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聖なる夜に奴らは群れでやってくる!!

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聖なる夜に奴らは群れでやってくる!!

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第一章 色彩のない華

 クリスマス、賢人の生誕を祝う記念日。
 家族、友達、恋人――多種多様、実に様々な祝い方のある愛の溢れる日でもある。
 そしてその日、料理が苦手のはずの皇祁 黎(すめらぎ・れい)は料理に勤しんでいた。
 目の前に料理の本を置き、泡立て器をカチャカチャと動かしながら悪戦苦闘しているようにも見えるが気のせいだろう。
 そして、そこにちょうどやってきたパートナーの飛鳥 誓夜(あすか・せいや)は彼の料理の姿を眺めて言った。
「ムッ、美味しそうなお好み焼きだな。出来たら、俺も頂こうか?」
「ギャグでも言っているのか? これのどこがお好み焼きなんだ。これはケーキであろう」
「???」
 誓夜には黎の言葉が理解できなかった。
 この部屋中に香るダシの匂い、側においてある乱切りの野菜たち。
「では、その野菜は何だ?」
「これはケーキの具だ。どうだヘルシーでオリジナルに溢れているだろう」

(………………ガビーン!!?)

 この時、誓夜は改めて感じ、戦慄を隠し得なかった。
 黎という男がそこまで料理オンチだと言う事実にだ。
 今、彼が嬉しそうに振っているシェーカーズはベーキングパウダーではなく、ダシの素だと言う事を……
 大根などの水分の多い野菜はおでんに使用すべきで、ケーキとは水と油の関係だと言う事を……
(恐ろしい子!!?)
 誓夜は言葉を失い、どうするべきかを考えた。
 型に注いだ生地の素はクリーム状ではなく、野菜スープだ。
 ダシスープをオーブンに入れたとしても、出来上がるのはケーキではない。
 『もんじゃ焼き……になればマシな方だ!』
 恐らく黎のケーキはかなり残念な仕上がりになっているのだろう。
 だから、念には念をいれて、料理の得意な誓夜はケーキを作り始めたのだ。


 ☆     ☆     ☆


「ヒャッハー」
 そう唱えるとゾクゾクとする。
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は妖艶な笑みを浮かべて、例の言葉を噛み締めていた。
 けして、寒さの所為ではない。
 その言葉は彼女にとっての魔法の言葉なのだ。
 今宵の苦裏須魔主(クリスマス)を楽しむ方法を色々と考えた。
 しかし、どれもヒャッハー以上とは思えない。
 波羅蜜多実業のモヒカン達はヒャッハー! と、いつも楽しそうに笑っていた。
 パートナーのネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)さえ、仁王立ちで彼女にこう言った。
「楽しい苦裏須魔主(クリスマス)? 男ならヒャッハー以外ねーだろ。男の浪漫だ」
 ヒャッハー×男=楽しい。
 算数は苦手だけど、計算は得意のつもりだ。
「クスッ」
 ガートルードは再び嗤うと歩き出す。
 もちろん、小さな小さなパーティ会場へだ。

「これはカルサイトか。違うな……」
 その頃、ルーウェンス・ラトニア(るーうぇんす・らとにあ)は河原で何かを探していた。
 冬の河岸は凍えるような寒さだが、彼女にはどうしても見つけたいモノがあったようだ。
 河に沿って歩き、身を屈め……
 どうやら、彼女は石を拾っているらしい。
 元来、珍しい鉱石はお守りやまじないなどに使用されたという。
 彼女が探しているのもそのような鉱石なのだろうか?


 ☆     ☆     ☆


 金色の長い髪。
 いつも忙しく動く携帯電話上の指先。
「あっ、そこのあなた。コーヒー持ってきて」
「えっ?」
「あなたよ。あ・な・た! 美味しい奴を三分以内! 聞こえたら早く!」
「は、はい!」
 校長室の窓から首を覗かせて、下で歩いている樹月 刀真(きづき・とうま)をパシリに使う傍若無人ぶり。
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)はまさに女王と呼ぶに相応しかった。
 しかし、その展開は刀真にとって、都合が良かったようだ。
 彼はとびきりのコーヒーを持ってくると予てからの計画を実行する事にした。
『校長を屋上へ拉致して、口説き堕とす!』
「メリークリスマス! こんな日まで仕事をする必要はありませんよ。空が綺麗ですし、屋上へ行きましょう」
「? ……外は雪よ」
(しまった!!? 大失敗だ!)
 環菜の言うとおり、空はどんよりも曇っていた。
 刀真は雪が降っているのを忘れるほど動揺していたらしい。
 だが、今日の彼はそんな事で負けるほど甘くはない。
「でも、空が綺麗な事には変わりありません。屋上へ行きましょう」
「ちょ、ちょっと、待ちなさい」
 強引に彼女の腕を取ると、雪の降る屋上に連れ出したのだ。

「まったく、強引すぎない?」
 環菜は不機嫌そうに刀真を睨みつけると蒼天を眺めた。
「……でも、確かに雪は綺麗だわね」
 白雪の中に仄かに浮かび上がる一輪の華を目の前にして、刀真の身体を歓喜の渦が走り抜けていく。
(今だ、今しかない……)
 心臓が止まりそうなほどバクバクと高鳴り、口から飛び出した挙句、爆発するんじゃないかと思った。
 声が震える、焦点は定まらない、だけど行け……今は行け。
 命は惜しくなかった。
 命を賭けずに彼女を口説けるなんて思っていない。
 刀真にとってはこの一瞬が愛おしかった。
 彼女が愛おしかった。
 刀真は隠し持っていたチューリップの花を目の前に差し出して、声を張り上げたのだ。
「環菜! 好きです、惚れてます、愛してます! 俺に貴女を一生護らせて下さい! と言うか俺の恋人になって下さい!」
「なっ!!?」
 思いもよらない刀真の告白に戸惑ったのだろうか……?
 環菜は暫し、動きを止める。
 雪はその勢いを止める事なく白さを増し、屋上の二人を包み込んでいく。
(答え……答えは!!?)
 刀真は目を瞑っていた。
 暗闇の中で回答を求めていた。
 しかし、どこかで聞いたような声が刀真の耳元に飛び込んでくる。
「刀真……残念だけど、環菜を狙っているのはあなただけじゃないのよ」
 頭に突きつけられた銃身。
 それは彼のパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
「刀真、たまには私に譲ってくれてもいいはず。お互い譲れないなら……後は力ずくだけどね」
「くっ、本気ですね月夜。いいでしょう、やりましょう! 勝った方が環菜を手に入れる!」
「クスッ、勝つのは私よ!!」
 左右に散った刀真らは恐るべし戦いを開始する。
 唸る剣に、弾ける銃弾、飛び交う魔法。
 だが、すでに環菜の姿はなかった。
 彼の持ってきたチューリップの花を手に自らの部屋に戻っていったのだ。
 チューリップの色とその意味と環菜の気持ちは……
 それがわかる日は来るのだろうか?