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リアクション
【その後の彼らの物語――ユグドラシル】
そんな頃。
ララは自らのパートナーを横目に、小さく溜息を吐き出した。
「いい加減に機嫌を直したまえ、皇帝陛下の前だぞ」
「必ずあそこにある筈なのだよ。もう少し調べれば……」
エリュシオンの本当の意味で中心である世界樹ユグドラシル。
その更にごく限られた者しか立ち入れないはずの場所で、リリがぷくうと頬を膨らませていた。
とある探し物をしに、セルウスから許可を貰って先の継承候補で訪れた選帝の間を訪れたのだが、思ったような成果が得られなかったらしい。ぶつぶつと文句を続けるリリに、ララが再び呆れたように息を漏らす中で「しかし、肝が冷えました」とキリアナは苦笑した。
先の継承問題に連なる大事件は、状況が状況だったが故の、特例中の特例であり、選帝の間は本来選帝の儀以外では何人も立ち入ってはならない場所である。セルウスが頓着がないのであっさり許可が出たものの、キリアナが同行して何とか道中を誤魔化したが、国交が回復した微妙な時期でもある。近寄る事さえ許されない為に、難癖をつけそうな相手に見咎められなかったのは幸いだろう。
「今回の件もくれぐれも内密に願います。第三龍騎士団もウチとアーグラ団長しか知りまへんよって」
軽く釘を刺すキリアナに二人が頷く。
「にしても、どうしてあないな所に?」
わざわざ色々な意味で厄介な場所に足を向けた理由が判らず、キリアナは首を傾げた。悪し様な目的では無いことは判っているだけに、余計に疑問に思っていたらしい。その問いに、リリは胸を張った。
「セルウス陛下のイコンを探していたのだよ」
ヴァジラに専用のイコンがあるなら、セルウス、と言うより皇帝専用のイコンが存在していても可笑しくない、と言うのだ。可能性としては無いとも言い切れない話だが「ユグドラシルからも聞いたことがないしなぁ……」とセルウスは首を傾げた」
「あったら面白そうだけど、オレ、イコンは乗った事無いからね」
ヴァジラみたいにいくかどうかも判らないなあ、とセルウスは残念そうに笑うのだった。
そんな彼等が訪れていたのはセルウスの故郷でもある樹隷の里だ。
大陸存亡をかけた戦いの折り、丈二とセルウスとが交わした約束を果たすためで、何故わざわざか里を訪れたのかと言うと、宮殿では立場があって率直な話しが出来ないためだ。
丈二としては、年長者達に偉そうな口を聞いた手前、顔を合わせ辛く、行くのを渋ったのだが「言いたいことは判るけど」とヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)に小突かれた。
「セルウスと約束したのは丈二なんだから、付き合うなら最後までしっかりとよ」
「わ、わかっているでありますよ……」
そんな丈二に、一同を迎えた里の長達は軽く肩を揺らした。
「お気になされるな。陛下と自然に同じ視線に立てる年頃であればこそ、言える言葉ですからの」
年長者達が揃って頷く中、長老が目を細める。
「わし等の目を改めさせて貰うたのです」
そう深々と頭を下げられるのに丈二は恐縮しきりだ。
セルウスはそんな丈二に笑いなから、のんびりと寛いだ様子でお茶を飲んでいる。因みに、丈二たちが運んできた大量のドーナツは、その保存に某古代魔術教師の助力があったとかで相変わらず、人が好いと言うか使われやすいと言うか」と、そのドーナツを頬張ってご満悦のリリに呆れられていたのは余談だ。
ともあれ、里の幼なじみ達とこうしてドーナツを頬張っている姿は、大陸の命運をかけた戦いの中で、大国の指揮を執った皇帝とはとても見えないが、護衛として同行するキリアナは「案外」と言いかけて口を押さえた。
「いえ、流石セルウス陛下。堂に入った皇帝ぶりで、選帝神の方々も感心されてはりました」
「まさかわし等の力が役に立つとは思いもゃりませなんだ」
長老達も思い返してみじみとする。セルウスら樹隷とは、ユグドラシルに仕え、治療などのメンテナンスを行うのがその役割だ。今回のように、樹隷達側から力を働きかけて、その加護を促したりなどは本来有り得ないことなのである。
「セルウス陛下ならではな発想でありますね」
丈二も感心したように言ったが、セルウスの方は不思議そうに首を傾げた。
「じゃないと、意味がないじゃん?」
目を瞬かせる一同に、だってとセルウスは続ける。
「オレはヴァジラより強くはないし、アスコルド大帝みたいに凄いわけじゃないからさ。だったらオレにしか出来ない事をしないとね」
そんなセルウスの言葉に、丈二は目を瞬かせ、長老達は顔を綻ばせた。成長したとも言えるし、変わっていないとも言える。そんな素直だが不思議と頼りがいを感じさせる少年の横顔は、何時の間にかこんなに皇帝らしさを纏いはじめたのか。嬉しいのと、負けていられてないという思いを抱きながら、そんな誇らしい友人だからこそ、丈二は「その報告」を耳打ちすることにした。のだが。
「ええっ、丈二、結婚するの!?」
残念ながら、声を潜めた意味を全く無視した、セルウスの驚きの声は盛大に里に響き渡った。
「いや、あの、自分が二十歳になってから、でありますが」
しどろもどろな丈二に、わっと場がざわめく。流石に長老たちは遠慮して、ただ表情を緩めるだけに止めたが、若者達はそうも行かない。まして子供となれば言わずもがなだ。
「プロポーズしたの?」
「式はどこでするの?」
なまじ皆が顔見知りなのがまずかった。里の子供たちが興味津々と顔を輝かせるので丈二もたじたじである。要領を得ない回答をしどろもどろと返すところは、戦闘時の彼の面影は残念ながら消えて失せてしまっている。そんな中で、やはりきわどい質問をするのは、ちょっとおませになる年頃の少女達だ。丈二の回答はあてにならないと察して、その質問の先が変わる。
「っていうか、おねーちゃんはオッケーしたの?」
「あのお兄ちゃんと結婚したいの?」
なかなかに抉った質問だったが、対してヒルダは少しも動じた風も無く、躊躇う風も無く頷いた。
「勿論よ」
そんないっそ男前な態度に、おおお、とまた場が沸き。反対に丈二はその顔を真っ赤にしながら突っ伏すしかなく、その背中を、流石に原因は自分でも理解しているからなのか、申し訳無さそうな、同時におめでたい事への嬉しさとが混じったような顔で「おめでとう」とささやかながら言葉を贈ると、丈二の背中を叩いたのだった。
「な、大丈夫だっただろ?」
一方、同じ頃の世界樹ユグドラシルの別の一画。
唯斗は、キリアナを案内人にエリュシオン――帝都ユグドラシル観光の真っ最中だ。
キリアナの第三龍騎士団の仕事も本日は休日であることを団長のアーグラから確認を取った念の入れようである。
「ええ、皆さん、男の格好も褒めてくださいました」
キリアナが、嬉しげに頷いたのに、唯斗はにっと笑った。
本日の二人は、それぞれ普段ね装いと大きく違い、それ故に、地球人も多い街並みにしっくりと収まっている。唯斗の格好は普段は忍者らしく(一応)隠している顔を出し、明るい色で纏めているし、キリアナもジーンズにすらっとしたシルエットのダークグレーのカットソー、黒のスニーカーにチェーンタイプのアクセサリーに固めている。こちらは「いつも通りじゃ面白くないじゃない!!」という熱意のもとでの唯斗のチョイスで、普段女の子の格好ばかりのキリアナには珍しい装いだ。
最初は、こんなの貰うわけにはと遠慮がちだったキリアナも、いざ着てみると気に入ったようで、歩く道すがらご機嫌な様子だ。
「なんや、不思議な心地やなぁ」
格好としては間違って居ないはずなのだが、通りすがった店のガラスに映る姿は見慣れない自分なのだ。 時折立ち止まっては、映りを確認するようにくる、と体を動かして、翻るチェーンが音を立てる。そんな仕草もどちらかと言えば女の子の仕草なのだが、見た目と服装との奇妙なアンバランスさは不思議とある種の魅力を生んで、すれ違った人々の目を引いている。その様子に満足げに、唯斗はうんうん、と頷いた。
「俺の見立てに間違いなし!こうなったらとことん試して行こうぜ〜」
「え、とことんて、何を?」
戸惑うキリアナの手を引いて、唯斗が入ったのはメンズブティックだ。物珍しさから、ついつい店内を眺めたキリアナは、はっと気がついて慌てたように唯斗の袖を引っ張った。
「せっかくの観光なんやから、そう言うのは後でも……」
「せっかくの観光だから、だろ。これから色々連れ回す……じゃない、案内して貰うんだから、練り歩きついでにファッションショーしようぜ、キリアナの」
「う、ウチの?」
声が軽く裏返るキリアナを他所に、唯斗は店内を巡り、エリュシオンの伝統的な服装から、北欧神話寄りのもの、シャンバラの文化や地球のそれが混じったためか、幾らかカジュアルなものから、カンテミール直輸入と見られる地球の服まで様々に引っ張り出してくると、試着もそこそこに買い込んで、おろおろとするキリアナを着替えさせると、その手を引いて街へと繰り出していく。
「ドタバタしててエリュシオン観光とかろくにしてなかったからな! 案内頼んだぜ」
「はあ、そら、構いまへんけど……」
何しろ、エリュシオンと一口で言っても広大である。何処を案内したものか、と悩むキリアナだが、唯斗の方は特に目的のある観光ではない。キリアナとこうして、見知らぬ土地を歩くという事そのものが楽しいのだ。何より、こうして普段とは違うキリアナの姿や態度を見るのが新鮮で飽きない。目的も無くぶらつく、ということそのものに縁が無いキリアナの手を引き、変わった店に入ったり、乗り物を借りて遠出し、また着替えては散策する。そのたびにキリアナが恐縮したり、表情と裏腹に服装を気に入った様子を見せたりするのに、唯斗は笑ってシャッターを切った。
「ははははは、キリアナで遊ぶのは楽しいなぁ!」
「ゆ、唯斗はん!」
顔を赤くしながらキリアナが唯斗の背中を抗議のつもりか軽く叩く。
当人達は友人同士のつもりのそれが、キリアナの容姿のせいもあって周囲にどう誤解されていたかは、また別の話である。
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