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リアクション
第二章 イコン、出撃
「オーライ、オーライ!良いですよーー!そのまま下ろして下さーい!」
『了解だ』
『オッケー♪』
『現在位置固定。このまま、降下に入る』
『よしみんな、降下速度合わせるぞ!そーっと降ろせ!』
『『『了解!!』』』
地上からのリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)の指示に従って、巨大な布製プールをぶら下げた4機のイコンが、ゆっくりと降下してくる。
そのプールの中から首を出し、物珍しそうに周囲を見回しているのは、セルマ・アリス(せるま・ありす)の飼っている海竜ラグーだ。
その頭の上では、飼い主であるセルマ・アリス(せるま・ありす)が、万が一にもラグーが暴れだしたりしないよう、注意を払っている。
「炎に対するのであれば水だろう」と言う事で、セルマが対炎の魔神戦の切り札に選んだのだが、生憎と四州島はパラミタ大陸から遠く離れた絶空の孤島。
「空を飛べない海竜を、四州島までどう運ぶか?」と悩んでいた所、魔神討伐に参加する仲間達が、巨大プールに入れて運んでくれる事になったのである。
「よーし、着水確認!みんな、ロープを放してー!」
リンゼイの号令一下、プールを吊り下げていたロープを一斉に放すイコン達。
大量の水と共に、ラグーが沼地へと躍り出る。
「「やったーー!」」
「「オーーッ!!」」
移送劇を固唾を呑んで見守っていた人々から、歓声が上がった。
ラグーも、狭苦しいプールから解放され、広い沼を嬉しそうに泳ぎまわっている。
ラグーを運んできた仲間のイコン達は、それを見届けるように上空を旋回すると、次々と基地目指して飛び去っていった。
彼等は、数時間後に予定されている総攻撃に備えて、十分な整備をする必要がある。
「セルマ、お疲れ様!」
ラグーの頭の上から降りてきたセルマを、リンゼイが出迎える。
「いや〜。ラグーが大人しくしててくれて助かったよ。お陰で楽が出来た。リンゼイも誘導疲れたろう?」
「初めてだったからちょっと心配だったけど、みんな操縦上手だから……。それに、ラグーがイイ子だったし」
「ごワァ!」
と、まるで笑うように口を開けるラグー。もしかしたら、二人に褒められたのが嬉しかったのかもしれない。
二人が、顔を見合わせて笑ったその時――。
ゴゴゴゴ……
という低い地鳴りのような音が、辺りに木霊した。
続けて、ズゥーン!ズゥーン!という腹の底から響き渡るような音と、地震ような揺れが二人を襲う。
「なに!?」
「地震!?」
突然の出来事に、同様する二人。
ラグーは、首を高くもたげ、威嚇するように低い唸り声を上げている。
「どうした、ラグー!?」
「セルマ、あれ!!」
リンゼイに腕を引かれ、振り返るセルマ。
その視線の先、南濘南部に広がる大沼沢地の遙か奥に、巨大な『山』が聳え立っている。
「あれが、炎の魔神……」
「な、なんて大きい……?」
これまで、自ら創り出した溶岩の海の中でうずくまったまま、微動だにしなかった魔神。
その魔神が、立ち上がったのだ。
一体、どれほどの大きさがあるのだろうか。
長く太い首に、巨大な翼を備えた竜のような姿が、ゆっくりと動いている。
その圧倒的な存在感に威圧され、言葉も無く巨竜を見守る二人。
その二人の意識を、突然の無線が引き戻した。
『セルマさん、リンゼイさん!ラグーを連れて、すぐに基地に戻って下さい!これから、南濘軍と米海軍が阻止行動を開始します!』
それは、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の声だった。
彼女は、彼等義勇兵と、南濘藩や米軍との調整にあたっている宅美 浩靖(たくみ・ひろやす)の元で、秘書兼オペレーターの様な仕事をしている。
一言で言えば、雑用一般を一手に引き受けている訳だ。
「阻止行動って?」
『攻撃です!南濘と米軍の連合艦隊による、総攻撃です!』
「ちょっと待て!総攻撃は、俺達全員が揃ってからやるんじゃなかったのか!?」
当初の作戦では、パラミタ大陸からやって来たイコンも、攻撃に参加する事になっている。
しかし、さっきパラミタから到着したばかりのイコンは、まだ整備中のハズだ。
『予想よりも早く、魔神が活動を開始したんじゃ!奴はまっすぐ、北を目指して進んでおる!一刻も早く、足を止めねばならん!』
今度は、宅美の声。
「なら、俺達も!」
『それはダメじゃ!ラグーとて、長旅で疲れているはず。そんな状態では出撃させられん!南濘公からも、万全の状態で出撃させるよう、指示が出ておる!それに、戦力の逐次投入は極力避けたい!……わかってくれるな?』
「……わかりました」
『有難う。基地で待っておるぞ』
『セルマさん、リンゼイさん。あと1分で連合艦隊が攻撃を開始します。すぐにそこを離れて下さい』
「……了解。すぐに移動するよ――ラグー!!」
セルマは、何かに耐えるようにギリッと拳を握りしめると、ラグーに向かって駆け出していく。
その上空を、何隻もの飛空船が、機晶エンジンの低い駆動音を立てながら、南目指して飛行していった。
一時間後――。
アメリカ海軍基地のブリーフィングルームに集まった一同の間には、重苦しい空気が流れていた。
連合艦隊による阻止行動は、かろうじてその目的を達成した。
十隻あまりの飛空船による猛攻撃を受けた魔神は、その構成組織の50%以上を失うダメージを受け、その足を止めた。
しかしその代償に、連合艦隊は壊滅に近い損害を受けた。
「轟沈2隻、大破3隻、中小波5隻。特攻が1隻。連合艦隊は、事実上作戦能力を失ったそうじゃ」
状況を報告する宅美 浩靖(たくみ・ひろやす)の声は、暗く、沈んでいる。
「海軍の艦隊司令から、以後の指揮権は、こちらに移譲するとの連絡がありました。南濘公鷹城 武征(たかしろ・たけまさ)様からは、『今となっては、貴君等のみが最後の希望だ。なんとしても、魔神を撃滅して欲しい』と激励の連絡が入っています」
続けてイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が、艦隊司令部からの連絡を読み上げる。
「要するに、丸投げという訳ね」
「勝手に攻撃を始めておいて、よくもそんなコトが言えたものです」
御神楽 舞花(みかぐら・まいか)とエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が、不機嫌そうに言う。
魔神の北進ルート上に、未発掘の飛空船が多数眠っている事に気づいた連合艦隊司令部が、飛空船を守るために攻撃を急いだという話が、漏れ伝わってきたからである。
「『炎の魔神相手に通常兵器の使用は控えた方がいいですよ』と、あれ程申し上げましたのに――」
中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は、ヤレヤレと肩を竦めている。
実際のところ、綾瀬の指摘通り、ミサイルやビーム砲による攻撃はさしたる効果を上げる事は出来なかった。
連合艦隊は、機晶エンジンを暴走させた飛空船による特攻で、ようやく魔神の足を止めたのである。
「ま、元々俺は連中の戦力は当てにしてなかったからな。敵の体力を半分削ってくれただけでも御の字だ」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、至って淡々としたものだ。
「とにかく、敵が大ダメージを受けている今が絶好のチャンスだ。一気に畳み掛けて、トドメを刺そう」
「そうです。今我々がすべき事は、見事あの魔神を退治して、この南濘に平和を取り戻すことです。戦場に散った方々も、それを望んでいるはず」
セルマ・アリス(せるま・ありす)とコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)も、やる気充分だ。
(問題は、御雷のバカがいつ出てくるかね。本当ならいっその事黙って見ててくれた方がいいんだけど、そんなタマじゃないし。かと言って、見当違いのタイミングで出てこれられると迷惑なコトこの上ないし……。アイツ空気読めないからな……)
一人、戦術を練る振りをしながら、不肖の弟の心配をする高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)。
鈿女の言う御雷とは、他でもないドクター・ハデス(どくたー・はです)の事である。
つまり二人は姉弟な訳だが、鈿女はそれを人に知られる事を好まない。
モチロン理由は、推して知るべし、である。
「チリリリリン!」
その時、ブリーフィングルームの内線が、甲高い音を立てた。
全員の視線が、内線に出たイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)に集まる。
「皆さん。今、ハンガーから連絡が。全機、整備が完了したとの事です!」
「やっと出番か!」
「よし、いくぞみんな!」
「フハハハハ!我がオリュンポスの力、とくと見せつけてくれる!」
「少しは自重しなさい、アンタは!!」
口々にそう言いながら、ブリーフィングルームを出て行こうとする一同。
しかしその足が、イコナの声で止まった。
「え……?なんですって!?エヴァルトさんが、飛空艇で出撃した!?」
「な、なんじゃとイコナちゃん!!それは一体、どうした事じゃ!?」
「そ、それが……。白姫ちゃんが『魔神を説得する』って言って……。無理やり、エヴァルトさんと出撃したって……」
「せ、説得!?」
素っ頓狂な宅美の声に、その場の全員が、凍りついた。
「いいか、白姫!下手に近寄って取り込まれても困る!これ以上、前には出ないぞ!!」
「なんじゃと!ココでは、わらわの声が届いているかどうか分からんではないか!もっと前に出るのじゃ!!」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と白姫岳の精 白姫(しろひめだけのせい・しろひめ)の乗った【小型飛空艇】は、飛空船の自爆による甚大なダメージを受け、眠るようにうずくまっている魔神から百メートル程の距離にいた。
「ダメなものはダメだ!文句があるなら、今すぐ帰るぞ!」
「わかったわかった!ならばここで良い!これ、魔神よ!」
エラそうに腕を腰に手を当て、ふんぞり返って魔神に呼びかける白姫。
その様子を、(ヤレヤレ……)という思いで見つめるエヴァルト。
(全く、思ったより調子づいてないのが怪しいな……と思ってたら案の定。ついこの間死ぬような目にあったってのに、またこんな無謀なコトを……)
そんなエヴァルトの思いもどこへやら。
白姫はと言えば、
「これ、魔神よ!暴れ回って民を苦しめるなど、この白姫が許さぬ!おとなしく大地に還るのであれば良し、でなければ北嶺に直行し、その身を以て白峰輝姫の暴走を抑えるのじゃ!」
などと無理難題(と少なくともエヴァルトには思える)とふっかけている。
だがしかし――。
「なんとかいったらどうじゃ!なんとか言え!コノ!!」
いくら白姫が声を張り上げて見ても、魔神には何の反応もない。
「あー、こりゃダメだな、白姫。多分ダメージがデカ過ぎて、寝てるんだろう」
「なんじゃと!わらわ自らこうして足を運んでやったと言うに、寝ているなどとは無礼千万!!こうなったら力ずくで――」
「コラ!勝手に動かすな!!」
飛空艇を、もっと魔神近づけようとする白姫を、慌てて抑えこむエヴァルト。
『エヴァルトさん!聞こえますか!?もうすぐ、イコンによる第2次攻撃が始まります!今すぐソコを離れて下さい!』
「了解だ!説得も失敗したし、今すぐにでも離脱する!!」
「何を言う!わらわはまだ――」
「いいから大人しくしろ!魔神と一緒に消し炭にされたいのか!?」
尚も説得を続けようとする白姫を小脇に抱え、片手で飛空艇を操縦するエヴァルト。
二人を乗せた飛空艇は、全速でその場から飛び去った。
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