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リアクション
2.出迎えは肝心
「そう、そこにテーブルをならべて。そこじゃない、そこじゃステージに近すぎる!」
シャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)は、町外れの公園にお茶会会場を設営するために、あわただしく指示を飛ばし続けていた。
ビュリを傷つけずに話し合いの場に引っ張り出すには、穏やかなお茶会が最適だと考えたからだ。幸い、何人か賛同してくれた者たちもいる。
「シャンテさん、いっそステージの方を移動させましょうか?」
大工道具を動かす手を止めて、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が訊ねた。
「いや、ステージはそこでいいから」
「だそうです」
「ほうい、やっとくぜ」
シャンテの返事を聞いたクロセルの言葉に、鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)が答えた。
仮設されたテント内の厨房では、楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)が食器類を整理している。
「あれ、あそこで何かやってるよ。面白そう」
「ああ、お茶会のようだね。うん、これはビュリさんを呼び込むのにいいかもしれない」
そばを通りかかったアレフ・アスティア(あれふ・あすてぃあ)は、中指でちょっと眼鏡の位置をなおして会場を見回すと、彼のパートナーであるレイ・レイニー(れい・れいにー)と共にシャンテに近づいていった。
「大変そうですね、お手伝いしましょう」
「それはありがとうございます。では、椅子の配置をお願いできますか」
二人が作業に散っていくと、入れ替わるようにしてシャンバラ人の女性が近づいてきた。
「あのう、私、ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)と申します。このへんで、いかにも腹に一物持っていそうな、派手な金髪縦ロールのメイドを見かけませんでしたでしょうか」
「さあ、僕はずっとここにいましたから」
シャンテは、少し考えてから首をかしげた。
「そうですか。ああ、姉のことですから、人様に御迷惑をかけてないといいのですけれど……」
「よく分かりませんが、ここにいれば会えるかもしれませんよ。もうすぐ、人が集まってくる予定ですから」
「そうですか。でしたら、私もお手伝いいたします。善意は必ず報われますから」
そう言って、ジュスティーヌもお茶会の手伝いに加わっていった。もちろん、その姉がすでにビュリの家にいるとは夢にも思ってはいない。
そんな彼らを眺めながら、町の人たちは少し複雑な心境のようであった。
「町会長、こんな調子で本当に大丈夫なんだろうか。これじゃ、俺たちが、悪戯者のビュリを歓迎しているみたいじゃないか。他の学生たちも、町の中で変な物を作ったりして、なんだか怪しい動きをしているんだが」
魚屋の親父が、不安そうに老人に言った。
「まあ、依頼したのはこちらなんだから、責任上、まかせるしかあるまい。それに、ビュリの奴をお茶会に招待してゆっくり話し合おうなんて考えは、わしらではとうてい思いつきもしなかったことだ。案外うまくいくかもしれん」
「まあ、何事もなければいいんだが。俺は、なんだか嫌な予感がしてしかたないんだ。むやみなことはしないで、もっと静かにやれなかったのかなと思うんだよ」
「今さら、何を言っても遅いぞ。とにかく、今日こそ、この問題にけりをつけるのじゃ」
☆ ☆ ☆
「しかし、なんで肉屋で魚を売ってるんだ」
買い物籠をかかえた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)は、ぶつくさと文句を言いながら財布からゴルダ札を取り出した。シロクマ姿のゆる族が肉屋で買い物をしている姿は、なかなかにシュールだ。
「魚屋は、この間ビュリに壁を焦がされたんでリフォーム中なんでさ。それで、ちょっと軒先を貸してやってるってわけでね。小さな町ですから、持ちつ持たれつというやつですよ。それで、魚は今ここで生で食いやすかい?」
「誰が生魚を食うと言ったあ!」
雪国は、かっと大口を開けて肉屋の親父に怒鳴り返した。それまではまだ間が抜けたかわいらしさがあったのだが、そんなことをすると本当のシロクマのようでちょっと怖い。
「へへっ、すいやせん。それで、後はチキンを丸ごとでしたね」
「うむ。なるべくうまそうなのをな」
ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に頼まれた魚と、便乗した鈴倉に頼まれたチキンを買いそろえ、雪国はお茶会会場へむかった。
途中、街路樹にビラを貼っている高月 芳樹(たかつき・よしき)を見かける。
「なになに……、ビュリさん、一度僕と話し合いましよう 高月芳樹……」
「おお、読んでくれたのか。もしビュリを見かけたら、そのように伝えてくれ。俺はいつでも待っていると」
のぞき込むようにして彼のビラを読む雪国に、高月は朗らかに言った。
「これじゃ、どこへ行けばいいかも分からないじゃねえか。ここをこうしてだなあ……」
取り出したマジックで、「公園のお茶会で待つ」と雪国は書き加えた。
「ああ、それはよさそうですね。僕のビラにも書き込もうかなあ。やっぱり、ボクって天才かも」
突然、雪国の後ろからのぞき込むようにして現れたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が、ひらめいたとばかりに言った。彼女の手には、「魔法の師匠求む」と書かれたビラの束がかかえられている。
「ああん、二人ともてきとーにがんばれや」
適当に言って、雪国は帰路を急いだ。ナマモノをかかえているのに、寄り道をしてはいられない。
「みなさまー。毎度おなじみのゴミ回収でーす。御不要になった、生ゴミ、粗大ゴミ、多少に関わらず回収させていただいております」
足早に通りすぎる雪国の横を、リヤカーを引いた新川 涼(しんかわ・りょう)が通りすぎていく。
「とにかく、ビュリさんが役にたつところを、町の人に見てもらわなくっちゃ。よし、もっとゴミを集めて、ビュリさんに焼却してもらうぞ」
☆ ☆ ☆
のほほんと友好的な者たちがいれば、強硬派の者たちもいる。
「あんなところにバリケードが。ずいぶんと大げさですわね」
飛空艇で町の上空をパトロールしている六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)とアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)は、町の入り口に築かれたバリケードを見つけた。緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が作り上げた物だ。
「やあ、りっぱなバリケードだ。これなら、かなりの魔法攻撃にも耐えられそうだな。俺も一口乗っていいかな」
バリケードを見つけた伊賀 蓮(いが・れん)が、二人に協力を申し出た。
「ああ、かまわないよ」
「ちょっと、ケイ、おぬしいいのか」
「戦力は多い方がいいさ」
心配する魔女のカナタに、ケイはあっさりと答えた。
「それはありがとう」
形ばかりに礼を言って、伊賀は心の中でこれで楽ができたとほくそ笑んだ。別の場所では、ウェイド・ブラック(うぇいど・ぶらっく)もバリケードを作っていたが、そちらはまだ作っている最中だったので、手伝わされてはたまらないと避けてきたのだ。
☆ ☆ ☆
「みんな、ずいぶん広範囲に散らばっているみたいですけれど。これじゃ、どこかで何かがあったとしても、気づかない人もでるかもしれないですわね。うまく知らせてあげられたらいいのですけれども」
「あんなとこにも誰かいるぜ。よし、あいつらはひょうきんコンビと名づけよう。で、いったい何をやっているんだ?」
眼前でゆれる六本木のポニーテールをちょっと避けながら、アレクセイは町外れの教会を指さした。趣味の渾名つけはいいのだが、的を射た命名とはとても言えないところがつらい。
どうも、下にいる二人は教会の鐘の近くに金だらいを仕掛けているようなのだが、あれは罠のつもりなのだろうか。
「それで、貴公は、ちゃんとビュリを呼び出す手はずは整えてきたのでしょうね」
「もちろん。森の中に、魔女だけが読めるようにルーン文字で看板を立ててきましたよ」
パートナーの仁科 響(にしな・ひびき)に訊ねられて、佐々木はオールバックをなでつけながらのんびりと答えた。
「ルーンですって、いつの間にそんな物が書けるように……」
おかっぱの下から、仁科は疑わしげな視線を佐々木に投げかけた。
「君が書いていたのを以前見て覚えたつもりなんだけど」
「貴公の語学力じゃ怪しそうだけれど……。まあいいでしょう、ここで待つしかないのですから」
「まあ、なんとかなりますよ」
仁科に内緒で、二つ目の金だらいをセットしながら佐々木は答えた。
☆ ☆ ☆
徒歩で町を巡視していたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、道端で町人相手に説教をしている白馬に乗った藍澤 黎(あいざわ・れい)を見つけた。
「貴殿らは、ビュリに文句を言うだけで、ちゃんと話し合ったことがあるのか。もし、貴殿らの態度が彼(か)の者をああいう立場に追い込んでしまったのだとしたら……」
離れていても、藍澤の厳しい言葉がちゃんと聞こえてくる。それほどはっきりとした物言いだ。
「貴殿に譲れぬものがあるように、彼の者にも譲れぬものがあるのではないのか」
きっと、町の人に聞き込みをしていくうちに、彼らの意見の一方的な部分に気づいてしまったのだろう。銀髪を高く結い上げて顕わになった端正な顔は、かなり厳しい印象を与えていた。
「厳しいな。でも一理ある。そうは思いませんか」
いつの間にか横を歩いていた朱鷺 彰人(とき・あきと)が、ヴァーナーに話しかけてきた。
「ええ。まあ」
ちょっと困ったように、ヴァーナーはうなずいた。まだヴァーナーには、こうだと断言できるような考えはない。ただ、ビュリが町の人たちを傷つけたりしないように見回っているだけだ。
「いろいろ聞き込みをしたのだけれど、悪戯というわりには、ビュリの行動はまとまりがあると思えるんですよね。ちゃんと、原因と結果がある。きまぐれさがあまり見あたらないんです」
「ああ、それだと、何か意図がありそうですね」
朱鷺の言葉に、ヴァーナーはうなずいた。
町の中にはいろいろの人たちがいる。それぞれに思惑もあるだろう。でも、それだけを通していては、道は交わることもない。特に現在は、余所者である学生たちが大挙してやってきている状態なので、混沌に拍車をかけている。
「よおし、ここらへんでいいかねえ」
波羅蜜多高校のツナギを着た巫丞 伊月(ふじょう・いつき)が、パートナーのエレノア・レイロード(えれのあ・れいろーど)に確認をとっていた。
「はい、いいと思います」
ポニーテールをゆらしながら、美少女のエレノアがかわいく答えた。
「よし、じゃあ、隠れるよお。待ち伏せだあ」
どことなく無邪気な二人の様子を横目で見ながら、ヴァーナーはこの先いったいどうなるのかと、ちょっと心配になった。
それやこれやを話しながら、二人はお茶会の会場である公園近くまでやってきていた。
公園の大きな二本の樹の間では、リョウ・ダンウッディ(りょう・だんうっでぃ)とアリスティア・クロスフィールド(ありすてぃあ・くろすふぃーるど)が、一所懸命樹の間に霞網を張ろうとしていた。
「そこ、もう少し引っぱってください」
「こうですか?」
リョウに言われて、脚立の上に立ったアリスティアが網を引っぱった。ところが、ちょっと引っぱりすぎたので、バランスを崩して脚立から落ちそうになる。
「おっと、おぜうさん、危ないぜ」
タイミングよく片手でアリスティアのおしりを片手で受けとめた雪国が、思いっきり格好づけた声で言った。
「おーうい、買い物いってきたぞー」
アリスティアが小さくお礼を言うのも聞かずに、雪国は買い物籠をブンブン振り回して叫んだ。
☆ ☆ ☆
「くっくっくっ、面白くなってきやがった」
「あ、あのう、ザックハート様、あまり過激なことは……」
町の混乱を楽しむかのようなザックハート・ストレイジング(ざっくはーと・すとれいじんぐ)に、ルアナ・フロイトロン(るあな・ふろいとろん)が恐る恐る声をかけた。
「何を言ってやがる」
「きゃん……ご、ごめんなさい!」
予想通りに強い語気で反論されて、ルアナは身をちぢこませた。
「大義名分はあるんだ。暴れなきゃ、嘘だろうが。いいからルアナは、飛空艇を準備しとけ」
「は、はい」
ルアナが小走りに去ると、ザックハートは一人裏道に残された。
「ほう。混沌を聞きつけてやってきてみれば、面白い者もいるようだ」
「誰だ!」
誰何(すいか)するザックハートの顔前に、突如としてローブ姿の男が現れた。フードの中の顔は、黒曜石のようなつるりとした曲面の仮面に覆われていて目鼻立ちどころか人であるのかも分からない。
「貴様、何者だ」
携帯を取り出して光条兵器を呼び出そうとするザックハートに、男はずいと革製の袋を差し出した。
「なんの真似だ」
警戒を解かずに、ザックハートは訊ねた。
「好きに使え。汝に、闇の加護があらんことを……」
男は、溶け落ちるようにその場に倒れた。地面に残された物は、黒いローブと黒曜石の仮面と革の袋だけだ。男の実体は、すでにどこにもない。
「なんだったんだ、いったい」
仮面とローブを拾いあげて、ザックハートはつぶやいた。
「ちょうどいい。こいつを使えば、誰も俺様だと気づかないかもしれねえ」
仮面を被っても、不思議なことに視界は遮られなかった。
革袋の中には、小さな球体がぎっしりと詰まっていた。
試しに一つ取り出してみると、ふわりと宙に浮きあがる。なんだろうと見つめると、その視線の先を追うように、球体が飛んでいった。表通りの並木の一本に、球体が命中する。そのとたん、火炎が渦巻き、並木が炎につつまれた。
「こいつは、おもしれえ」
ザックハートは、そのままの姿で表通りに躍り出た。
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