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リアクション
第6章 エビカニ合戦・後半戦
波打ち際では、まだまだ戦いが続いていた。
イルミンスール魔法学校のヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)も、パートナーの獣人シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)と共に蟹へと立ち向かっていた。
「地元の漁師と恋人たちが困っているのに、これを助けないとは帝王の名折れ。やってやるぜ! シグノー、行くぞ!」
「了解っス!」
ヴァルの声にそう返事をしたイグゼーベンは軍用バイクに乗り込むと、蟹の間を蛇行しながら砂浜を駆け抜け、あらかじめ仕掛けておいた罠の場所へと蟹を誘い込む。
挑発された蟹達は、イグゼーベンの目論見通りバイクの後を追い掛けて来て、見事に落とし穴に脚を取られバランスを崩した。
すかさずイグゼーベンが破壊工作のスキルで罠を蟹ごと爆発させる。それでもなお彼に向かって脚と鋏をばたつかせる蟹の鋏の下の関節部分を狙い、拳銃『灼骨のカーマイン』を構えるとシャープシューターに続けてクロスファイアを使い炎属性の弾丸を撃ち込んだ。
蟹の鋏が落ちると、罠の側で待ち伏せていたヴァルがそれを拾い上げ、則天去私を発動させた。蟹自身の武器で蟹を攻撃しようというのだ。
「最高に堅い甲羅も、己の爪相手ならば『矛盾』を生じる。だが、爪にこの帝王の力が加われば、矛ならぬ爪の勝ちは必定よ! いくぜ、ロケットパンチならぬロケットシザーパーンチっ!!!」
蟹の爪に光輝属性が加わり、射程内の蟹達にダメージを与える。かなりの痛手を負わせたものの、辛うじて蟹は倒れない。
「あとは地道に倒して行くか」
ヴァルが蟹の鋏を持ち直す。
「わかったっス。端からボコればいいんスね!」
言うが早いか、イグゼーベンが最後の力を振り絞る蟹達に向かい、攻撃は最大の防御とばかりに突撃して行く。
パートナーの無茶っぷりに自称帝王のヴァルもさすがに心配になったが、背後から彼に振り下ろされる鋏を、手にした蟹の爪で払い除けると、自身の戦いに意識を集中させた。
「金属鎧を両断するほどの威力と言うのなら、当らなければいい」
百合園女学院の毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、小まわりの利く体格と素早さを活かして蟹の鋏を避けながら死角に回り込むと、殻や関節の隙間に轟雷閃を掛けた栄光の刀を振い、傷を負わせていった。
パートナーで剣の花嫁のプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)は、空飛ぶ箒で上空から火術や氷術、サンダーブラストを使って大佐に近づこうとする他の蟹の動きを制していた。奈落の鉄鎖をあらかじめ使用していた為、遠距離からの攻撃も着実に蟹にヒットする。
「くっ!」
大佐の声にプリムローズが見下ろすと、小柄が災いした大佐は刺した刀ごと蟹に振り回されていた。
プリムローズが急いでアボミネーションを発動させると、彼女からおぞましい気配が発せられ、あたりの蟹が畏怖の効果で動きを鈍らせた。その好機を捉えて大佐が蟹にとどめを刺す。
ようやく3匹目の蟹を倒した大佐は、不満そうに息をつく。設定した目標は7匹。プリムローズに至っては12匹だ。プリムローズに関しては捕獲目標イコール食べる目標でもあった。ただ、目標を達成するにはもう少し時間と体力が必要なようだ。
「頑張りましょう。新鮮な海の幸をお腹いっぱい食べるためにも!!」
上空から、プリムローズが力強く言った。お腹はとっくにペコペコらしい。
「……ところで」
大佐は、ふと顔を上げ、離れた場所でエビと戦う者たちの姿を見つめながら、疑問に思った事を口にしてみた。
「パラミタなのに何故に『伊勢』なのだ?」
高級食材なだけあってか、パラミタ伊勢エビに挑む者は多かった。
ちなみに、パラミタ内海なのに伊勢エビなのは、十脚目(エビ目)・イセエビ科に分類されたからだと思われる。
バーベキューするなら自分で獲った食材を持ち込まないと!という意気込みの元、シャンバラ教導団の琳 鳳明(りん・ほうめい)は穂先を丸めた強化型光条兵器のブライトスピアを構え、『後の先』を使用してエビの動きを追った。鳳明は、エビの『獲物が近付いたら尾を使って素早く近づき、金属鎧も粉砕する強力な顎で狩る』という性質を逆手にとる作戦を立てていた。
目の前の鳳明を獲物と捉えたエビは長い触角をぴんと張り、背をぐっと曲げると次の瞬間、尾を使って鳳明に飛び掛かる。
「っ!!」
鳳明はその強力な顎を紙一重で避けると、顎下から頭頂に向けてブライトスピアを突き刺した。
エビが一直線上での攻撃しか出来ないと考え、向かってくる方向に武器を突き出すだけで倒せると読んでの行動だ。鳳明は、さらに光条兵器の『使用者の意思で切るものと切らないものを選べる』という特性を利用し、頑丈な殻を避けて中身へ直接攻撃を仕掛けていた。
エビは本能的に長い脚で鳳明に掴みかかるが、教導団自慢のパワードスーツに阻まれ、ダメージを与える事は出来ない。やがてエビが力尽き、鳳明がその身体から武器を引き抜こうとした所に、別のエビが襲いかかってきた。
頑丈な顎が鳳明を捉えようとしたその瞬間、イルミンスール魔法学校の日下部 社(くさかべ・やしろ)の操る『ナラカの蜘蛛糸』がその動きを止めた。
「よっしゃ、パラミタ伊勢エビ、召し捕ったり!」
エビが逃れようともがきながら、ギイギイという威嚇音を発する。社はそのまま轟雷閃を発動させるとエビの全身に電撃を流す。エビは『ナラカの蜘蛛糸』に捕らわれたまま、ガクリと力尽きた。
「無事か?」
社が鳳明に声を掛けた。
「うん。ありがとう、大丈夫だよ。エビに触角なんてないし、身体に棘なんて生えてないし、脚の先だって丸いに決まってるって信じてるから!」
尖端恐怖症の鳳明は十分に追い詰められているようにも見える。
「まぁ、なんや、あんまし無理しぃなや」
「平気、エビの身は丸いから。そう、丸いんだから……」
鳳明は自分に暗示を掛けながら、皆の為、バーベキューの為に次のエビへとブライトスピアを向けた。
社はそんな鳳明を心配しながら、『ナラカの蜘蛛糸』を倒したエビから回収する。
「しっかし、校長の為、イルミンの為、俺が漁師さん達にええ格好見せたる!って来たんはいいけど、こんなデカイのが、こんなにいるなんて聞いてへんで」
さっさと倒して夏の海を満喫しようと思い、水着まで持参してきた社は不満を漏らす。
「しゃあないな、バーベキューの為や。一緒に戦ってくれる人もおるようやし、腹決めて一丁いくかっ!」
社は再び『ナラカの蜘蛛糸』をエビに向かって繰り出した。
蒼空学園のアル・フィンランディ(ある・ふぃんらんでぃ)は、皆のサポートに回ろうとやって来ていた。誰かの助けになればと思ったのだが、皆が自分よりも強く見え、なかなか役に立つ機会を掴めないでいた。
(やっぱり、こんな貧弱な装備じゃ足手まといですよね)
アルは、せめて迷惑は掛けたくないと、手にした木刀をぐっと握りしめた。
その時、こんな戦いの場にも関わらず女の子達の笑い声がアルの耳に届いた。
顔を上げると、百合園女学院のミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、パートーナーのアリス、イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)と一緒に、満面の笑顔でエビに攻撃していた。
久し振りの手ごたえのある戦いとその後の高級料理の事を考えるだけで、ミルディアは楽しくて仕方がなかった。
イシュタンは楽しそうなミルディアと一緒に戦っているだけで楽しくて仕方がなかった。
パワーブレスを掛けて攻撃力を上げているものの戦法も何もない、とにかく突撃する!という戦い方ではあったが、2人のパワーにエビも押され気味だった。
「すごい…!」
そんな2人を見て、アルは思わず呟いた。
小柄なミルディアが5メートルにも及ぶ長槍サリッサを使う姿もさることながら、イシュタンがデッキブラシを手に戦っているのを見た事への感想だった。
あんな小さな子があんな道具で立ち向かっているのにと思い、アルは勇気を奮い立たせて2人の元へと走った。
「私も戦わせて下さい!」
アルの申し出に、ミルディアとイシュタンは笑顔で応じる。アルは礼代わりに『庇護者』を使って2人の防御力を上げた。
「よぉしっ! それじゃ、皆で突っ込め〜!」
ミルディアの長槍を防ごうとするエビの脚を、イシュタンとアルが叩き払う。
エビの顎がミルディアの肩を掠めると、あっけなくブレスドローブが千切れて白い肌に血が滲んだ。
それを見ていたミルディアのもう1人のパートナー、守護天使の和泉 真奈(いずみ・まな)がすぐにヒールを使って治療する。
「ありがと、真奈!」
ミルディアが礼を言うと、胸の前で祈るように手を組んだ真奈が声を張り上げる。
「気をつけて下さいね! 皆さんも!」
真奈の心配が分かっているのか、ミルディアは笑顔で手を振り、イシュタンとアルと共にエビをひたすらボッコボコにしていく。
「いっけぇっ!」
掛け声とともに、ミルディアがエビの急所を貫き、エビがその場に倒れた。
「よぉーし! それじゃ、いくよっ!」
ミルディアとイシュタンが武器を持つ手を上にあげ、アルにも同じポーズを取らせると大きな声で叫んだ。
『高級食材、獲ったどーっ!!』
アルは突然の事にびっくりしたが、彼女達の笑顔につられて、なんだか楽しくなってきた。
「そうそう、人生は楽しんだ者勝ちだよ♪ 緊張してちゃ、実力も出せないしね!」
硬い表情をようやく崩したアルの背を、ミルディアがばしりと叩いて励ました。
そんな熱い戦いが繰り広げられる中、漁師の話を盗み聞きしたガートルード達は、他の生徒達とは違う方角からパラミタ伊勢エビを狙っていた。
「これは、よりどりみどりですね」
ガートルードの言葉に、シルヴェスターが頷く。
「ここは一発、大きいもんを狙うべきじゃろう」
「それじゃ、あっちの悪そうなツラ構えのヤツなんかどうですかい?」
ネヴィルが回りのエビよりも少し大きめのエビを指す。
「いいですね、それじゃ…っ!!?」
3人が殺気に気付いて今まで潜んでいた岩場から飛び退いた途端、その岩にエビが激突した。3人を狙った顎が虚しく宙を咬む。エビは長い歩脚を動かして逃した3人へ振り返った。その身体は他のエビよりもひと際大きかった。
「へっ、どうやらコイツがアタマってトコですかね」
3人のターゲットは決まった。
ネヴィルが前に出てドラゴンアーツで身構えながら、攻撃力を上げる。ジリジリとエビとの間合いを詰め、有利な足場を求めて位置を調整した。エビは遠慮なく殺気をぶつけてくるネヴィルを追いながら、その背をぐっと曲げると尾の反動を使いネヴィルに飛び掛かる。ネヴィルは突っ込んでくる顎を横に避けながら、その脇腹に拳を撃ち込んだ。回転しながら砂浜に転がったエビはそれでも起き上がり、逃げるどころか更に凶暴性を増して彼らに襲いかかる。
ネヴィルは再び飛び掛かってきたエビを横に避けたが、エビは避けられる事を学習しており、すぐにもう一度飛び跳ねてネヴィルの上にその巨体で覆い被さった。長い脚を使いネヴィルの頭を海中に沈めて動きを封じながら、大きな顎で喰らい付こうとする。
ガートルードは、そんなエビの背後から、頭部と尾の繋ぎ目に向け、強化型光条兵器のブライトシャムシールを使って、必殺の剣技『女王の剣』を叩き込んだ。
エビが触角を振わせながらギイギイと威嚇音を発する。ガートルードが剣を抜くと、エビの頭部がぐらりと揺れた。エビは長い脚をふらつかせながら、逃げるように海へ向かう。
海中へ潜ろうとするエビの頭に、シルヴェスターが水中銃を突きつけた。
「半殺しは可哀想じゃけえの。ひとおもいに殺しちゃれや」
シルヴェスターはにやりと笑うと、容赦なく引き金を引き、とどめをさした。
3人は倒したエビを持ってきたビニールシートで隠し、ガートルードとネヴィルがドラゴンアーツでそれを持ち上げると、シルヴェスターの先導で、一番の大物で上質なパラミタ伊勢エビを人知れず戴く事に成功した。
ガートルードとネヴィルが、愛用のトラックにエビを積んでいると、姿が見えなかったシルヴェスターが大きな袋を抱えて戻ってきた。
「それは何ですか?」
ガートルードが問うが、シルヴェスターはくすくすと笑って答えなかった。
日も傾きかけた頃、ようやく蟹とエビを残らず退治する事が出来た。
「これでごはんがたべられますですぅ」
今日お腹に入れたものといえば、マリオンからもらったサザエだけの由宇がエレキギターを庇いながら砂浜に座り込む。それを合図に、あちらこちらでお腹の虫が鳴き始めた。皆、ロクにお昼を取らず、調理班の用意してくれたものを通りすがりにつまんだだけという者が多かった。
我慢できず、腹ペコのプリムローズがこっそり蟹の脚をちゅうと吸って身を食べていると、それを見つけたサクラコとイグゼーベンが自分たちもと集まり、由宇もそれに加わった。
「バーベキューと鍋の分は残しておけ」
大佐が本気食いを始めたプリムローズに釘を刺す。2人揃って目標にした数の敵を倒せなかった為、大佐は食材を減らしては申し訳ないという気がしてならなかった。
「ところで、これ、どうやって運ぶ?」
浜辺に転がるいくつもの巨大なエビと蟹を指さしてミルディアが言った。
「そうゆうときは、私にまかせて!」
イシュタンが、『至れり尽くせり』で用意した大八車を引いてきた。
「これに乗せて運べばいーよ」
イシュタンはミルディアの役に立てて嬉しそうな笑顔を見せる。
さっそく、何人かで蟹やエビを乗せてみたが、脚が邪魔で効率良く運べない。蟹に関しては持って行きやすいとの理由で、先に脚を切り取られて調理班の元へ運ばれた部分も多かったが、それでも全部ではない。
悩む皆に、ヴァルが提案する。
「大まかに切ってから運べばいいんじゃないか?」
どうやって?との皆の疑問に答えるように、ヴァルは『闇黒ギロチン』を呼び出した。
「なんちゅう物騒な事を考えつくんや……」
社が呆れてツッコむ。出来ればその方法は避けたかったが、特にコレという代替案もなかった為、皆は複雑な気持ちでヴァルの提案を受け入れた。
「見よ、秘技『帝王3秒クッキング』!!」
ヴァルが宣言しながら、エビや蟹を『闇黒ギロチン』で次々にブツ切りにしていく。それを、イシュタンの用意した大八車や自らの手足を使い、調理班の元へと搬送していく作業が始まった。
先端恐怖症の鳳明は、エビの尖った所を全部落としてもらうと、嬉しそうにエビの身を担ぎ、さっそくバーベキューの調理場へ向かった。
「あれ?」
プリムローズは、次に食べようと思っていた蟹の爪がなくなっている事に気がついた。まわりを見回すが、一緒に食べている子達も、近くにいる人達も、大きな鋏を3つも隠している様子はない。
確かにあったと思ったのにと首を傾げるプリムローズだったが、きっとお腹が空きすぎて幻覚を見たのだと自分を納得させ、一刻も早くご飯を食べようとつまみ食いを止めて、食材を運ぶ手伝いに回った。
その幻の爪は現在、袋に入ってトラックの荷台で揺られていた。
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