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ジャック・オ・ランタン襲撃!

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ジャック・オ・ランタン襲撃!

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 第二章 魔女を探して

 たくさんの生徒たちがジャックを相手にする一方で、ウィティートが見たという魔女に注目する者たちもいた。

 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)はジャック襲撃前に魔女と接触し、事情を知っているなら話を聞くつもりだった。しかし、如何せん情報が少なすぎた。頭の両サイドに角をつけ、漆黒の鎧を身に纏った迫力満点の魔神の格好で闇雲に町を歩いているうちに、魔女を見つけられないままジャックの襲撃を迎えてしまった。
 霜月のパートナーアイリス・零式(あいりす・ぜろしき)は、霜月からハロウィンの説明を受け、ジャック襲撃の前にイベントを楽しむよう言われていた。仮装は大きなカボチャをくりぬいた帽子をかぶり、片手にカボチャのランタンを持ってジャックそのものだった。
 そのアイリスを引き連れてお菓子集めに専念したのが、霜月のもう一人のパートナーメイ・アドネラ(めい・あどねら)だ。メイはカボチャの帽子をかぶり、片手にカボチャの杖を持った魔女の仮装をしていた。
 そうして今、三人の前にはジャックがいる。
「こ、これがジャックでありますか?」
 ジャックには善霊を引き寄せ、悪霊を遠ざける効果があると言われている。そう霜月から効いていたアイリスは、実物とのギャップに軽くショックを受ける。
「本来はそのはずなんですが、今回はちょっと事情が違いましてね。アイリスにはハロウィンを楽しんで欲しかったので、このことは言わずにおいたんです」
 霜月がすみません、と頭をかく。
「ほら、『時は金なり』だ。さっさと始めようぜ」
「そうですね」
 メイに急かされ、霜月がジャックにお菓子を差し出す。子供に取られても平気なよう、あらかじめ大量に用意しておいたものだ。
「とりあえずどうぞ。……ところでジャックさん、あなたはどうしてお菓子を奪い去ったりするのですか?」
 黙ってお菓子を奪い取るジャック。
「おい、下手に出てやってんだ。なんとか言えよ」
 ジャックはやはり何も言わない。
「そんな言い方をしたらダメでありますよ。ジャックさん、どうかわけを聞かせてほしいであります」
 霜月からお菓子をもらい終わったジャックは、三人に背を向ける。
「おい、ちょっと待てよ!」
「いいんですよ、メイ」
 エキサイトしそうになるメイを、霜月がなだめる。魔女を見つけることはできなかったし、ジャックに話を聞くこともできなかった。それでもアイリスとメイはハロウィンを楽しめたようだし、ジャックも帰って行った。霜月はそれでよしとすることにした。

 林田 樹(はやしだ・いつき)たちは、ウィティートがハロウィンに出かける前に彼女を訪問し、魔女について話を聞いていた。そのときの様子を振り返るとこんな感じだ。
 樹を見たら小さな子は怖がるだろうと言うことで、ウィティートには樹のパートナー林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が話をきく。コタローは妖精の羽をつけ、ティンカーベルの仮装をしていた。
「はじめまして、こたれす。まじょさんのこと、おしえてくらさいれす」
「わあ、カエルさんだー。うん、いいよ」
「どこれ、みましたれすか?」
「んーとね、古いお家の近く」
 町外れに古い洋館があるのだ、とリサドが補足する。
「まじょさん、どんなふくれしたか?」
「えへー、ウィティとお揃いだよー」
 魔女の衣装を着たウィティートは、得意げにくるりと回ってみせた。
「なにしてたれすか?」
「こっち見てたよ」
「まじょさん、ひとりらったれすか?」
「そうなの。寂しそうだった。お友達になりたいなあ」
「ありがとれす。はい、とりーとれす」
 話を聞き終わると、コタローはジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)からお菓子をもらい、ウィティートに渡す。ジーナはレースがついている白の長袖、膝丈のワンピースに赤いぺたんこ靴を履いてウェンディーのコスプレをしていた。
「やった! ありがとう。パパー、お菓子もらったー」
 そして今、樹たちはウィティートに聞いた場所の近くで聞き込みを行っている。ひょっとしたら魔女は子供にだけ見えるのかもしれないというジーナの考えから、聞き込みの相手は子供が中心だ。
「そこの少年、ちょっとよいかな」
 目には眼帯、左手にはフックとフック船長の格好をした樹が通りすがりの少年に声をかける。少年はびくりと体を震わせた。
「あー君、怖がらなくていいよ。こう見えても、このお姉ちゃんは別に恐い人じゃないから」
 緒方 章(おがた・あきら)が、どさくさに紛れて樹に抱きつきながら言う。彼の服装はピーターパンだ。
「なーにやってるですか、この餅野郎が、なのです!」
 すかさずジーナが、お菓子の入ったカゴで章を吹っ飛ばす。
「ごめんなさいね。あの、毎年ハロウィンになるとやってくる魔女さんのこと、知ってますか?」
「え、魔女? あの子のことかなあ。僕が去年見たのは――」
 少年が説明を始める。
「ありがとうございました。はい、トリートですよ」
 少年の話を聞き終えると、ジーナがお礼にお菓子を渡す。
 このようにして聞き込みを繰り返し、章が地図に魔女の目撃地点を書き込んでいくことで、魔女の出現予想地点はある程度絞り込めた。
「この辺りに現れる可能性が高いはずなのだがな……ん?」
 魔女のいそうな場所を歩いていると、樹は一人の少女が狭い路地からこちらを見ていることに気がつく。少女はどうやらコタローのことが気になるようだ。
「魔女の仮装をした女の子……? いや、もしかして!」
 樹は手を振りながら、大きな声で少女に呼びかける。
「おーい、君―」
 ところがその途端、少女は体をびくつかせ、脇目もふらずに逃げ出してしまった。
「あ、あれ……やっぱり私、恐かったのか?」
 樹は肩を落とす。
「そんなことないよ。樹ちゃんはとーってもかわいいさ」
 章が再び樹に抱きつく。
「だーから、この餅野郎がー!」
 今度はジーナの攻撃をかわす章。
「ふ、同じ攻撃を二度は食らわないよ」
「あの女の子、追いかけなくていいのれす?」

 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)、そしてヴェルチェのパートナーであるティータ・アルグレッサ(てぃーた・あるぐれっさ)クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)で結成された【パンプキン・シザース】は、ウィティートが魔女の話を聞いたという『お姉さん』の家にきていた。無論、魔女についての情報を集めるためである。
 牙竜が魔女について聞くと、お姉さんは快く教えてくれた。
「ああ、あの魔女さんのこと? そうね、普段は姿を見ないわ。一人でどこかに住んでるみたい。でも、毎年ハロウィンになるとちらほら姿を見かけるのよね」
「その魔女さん、どの辺に現れるか分かるかしら♪」
 ヴェルチェが尋ねる。
「うーん、ちょっと待っててね。今簡単な地図を書くから。……えっと、去年は確かこの辺りで見たと思うわ。大雑把で悪いけれど」
「その魔女の特徴とかも分かりますかね?」
「似顔絵を描いてあげるわね。私、絵は得意なの」
 お姉さんはルースのリクエストにも応える。
 こうして地図と似顔絵をもらうと、メンバーはお姉さんに礼を述べて外に出た。
「それじゃあ手はずどおりに」
「分かりました」
「頑張りましょ♪」
 魔女を見つけたら警戒されないように接すること。それと同時に残りのメンバーに連絡を入れて情報は常に共有すること。連絡を受けたメンバーは魔女の下に合流すること。魔女に会えたらジャックがお菓子を奪っていく理由を聞き、解決に尽力すること。戦闘は極力避け、相手から襲われない限りは手を出さないこと。やむなく戦闘になる際は、魔女の保護を最優先すること。
 以上のような約束を確認すると、各メンバーは地図を手がかりにそれぞれ魔女探しに散っていった。

「なんとか子供たちに楽しいハロウィンを過ごさせたやりたいもんだぜ」 
 牙竜は特撮ヒーローケンリュウガーのコスプレをして町を徘徊する。本人は正体はバレていないと思っているらしい。お菓子は配るための飴を持参している。
『子供が笑顔になるためなら、自分が串刺しにされようが構わない。正義のヒーローとして!』
 牙竜は、魔女を見つけた暁にはそんなヒーローらしいことを言ってやるつもりだった。

 子供が楽しめないなんて納得がいかない。ルースは魔女にもハロウィンを楽しませてあげたかった。そこで、たっぷりとお菓子も持ってある。
「子供が子供らしくいられない……それが気に入らないんですよね」
 ルースはそうつぶやきながら、夜の町に魔女の姿を探す。

 ヴェルチェは三人のパートナーを連れて町を練り歩く。ヴェルチェの仮装は猫耳ヘアバンド、しっぽつきボディースーツ、ローヒールパンプスと黒猫をイメージしたものだ。
 ヴェルチェについて歩くティータは、目や口に穴を開けた布をかぶってゴーストの仮装。途中でお腹がすいたので、クリスティが作ってくれたクッキーをもう食べてしまっていた。
 クリスティは味も形もとりどりのクッキーを焼き、事前に仲間に配ってある。衣装はバニーガールのものを着ていた。なぜハロウィンにバニーガールなのか疑問だし、クリスティ自身はかなり恥ずかしいようだが、ヴェルチェがそうしろと言うのなら仕方がないと納得していた。
 クレオパトラは、ハロウィンとはカボチャをかぶった者たちが踊り狂うイベントだと勘違いしている。従って自分も戯れにカボチャの面をかぶってみたのだが、その重さに疲れてしまい、すでに魔女探しは他人任せだった。
「うーん、いないなあ。まあ、そんなにすぐ見つかるわけがないわよね♪」
 戦闘を行くヴェルチェに、クリスティが小声で話しかける。
(あ、あの)
「ん、どうしたの?」
(そのままの体勢で聞いてほしいのですが、先ほどからこちらを見ている件の魔女っぽい子が……仮装かもしれませんけど)
(え、どこどこ?)
(左の民家の塀の陰です)
(――うわ、ほんとだ! あのお姉さん似顔絵うまっ)
 ヴェルチェがクリスティに言われた方を横目でちらりと見ると、似顔絵の顔そのまんまの魔女がいた。彼女はふらふらと揺れるクレオパトラのカボチャの面を興味深そうに見つめている。
(間違いないわ。クリスティ、すぐに他のメンバーに連絡して。あたしは時間をかせぐから)
(分かりましたわ)
 ティータやクレオパトラにこのことを知らせたら、不自然な態度をとってしまうだろう。ヴェルチェは平静を装って言った。
「あーあ、なんか疲れちゃったわ。そこの椅子に座って少し休みましょ♪」
「おお、それがよいそれがよい! わらわはもうくたくたじゃ」
「オネェちゃん、抱っこしてー」
「ティータは本当に甘えんぼさんね、ほら、いらっしゃい」
 ヴェルチェはティータを膝の上にのせる。ヴェルチェがさりげなく確認すると、魔女はティータのことをじっと見ていた。
 ヴェルチェたちがしばらく雑談していると、牙竜とルースがやってくる。二人も魔女に怪しまれないように気をつけていたが、魔女は人数が増えて警戒したのか、路地裏に消えようとする。
「待って、魔女さん!」
 ヴェルチェは慌てて声を上げた。
「あたしたちはあなたと話がしたいだけなの。ほら、お菓子もあるわよ」
 魔女は『お菓子』という単語にぴくりと反応し、足を止める。それを見てルースとクリスティも続いた。
「一緒にハロウィンを楽しみたいでしょう。あなたのためにこんなにお菓子を持ってきたんですよ」
「私もクッキーを焼いてきました。きっとおいしいですわ」
 魔女はそれを聞くと振り返り、とことことメンバーの方に歩いてくる。そして物陰から顔だけを出し、こう言った。
「……置いて」
「え?」
「お菓子だけそこに置いて」
 魔女は自分とメンバーたちの中間点辺りを指さす。
「分かったわ」
 ヴェルチェたちが言われたとおりにすると、魔女は物陰からゆっくりと姿を現す。そして用心深くお菓子を拾い集め――突然逃げ出した!
「あ、待て!」
 魔女の予想以上の警戒ぶりに言おうと思っていたセリフも言えずにいた牙竜が、最初に反応して駆け出す。しかし、牙竜が路地裏に入ったときには、もう魔女の姿はなかった。

 リリィ・マグダレン(りりぃ・まぐだれん)が魔女に興味をもったのは不思議なことではない。彼女は魔法使いだからだ。
 リリィは、白いレースをふんだんに使ったロリータチックな美しい魔女服で皆の注目を集めている。彼女にとっては正装のようなものだが、滅多にしない格好なのでリリィ自身も楽しんでいた。
「確かに魔力が感じられる。それもかなり強大なのが。でもちょこまか動いて捉えにくいなあ」
 リリィは魔力を探知するという方法で魔女を探している。この方法なら、いずれは魔女のところにたどり着けるかもしれない。

「噂の魔女はきっとカワイイはず。カワイイ魔女に悪人はいない! 多分何かの手違いでジャックを呼び出しちゃって、自分でも困ってるんだよ」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は日本の子供向けアニメに出てくる魔法少女のような仮装をして、魔女の情報を集めながら町を練り歩いている。この格好で注目を浴びれば、噂の魔女も気になって姿を現すに違いないとの考えだ。魔女と魔法少女は別物だが、本人曰く『魔法少女だって、略せば魔女。仮装に問題なしだよ〜』だそうだ。
「全く……カボチャ共を操っているのが、その魔女かもしれんぞ」
 カレンのパートナージュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、無条件で魔女を信用しているカレンとは違い、魔女に対して警戒心をもっていた。仮装は白い布に笑い顔を描いたスマイリーゴーストだが、これは布の中で戦闘態勢をとっても悟られないようにするためだ。
「ねえ、なんかジャック増えてない?」
 カレンが言う。ここまで来る間にもジャックは何匹か見かけた。あくまで自分たちの目的は魔女を探すことなので退治は他の生徒に任せてきたのだが、ここに来て明らかにジャックを見る頻度が増している。
「言われてみれば……何か変だな」
「わ、こっちに来る。ボクお菓子なんて持ってないよ!」
 一匹のジャックがカレンに向かってきたかと思うと、火術を放つ。一応戦闘の覚悟もしておいたカレンは、これをかわして氷術で反撃する。
「こやつら、どういうことじゃ?」
 ジュレールも戦闘態勢に入る。ジャックたちは次々と集まり、カレンたちはあっという間に囲まれてしまった。
「まずいの。数が多すぎる……む、あれは?」
 ジュレールは、ジャックたちの背後、民家と民家の間に怪しい人影を発見する。人影はジュレールと目が合ったかと思うと、慌てて姿を隠した。
「カレン、こっちだ!」
「え、どうしたの?」
 ジュレールは影を追って走り出す。カレンはわけが分からないままジュレールを追いかけた。

 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)も魔女が悪人かもしれないという疑いはもっていない。アリアの衣装はマントに三角帽の魔女スタイル。上は胸元が開いていて、下はミニスカートとちょっと露出が多めだ。これは、友達に衣装を借りる際無理矢理着せられたものだった。
「魔女さんに会えたら、子供たちを楽しませられる手品やおまじないを教えてもらおうっと」
 アリアは魔女に会ったときのことを考えながら、パンプキンパイを手に町を歩き回った。