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【学校紹介】貴方に百合の花束を

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【学校紹介】貴方に百合の花束を
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第5章 別たれたもの、消えない絆。


「ここで一服してはいかがですかー!」
 客の合間をミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がちょこまかと動き回っている。左手と左腕に二枚銀のトレイを抱え、上に載ったプラカップやデミタスカップを次々と配りながら、注文を受けたり、会計補助にと忙しい。
「真奈〜、追加でエスプレッソ二つお願い〜。あと紅茶の仕込み追加〜」
「はい、わかりました。でも、私お料理は苦手って言いましたわよね? それに、もうそろそろ教会の方にも行きた……」
 ワゴンに載せたレトロなレジの前で和泉 真奈(いずみ・まな)が答えるも、ミルディアはお客さんにカップを渡していて、もう聞いていない。
 客の入りはいい。清算はワンコインでお客もこちらも手間がかからないし、原価の余りかからない紅茶だから収益もそこそこといった具合だ。
「強引なんですから。……まぁ、いつもの事ですし、あまり気にもしていられませんわね……」
「すみませーん」
「いらっしゃいませ。はい。アイスレモンティーのセットですね? ありがとうございます」
 真奈は冷蔵庫からガラスのポットを出すと、氷を入れたプラカップに紅茶を注ぎレモンを浮かべる。
「コレ旨いじゃん。どこの菓子屋で買ったの?」
 ぱくん。セットに付くお茶うけのマドレーヌを一口食べて、氷湖 椿(ひょうこ・つばき)が真奈に問う。可愛らしい新入生の笑顔から出た乱暴な言葉遣いに真奈は一瞬びくっとしたが、それが褒められていることがわかると、控えめに微笑んだ。
「これは私のパートナーのお手製なんですよ」
 いかにもスポーツ少女といった風のミルディアだが、意外に料理好きという一面がある。
「へぇええ。やっぱお嬢様学校だけあって、家庭的なんだね。料理は花嫁修業の必須科目だもんな」
「……全員が全員そうでもないよ。ボクは座学と家庭以外が好きだよ……アハハ」
 エスプレッソをゆっくり飲みながら、椿に答えて鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が頬をかく。
「確かに自分はお嬢様ってカンジじゃないなぁ。オレもそうだけどさ」
 椿は改めてヨルを見回した。くせっ毛の黒い毛先はあちこちにはね、バザーのお誘いの手紙は字がへにょっとしていて、言葉づかいもおよそお嬢様らしくないし、そもそも上流意識にはうんざりしているほどらしい──それが実家から、再教育の為に入学させられたそもそもの動機だとは、さっきバザーを回っている間に本人から聞いた話だ。
 それでも、不案内で困っていたオレを誘って連れまわしてくれているのだから、お嬢様の素質は十分あるような気もするけれど。
「ね、今から白百合団の出し物も見に行こうよ。生徒会長や校長、ラズィーヤさんもいるかも。この機会に話しかけてみたらどうかな?」
「いいね、行こう。今日はさ、たくさん友達ができるといいなって思ってきたんだ」
 二人は連れ立って、時計塔に向かう。広場中央付近にある街のシンボル・時計塔周辺は、白百合会・白百合団を中心としたバザー実行委員会本部と、彼女達共同の出し物が行われていた。
 時刻は午後二時、ワゴンに並べられた商品にはあちこち歯抜けが見える。黙っていてもお姉様たちに憧れる下級生があれこれと買って行ってしまうのだ。
「センセー、新入生だよー。レースの編み物あったら見せてほしいなー!」
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)と話していた百合園女学院校長・桜井 静香(さくらい・しずか)が振り向く。椿にとっては、先日の新入生歓迎会の挨拶以来に目にする校長。間近に見ても美少女だ。
「いらっしゃい。わざわざ来てくれたの? ゆっくり見て行ってね」
 エプロン、キルトの鍋敷きや鍋つかみ、編み込みの敷物、アクリル毛糸たわし……静香や白百合会お手製の品々は、どうやら日常生活品らしい。その中に混じって、レースを使った小物が置いてある。
 静香はレースを縁に使ったコースターやシュシュ、コサージュをヨルと椿の前に広げた。
「普段遣いにいいと思うよ。……っていうか、街が日用品で不足しそうだから作ったんだけどね」
 はじめまして、と校長は椿に挨拶してから、似合いそうなシュシュを二人に幾つか勧める。
「ねぇ、このレース編みの腕でパラミタトップを狙ったらどうかな?」
「レースの大会とかあったかな? 今度調べてみるよ」
 わいわい話していると、ラズィーヤも静香の隣に立つ。
「あら、かわいらしい子ですのね。……静香さん、ちょっとお二人を貸していただきますわよ」
「う、うん」
 けれど、ラズィーヤの本当の目的はそれではなかったようだ。彼女の目配せに、静香が先ほどから感じていた視線の方向を振り返ると、
「静香さま、パンフレットの在庫補充終わりました。今お暇ですか?」
 真口 悠希(まぐち・ゆき)が店の奥から顔を出した。
 彼は今日、白百合会のバザーに、自作のヘアゴムやピンクッションを出品していた。その一つ一つが、静香の手作り品とテイストなどを合わせている。
「……あ、うん。今行くね」
 ラズィーヤとヨル、椿に名残惜しげな視線を送ってから、静香は悠希の待つ方へと歩いていく。
 店の横では、そんな静香と不安げな悠希の二人を、悠希のパートナー上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)真口悠希著 桜井静香さまのすべて(まぐちゆきちょ・さくらいしずかさまのすべて)が、心配そうにみつめていた。
「自信とは実績から来るもの故。最近の悠希は全く自信を失っているな」
「そうだね。立ち直ってくれると良いのだけど。最近、僕に悠希が書き込んでいる静香さまの思い出は……」
 二人は顔を見合わせて、悠希を見守っていた。

「静香さま、ボク、お話ししたいことがあるんです」
 悠希はどこか思いつめたような、何かを決心したような表情をしていた。 
「ボクは……静香さまの力になりたいと、ずっと頑張ってきたつもりでした。でも……実際は全く逆になってて……。自分の気持ちを押し付け、静香さまに決断を強いる事にすら気付かなくて……御免なさい……」
 それの“決断”が何を指すかは言うまでもなかった。 去年の新入生歓迎会で初めて静香と出会ってから、もう一年。その間に、今まで何度か静香にしてきた告白のことだ。
「ううん、気にしないで。決断するって決めたのは誰のせいでもないよ?」
「多分……ボクは静香さまの側にいて、理解してる気分になり満足してしまっていて……本当はもっとリン様の様に実績を挙げたり、静香さまに相応しい人物になれる様自分を高めなければいけなかった……」
 ちらり、と横目で見る。遠くにいる生徒会の手伝いをしている友人の、青いロングウェーブの髪が目に入った。
「……新入生の皆様を見ると、ボクも初心に帰り自分を高められる様、皆様と頑張らなきゃって思います……」
 静香の決断、それがいつになるかは分からないけれど。その時までには自分も想いと覚悟の全てを、静香や友人に伝えられるようになりたいと、彼は密かに決意していた。
 けれど──その決断の一つは、彼の予想外に早かった。
 静香の桜色の唇がゆっくりと開く。
「ねぇ、真口さん……」
「はい」
「あのね。厳しいことを言うね。……真口さんの今の状態は、依存だと思う。そして、僕もそんな真口さんに今まで甘え過ぎてた」
「え……?」
「僕は、実績を挙げたりとか、相応しい人になれるとか、それだけで好きな人を選んだりしないよ。あとね、真口さんは、“僕に好かれたいから”実績とか、能力とかが欲しいのかな?」
 口調こそ優しかったけれど、言葉は厳しく悠希に突き刺さる。
「……僕ね……、最近、僕が真口さんをダメにしちゃってる、って思ってるんだ。僕が冷静な判断をできなくしちゃってる」
 悠希が見上げた静香の顔には、戸惑いが浮かんでいる。
「だから、しばらく距離を置いた方がいいと思うんだ。ううん、置きたい。……分かってくれるよね? こんな状態が続くのは、お互いの為にならないよ」
 余りの発言に、悠希の頭が混乱する。今までずっと一緒にいて、これからも側にいられると思っていたのに──。
「僕のこと、たくさんの人が助けてくれたんだ。それは、僕が“校長”だからかもしれないし、そうでないかもしれない。けど、僕は応えなきゃいけない。この前、強くそう思ったんだ。僕が……僕のせいで、多くの人が命を危険に晒した──そんなことはもうあっちゃいけないんだ。結局同じことをしちゃったとしても、しないように、努力しなきゃ」
 それが闇組織との人質交換のことだと、すぐ分かる。
「だから今日のバザーなんだよ。僕はすぐには強くなれないけど、できることからやっていきたいから。……その気持ちを解って欲しかった、な」
 静香はそっと悠希の手を取り、包み込むように一度だけギュッと握ると、その手を放した。手の中にぬくもりだけが残る。
「し、静香さま、ボク……!」
「──静香さん、お客様ですわよ」
 悠希が言いかけた言葉は、ラズィーヤの呼ぶ声に中断された。
「今行くよ! ──ごめんね。また、いつか」
 厳しい顔をしてラズィーヤの元に戻る静香……だったが、その顔は急に疑問符の浮かぶいつもの顔になった。
 ラズィーヤが振り返る。その腕に大切そうに抱かれているのは、青いドレスと帽子を被った……かもしれない、ラズィー……ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)?……ともかくアンドレ作のゴブリン人形らしきものだった。
「それ何? ラズィーヤさん?」
「うふふ、一点ものだそうですわよ。さ、悲しそうな顔してないで早くお行きなさい」
「……こんにちは、桜井校長」
「あ!」
 見知った顔に、静香の顔がぱっと明るくなる。ラズィーヤの言うお客様とは、元教導団員の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。手には何やら骨董品の入った袋を提げている。
「お久しぶりです。お土産を買ったんですけど、壊れものに簡易包装がちょっと不安で。入れるのに適当な袋物とか売ってませんか?」
「これなんかいいと思うな」
 静香が見繕ったキルトのエコバッグを祥子は受け取ると、古代王国時代の日記やオルゴール、杯などを移し替える。
「歴史に興味があるの?」
「私、教導団から空京大学に進学しまして、歴史を勉強中なんです。これは大学に寄付しようかと思って」
「そうだったんだ。改めて……ご卒業・ご入学おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 お互い軽く会釈をして、照れたように微笑み合う。
「この一年、色々なことがありましたね。進学もそうですし、校長ご自身もヴァイシャリー湖での一件とか……」
 歓談しながら、たくましくなったかな、と静香を見て彼女は思う。自分も、校長も変わっていく。そして、国も。
 ……今はいい。けれど、東西に分割統治されることとなったシャンバラ。いずれ行き来が制限されることになってしまったら。そうしたら、桜井校長には余程のことがない限り、会えなくなる。
 一つの国が分裂することなど、地球にもいくつもの例もある。けれど建国してすぐにこんな事態になるだなんて、祥子も想定外だった。
「……うん、色々なことがあった。僕が今チャリティをやろうって思ったのもね、街が闇龍の被害に遭ったからなんだよ」
 辺りを見れば、ヴァイシャリーの伝統的な建築物のあちこちが壊れ、崩れ、行きかう客の中には松葉づえを付く男性、腕を吊っている女性などがちらほら見える。それは祥子も気にかかっていたことだった。
「それに、百合園がずっとお世話になってたこの街が、結果的にエリュシオンの下に入っちゃったよね。街の人にだって、契約者、百合園の生徒に悪印象を抱く人もいるかもしれない。だから、ごめんなさいとありがとうの気持ちを込めて。今度は湖の時みたいに、嘘じゃないよ?」
 静香は嘘をついた苦い思い出に苦笑してから、悔しそうに拳をぎゅっと握りしめる。
 地球の国々とエリュシオン。地球人とパラミタ人。契約者とそうでない者。同じ学校の者と違う学校の者。守旧派と革新派。様々な対立と主張のせめぎ合いが決定的な衝突を起こさないようにと静香は願っている。“みんな、仲良く”、と。
「肝心な時に、僕は別な場所にいて。助けてもらってるばかりで、街の人の助けになれなかった……から」
 うつむきかける静香は励ますように、祥子の手のひらがぽんと静香の肩を叩く。
「国は割れてしまっても志や願いはきっと同じですよ。また機会があったら、会いに来ます」
「うん、また」
 握手をして、別れを告げて。
「ええ、また」
 祥子は最後に軍隊式の敬礼を取った。建国前、教導団はシャンバラ全体を、ヴァイシャリーを、そして百合園を守る軍だった。たとえ国が分かれても、軍を退いても、静香を大切にしたい気持ちは今も同じ。
「また、お会いしましょう」
 再会の約束と共に手を下して、ふっと表情を緩めてただの大学生に戻った祥子は身を翻す。
 たとえ国が分かれても、結ばれた絆はきっと消えない。それを二人は知っていた。