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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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 わずかでもためらえば決して間に合わなかった――そのギリギリのタイミングで南條 託(なんじょう・たく)は2人の間に飛び込んで、タタリの噛みつきを流星・影で受ける。がちりと鋼がかち合う音がして、腕の骨が砕けそうな衝撃が走った。
 その激痛に託はわずかに顔をゆがませるも、負けん気から、相手を真っ向から見据えた。
「……これっぽっちなの? あんた。見かけ倒しだねえ」
 暗い、闇がぽっかり空いているような両目の奥を覗き込み、傲岸不遜の笑みを浮かべる。タタリの歯は流星・影に食い込み、ひびを入れていたが砕けず、力は拮抗しているかに見えた。
 ぐいと腕を引いて力を横に流し、腰をねじる動きで回転力を込めた蹴りを放つ。タタリが避けるのは計算の内だ。パッと口を開いて後方に逃れようとしたタタリは、周囲に星の瞬きのような光を知覚する。
 しかし――。
「おや? はずした?」
 タタリがノーダメージであることに驚きながらも両足を地につけ、ざっと砂を払う。

『おかしな術を使う小僧だ』

「そう? なんなら、もう一度ご披露しようか?」
 タタリの発する「声」は何を言っているか分からないが、頭中に広がる波紋のように「意味」は理解できる。
 テレパシーに似ているなと思いつつ、すぐさまかまえをとろうとする託をタタリに近づけさせまいとしてか、今度はマガツヒたちが取り囲もうとし――。
 激しい閃光が宙を走ったと思うや雷がマガツヒへと落ちて、ことごとく粉砕した。
 ヒュウ、と口笛を鳴らす。
「もしかして、余計なお世話だったかな〜?」
 一瞬でマガツヒを散らしたのがたった今自分が庇ったミツ・ハの技であると知って、託はははっと笑った。
「まさか。この状況で見栄を張るほど、アタシはそこまで狭量じゃなくてよ。女のピンチに駆けつけてくるオトコは大歓迎。たとえ坊やでもね」
 ミツ・ハは油断なく託と背中合わせとなるよう動きながら答えた。託に向けてウィンクを飛ばした目を正面へ戻し、今しがた自分が散らした敵が少し後方で再び元の姿となるのを苦々しく見る。もちろん託もその現象に気づいていた。いくら攻撃し、散らそうとも、この白い影たちはすぐに別の場所でよみがえってしまう。どことなく濃度が薄まり、動きも鈍くなっているように見えるが、目の錯覚を疑うくらい微々たるものだ。
「坊やかぁ。僕は南條託っていうんだけどな」
「アタシは参ノ島太守ミツ・ハよ。
 アナタ、彼らと同じ地上人ね」
 「彼ら」とは少し先で戦っている竜造たちのことだ。
「あー……うん、まぁね」
 自分とは戦闘スタイルがまるで違う、豪快で迫力ある竜造の雄姿に――それに、竜造は地上では放校されたり指名手配されたりといった少々クセのある経歴の持ち主で、敵対する立場で同じ戦場に身を置いたこともある身としては――同列視されることに少々複雑な思いを抱かずにはいられないながらも応じる。
「ただ、たまたま居合わせたのも何かの縁ってことで助太刀させてもらってるだけで、ほんとの僕はしがない一般人だよ〜」
「こんなことができるのが一般人?」
 こうした会話の最中もマガツヒを相手に渡り合い、素早い噛みつき攻撃を避けて斬り散らしているのを見て、ミツ・ハはくすりと笑う。
 並の者ならば、マガツヒを見ただけで震え上がるだろうに。
「地上人ってそんなにイイ男ばかりなのかしら? ゾクゾクしちゃうわね」
 そのとき、2人の間を阻む最後のマガツヒを魔障覆滅で切り刻み、散らして、替わるように後ろから徹雄が現れた。
「おいゴージャス! 勝手に持ち場を離れるんじゃない……!」
 いら立ちのあまり、乱暴な口調でミツ・ハの二の腕を掴む。
「あんたの持ち場はあそこ! 敵さんの狙いはあんただ、軽はずみに前に出るんじゃない!」
 「ゴージャス」と呼ばれたことにミツ・ハは目をぱちぱちさせて、それからまじまじと徹雄を見た。
「それ、アタシのこと?」
「あ?」
「ふぅーん、ゴージャスねぇ。なかなかいいじゃない」
 トントン、と唇をたたいてにんまりする。
「何言って……いいから戻れ――」
 徹雄が言い終わる前に、後ろがふさがれた。ミツ・ハの部下たちとの分断を狙ったのだろう。チ、と舌打ちを漏らしたが、あとの祭りだった。
「ミツ・ハさま!」
 徹雄のあとを追って来ようとしていたミツ・ハの部下が名を叫ぶ。
「アナタたちは自分の身を守ることを優先しなさい!」
「でもっ!」
「いいから! 命令よ!」
「は、はい……っ」
 語気に押されて部下たちはうなずく。もとより彼らにはそれしかできなかった。むしろ、この敵を相手にはそれすらも危うい。ミツ・ハを守ろうと動けば確実に命を落とす。
 やがて己の影の一部で竜造の巨大剣や託のチャクラム、ミツ・ハの鉄扇を真似た武器を生み出したマガツヒたちが、動きまで真似て武器をふるい始めた。
 竜造や託、ミツ・ハには遠く及ばない、彼らからすれば児戯に等しい動きだが、人間のような骨格を持たない体ゆえのアクロバティックな動きを用いた数十体からの同時攻撃ともなれば、回避も少々……いや、かなり厄介だ。そのくせ託や徹雄は光輝属性の攻撃技を持っておらず、散らしても散らしてもマガツヒは別の場所で再生を遂げて向かってくる。それは無限かと思えるほどだ。対する託や徹雄、ミツ・ハはいくら強くとも生身の人間で、いつまでも同じペースで戦い続けることなどできない。そう遠くないうちに押し切られてしまうだろう。
 タタリもそれと見越してか、無理に戦闘には加わらず、離れた場所で徹雄たちを見ている。
(余力のあるうちに撤退するにしても、どうにか突破口を開かないとねえ)
 自在の紙片を散らし、マガツヒの繰り出す鋭鋒をそらしながら徹雄は考える。
 敵の数に対し、どう考えても手が足りなさすぎる。ここにいる全員を救うのは無理だ。となれば、ミツ・ハの部下たちをエサとして、その隙にミツ・ハだけ連れて離脱を図るべきか――。
 『掃除屋』としての冷徹が顔を覗かせたときだ。
 突然ミツ・ハの雷やアユナの閃刃とは違う、きらめく星のようなものが空から降ってきて、マガツヒを散らした。
 その技には見覚えがあった。魔法少女が使う、シューティングスター☆彡だ。
 星が飛んできた方を振り仰ぐと、表が黒で裏が赤いマントを翻す、黒の軍服風衣装に身を包んだ魔法少女キアラがいた。
 中身はもちろん、変身! した燕馬である。

「これ以上、きさまたちに島の人たちを傷つけさせるわけにはいかない!」

 影に潜むものの背から飛び降りて宣言するとともに、続けざまにシューティングスター☆彡を放つ。
「いいの〜? なんだか状況が読めないんだけど〜?」
 追いついたローザが、今の燕馬の姿を見て、燕馬でありながら女医の閻魔に変装し、かつ魔法少女キアラになっているという複雑な状態にくふくふ含み笑う。
「ただ島民が襲われてますっていう状況じゃないみたいよ?」
「敵は雲海の魔物、それだけ知っていれば十分だ」
「あ、そう。んじゃあやっちゃいましょーか」
 妖刀【時喰】を抜き、燕馬と並んで手近なマガツヒへ向かっていく。最も脆弱な場所、ミツ・ハの部下たちをフォローして戦いながらもローザは
「なんか、剣だとあんまり効かないみたい? そもそもこいつら何者なのか……誰かー、知ってたら教えてー!?」
 と尋ねて、情報収集を行った。
 サツキが到着するころには攻撃を無量光主体に切り替えていたローザが、小言を言おうと口を開いたサツキを「まあまあ」となだめ、敵の特性についてざっと説明をする。
 サツキもこの状況を知った以上見なかったフリはできないと思い、「あとで説教です」と2人を軽くにらんで宣言したあと、即座に星祭りの銃を抜き、光弾を連射して向かってくるマガツヒを押し返した。
「まったく……。その悪趣味な笑いを止められないなら――光の中に消えてください」
 気力体力にあふれた3人による怒涛の攻撃が、徹雄たちの求めていた離脱のための突破口を開く。
「よし! 撤退するぞ!」
 竜造がしんがりにつこうと動いたときだ。

『させぬわ!』

 タタリが彼らへ襲いかかった。
 空間に広がりながら向かってくる、全身に呪符を貼ったミイラのような少年を見て燕馬は一瞬息を飲むも、ただちに喰滅を放つ。
「この戦闘の仕掛け人、並ならぬ魔物のようだが――その命、肉体を喰らい尽くされても保てるか?」
 宙に突如現れた巨大なあぎとがタタリを飲み込まんと向かってくるのを見て、タタリはクッと嗤った。

『笑止な! このような子犬に余を喰らえると思うてか!』

 瞬間、タタリのはるかに凌駕する口が津波のようにあぎとを丸飲みにした。

『くそまずいな。まあ、そうであろうが』

 咀嚼する、宙のタタリの姿にだれしもが息を飲んだ一瞬。ふいにタタリは咀嚼をやめた。体が引きつったようにビクンと震える。
 何事かと固唾を飲んで見守るなか、はらりとその顔から1枚の呪符がはがれて落ちた。ひらひらと舞い落ちた呪符は宙で文字から炎を吹き出し、地上にたどり着くことなく燃えて消滅する。

『……く。神器の加護の失せた島でありながら、よもやこれほどに短いとはな……』

 呪符のはがれた場所を片手で覆い、タタリはコントラクターには理解できないつぶやきを発した。
 この状況に彼自身が困惑しているような……しかしそうする間にも、タタリの体から別の呪符がはがれようとする。はがれないまでも光っていた文字が明滅し、そちこちで炎に変わり始めていた。

『誤算であった。もはやこれまでか。
 しかし――』

 焦れたようなつぶやきが、ある決意を秘めたつぶやきへと変わる。
 その闇の両眼がミツ・ハに固定されたのを感じたとき、彼らはタタリの狙いを理解した。
「てめーら、ミツ・ハを守れ!!」
 竜造の言葉と同時にぐぅんとタタリが伸びる。燃え上がり、次々とはがれ落ちていく呪符。全員がタタリに向け、技を放ったがそのどれもが威力及ばず、はじき返された。
「……くっ!」
 猛スピードで眼前に迫るタタリに、ミツ・ハは動線から少しでも逃れようと身をねじる。その先にいた徹雄が肩を掴んで引っ張って手伝ったが、次の瞬間、彼はドン! という重い衝撃を胸に受けるとともに、びしゃりと生温かな返り血を顔に浴びることになった。
 ミツ・ハの左腕が二の腕の半ばあたりから失われている。
「ゴージャス!! おいっ!!」
 足元にくずおれたミツ・ハを引っ張り上げ、揺さぶったが、彼女は苦痛に顔を引きつらせたまま気絶しており、目を開けることはなかった。

『ち。オキツカガミはとれなんだか』

 己の血だまりのなかに無慚に倒れ、命も危うい状態にあるミツ・ハの姿に騒乱となっている足下をいまいましげに見下ろした。
 あと1撃できる力が自分に残っていれば――だがこうしている今も呪符は焼け焦げて、はがれ落ちそうになっている。タタリはフンと鼻を鳴らすと旋回し、まるで彼らに聞かせるようにゴリゴリ、ブチブチとミツ・ハの腕の骨や肉を噛み砕く音を大きくたてながら、マガツヒを引き連れて飛び去って行った。



「た……たいへん……大変!」
 ローザは動転しつつも震える手つきで籠手型HC弐式を操り、自分の知り得た情報をほかのコントラクターに向けて送信した。