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【学校紹介】貴方に百合の花束を

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第6章 あやまち、すれ違い、仲直り。


 はばたき広場・右翼の特設ステージでは、その頃筝曲部の演奏が終わりを迎えようとしていた。
 和服姿の筝曲部員が数人、最後の演目『水の変態』を弾いている。変態、といっても変な人のことではない。霧、霰、露、雪など様々に変化する様子を詠んだ短歌七首を歌詞として、著名な音楽家宮城道雄が弱冠十四歳で作曲した筝曲である。彼の作品の中にはお正月になると街角で流れる『春の海』もある。
 水の流れのように緩急取り混ぜた曲に乗せられた短歌が響く。
 やがて指にはめた四角い象牙の爪が最後の一音を弾くと同時に、観客から拍手が起こった。
 いったん幕が下ろされ、村上 琴理(むらかみ・ことり)が爪と琴柱を外してケースに入れていると、
「お疲れ様ですー」
 知り合いの声がした。琴理が顔を上げると、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が立っていた。白百合会のお手伝いとして、舞台の細かな設営などを手伝ってくれている。
「すごく素敵でしたー。琴里お姉様ーって憧れて来る人いるかも……って来ちゃまずいんでしたっけ?」
 幽霊部員が人気だったら立場的に微妙かも、と思い直す歩に、琴理は笑った。
「大丈夫ですよ、残念ながらそんな人はいませんから。七瀬さんが来てくれるだけで十分嬉しいですよ」
「お疲れだと思って、お茶菓子持ってきました。良かったらどうぞ」
「ありがとう、頂きます。ちょっと待ってくださいね」
 ケースに入れた琴を側の筝曲部員に預け、自前の荷物だけをまとめて、二人は舞台裏手に回る。
「良かったら、七瀬さんもお茶をどうぞ」
 琴理は休憩用に作られたスペースで、“ティータイム”で何処からともなく取り出したお茶をカップに注いだ。
「ありがとうございます。……筝曲部も人気があるって聞いてましたけど、地球人よりパラミタ人が多いんですね」
 舞台袖で見ていたけれど、羽が生えてたり、角が生えてたり。そんな種族が着物を着て日本語で歌うのは、日本人としてこう妙な違和感というか感動がある。
「そうね」
「そういえば、百合園には守旧派と革新派がいるって話を聞いたんですけど、どういった主張をされてる方たちなんですか? ……白百合団の人たち見ててもそんなに対立してるところなんて見たことないんですけど」
 百合園は、元は日本のお嬢様学校である。静香が憧れていたから、という理由でパラミタに作られた以上、百合園それまでの規律や美徳が受け継がれているのは当然だ。
 しかしパラミタにあって世界及びパラミタ各地から生徒を受け入れたために、文化的な衝突が起こっている。新しい規律と美徳を作ろう、これが革新派の意見である。
 けれど生活していても、今の筝曲部を見ている限りでも、正直なところそんな対立があるようには思えない──それが歩の実感だ。
「ええ、確かにそうですね。主張といっても些末なことで、テーブルマナーだとか、カリキュラムにパラミタの礼儀作法を入れたいとか、そういったことなんです。どちらもそれぞれの立場で百合園を愛してくださっている方々ですから、対立と言っても会議とかで解決しようとしているんです。デモをしたりするわけでもありませんから目立ちませんよね、ただ、こういった問題は難しいですよね」
 歩にも思い当るところがある。地球でも日本人に、キスが挨拶の文化となる国の人が急にキスしたら失礼になるし、礼儀としてのお辞儀を相手国の首相がしたら、あちらの国では頭を低くするな、などと言われることもある。手づかみで食べる文化とフォークとナイフの文化、そばをすするのが粋な江戸っ子……。
「ただ激しく衝突していないのは、白百合会の権限が一般教職員に優越するから抑えられている……というところも、あるんですよね。現在の白百合会役員の方々は守旧派ですから。この対立が目立ってきたのは──日本の影響が薄れ始めているからです。中には野望を持って革新派に所属している方もいます」
 琴理は声を低くした。
「東シャンバラは、エリュシオンの影響下に置かれました。世界中からお嬢様が集まっているということは、エリュシオン出身の方も中にはいらっしゃるということです」
「野望……」
 なんだか大それた話になってきた。
 歩はお茶菓子のクッキーをつまんで口に入れかけたところで、はたと思い出す。
「あ、そうだ、そろそろ次の出し物の準備……」
 立ち上がりかけたところ、大丈夫ですよと声がかかる。
「役者さん、いらっしゃいました」
「え? っあ──」
 かつてヴァイシャリー軍に指名手配された桐生 円(きりゅう・まどか)ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が連れ立って歩いてくる。

 遡ること一時間ほど前のこと。ラズィーヤは、意外な光景に目をしばたたかせた。
「一年前の行動は、反省してます、ナガンと一緒に謝りに来ました」
 百合園の問題児であった桐生円が、敬語使用の上、人に頭を下げたのである。
「どういった心境の変化かしら? 生レバーさん?」
「言っておくがナガンが連れ出したんじゃない、円が自分の意思で来たんだぞ」
 隣で円の真似して頭を下げつつナガンが補足するが、あの円が謝るのか、と本人もびっくりしていた。
 この一年。新入生歓迎会で男子生徒をスナイプしようとしたとか、演劇部の本番舞台で生レバーを役者に食べさせたりとか、カジノ客に銃乱射とか、お仕置き部屋から脱走して琴理をまるごと洗濯しようとしたりとか、色々やってきた円だったが、そんな彼女にも一年間で大事なものができていた。
 もしこのまま自分が人から見て恥ずかしいことをしていたら、ついていきたい人にとって恥になってしまうだろうと、そう思ったのだ。
「何処かボランティアで誰も行っていない面倒な場所とか余ってません?」
「百合園に無期限奉仕でもいいんですけどね」
 何やら決心した様子の円とは対照的に、ナガンは口ではそう言いながらも謝りに来たようには見えない。実際、円に付いて百合園生に銃を乱射したのは、円を助けるためで悪いことだとは思っていない。なら、そんな奴が謝っても薄っぺらいだろという理屈だ。円が謝るならきっと悪いことなのだろうとも思うけど。
 ラズィーヤは彼らの後頭部を見つめながら考え込んでいたようだったが、何かを思いついたようにふっと微笑をこぼした。
「円さんは……他にも謝らなければいけない方がいらっしゃいますわよね?」
「……」
「いいですわよ、色々とお二人の噂は聞いていますわ。百合園や民の為に尽くしていただいているようですから、指名手配は取り消すようお父様にお願いしておきますわね。仮にも神子のパートナーを、というのも外聞が宜しくないですしね」
「……じゃあ」
「今日一日、ボランティアをしていただきますわね。聖堂廊下のミルク磨きと聖書の全文写本……どっちが宜しいかしら」
 百合園女学院生の間での悪名高き“奉仕活動”(という名の罰)を口にして、うめきかけた円に、彼女は片目をつぶって見せた。
「嘘ですわよ」
 ラズィーヤはどこかに電話をかけると、二人に舞台へ行くように指示した。
「つい、かわいいコはいぢめたくなっちゃいますの☆」

「あ、……あの時は……ごめんなさい」
 琴理の姿を前に、円が目を伏し目がちに謝罪した。去年の夏以来の再会だ。ナガンも続けて、迷惑かけたみたいで悪かったなー、などと言う。
 琴理襲撃時、二組の間に立って琴理を庇おうとした当人の歩は、クッキーを慌てて飲み込んではらはら見守っていた。
「いいえ、あの時は私も申し訳ないことをしました、気にしないでください」
 琴理は歩を安心させるようににこやかに言い。それから。
「……【魔法少女☆まどまど】」
 円の肩がびくっと跳ねる。何故こいつが知ってるんだ。
 歩が得心したようにぽんと手を打った。
「あ、円ちゃんだったの? これが脚本だよー」
 二人に歩は薄い台本を渡す。色紙の表紙には、『クッキング魔法少女 まじかる☆すいーつ』と印字されていた。その後ろにマジックで『まじかる☆まどまど』と書き足されている。
「児童文化研究会の演劇があるんだけど、急きょ役者さんに欠員が出ちゃって。えっとね、子供たちの好き嫌いをなくすために、お野菜星で暴れる悪い野菜をお料理する魔法少女のお話しなんだって」
 琴理は一旦席を外したかと思うと、白と緑、二着の服を抱えて戻ってきた。白い方を受け取って円が広げれば、きらきら輝くフリフリミニスカ衣装が現れる。ゴシック衣装を好む彼女なら絶対選ばないタイプの服だ。
「も、もしかしてボクが……魔法少女役?」
「今日一日はまどまどって読んであげますね。あ、気に入ったらずっと呼んでもいいですよ? そうそう、もしこの衣装が嫌だったら、役を交代してもいいですよ?」
 もう一着を受け取ったナガンが広げれば緑の方はピーマンの着ぐるみである。
「円ちゃん、どうする? ナガンはどっちでもいいけどなー」

 その後特設舞台には、ガチで向かい合う二人の姿があったという。
「覚悟しなさい怪人ピーマン! 今日こそ肉詰めにしてあげるわ……!」
 魔法少女バトンを構えた円の瞳には、演劇だけではない覚悟が詰まっていた。
「ナガン、覚悟ーっ!! 必殺、千切り☆アターック!!」
「肉詰めは切らないだろ、ってマジですか! ちょ、や、やめて下さいよ円さん!!」
 こうしてまじかる☆まどまどは今日一日、お子様たちのヒーロー(ヒロイン?)、お野菜王国の希望の星になったのだった。
 しかし、後にナガンはこれに異議を唱えたという。魔法少女の必殺技でお星さまになったのは、彼女の方だったからだ……。