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リアクション
第一章:洗礼
「それではこれより、護衛訓練を開始する! 開始位置は十箇所に分け、また開始地点から5kmまでは移動以外の軍事行動を禁ずるものとする! では……開始!」
移動以外の軍事行動とは言葉を選んではいるが、要するに攻撃の事だ。既に教官達は参加者同士の潰し合いは黙認している。
だがスタート直後に訓練生が密集した挙句戦闘が始まっては護衛訓練の意味がない。それを踏まえての行動規制だ。
ともあれ、まだ朝日も昇り切っていない空が、教官の空砲によって揺れる。それにより皆が皆、一斉に行動を開始する。
徒歩、駿馬、車、バイク、様々な移動手段が用いられる中、小型飛空艇によって空路を用いる者も数人いた。
「……大丈夫なんですかねえ、アレ」
飛行艇の描く白煙の軌跡に燻らせた煙草の紫煙を重ねて見上げ、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は呟いた。
「自分らの護衛対象は、諸事情で亡命を強いられた貴族さん……。って事は何も敵となるのは魔物や蛮族に限らず……」
停車した軍用バイクのサイドカーに乗せたゴーレムに推移していた視線は、突如響いた破裂音によって再び上空へと弾かれる。
見上げてみれば、飛行艇はどれも制御を著しく損ねている。更に先程の破裂音は、明らかに銃声だ。
「……ま、ここまでは予想通りって所ですな。とは言え、こいつは骨が折れそうだ」
煙草を足元に落として靴底で躙り、セオボルトはバイクを走らせ始めた。
「クソッ! ちぃと読みが甘過ぎたかぁ!?」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、地上から熾烈な銃撃を受けていた。
事前にアシッドミストを防御膜のように展開していた為大きな損傷は受けていないが、進行など出来る筈もなく、このまま空に居続ければ撃墜されるのは時間の問題でしかない。
一応、弾丸がアシッドミストをどう突き抜けてくるかによって敵の位置は割り出せるが、あまりの集中砲火に反撃など出来そうになかった。
地上と違い遮蔽物もなく、早朝の空にはスコープで覗くのはご法度である太陽もない。開始直後で他の面々に位置を割り出される心配もない狙撃手達は、気兼ねなく銃撃が出来るのだ。
「だぁあああもう無理! 助けてくれぇええええ!」
「ええい、いきなり何だと言うのだ!」
情けない声に振り向いてみれば、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がパートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)共々、飛行艇を撃墜されて黒煙と共に宙を舞っていた。
カルキノスと違って防御策を講じていなかった彼らの飛行艇は、余りの銃撃に耐えられなかったらしい。
「ちぃ! 世話の焼ける!」
悪態を吐くや否や、カルキノスは小型艇を乗り捨てた。アシッドミストを更に拡散させて、防御膜としての効果を失わせる代わりに煙幕とする。
狙撃手達が自分を一瞬でもロストしてくれる事を祈りながら、彼は自らの翼によって高速滑空しエース達へと接近した。
両手の爪でそれぞれエースとメシエの衣服を引っ掴み、カルキノスは殆ど地面に垂直に落ちていく。
「ちょ……これって飛んでるって言うより落ちてるよな!? 大丈夫なのかよ!」
「舌噛むぞ黙ってろ! 明らかに過積載なんだよ! お前が落ちりゃもうちょい安全運転出来るがな! どうだ、薔薇学生なら紳士らしくパートナーに為に身を投げてみるのもいいんじゃねえのか!?」
皮肉交じりの冗談に、メシエがぴくりと反応を示す。
「よし。エース、行け。安心するがよい、血なら私が残さず飲んでおいてやろう」
「そこは普通骨を拾う所だろうが! 何で血なんだよ! って言うか平然とそういう事言うんじゃねえ!」
「あーもう、うっせえ! ルカルカ! 悪いが拾ってくれ!」
加速度的に地面が近付く中で、カルキノスが声を張り上げた。叫びの矛先は、地上を走っているワゴン車だ。
「合点! ルーフ開けて! ドラゴニュートの石頭と頭突き勝負がしたいってなら止めないけどさっ!」
シフトレバーを慌ただしく操作して、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は応える。
急発進の慣性に揺られながらも、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と夏侯 淵(かこう・えん)は素早くサンルーフから身を引いた。
直後、カルキノス、エースとメシエの三人がルーフから車内へと飛び込んできた。
「いってぇ……この車のシート固すぎだろ……。つーか今日は見学じゃなかったのかよ! いきなり飛行艇に乗せられるわ撃墜されるわで散々じゃないか!」
「贅沢を言うな。この車だって借り物だ。万一荒野に放置するような事になれば、弁償だぞ」
「……ちょっと待て、初耳だぞ?」
「だろうな。今初めて言った。……それより、ひとまず作戦の練り直しが必要だろう。ルカルカ、岩陰にでも車を止めてくれ」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はそう言ったきり、顎に右手を当てて何やら思案している。
依然としてエースは抗議を続けていたが、やがて聞き入れられない事を悟ると、多少不貞腐れながらも腹を括ったようだった。
一方その頃、仁藤 輪子(にとう・りんこ)の飛行艇もまた、集中砲火を受けて墜落していた。
パートナーであるイルミース・アンダーワン(いるみーす・あんだーわん)が先行しいち早く危険を察知して、高度を下げるように命じていなければ、彼女は今頃最初の失格者となっていたに違いない。
「コ、コラ輪子……! 貴様の作戦が早速上手く回っておらんぞ!? 幾らなんでも早すぎであろう!」
「だ、だだ、だって狙撃があるだなんて聞いてませんでしたので……。じじ事前の、情報収集が……!」
「ぐぬぬ、言い訳に価値はない! ついでにそれを聞いておる時間もな! さっさとゴーレムを寄越せ、ひとまずこの場を離れるぞ!」
何とも情けないやり取りを繰り広げつつ、彼らは荒野の岩場へ走り出す。
身を隠し一息吐いて、イルミースは表情に険の色を浮かべる。
「まったく……面倒な事になりよった。あれだけの集中砲火じゃ……この先も相当数の狙撃手が隠れておるだろう」
「あ、あの……ア、アンダーワン卿……」
盛大にどもりながら自信無さそうな声色を紡ぐ輪子に、イルミースの険悪な視線が向けられる。
「何じゃあ、この役立たずめが」
「いえ……その……あの……た、確かに飛行艇は落とされてしまいました……けど、ま、まだ……危険を他の参加者にぶつけて楽をする作戦自体は……取れると思います……」
「……ふむ、それもそうか。うむ、よかろう。ならば暫くは此処で身を潜めて待つとするか。その内誰かが通るであろう」
岩陰にゴーレムを下ろし、自分も腰を下ろしながら、イルミースはやたらと尊大に呟いた。
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