?」
「いや……。だが、あいつはよく突拍子もないことを始めたりするからな、あまり気にしない方がいいぞ」
 答えて、セリカはラフィエルがほほ笑んでいることに気づく。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。ヴァイスさん、すごく楽しそうだなと思って……。楽しそうなヴァイスさんを見ていると、なんだかとってもうれしくなるんです」
「そうか」
 それは分かる気がした。ヴァイスは何をするにしてもまっすぐというか、とにかく突き抜けている。表情が豊かで、エネルギッシュで。近くにいると、それにこっちが巻き込まれそうな感覚になる。
 がしかし。
 かといって放っておくと、すぐ自分の限界も分からなくなって暴走を始めるので、それを止めるのがセリカの役目でもあった。
「……やっぱり。っていうことは……そっか。あっちが東……」
「おい。何をしているか知らないが、そろそろ移動しないか?」
「えっ? あ、うん。ごめん!」
 独り言をつぶやきながら何か考えている風だったヴァイスだが、セリカの声に現実に立ち返って、ぱっと駆け戻ってくる。
「何をされていたんですか?」
「あー、いや。碁盤の目の町割りっていうのはさ、日本だと陰陽道が深くかかわってるんだよね。ここ、法術使いの島だっていうし、やっぱり成り立ちにそういうの関係してるのかなー? と思ってさ」
「そんなことを知ってどうする?」
「んー。戻ったらここでのことを本にしようかと思って。旅行記っていうより、ガイドブックかな。シャンバラの人たちが浮遊島群のことに興味を持てるような。そしたらここへ観光に行きたいって考える人、もっと増えるだろうし。あ、【四季屋】に置いてもらって宣伝――」
「またか! おまえは!!」
 最後まで言い終わるのを待たず、セリカの雷が落ちた。
「そのワーカーホリックは直せと日ごろから言っているだろう! 旅行のときぐらい、切り替えられないのか!」
 思わず指で両耳をふさいだヴァイスだが、いつものことで怖がってる様子は微塵もない。むしろ、ビクッと体が跳ねるくらい反応したのはラフィエルの方だった。
「もー、大きい声出すなよ。ラフィエルが怖がるだろっ」
「あ。す、すまん」
「いえ……あの、驚いただけです……」
 ドキドキする胸に手をあてる仕草をするラフィエルに、セリカがあわてて謝罪をする。
 セリカの気がそっちにそれたのを見て、すかさずヴァイスは走り出した。
「小うるさい小舅の小言はこれ以上ごめんだからな。
 おい、逃げるぞ。おまえらついてこいっ」
 足元のアニマルズ――ムーンキャットSのお月さん、ホエールアヴァターラの山田さん、ペンギンアヴァターラの平さん、吉兆の鷹の吉宗さん、それに超人猿の超さん、シルバーウルフの銀さん――に目配せで合図を送る。アニマルズは一も二もなくヴァイスに従い、後ろについて駆け出した。
「あ、おいっ」
 騒ぎに気づいたセリカが振り返り、手を伸ばすがもう遅い。
「うるさいセリカはラフィエルに任せた!
 俺、もうちょいこの辺り見回ってくるから! あとで落ち合おーぜ!」
「って、どこでだ!? ヴァイス、おまえ本当に戻ってくる気あるのか!?」
 さてね?
「あーーーーっはっはっはっ!!」
 あせるセリカをよそに、小気味よい笑い声を響かせて、ヴァイスはアニマルズたちとともに島民たちの間を縫うように走り抜けて行く。ヴァイスに、というよりも足元を走り抜けるアニマルズに、島民たちが「一体何事?」と目を丸くしていたのは言うまでもないことである。