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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【それからの物語 5】




「――……と、経緯はそんなところですね」


 それから更に、式典を前日に控えたイルミンスール魔法学校の校長室では、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)、{SNM9999005#エリザベート・ワルプルギス}の前で「自称でもアーデルハイト様の秘書ですから、まぁこういうのも私の仕事です」と、風森 望(かぜもり・のぞみ)が、イルミンスール内で起きた誘拐事件の顛末についてのレポートを報告しているところだった。
「まぁ、誘拐された当事者の視点ですから、あちこち抜けもあるとは思いますが、その辺は教導団側からの“公式”回答も頂いてはおりますので」
 そちらは、誘拐された生徒たちを救助するために行われた『作戦』の概要だ。パートナーがそちらで動いていたこともあって、とりあえずの違和感は無いことは確認しているが「まあお嬢様の証言じゃ役に立きませんしねえ」と本人が聞いたら激昂しそうなことをさらりと吐いた。ちなみにそのレポートも、望に回答を寄越した氏無へは機密などの問題に触れていないかについては確認を取ってある。ついでに、これらの報告をアーデルハイトへ「口頭で」報告する旨もだ。
「正式な書類がある以上、それ以外の情報はなかった事になるのがお役所仕事ですから」
 そんな、棘の見え隠れする望のにこやかな言葉に、氏無が面白がるように笑って咎めなかったのは余談である。
 そうして一連の報告を終えると「まあ日向のお話はこれぐらいとして」と望は心もちその声のトーンを落とした。
「日陰の話に移りましょうか――問題はこれで終わりか、という点でしょう」
 その言葉に、アーデルハイトはふうっと重たげに「そうじゃのう」とため息を吐き出した。エリザベートも浮かない顔だ。その反応に、二人が理解しているのを承知の上で、あえて必要と望はその懸念を言葉として口に出した。
「“今回の”首謀者の目的である両国の不和。まぁ、平和な世の中を受け入れられない方でしたが、問題は、結果としてそこに至るルートは幾らでもある、と言う事でしょう……支配欲に金銭欲、権力欲と野心溢れた物から、好奇心に探究心と浪漫溢れる物まで」
 実際、主犯のしぐれに踊らされた者達の思想や感覚はバラバラだったのだ。両国の不和を求めた者だけではなく、「求めたわけではないが、目的のためにそれが必要な経路である」と考える者も少なからずいただろう。そう考えると、予備軍はまだまだ水面下にひしめいている、と考えることも出来る。
「まあでもこちらは、どちらかで必ず動きがありますから、予測も出来ましょうが……」
「問題は後者のほうじゃろうな」
 望の言葉を引き取って、アーデルハイトのため息は更に深くなった。
「好奇心は猫を殺すと言うが、偶然引き当てたものが互いにとっての毒となる危険性は、無いとは言えんからのう」
 その言葉に「ええ」と望もため息をつきながら同意する。例えば、遺跡発掘の際の誤作動で発動してしまった兵器が、帝国の領土になにがしかの影響を与えれば、それは諍いの口実にはもってこいだ。ただの責任問題で収まればいいが「攻撃を受けた」と世論を動かす可能性は強い。先日はなんとか防げたものの、遺復活それそのものが龍脈に影響を与えるような遺跡も事実存在していたのだ。
「遺跡調査で兵器発動、戦争勃発なんて喜劇な悲劇は勘弁願いたいものです」
 そう言って肩を竦めながら、望はどこか探るような目でアーデルハイトを見つめながら続ける。
「旧王国、もしくはそれ以前の兵器や危険な遺跡がどれだけ残っているのか、と考えたらゾッとしますよ。未発掘なだけか、はたまた未発表なだけなのか……」
 教導団が演習場の地下に遺跡があるという事実を隠していたように、恐らく発表されていないだけで、古王国時代の遺跡はまだパラミタの各地に存在し、発掘され、あるいは眠っているはずだ。少なくとも目の前の彼女は、それを知る立場にある。
(まぁ当然……教えてはいただけないでしょうが、これを契機にきっと動かれることでしょう)
 答えないことがないことがその回答だ。察することも判った上での沈黙と理解し、望は息を吐き出して肩を竦めると表情を緩めた。
「まぁその辺は“また別の機会にて”という事になりますでしょうけども」
 堅苦しい話はこれで終わり、と言った空気に、エリザベートもほう、とため息を吐き出すのに「そう言えば、お二人も式典には参加されますよね?」と望は目を輝かせた。
「当然、お二人とも着飾られるのですよね。レースをふんだんに使ったロリータ系、あるいはシルエット重視のマーメイド系。露出控えめのクラシカルドレスも捨てがたいですが、胸を開くか背中を開くか、いっそチャイナドレスのごとく足を盛大に開いて下着の見えるか見えないギリッギリを攻めてみるのも。いえ、そこはあえて最初からミニスカートタイプのドレスで眩しい美脚を披露するのも良いですね」
 立て板に水の勢いで、想像するだけで美味しい、と望の目がうっとりと言うよりどこかギラリとした光を帯びる中、アーデルハイトは「待て」と声を上げた。
「今さりげなくとんでもないものを混ぜなかったか?」
「さて、存じ上げません」
 アーデルハイトが思わずツッコミを入れたのに、望はにっこりと笑うだけだった。






「あの状況での”授業”と”実験”を許してくれて、ありがとう。とても、勉強になった」


 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の言葉にディミトリアスが顔をほころばせた。
 彼らがいたのは、同じくイルミンスール魔法学校の片隅、ディミトリアスの研究室である。 
 普段は閑古鳥の鳴いているその研究室は、今日は珍しく来客ににぎわっていた。
 用事のついでに寄ったらしいクローディスとツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)と共に、数少ない生徒であるジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)マーク・モルガン(まーく・もるがん)、そして、演習場での騒動の際の礼をしにディミトリアスを訪ねてきた達が、補講という名のお茶会の最中だった。
 誘拐騒ぎの一端を担っていたディミトリアスだ。一連の事件の後始末に忙しいのではないか、とジェニファ達は危惧していたのだが、その大凡は教導団の瑠璃が取り仕切ってかたをつけてくれたらしく、彼の主な仕事は口裏合わせに片づけ、そして友人達からの盛大なお小言といった程度だったようだ。とは言えそれはそれで相当な労力を必要としたようで、補講してもらいに訪れたジェニファとマークに自家製のお茶を振る舞うディミトリアスの顔は心なしかほっとしていたようにも見えた。
 そんな訳で、お茶とお茶菓子を合間に挟みながら、常の授業とは違うのんびりとした勉強会の中で、はあ、とクローディスは息を吐き出した。
「相変わらず、君のお茶は沁みるな」
 そう言って表情を緩めるクローディスだったが、対してディミトリアスは褒められたというのに微妙な顔だ。
「それが沁みるのは、まだ身体に魔術的な影響の残っている証拠だ。身体を巡る気を整える茶だからな」
 その言葉に、一同の視線が集まったのに、クローディスは反射的に縮こまりながらも、抗議の視線をディミトリアスに送る。余計な事を、とその表情は言っていたが、それなりに長い付き合いで、ディミトリアスは動じることなくしれっとしていたので「……いや、普通に美味しいだけだろう。ちゃんと検査で問題ないと言われたぞ」とクローディスは口を尖らせるようにしてぶつぶつと口を開いた。
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ、一応は」
 そんなクローディスに、グラキエスが心配げに首を傾げるのに、応じたのはツライッツだ。
「本人の言うように検査はクリアしていますし、バイタルに不調は見られません。少しでも違和感があれば、俺が責任もって休ませますから」
 ご心配をおかけしてすいません、と、相棒と言うよりも親のような様子のツライッツに、グラキエスは少し笑った。
「俺もよく無茶をすると怒られるが、あなたも大概だな」
 言われてぐっとクローディスが詰まる。思い当たる事は多々あるからだろう、グラキエス自身が見てきただけでも、無茶や無謀に自ら突っ込んでいく彼女の姿を見ているのだ。思わず溜息を吐き出して、グラキエスは苦笑を投げかけた。
「少しは控えないと、周りの人達の胃が大変だ。ツライッツに胃痛があるかは判らないが」
「胃痛はありませんが、もし俺が人間でしたら、穴が空いていたでしょうね」
 その言葉にツライッツは苦笑して同意したが、そんな中、自身のパートナー達が揃って頭を押さえているのに、グラキエスはきょとんと首を傾げた。
「どうした、頭痛か?」
 そんなグラキエスに「グラキエス様……」とエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が緩く首を振った。
「彼女も貴方にだけは言われたくないと思いますよ」
 そうして苦笑するエルデネストに続いて「エンドロア、お前は我が身を振り返ってみろ」と、唸るように口を開いたのはウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)だ。
「安静にしていろと言えば抜け出す、無茶をするなと言えば人質に立候補する、お前が人の事をいえたクチか」
 段々と強くなる語尾が叱責めいて来る中で、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)までもが「申し訳ありません主よ……私もこればかりは他の二人と同様です」と追従する。
「主はもっと御身を大切にしていただきたい。無論私は主の鎧にして槍、主に襲い掛かる外敵からは何があろうとお護りしますが、主ご自身の無茶ばかりはどうしようもないのです」
 そうして三人が三人ともお小言を口にするのに、グラキエスと、更に似たような身に覚えのあるクローディスが揃って身を縮ませる。そこへ「みなさまのご苦労、お察しします」などというツライッツのしみじみとした声が、二人へとどめを刺した。
 そうやってグラキエスとクローディスの二人がすっかり小さくなってしまったのに「そ、そういえば」と話題を変えるように口を開いたのはジェニファだ。
「ディミトリアス先生は、式典には出られるんですよね?」
「ああ……一応は」
 その言葉に頷いたディミトリアスが、それがどうかしたのかとばかり首を傾げるのに、どうせなら、セレモニーに花を添えることで今回の事件の解決に協力した古代魔術というものを、皆に披露してはどうだろうか、とジェニファは提案した。百聞は一見にしかず、という言葉もある。
「目に見えるものがひとつでもあれば、触りだけでも判ると思うし、先生が質問された場合の説明も楽だと思います」
 例えば、授業で渡された光の護符などが良い例だ。古代魔術がどういうものであるのか、実際に目で見たほうが、言葉で説明するよりもイメージでつかめるだけ理解が早いだろう。
「ということでセレモニーにどーんと古代魔術を使ったオブジェでも飾るのはどうでしょう」
 例えば、ホログラフィーのように浮かび上がる光の花。魔法製だから、光学迷彩のように触れてもぶれることがないから、幻想的な空気をかもし出す筈だ。そんなオブジェを幾つも用意しておけば、会場に花を添えると同時に、皆の興味も増すだろうし、それに伴って古代魔術の知名度も上がる筈だ、とジェニファは続けながら(それに)と心中でそっと呟いた。
(自分から尋ねたばっかりいセレモニーの間中、講義を聴かされる地雷を踏む人も減るんじゃないかな…)
 よもや、ジェニファにそんな思惑があるとは思わず、そうだな、とディミトリアスが前向きな意思を示すと、こちらも「そういえば」と思い出したように、自身の生徒達に向けて首を傾げた。
「君らも表彰されるんじゃないのか?」
 確か関係者は殆ど呼ばれていたはずだが、と言うのにグラキエスは頷きながらも「呼ばれているが……見知らぬ人たちの前で、知りもしない人に表彰されてもな」と、乗り気ではないようで、溜息混じりに肩を竦めた。
「君たちの頑張りを認められたんだから、素直に受け取っておけば良いだろうに」
 そんな様子にクローディスは笑い、ウルディカ達も頷いた。自身の主が公に表彰されるというのは、誇らしいし嬉しい事なのだ。が、当のグラキエスは首を振ると「俺も褒めてもらえるのは嬉しいけど、どうせなら褒めてくれる人は選びたいな」と、にっこりと歳の割りに幼い笑みが、自身のパートナーたちを向いた。
「だから、今褒めてくれ」
 その破壊力は絶大だった。
「あるじいいいいいいぃい〜〜!!」
 言葉の代わりにガディが頭を摺り寄せて褒めている傍らで、それこそ我先にとグラキエスを褒め称えるかと思われたアウレウスはその無邪気な笑みに悶絶して声を上げる。
「アルゲンテウス、とりあえずで叫ぶのをやめろ」
 瞬間、反射的にウルディカの声がアウレウスを咎めると、その隙をつくようにして、エルデネストの手がするりと伸びると、グラキエスの手を取って「よく頑張りました」という言葉と共にその甲へとキスを落とした。そしてそのままそっと体を寄せるようにして、耳元で低く声が囁く。
「残りは後でじっくりと……」
「おいそこの悪魔、さりげなく問題発言をするな」
 慌ててウルディカはエルデネストを引き剥がし、溜息を吐き出した。グラキエスのパートナー達は万事が万事この調子だ。常識人な分苦労が耐えないのだが、多勢の中では小勢が浮くものだ。逆に自分の方が非常識に映ってはいないかと、どう転んでも苦労性なウルディカは、ふと、グラキエスが自分をじっと見ているのに気がついた。一瞬首を傾げたものの、直ぐにその理由を悟って、エルデネストから自分の方に引き寄せ直すと、ウルディカはグラキエスの頭を軽く撫でた。
「まあ、よく頑張ったな」
 そう、短いながら優しい声が褒めるのに、グラキエスの顔は嬉しそうに、そして満足そうに緩んで目を細める。そうなると、ウルディカのほうも仏頂面はしていられないもので、先ほどのお小言から寄りっぱばしだった眉を少し緩める。
「いいなあ、私もああやって褒められたいもんだ」
「褒められるような事をしてから言ってくださいね」
 そんな光景を見ながら冗談めかすクローディスに、ツライッツの言葉は容赦が無い。またいじける様にしてお茶のカップに口をつけるのに、ふっと誰からともなく口元が緩み、やがて一同の間で和やかな笑いが漏れた。

 そんな微笑ましい光景と共に、穏やかなお茶会、もとい補講授業はのんびりと続いたのだった。