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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【華やかな宴の中で 2】



 エレノアたちがそんな話をしていた、少し後。
 流れる曲が一巡し、パーティの参加者の間にもちらほらとそれなりのグループが作られ始めた頃。

「……何故ここへ来る」
「だって、ヴァジラの傍ってあんまり人寄ってこないしさ」
 苦々しい声のヴァジラに、セルウスはしれっと言った。
 漸く高官達から逃れたセルウスは「シャンバラの契約者を含めた大事な話があるから」とそそくさとヴァジラの傍に寄り、察して集まった気の置けない友人達を防波堤代わりにしながら溜息をついた。
「お疲れ様、セルウス。格好良かったよ!」
 そんなセルウスの背中を労うように、ぽんぽんと美羽の手が軽く叩く。
 本来ならそんな態度も許されぬ間柄となってしまってはいるのだが、長い拘束の後だということや、そもそも親睦を目的としたパーティーであることも手伝い、その周囲は契約者以外に軽く人払いされて見てみぬ不利をされる区画となっていた。おかげで、美羽たちも一応声は潜めてではあるが、友人同士の気安い調子でいられるのである。
「ヴァジラも、お疲れ様」
 苦笑がちに言って、ヴァジラへ声をかけたのは漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を伴った樹月 刀真(きづき・とうま)だ。黒いタキシード姿の映える刀真が見下ろす中で、ヴァジラは顔中に渋面を浮かべている。外面を繕う必要がなくなったことで一気に反動がきたのだろう。
「なかなか様になってたじゃないか」
 神崎 優(かんざき・ゆう)も賞賛したものの、その言葉を受けても、満更でも無さそうに一瞬鼻を鳴らしはしたが、機嫌そのものは緩む気配が無い。そうなるのは予想通りだったので、刀真はフォローすべくその肩を叩いた。
「セルウスに悪気が無いのはわかるんだけどね」
 それはヴァジラ本人も判っているのだろう。ふん、と鼻を鳴らす横顔には半ば諦めも見て取れる。自分の振られた役割を理解しつつも、それを素直に受け入れたという姿勢も見せたくない、若干子供じみた――彼の年なら相応な――態度に、気付かれないようにそっと笑って、名誉を傷つけないようにそれには触れずに、さてと刀真は話題を変えた。
「慣れないことするのは疲れたろ……何か食べたいものがあったら取って来るけど」
「……そんな事を言って、その女を見せびらかしたいだけなのではないか?」
 思わぬ返答に、刀真は目を瞬いた。どうやら、刀真が贈ったドレスに身を飾った月夜の事を言っているらしい。背中が大きく開いていて腕や肩、胸元が露出した蒼いドレスは月夜の白い肌に良く映え、胸元と頭にを飾る蒼薔薇が華やかだ。きちんと整えられた化粧も相まって、名の通り美しい月夜を思わせる佇まいである。刀真の黒いタキシード姿が、そんな月夜を引き立てるためのものだと見抜いての発言のようだ。
「……一体、その発想はどうやって学んだんだか」
 苦笑する刀真に、ヴァジラは薄く皮肉げな笑みを浮かべただけだ。もう一度溜息をつきそうになったが、機嫌が直ったなら何より、と、セルウスが祥子が用意した彼の好物を食べたい、というリクエストを承って、月夜を伴って一旦その場を後にしたのだった。
 その入れ替わりになるように、ヴァジラの前へと優が背中を押したのは神崎 紫苑(かんざき・しおん)の手を引く神崎 零(かんざき・れい)だ。見知らぬ顔に首を傾げるヴァジラに、優は放っておくと何処かに行こうとする紫苑の手引いて軽く頭を下げさせた。
「娘の紫苑だ」
 その言葉に更に目を瞬かせるヴァジラに、紫苑はにっこりと笑う。邪気の無い様子には、仏頂面もしていられないのか、単純にこのぐらいの幼い子供に慣れていないからなのか、何時に無く戸惑う様子のヴァジラに「可愛いだろう?」と親ばかぶりを発動中である。
「迷惑じゃなければ、撫でてやってくださいませんか?」
 同じように我が子にでれっぱなしの零のお願いに、何か逆らいきれずにヴァジラは手を伸ばすと、その頭を軽く撫でた。まだ髪の毛は細くて柔らかく、ちょっと力を入れただけで壊れそうに思えたようで、その指が若干おっかなびっくりといった風だったが、紫苑の方は、両親以外の知らない人間が物珍しいのだろう。じっとヴァジラを見つめてやはり戸惑わせたのだった。
 そんなお互いの紹介の後は、手近にある料理を皆で食べ、両手一杯に皿を載せて戻ってきた刀真たちを交えて、他愛のない話が続いた。
「最後の一撃なんか、格好よかったんだから」
「へぇ?」
 美羽の言葉に、セルウスが目を瞬かせ、ヴァジラが渋面を深くした。美羽が語っているのは、今回の事件でのヴァジラのことで、話というよりもどこか報告のようにも聞こえる。特に、皆で遺跡へと向かった下りはネットライブでも放送されていなかった部分なので、セルウスは興味深そうに耳を傾けていた。
 いつも通り、いやいつも以上に機嫌の悪い様子で突き進もうとしたことや、諌める契約者達に逆らわず、最後まで共に戦ったこと。最後、契約者との見事な連携によって遺跡を破壊した下りを大げさな身振り手振りと共に、これでもか、と言うほど褒めちぎるのに、ヴァジラはついに「止めろ」と口を挟んだ。
「貴様は一体何をどう見ていたのだ。余が協力だと?」
 苛立たしげな物言いだが、別に怒っているわけではない、というのはこれまでの付き合いで把握済みである。美羽は「協力してくれてたよ、ねえ?」と、お目付け役のキリアナへと同意を求めた。
「へえ。ヴァジラはん、皆様が抑えろ言わはった声をちゃんと受け止めてはりましたし、なんや意外なぐらい、連携がどれてはったんで、ウチも驚きました」
 頷いたキリアナが言葉を添えるのに、ヴァジラはいかにも「余計な事を」とばかりに顔を顰めた。そんなヴァジラがこれ以上顔を顰めないようにと、先んじてコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が差し出したのはドーナツだ。とはいっても、普通のそれではない。ロイヤルガードとして宮殿に出入りする中で知り合った料理人に「エリュシオン皇帝をおもてなしするため」とお願いして作ってもらった最高級のドーナツである。
 揚げたてふわふわなココアドーナツに、シャンバラ山羊のミルクで作った極上バニラアイスを乗せ、上から最高級チョコレートとはちみつをかけたそれは、ドーナツとは思えない程美しく飾られている。それを、セルウスとヴァジラへ給すると、セルウスは露骨に、ヴァジラは判り辛く感心はそちらへ移ったようだった。そういうところは何のかんのとまだ幼さの残る少年二人だ。甘いものがイライラと少しは宥めたのか、ヴァジラの不機嫌も少し緩んだようだ。そんな横顔に、美羽は思わず頬を緩めた。
 出会った当初から剥き出しの刃物のようだった彼の気配は、いつの間にか随分と柔らか味が増してきているように見える。今も、態度こそ不遜なままではあるが、こうやって大人しく皆に囲まれ、僅かでも人前に無防備な一面を晒す所は、以前の彼ならば考えがたいことだ。
 そうして、セルウスへの報告と見せかけてのヴァジラ高感度アップ作戦が、コハクのご機嫌取りドーナツ攻撃とのヒットアンドアウェイによって続けられる中。
 その様子を微笑ましげに見つめていた優は、一同が再び食事を取るのに戻った頃合で「こちらの生活に離れたか?」とヴァジラに声をかけた。
 予想通り「問題ない」の一言で一蹴されたのに構わず、優は問いを続ける。
「今回の事を通して何か得られたモノはあったか? 自分の進むべき道や目的を見付ける事は出来たか」
「……さあな」
 対して、ヴァジラの返答はそっけない。が、拒んでいるわけではない、というのもその声のトーンで知れる。答えないのは、まだ彼の中で明確な答えが出ている訳ではないからだろう。敵という立場であり、協力はすれども自分ひとりで戦ってきたヴァジラにとって、共に剣を取って戦う仲間としての立場は経験のないことだ。その感覚と実感をまだ、実感として消化し切れていないように見えた。その様子に、まだ先は長そうだなと感じながらも、優はヴァジラへ笑みを向けた。
「行き詰まった時や辛い時や苦しい時は、一人で抱え込まずに俺達を頼ってくれ」
 どんな時でも手を貸すから、と、偽りない真っ直ぐな優の言葉に、ヴァジラは軽く目を瞬かせた。
「一人じゃない。絆を繋げた仲間がいる事を忘れないで欲しい」
「そうですよ」
 優が言えば、零が頷いて、ヴァジラに向かって微笑んで見せた。
「ヴァジラさんはもう一人じゃないんです。私達や沢山の人達がついているんです。それにもし道を誤ってしまっても、友人や……特に優がいつものように対話をしていきますから、覚悟してくださいね」
 そう言って冗談めかすように零が言うのに、ヴァジラは溜息を吐き出した。笑って軽く言ってはいるが、彼らが本気であるのも、身をもってよく知っている。それだけに、素直に応じれないのか、ヴァジラは眉間にしわを寄せつつも、どこか満更でもないような複雑な表情を浮かべ、そして。
「……ああ」
 と幾らか柔らかな声で言ったのに、優は美羽達と顔を見合わせ、嬉しげに頬を緩めたのだった。

 そうして、一同が和んだところで、その輪に入ったのは歌菜と羽純だ。
 お疲れ様ですと労いの挨拶を終えると、皆に声をかけて記念にとその手のデジカメがシャッターを切っていく。セルウスとヴァジラの写真への表情が対照的であったり、美羽たちのピースサインの向こう側に、ディミトリアスたちのダンスが垣間見えたりと、色とりどりな写真を撮り終え「後ほどデータをお送りしますね」と皆に約束すると、歌菜はセルウスに手を差し出した。
「シャンバラとエリュシオンがこれからも共に歩めるよう、私達もお手伝い出来る所は、ガンガンお手伝いしたいと思います」
 そう言ってにっこり笑う歌菜の手を、セルウスも嬉しげに取った。
「これからも、宜しくお願いしますね!」
「こちらこそ、よろしくね」
 そう笑みを交し合って、歌菜が一歩を退いた、その時だ。傍にいた羽純が「そうだな」と静かに言った。
「これからも、俺たちに出来ることをやるだけだ。ただ……」
 言いながら、羽純はそっとその肩を引き寄せて髪型が乱れない程度にそっと撫でた。
「……あまり、心配させるなよ? 頼むから、俺の目の届く範囲に居てくれ」
 囁くような声は、切実な響きを持っていた。先のイルミンスールの事件で誘拐された時の事を思い出しているのだろう。歌菜の意思はわかっていたし、仲間たちが付いているのは判っていても、不安だった。見ていないところで危険の中に居ると思うと辛かった。そんな思いが声に滲むのに「ごめんなさい、羽純くん」と歌菜は眉根を下げた。
「ちゃんと、傍にいます」
「……約束、しろよ?」
 そうは言ってもきっと、彼女は大事な事のために飛び出していくのだろうとは判っている。だから次は自分が必ず離れず付いていく。と、羽純は自身に誓うのだった。