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【学校紹介】貴方に百合の花束を

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【学校紹介】貴方に百合の花束を
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第7章 白百合、色とりどり。


「……あ、あの。……これはどちらに置けばいいでしょうか?」
 きびきびと働くバザー実行委員に交じって、弱々しげなメイド服の少女が一人段ボールを抱えていた。中学生くらいだろうか、ぱっつんと切った前髪の下から少し不安げな目を覗かせている。
 呼ばれた白百合会会計 遠藤桐子(えんどう・とうこ)は、数字とグラフがひしめく資料から顔を上げて、ようやく声の主が葦原明倫館の生徒であることを思い出した。
橘 綾音(たちばな・あやね)さんだったわね、それは私が預かるわよ。もうティータイムの時間だから、休憩に入ってもいいのよ」
「いえ、山ほど仕事がありますから。お役に立ちたいんです」
 それに綾音は、お嬢様学校の生徒会はどんなものだろうかと興味があった。
 今日一日手伝って分かったことといえば、彼女達は仕草や口調こそ優雅であったりおっとりしても、するべきことを自らの手で計画立案し、実行するに当たり手を抜かないということだ。たとえ学校外であっても、自らをいつも律することを信条としているようだった。
 けれどまだその秘訣・モチベーションについては分からない。側にいれば、その秘密少しが判明するような気がしていた。
「じゃあ、そちらの段ボールを救護スペースに持って行ってくれるかしら。そうしたら休憩に入ってね。……今日は暑いから、ちゃんとお休みとらないと駄目よ」
「はい」
 綾音はさほど重くない段ボールを抱えて十数メートルの距離を歩き、張られたテント(こちらはキャンプ用テントだった)の裏口から顔をのぞかせる。
「こんにちは、備品のストックをお届けに来ました」
「あー、はいはい、助かるわ。そこ置いといてー」
 彼女に答えて首だけで振り返ったのは、保健委員の腕章を付けた妹尾 静音(せのお・しずね)だった。
 だるそうにため息をついて、置かれた段ボールの中身を空け、棚に並べていく。
「……忙しいし、子供の相手もメンド……なんでもないなんでもない。あはは」
「静音さん、忙しいのですからもっとしゃきしゃきなさって」
 こちらは振り向かず、養護教諭フィリス・豊原(ふぃりす・とよはら)がテントの中央で、膝をすりむいた子供をヒールで治療している。
「暑いなぁ、ここむしむしするよ。やる気でないよ……ねぇ、氷術で氷出して」
「今治療中ですわよ。お待ちになって」
 今日は七月後半なのに真夏日。風が吹かないテント内にいたら、熱中症になってしまいそうだ。
「ですから静音さんは迷子の相手をお願いいたしますわね」
「はいはい……それにしても他に保健委員とかいないのかしら」
 救護スペースのすぐ横には小さな迷子預り所が併設されている。
 静音が向かうと、マットの上で積み木を重ねていた子供たちが、おねーちゃん遊んでー! と群がってくる。中には大人びた彼女の姿に忘れていた母親を思い出したのだろう、泣き叫ぶ子供もいてかしましい。
「ああ、よしよし泣かないで。きゃあ、髪引っ張らないで」
 抱き上げてあやそうとして、薄茶のロングの髪をぎゅーっとひっぱられ、静音が小さな悲鳴をあげる。
 足元にまとわりついておねーちゃん大好きー、と言ってくる男……もとい五歳くらいの男の子の頭をなでて、静音は再びため息をついた。
「せっかく学外の男と出会いがあるかと思ったのに……」
 
 その頃、学外の男性の一人であるフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)他数名は、バザー実行委員会本部を訪れていた。隣には蒼空学園の火村 加夜(ひむら・かや)の姿がある。
 実行本部の外縁、来客用に設けられたテントの中に、しかし白百合会役員の姿はない。
 テーブルを挟んで彼と向かい合うのは、アナスタシア、百合園女学院改革派で頭角を現している人物だ。アナスタシアの他に二人、白百合団所属の氷川 陽子(ひかわ・ようこ)ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)もまた、彼女に同席している。
 洋子とベアトリスは午前中、アナスタシアとその友人が開く(彼女曰く“サロン”)のバザーを手伝っていた。それは不要な品をオークションに出すというものと、屋台だった。前者はアナスタシア達の故郷であるエリュシオン帝国の価値ある骨董品──それを所持することにより、エリュシオンへの造詣の深さを対外的に示せるような──、後者はエリュシオンでよく食べられている飲食物の販売だった。
(アナスタシアさんの仰ったとおりですわね)
 ベアトリスはフェルナンをはじめとした商工会議所に関わりのある面々を眺めて思う。
 フェルナンを含み、老いも若きも男女取り混ぜて五名。内訳は貴族に商人、学者といったところ。フェルナンは父が、であるが、商工会議所の役員やアドバイザーを務める面子である。アナスタシアが指名した目的は、丁度今俎上に載せられている話題だ。
「こちらが破壊された代表的建造物の全てですわね? それからこちらが、買い手を欲している不動産のリスト」
 加夜の手から書類を受け取り、アナスタシアは薄いロシアン・ブルーの瞳を落とした。
「その通りです」
「ありがとうございます。私たち好みのサロンを作るのは勿論、ヴァイシャリー復興に協力するため、よく検討させていただきますわ」
「……私どもとしましては、景観には十分ご配慮いただきたく」
 老貴族の発言を彼女は意に介さない。
「ヴァイシャリーはすでに“シャンバラ古王国の離宮があった場所”ではありませんのよ。“東シャンバラ王国の首都”なのですわ。古きものにしがみ付くのは感傷に過ぎませんわ」
 その言葉にフェルナンが、
「勿論、エリュシオンからいらした方が、心地よく過ごして頂くため、当会議所でもホテル等の準備を行っております。ただ、何もかも同じになってしまっては、エリュシオンの方々の避暑地・観光地としての価値が薄れてしまいますから……」
「詳細はこれから詰めましょう」
 それからアナスタシアは建築物のあれこれをエリュシオン風にしたい、と具体的な事例を挙げて会議所の面々を内心辟易させた。
 彼女が帝国の有力貴族の娘であることは彼女自身が包み隠さず語っており、現在親帝国の姿勢を見せている(とりもなおさず女王が人質になって国を守るためではあるが)東シャンバラ諸都市は恭順せざるを得ない。それを知ってやっているのだ。
「では、共に、新しきものを作り上げましょうね」
 一人一人と握手を交わし、短い会談は終了した。
 彼女が出て行って少ししてから、テントの中に誰かの小さな吐息が聞こえた。そして彼らは、低・無金利での個人商店への融資などの話を始める。エリュシオン資本に買われないよう、先に手を打つ必要があったのだ。
「お疲れ様でした……だ、大丈夫ですか」
 冷たいオレンジのジュレを配る加夜は、フェルナンの顔色が悪いのに気付く。
「ご心配をおかけして済みません。……最近寝ていないものですから」
 シャントルイユ家は、闇龍の脅威に晒された日は商家として人や物資を船で運び、それ以降も対応に追われていた。彼が父親の代理としてここに来たのは、百合園女学院生徒の契約者だからでもあり、父親が過労で倒れたからでもある。
「無理しないでくださいね。琴理さんがきっと心配していますよ」
「ありがとうございます」
 彼は加夜に微笑して、
「ただ、気は抜きたくないのです。あの方にそのつもりがあるのかないのか、判りませんが……、彼女が行おうとしているのは、文化的侵略行為のようなものです。私はこのヴァイシャリーを……いえ、……ただここで生まれ育った者として、つまらない感傷にしがみつきたいだけなんです」
 拳を握りしめて。その手をゆっくりと開いて、スプーンを取って。
「……冷たいうちにいただきましょうか」
 彼はジュレで口を塞いだ。

「幾つか質問があるのですが、宜しいでしょうか」
 テントを出てバザーに戻るアナスタシアの背中に、ベアトリスが話しかける。
「どうぞ。ただ革新派といっても一枚岩ではありません。あくまで私と私の友人のサロンのお話が中心であるということはご理解くださいね」
「ではまず、アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)についてです。彼女はエリュシオンの皇女であるそうですが、それについて革新派は、どのように考えていらっしゃいますか。ヴァイシャリーが親エリュシオン派であることを理解したうえで答えてください」
 あら、とアナスタシアは微笑した。
「私、今後はアイリス皇女殿下には皆様のお手本になっていただきたいと思っておりますの。皇女殿下となれば礼儀作法は一流ですもの。私と友人の描く“理想の儀礼”の確立に役立てたいと思っていますわ。ただ今までのご学友と無理やり引き離して、代表立てたり協力していただこうとは、今のところは考えていませんわ」
 今度はベアトリスに代わり、陽子が口を開く。
「では、次の質問ですわ。革新派の新しい姿とは、百合園にとってはどのようなものなのですか? たとえば、具体的にはどうしたいのか。また、百合園の共学化も考えていらっしゃいますか?」
「共学化など考えていませんわ。後は先ほどお答えした通りですわ。日本式の礼節だけではなく、他国やパラミタの礼節を含んだ儀礼と「お嬢様」の確立です。何と言っても、百合園の生徒の幾らかは将来宮殿で女官となるのですわ。他国の礼儀に通じた人間が必要かと思いますの」
「百合園やヴァイシャリーでは、怪盗舞士をはじめ、闇組織やら離宮探索やらへの対応で大わらわですが、これらについて革新派の意見を聞きたいのですが」
「対応の中心は、現在主流の守旧派ですわ。ただ、中には革新派の人物もいますわよ。勿論、百合園の問題に対しては、協力して解決したい思っていますわ」
「次ですわ。最近、シャンバラが建国されました。けれど、女王がエリュシオンに連れ去られ、東西に分かれての建国となりました。ヴァイシャリーは、親エリュシオンの東シャンバラ王国の首都となり、女王の代理としてセレスティアーナという人が来るそうですが」
 アナスタシアはよどみなく答える。まるで今まで同じ質問を何度もされてきたように──いや、されてきたのだろう。
「まず、東西に分かれたのは残念でしたし、望んでもいませんでした。セレスティアーナ様については詳しいことは存じませんが、女王アムリアナ様のパートナーであれば迎え入れざるを得ませんわ。でも、それに相応しい礼儀作法を身に着けていただきたいですわね」
 再びアナスタシアはくすりと笑う。
「警戒されていらっしゃるの?」
「ご意見を伺いたいだけですわ」
「では、念のため言っておきますけれど、公正な選挙で選ばれた白百合会役員の皆様を陥れようなどとは考えていませんわ。いずれ行われる生徒会選挙までには、皆さんにこの理想をご理解いただきたいものですわ。無論、貴女がたにも。もし納得できないようであれば、繰り返しご説明させていただきますわよ」
 そこまで言って、アナスタシアは突然道を替えた。そちらは百合園女学院の校舎がある方向だ。
「どちらに行かれるのですか?」
「柔道部の方に見学に誘われていますの。宜しければご一緒にいかが?」
 彼女達は連れ立って校舎へと向かう。
「ご存知かしら。地球では、白百合は清らかさ、聖母マリアの象徴だといいますわ。マドンナ・リリーと呼ばれるニワシロユリ。けれど今、復活祭用いられるのはイースター・リリー、日本原産のテッポウユリだといいますわ」
 けれど──アナスタシアは振り向いた。
「そう、白百合にも様々な種類の花がありますのよ。その百合がたとえば、カサブランカになっても白百合に不都合はないでしょう?」

 空になったテントの入り口を上げれば、淀んだ空気が流れ出していった。
 テントの布巾をきゅっと絞る。テーブルを拭きながら、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)生徒会長・伊藤春佳(いとう・はるか)の整った横顔に視線を送る。生徒会長という役職にも関わらず、彼女は労を惜しまず、はたきをかけ、箒で床を掃いていた。
「ごめんなさいね、こんな雑用をお願いしちゃって」
「いえ。最近白百合団で戦いばかりで……、たまにはお手伝いをしませんと」
「気にしないでね。それぞれやるべきことがあるのですから」
「……あの、会長にお伺いしたいことがあるのですが」
 ロザリンドは再び手を動かし始める。磨かれたテーブルに自分の映り込んだ。
「東西に分かれてしまいましたが、これからどうなるのでしょう?」
「どうなるのでしょうね」
 はぐらかされたのか、と一瞬思ったが、春佳の声音はしごく真剣だった。
「私達は百合園とヴァイシャリーを守るだけで精一杯でした。大人の思惑に振り回されるばかりでした。侵略を許さないための建国が、結局地球各国と帝国の介入を許してしまったのです……後悔しています。実家に頼るなど、なりふり構わず進むべきだったと思うこともあります」
「会長……」
「これからはラズィーヤ様の率直なご意見を伺うことも難しくなるかもしれません。ただ付け入る隙を与えず、シャンバラの方々と心を合わせるために──」
 春佳は迷いを振り切るように、箒で塵を払う。
「──対話を。誰にせよそれが暴君たれば必ず人心は離れます。国民があって主君をいただくなら、その国民の心を一つにしていきましょう。どこまで通じるかは判りませんけれど、これが私達にできる、百合園らしい戦いだと信じています」