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第5章 第五章 誘拐!?レインを奪還せよ!

「さあて、ゆっくりお風呂にでも浸かりますかねえ…」
 そんなある日、イルミンスール魔法学校の生徒、とりぷる あーる(とりぷる・あーる)は、ぼさぼさの頭を掻きながら男湯の脱衣所で、着衣をゆっくりと脱ごうとしていた。とりぷる あーるは、ウィザードとしてはかけだしで、傷を負ってばかりいた。もともと、温泉マニアだったとりぷる あーるは、せっかくだからとコンフリー村の名湯にやってきて、体の傷をゆっくりと湯治で癒すつもりだったのだ。
「ふう、コンフリー村のここの露天風呂は、最高だと聞く…楽しみだな。それにしても、携帯電話のアンテナ設置で、こんな小さな町にたくさんの学生が集まっているんだねえ…みんな、偉いねえ…自分も力になれたら良いんだけど、今の状況じゃあ、体がぼろぼろでお役にたてないだろうしねぇ」
「きゃあああ! たすけて!」
 その時突然、バスタオルで体を覆っただけのレインがとりぷる あーるのもとに飛び込んで来た。が、次の瞬間、レインは素っ裸のとりぷる あーるを直視して、別の意味での黄色い悲鳴を上げる。
「きゃあああ!」
「うわああ!」
 その声に驚いたとりぷる あーるは、とりあえず腰をタオルで巻いて急所は隠したが、何が起こっているか全く判らない状況だった。
 そこに突然、乱入してくる一台のバイク。それにまたがっているのは、漆黒のロングヘアをなびかせたパラ実生徒の雨宮 千代。
「レインさん、一緒に来て貰います!」
 そう言って、手際よく半裸のレインを縛り上げたが、ついでにとりぷる あーるも縄で縛り上げてしまう。
「な、なにごとです〜か〜あ〜」
 次から次へと起こる突然のできごとに、事情が一切分からないとりぷる あーるは、なすすべもない。
「あらやだ! 私としたことがローグの腕をふるいすぎて、余計な物まで縛りあげてしまったわ! ええい仕方ない、二人いれば取引材料も増えるでしょう!」
 千代は二人を大型バイクの後ろに乗せてしまうと、バイクに颯爽とまたがった。
「な、何するんですか! 雨宮さん!?」
「うふふ、一緒にランデブーを楽しみましょう。ね、レインさん。お邪魔虫もいるけれど」
「好きでお邪魔虫になってるんじゃないんですけど」
 困った顔をしているとりぷる あーるをそのままにして、千代はレインにウィンクし、一気にバイクを発進させる。雨宮 千代は朱 黎明から依頼され、コンフリー村の資材を奪取するつもりだったが、監視の目が想像以上に厳しかったため、レインに接近して彼女を誘拐し、取引するつもりだったのだ。そこで風呂場の脱衣場で偶然を装い一緒になり、レインが服を脱いだところで強引に連れ去る予定だったが、レインは抵抗したあげく男湯へ逃げ込んでしまったのだった。
「私としたことが、失敗続きね…ヤキが回ったかしら?」
「うまくいきましたの? 千代?」
 同時期にコンフリー村に潜入していたネア・メヴァクトから、ヘッドセットタイプの特殊通信機を通じて、連絡が入る。二人は朱 黎明の指示で動いていたのだ。とはいえ、千代は黎明に雇われた身。ネアは純粋な忠誠心からだった。
「人質は確保したわ。でももう一人、なりゆき上、連れてきちゃった」
「何ですって?」
「それとすぐ、追っ手が来ちゃいそうよ! 蒼空学園の奴らに見つかったわ」
 宿でレインの叫び声を聞いた生徒が騒ぎ出している。すぐにでも、追っ手が差し向けられるだろう。千代はそう考え、強行突破を図ることにした。大型バイクはぐおおん! と爆音をあげて脱衣場の壁をぶち破り、凄まじい勢いで村の中心部にある街道に出た。
「レインがイルミンスール魔法学校の生徒と一緒に、パラ実の生徒にさらわれた!」
「すぐに奪い返しに行くぞ!」
「おそらく、パラ実の誰かが資材目当てにレインを誘拐したんだ。イルミンスール魔法学校の生徒がなぜ、一緒にさらわれたのかは判らないが…どうやらふたりを乗せた大型バイクが、村の街道を抜けて外へ向かっているらしい。小型飛空艇で追えるものは追ってくれ!」
 村雨 焔が生徒たちに指示を与えると、その場が一瞬にして緊張感でみなぎる。
 蒼空学園の生徒は小型飛空艇に乗り込み、そのほかのメンバーは馬などで追うこととなった。
「あれだ!」
 最初に千代のバイクを見つけたのは、久沙凪 ゆうだった。小型飛空艇を旋回させながら、他の生徒たちに居場所を知らせる。
 さらにメリナ・ストークス(めりな・すとーくす)が人質のレインととりぷる あーるを傷つけないように、スプレーショットでバイクに乗った雨宮 千代を追い詰める。更に蒼 穹がチェインスマイトでバイクの進行方向を左右から同時に攻撃した。

 バイクに乗ったまま雨宮 千代はリターニングダガーで応戦するが、数が圧倒的に違いすぎた。また、ふたり分の加重がかかったバイクの速度はさほど上がらず、じりじりと追い詰められることになった。
「パラ実のお姉さん〜、数が違いすぎるよ〜諦めた方がいいんじゃないかな」
 とりぷる あーるが、千代に話しかけた。
「黙っていて頂戴。とはいえ、確かに、あんたのいうのも一理あるかもしれないわね…ネア! 聞こえてる?」
「ええ、聞こえていますわ」
「残念ながら、この辺が頃合いよ。あなたのご主人様からのご依頼は、叶えられそうもないわ」
「さようですか。…退きどきというのもございます。今回は、それではご縁がなかったということにさせていただきましょう。私のほうから、主人には伝えておきます」
「ごめんなさいね」
「仕方のないことです」
 そこでぶつり、と回線が切れる音が千代の耳にした。ふうっと息をつくと千代はバイクを停止し、レインととりぷる あーるの二人を降ろした。
「怖い目に合わせてごめんなさいね、レイン。許してね」
 千代は自分の来ていた上着をレインに掛けると、その頬に軽くキスをして猛スピードでその場から立ち去った。呆然としているレインのもとに、生徒たちが駆け寄ってきた。
「大丈夫か、レイン!」
 葉月 蓮華が声をかけるとレインはこくっと頷いた。
「私は大丈夫…でも、この人が巻き込まれてしまって」
「は、はじめまして、とりぷる あーると言います」
 腰にタオル一枚しか巻いていないとりぷる あーるに如月 陽平が服を着せてやる。
「災難だったね。君はぼくと一緒のインスミールの生徒のようだ。体も傷だらけじゃないか。とにかく宿でゆっくりとしよう。話はそれからだね」
「うう〜、ありがとう〜」
 旅の疲れを癒すどころでなかったとりぷる あーるは、如月 陽平の言葉にほっとして瞳を潤ませていた。

「あ〜あ、温泉に入りそびれちゃった。残念…とはいえ、転んでもただでは起きないのが、雨宮千代なんだけど」
 千代は軽くなったバイクを操りながら、自分の胸元から高級資源の鉱物をそっと取り出してみる。
「これで当分は遊んで暮らせるわね」
 千代はその鉱物に軽くキスをすると、さらにバイクの速度を上げ蒼空学園の生徒たちから逃げ切ったのだった。

「黎明様、申し訳ありませんでした。私の力が足りず、レイン・コンフリーを誘拐し、資材を奪い取ることが出来ませんでした…」
 ネア・メヴァクトは、黎明の前に跪いてあやまる。
「ネアが気にすることはありません。私の作戦ミスです。それにしても、パラ実の連中は思った以上に使えませんでしたね。しかも、雨宮 千代までがしくじるとは…。だが、今回のことは仕方がありません。だが、私は必ず権力の頂点に立つ! そして、ドージェ様のようになってみせる…! ネア、私が信頼しているのはお前だけです。お前がそばにいれば、それで良い」
「黎明様…! 全身全霊でお仕えいたします!」