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海の魔物を退治せよ!

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海の魔物を退治せよ!

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第7章 その腹の満ちるまで


「アサリはね、バター焼きか酒蒸し、お味噌汁は定番ねっ。蛤は絶対バーベキューで焼き蛤がいいわよねっ! バカはやっぱり身は刺身で、小柱はかき揚げあたりがいいかしら?」
 楽しそうに貝の料理法を語る菫に、お供の翼が感心する。
「すごいねぇ。料理得意なの?」
「うん、得意な人に丸投げするのがねっ。はいっ、後よろしくっ!」
 菫は網いっぱいに採ってきた貝を、どーんと調理班の涼介の前に置いた。先ほど翼に語った料理のリクエストも忘れない。
「いいだろう。料理なら、イルミンスール一の料理人のこの私に任せろ〜〜!」
 イルミンスール一がどこまで本当かはわからないが、料理人魂に火が付いた涼介は、菫の要求に応えるべくさっそく調理に取り掛かる。
「完成するまであっちで飲み食いして待つわよっ」
「あ、うん……」
 なんとなく申し訳ない気持ちになりながら、翼は菫に引っ張られるまま、バーベキューの輪に加わった。
 2人と入れ違いに、アルツールがエビの身を担いで調理場へやってきた。
 留守番している愛娘のミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)とその姉妹達に美味しい物をお土産に持って帰ろうと、調理班にエビを海水でボイルする道具を借りに来たのだ。
 貝料理に集中している涼介に代わり、調理が特技のアリアが道具の用意から持ち帰る方法、その後の調理法のアドバイスまで親身に教えてくれた。そのお陰で、アルツールは無事にミーミル達に御馳走してやれそうだ。ついでに、どうせ横からフォークを伸ばしてくるであろうパートナーや周りの連中の為に、少しくらいなら余計に持って帰ってもいいかもしれないと思った。

 浜辺がオレンジ色の光で満たされた頃、カニ鍋のいい香りと、バーベキューの焼ける音が皆の期待を煽って行く。
 暗くならないうちにと、清掃班がゴミとして集めた木材を組んで焚火を起こしてくれた。キャンプみたいだと誰かがつぶやく。
「えー、では、僭越ながら……」
 そんな中、ノアがこほんと咳払いをして、皆を見回した。
「校長の頼まれ事も無事解決しましたので、後は、皆で全力で飲んで食べて楽しみましょうっ!!」
 その言葉を合図に、あちらこちらで歓声が上がり、バーベキュー組もカニ鍋組も入り乱れてのパーティー状態となった。

「んん〜〜っ! うー・まー・いー・よぉぉぉぉっ!!」
 イルミンスール魔法学校のケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)はそう叫ぶと、再びエビを味わい、うっとりと頬に手を当てた。エビもそこまで幸せそうに食べてもらえれば本望だろう。
「ケイラさんて、本当に美味しそうに食べるよね」
 調理場から解放され、バーベキューを楽しむミレイユが言った。
「うん。だって本当に美味いんだよ。バーベキュー大好き!」
 ケイラの言葉に、ミレイユが微笑む。
「私も、暑いの苦手だけど、バーベキューは好きだよ」
「ケイラさん、まだまだありますから、いっぱい食べて下さいね」
 ノアは自分が嫌いなピーマンをケイラのお皿に押しつけながらにこやかに言った。
「うげ、ピーマン!」
 近くで食べていたイグゼーベンが、ピーマンを見て反射的に皿を隠した。
「自分マジでピーマンは無いっス。やっぱバーベキューは、肉っスよ!」
 獣人なんだから肉だけ食べたって良いのだと主張するイグゼーベンは、よほどピーマンが嫌なのか、誰もまだ何も言っていない内からピーマンを完全に拒否した。
「好き嫌いはダメだよ」
 思わずそう口にしたノアに、
「おまえが言うな」
 すかさずレンが言い、ピーマンを1つノアの皿に乗せた。
「うぅ……」
 それを見て苦そうな顔をするノアに、周りから笑いが起こる。
「それにしても、皆、倒しまくりましたよね」
 ノアはまだまだ山のように積まれているエビと蟹を見ながら言った。
「こんなに食べきれるかな」
 心配するノアに、栗が真剣な顔で答えた。
「倒したからには必ず食べ切りましょう。たとえお腹がはちきれても、食べてあげなくてはこの子達が可哀そうです」
「その通り! 生命の恵みに感謝を。料理を残す者はこの魔王が許さん!」
 栗の言葉にジークフリートが賛同する。
「魔王たるもの、生命への感謝を忘れてはならぬのだ」
 満足そうにバーベキューを味わい始めるジークフリートに、さらにヴァルが同意した。
「強いものが弱いものを倒し、これを食す。それが自然の理というものだ!」
 ヴァルはそのまま視線を移し、食材となったエビと蟹に語りかける。
「蟹よ、エビよ、貴様らの死は無駄ではない。この帝王の血肉となり、この帝王と共に生きるのだ! 好敵手であり、今日の糧となった蟹とエビ、そして自然に感謝の合掌! いただきます!!」
 自称帝王と自称魔王は、揃って食べ物への感謝を口にし、バーベキューと蟹鍋を食べた。
 プリムローズは栗を安心させるように微笑みを向ける。
「私、そんなに食べられるかわかりませんけど、頑張って10匹くらい食べてみますね」
「いや、それはさすがに食べすぎだろう」
 大佐は思わずそう言ったが、頭のどこかでプリムローズならやりかねないとも思っていた。

 そんな栗の心配が杞憂で終わりそうなほど、皆の食欲は旺盛だった。
 お腹をすかせた者達の、もっと肉を寄こせだの、カニみそは譲れんだのという声が飛び交う中、給仕係としておかわりをよそう紫翠の手からは皿がひったくられるようにして次々と入れ替わった。
「……そんなに……焦らなくても」
 おっとりと呟く紫翠に、パートナーのシェイドが声を掛けてきた。
「さすがに、肉の減りは早いな。紫翠はまだ食べてないだろう?」
 紫翠が頷く。自分が食べるより他の人の食べる手伝いに忙しく立ち回っていた紫翠にそんな暇はなかった。
「誰かに代わってもらって、全部無くなる前に食べた方がいい」
 シェイドの言葉を聞きつけたヒューリが、笑顔で紫翠達の間に割って入った。
「それじゃさ、彼女、俺と一緒に食べようぜ」
 ヒューリの台詞に紫翠がため息をつき、シェイドが笑いを堪えた。
「自分、……男ですけど」
 紫翠の言葉に、ヒューリは盛大に驚き、がっくりと肩を落とした。
「紫翠、シェイド、はやく仕事を切り上げて食べましょう」
 紫翠達を迎えに来た瑠架の声に顔を上げたヒューリは、再びがっくりと肩を落とした。
「なんだ、男かよ」
 ヒューリが呟くと、堪え切れずシェイドが噴出した。瑠架がため息をついてヒューリに訂正する。
「私は女ですよ。あなたの目は、節穴ですか?」
 瑠架は混乱するヒューリに給仕を押しつけ、紫翠とシェイドを食事に連れ出した。
「毎度の事ながら、よく間違えられるな。訂正するのも面倒になるくらいだ」
 シェイドはまだ笑いを納められないまま2人をからかった。

「それにしても、今夜の晩餐は格別な味だとは思わないか、女王よ」
 ジークフリートが聞えよがしに美央に言った。
「本当に、特に美味しく感じられる気がします」
 美央が晴れ晴れとした笑顔で答える。
 勇者対魔王の対決は、今回、残念ながら魔王側に軍配が上がったようだ。
「まさか負けてしまうとは、予想外です」
 ルイが残念そうに言う。
「なんだか悔しいですぅ」
 勝ち誇る魔王チームを見て、由宇がなぶらに訴える。
「そうだね。でも、次は負けないから!」
 ジークフリートとなぶらの間に、宿命という名の見えない火花が散った。
 ルイの隣では、セラエノ断章があつい蟹鍋をふぅふぅと息を掛けて冷まし、スプーンをマリオンの口元に運んで食べさせてあげている。
「おいしい!」
 無邪気に喜ぶマリオンを、セラエノ断章がぎゅっと抱きしめた。
「ああ〜もう、愛い奴だなぁ〜マリーは!」
 朔は、そんな友人達を見ながら幸せそうに蟹鍋を食べていた。先ほど、エビも蟹も余りそうだという話が聞こえたので、留守番で残してきたパートナー達や、孤児院へのお土産に持って帰れそうだと思うと、さらに頬が暖かい気持ちに包まれた。


「皆さぁん、なかなか頑張ってくれたようですねぇ」
 パーティが盛り上がる中、突然、浜辺にイルミンスール魔法学校校長のエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が現れた。様子見も兼ねてか、追加の肉を持って来てくれたようだ。
「エリザベートちゃん!」
 イルミンスール魔法学校の神代 明日香(かみしろ・あすか)が、すぐさまエリザベートに駆け寄って食事の席へ案内すると、かいがいしく世話を焼きながら、エリザベートと仲良くなろうと近づいてくる者達を牽制した。

「鮮やかなエビの赤、無垢な野菜の彩り、そしてキラめく焼き肉の脂…っ! これはまさに、味の宝石箱だーっっっ!」
 エリザベートの差し入れてくれた肉に感動して再び叫んだケイラに、社が深く頷く。
「ホンマに、甲殻(コーカク)類なだけあって、合格(ゴーカク)な美味さやなっ!!」
 親指を立てがっちり笑顔を向ける社を見る皆の目には、少なからず憐れみが混じっているようだった。
「あはははははっっっ!!」
 その中でただ1人、社の言葉に腹を抱えて笑っていたのはシェイドだった。シェイドを心配した瑠架が傍に寄って様子を窺うと、シェイドから酒の臭いがした。
「酔っぱらっているの!?」
 決して酒に弱いわけではないはずのシェイドだったが、設営での苦手な力仕事の疲れもあってか、酒が変な風に回ったようだ。
 皆が酒を持ち込んだ犯人を探そうとあたりを見回し、視線はルイへと落ち着いた。
「犯人はルイさんかいな」
 社が呆れて言う。
「エビと蟹には日本酒が一番です。未成年は飲んではいけませんよ。飲んだら、24時間私のスマイルを見ながら筋トレです!」
 キラリとルイの笑顔が頭が光る。そのお仕置きメニューを聞いて、こっそり酒に手を出そうとしていた未成年は、全員手を引っ込めた。


「由宇さん、何か弾いてよ」
 なぶらのリクエストに応え、由宇がエレキギターを弾き始める。

 仲良く蟹鍋を食べていた裕香と冬美は、もっとよく聞こえるようにと由宇の近くにやって来た。綾音と百合、リアトリスが隙間を詰めて席を空けてくれる。
 さっさと食べ終えたサクラコは、敷物の上にごろりと横になっていたが、由宇の演奏に時折耳をぴくつかせながら、うとうととし始める。司はサクラコを起こさないように蟹鍋のおかわりを貰いに行った。
 ミルディアと真奈とイシュタンは、演奏に合わせて手拍子を始める。アルも遠慮がちにそれに倣った。
 鳳明と亜紀哉は、自分で倒した高級食材の美味しさに舌鼓を打ち、菫と翼は涼介の作った貝料理を堪能する。
 社は演奏をBGMに、エビとの戦いを調理班と清掃班に面白可笑しく聞かせていた。
 蟹鍋の前に陣取ったるしあは黙々と蟹鍋を味わい、マリハはようやくゆっくりと景色が堪能できると安心している。トゥプシマティは雰囲気にも料理の味にも満足で、始終ご機嫌だ。
 陽太は、エリシアの遠慮のない食べっぷりに圧倒されながら、ノーンの「これ美味しいね」という言葉に微笑んだ。さらに甘いものをねだるノーンに、モモが声を掛けてくれた。
「カキ氷が、ありますよ」
「スイカも冷えてるわ」
 結構たくさん食べてしまった瑠架が、腹ごしらえにとスイカを取りに行く。

 そうして、空には星が瞬きはじめる中、パーティーは最高潮を迎えていった。