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これで夏ともおさらば? 『イルミンスール魔法学校~大納涼大会~』

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これで夏ともおさらば? 『イルミンスール魔法学校~大納涼大会~』

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第三章 寒い寒いもギャグの内?

 イルミンスール大浴場では、水着に着替えたエリザベートと明日香が仲良く遊んでいる。
「エリザベートちゃ〜ん♪」
「うぐっ……明日香、さっきから抱きついてばかりで苦しいですぅ!」
「だってぇ〜エリザベートちゃんがあまりにも可愛いからですよ〜?」
 簡易プールと化した大浴場で、二人はもうかれこれ三時間も遊んでいた。
 当然、涼しさを得るには最高の方法だったのだが――
「クシュンッ……うぅ、明日香ぁ。何だか、ちょっとだけ寒くなってきたですぅ。そろそろ上がりましょうぅ!」
 猛暑日よりとはいえ、さすがに三時間も入っていれば体温が下がってきてしまう。
 エリザベートは、明日香と一緒に大浴場を出ることにした。
 だが――
「う……何なんですかぁ、この外の暑さはぁ!?」
 大浴場から一歩外に出た脱衣所は、まさに亜熱帯と化していた。
「うぐぅ……大浴場から出れば熱いし、大浴場に留まれば寒くなる……八方塞ですぅ!」
 寒さを取るか熱さを取るかで悩むエリザベート。
 と、そこへ――
 コンコン。
「校長? 入りますよ?」
 脱衣所のドアが開き、東雲 いちる(しののめ・いちる)と、パートナーの長曽我部 元親(ちょうそかべ・もとちか)が現れた。
「ん? 二人とも、こんな所へ来るなんてどうしたんですかぁ? もしかして、水風呂で遊ぶ気ですねぇ?」
「いえいえ。先ほど校長室に向かったのですが、校長はこちらにいらっしゃるろ大ババ様から伺いましたので」
「ということは、私に何か用ですかぁ?」
「はい。実は、校長が涼しくなりたいということで、こんな物をを用意しました。元親さん、お願いします」
 いちるの目配せで、後方に控えていた元親が前に出る。
「な、元親ぁ……どうしたんですか、その格好はぁ!? まるで女の子ですぅ!」
「……いちるが着ろってウルサイもんだからな。まぁ、仕方なくってやつだ」
 元親の着ている服は――女物の浴衣だった。
「たしかその服は、日本の伝統的な夏用衣装ですよねぇ? さすが、似合ってますねぇ♪」
「ったく……そりゃあ、姫若子なんて言われた時代もあったけどよぉ……ま、悪気がないのは分かってるから無下にできねーし。はぁ……困ったもんだ」
 白地に朝顔模様で彩られた女物の浴衣は、端正な顔立ちと華奢な体つきをした元親にピッタリの衣装だった。しかも、高く結った透き通るような長い髪が、尚一層浴衣の持ち味を引き出していた。
「実はなぁ、校長の分の浴衣も用意してあるんだ」
「え? 本当ですかぁ? ラムズにスープを投げられて、せっかく美羽が用意してくれた洋服がベトベトだったんですぅ」
「それなら、ちょうど良かったな」
 そう言って元親は、エリザベートのために用意した子供用の浴衣を取り出す。
「着付けは、いちるにやってもらえ」
「はい、頑張っちゃいます♪」
 喜々としていちるはエリザベートの浴衣を受け取る。
「あ、校長。この浴衣は元親さんが用意してくれたんですけど、私からはカキ氷を用意してます」
「カキ氷!? 大好物ですぅ♪」
「着付けが終わったら、是非食べてくださいね!」
 こうして、エリザベートは思わぬところで初めて浴衣を体験することとなったのだった。

 日もすっかり沈んだ夜の廊下を、エリザベートがご機嫌な様子で歩いていく。
「う〜ん、やっぱりカキ氷は美味しいですぅ♪ 浴衣も風通しが良くて最高ですぅ!」
 ちょっと緩めに着付けてもらった浴衣で歩きつつ、いちるの用意したカキ氷を頬張るエリザベート。日本人が見れば、ちょっとした縁日気分を思い出しただろう。
「ただいまですぅ、大ババ様――って、何ですかこれぇ!?」
 校長室のドアを開けたエリザベートは驚愕した。
「な、なんだか湿ってて薄気味悪い空気ですぅ!?」
 校長室は、何故かジメっとした空気に満ちていた。しかも日が落ちているのと、アーデルハイトや居座っていたはずの玲奈が帰ってしまったせいで、どこか薄気味悪い雰囲気が漂っている。
 実は、この空気の正体は――
「私の考えた新魔法……アシッドミストと氷術の応用……」
「ひ……ひぃですぅ!? いきなり現れるからビックリしたですぅ!」
 校長室の片隅でヒッソリと美鷺 潮(みさぎ・うしお)が放つ魔法のおかげだった。
「あ……アシッドミストと氷術の応用ですかぁ。なかなか面白い発想でけどぉ……なんだか、夜のイルミンスールの森にいるみたいで薄気味悪いですぅ」
「私もそう思う……」
 淡々と語る潮だったが、彼女もこの魔法がどういった効果をもたらすかまでは予測できていなかったので、正直失敗だったんじゃないかと思っていた。
「でも……やはり机上理論ばかりじゃなく、実際に使用してみるほうが早いと思った……」
「た、確かにそのとおりですけど、使う時間帯を考えるべきですぅ! これじゃあ、肝試しと変わりません――」
 コンコン。
「ひ、ひぃ!? だ、誰ですかぁ!?」
 突然、氷霧に満ちた暗がりの校長室にノックの音。
 エリザベートが慌ててドアの方を振り返ってみると、そこには――
「こんばんは〜。どうしたの〜校長? そんなに怯えた顔してぇ」
「珍しいな? 何かあったのか?」
 師王 アスカ(しおう・あすか)と、パートナーのルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が立っていた。
「な、なんだぁ。二人だったんですかぁ……べ、別に怯えたりなんかしてないですぅ!」
「ん〜? 本当かしら〜? 私には怯えてるように見えたわよ〜?」
「お、怯えてなんかいないですぅ!」
「本当に〜? じゃあ、この絵を見てもそう言ってられるかしら〜?」
 珍しく意地の悪い笑みを浮かべ、アスカは一枚の絵をエリザベートに見せる。
「これはね、私の友人から聞いた話なんだけど〜……その子も私と同じ画家を目指す子だったのぉ。ある風景画を描いて完成させたのはいいんだけどぉ……何故かその絵には、描いた覚えのない女性が薄っすらと描かれていたのよ〜」
 エリザベートは、ふとアスカの持つ絵を見る。その絵にも、風景の中に佇む一人の女性が描かれていた。
「最初のうちは、誰か画友がイタズラで描き加えたのかと思っていたんだけど、薄っすらと描かれていたはずの女性は、何故か日増しに姿が濃くなっていったらしいわぁ。それでね〜、気味が悪くなった友人はその絵を捨てたんだけどぉ……何故か翌日になると、その絵が自分のベッド脇に戻って来てるのよぉ〜何度捨てても同じように。だから、その絵に恐怖した友人は、とうとうその絵をあげる事にしたの〜……何も知らない恋人にねぇ」
 ニタァっとしたアスカの笑みが暗闇に浮かぶ。
「ふふふ……もう、先の展開は予想できちゃうだろうけど、一応話しておくわぁ。その後、恋人にあげた絵はもちろん戻ってきたわぁ…………死んだ恋人と一緒にね〜」
 開け放ったままだった窓から風が僅かに吹き込み、氷霧に満ちる暗闇の校長室に小さく風鈴の音を響かせた。
「これは余談かもしれないけど〜後日、その絵は噂を聞きつけた物好きな収集家たちの手に渡ったらしいわ。でも、手にした人間は毎回謎の死を遂げるのよぉ。まるで、最初に書いてくれた友人のもとへ帰りたがっているかのようにねぇ。そして今も……この絵は友人のもとへ帰りたがっているわぁ。ふふふ……」
 ――バタッ。
「って、校長ぉ!? どうしたのよ〜! もしかして失神しちゃったのぉ!?」
 アスカの話しが終わるのと同時に、エリザベートは白目を向いて倒れてしまった。彼女は、あまりの恐怖とオチの一言で、とうとう失神してしまったのだ。
「まったく、アスカ……悪戯がすぎるぞ? 校長を驚かせるためとはいえ、意地の悪い口調に変えたりして……」
 今まで静観していたはずのルーツが、やれやれといった様子でエリザベートを抱きかかえ、ソファーへと運んでいく。
「それにしても、アスカ。さっきの絵なんだが……あれは、お前が描いた絵だろう?」
「あら〜? よくわかったわねぇ?」
「絵のタッチがアスカの絵にソックリだったからな」
「ふ〜ん、さすがねぇ。でもぉ、これには気づかなかったでしょう〜?」
 アスカは画のふちに指をかけると、それをシールでも剥がすかのように破った。すると、破った画の下には、もう一枚の風景画が描かれていた。
 そして――風景の中には一人の佇む女性が描かれている。
「ふふふ……校長には秘密よぉ?」
 闇夜に浮かべたアスカの微笑に、ルーツは思わず身震いしたのだった。
 
「ふ、ふぁ〜……よく寝たですぅ! アスカの話しがツマラナさすぎて、いつの間にか寝ちゃってましたぁ。アハハハハ〜!」
 さも、自分は寝てただけであって決して失神なんかしてないですぅ! と言わんばかりにソファーから起き上がるエリザベート。
 すると、タイミングを見計らったかのように――
 コンコン。
「ひ、ひぃ!? だ、誰ですかぁ!?」
 未だに潮の氷霧が満ちる暗闇の校長室に、ノックの音が響く。
 そして次の瞬間――
「ひぃ!? ひ、火の玉ですぅ!?」
 ゆっくりと開いたドアの向こうから現れたのは、蒼色の火の玉だった。
 しかし、その火の玉の正体は――
「ふふふ、そんなに怯えなくても良いじゃないですか」
 六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が放つ炎術だった。
「まぁ、魔法学校の校長がこの程度で怖がるわけがありませんよね?」
「ああああああああ、当たり前ですぅ! 今のは……演技ですぅ!」
「そうですか……それなら、今からもっと怖いとっておきの怪談話をしてあげましょうか」
「え、遠慮しとくですぅ!」
「嗚呼、何から御伝えしよう物でしょうか……」
「ひぃ!? や、止めるですぅ!」
 〜中略〜
「狂気を象徴したかのようなその漆黒の刃は……」
 〜中(ry
「生き延びるは私を除き二十人中一人。ですが彼も又、狂気に落ち、今や真相を知るのは私のみ……彼がどうなったかは存じません。人に聞いた処、最後に見かけた時に真っ黒な鉈を持ってニタァっと笑っていたそうですが、ね。まぁ……余談ですが、私の銃も真っ黒デス。あの時見タ漆黒の刀ノ様に」
 話しを終え、締めにニタァっと微笑んだ鼎。
 しかし――
「ちょ、校長!? なに寝てるんですか!?」
 肝心のエリザベートは、ソファーに座ったまま、すぅすぅと寝息を立てていた。
「おかしいな……話し、長かったですか?」
 鼎は小首をかしげる。
 たしかに、鼎の話しは要領も良く、かなり雰囲気が出ていて怖かったのだが……実は、エリザベートは話しの途中で、もう失神していたのだ。しかも鼎とっては不幸なことに、エリザベートは水風呂で遊びすぎて疲れていた。なので、失神した彼女は、供特有の『どこでもすぐに眠れる』という体質と疲れのせいで眠りについてしまったのだ。
「はぁ……最後の落ちの瞬間に一番怯えた顔を写真に収めようと思っていたのに……失敗です」
 まさか寝られるというのは予想外だったので、ガックリと肩を落とす鼎であった。

「ふ、ふぁ〜……今度は本当によく寝たですぅ」
 エリザベートは、自分が失神してそのまま寝たという事実を忘れて、ソファーから起き上がるエリザベート。
「そ、それにしても……さっきのまま、暗くて薄気味悪いままですねぇ。そろそろ、ライトでも点けるですぅ」
 未だに暗闇と氷霧で満ちかえる校長室に身震いしたエリザベートは、部屋に明かりを点けるためにソファーから立ち上がった。
 だが――
 コンコン。
「ひ、ひぃ!? だ、誰ですかぁ!?」
 またタイミングを見計らったかのように、暗闇の校長室にノックの音が響く。
「やっほー、エリザベートちゃん♪」
 ドアが開き現れたのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
「な、何しに来たんですかぁ!? もしかして……怪談話なんかじゃないですよねぇ?」
「すご〜い! よくわかったね♪ 今日話すのは、百八あると言われてる『イルミンスール七不思議』だよ」
「い、いらないですぅ! もう、怪談話はこりごりですぅ!」
「さてさて……今日お話しするのはイルミンスール七不思議の中でも特に怖いといわれる、妖怪の話しです」
 完全にエリザベートの意見を無視して、詩穂は口調まで変えて怪談話を語り始める。
「まず一番目の化の者の名は……『妖怪パンツくれ〜』です。一見、ただのイケメンのように見えるのですが……女性を見ると見境無く「パンツ・オア・ダーイ!!」つまり「パンツをよこせ、さもなくば死だ!!」と尋ねてくるのです」
「キャアアアア!? ももも、もうやめて欲しいですぅ!!」
 思わず絶叫するエリザベート。怪談話を暗闇渦巻く薄気味悪い状況で聞かされてきた彼女は、もう何が起きても怖がるようになってしまっていた。おそらく今なら、割り箸を割る音でさえ恐怖するだろう。
「でも、大丈夫。妖怪パンツくれ〜は、「パンツはいてないもん☆」と答えれば逃げ去るそうです……これで夜道で彼にあっても安心ですね」
「ほほほ、本当ですかぁ!? 本当に「パンツはいてないもん☆」と言えば、助かるんですねぇ!?」
「さて……次の妖怪の話しです」
「ちょ、答えてくださぁい!」
 詩穂は、エリザベートの質問を無視して次の話しへと移る。
「駄菓子菓子! 恐怖の妖怪は、奴だけではなかった! 一男去って、また一男です」
「ま、まだいるんですかぁ……!?」
「昼夜問わず現れる化者の名は『妖怪:ょぅι゛ょ拉致犯』です。出会いがしらに、いきなり「おはようじょ!」と爽やかに幼い女児を拉致して行くそうです……」
 エリザベートが大きく身震いする。どうやら、自分が妖怪に拉致されるシーンを想像してしまったようだ。
「そ、その妖怪に襲われたら、どうすれば助かるんですかぁ!? さっきの妖怪みたいに撃退方法があるんですよねぇ!?」
 もう、怪談話だというだけで怖くてたまらない様子のエリザベート。
 だが、無常にも――
「私が話せるのはここまでです。本日はご静聴、まことにありがとうございました」
「ちょ、答えてくださぁい!!」
 詩穂はエリザベートの質問を無視して、校長室を出て行った。
 もちろん、それすらも詩穂の怪談話の演出なのだが……そのことに気付かないエリザベートは、暗闇の校長室で恐怖に震えるのだった。

 コンコン。
「ひ、ひぃ!?」
 暗闇の校長室でガタガタと震えるエリザベートの耳に、またもや恐怖のノック音が聞こえる。すでに、ノックの音ですら彼女にとっては恐怖の対象だった。
「お、どないしたんや? ごっつ、怯えとるやんけ!」
 今のエリザベートとは対照的な笑顔で現れたのは、日下部 社(くさかべ・やしろ)だった。
「どないしたんや? ガタガタ震えて、そないに寒いんか?」
「さ、寒いし、怖いですぅ……みんなが怪談話をしていくから、涼しいを通り越して寒くなってきたですぅ!」
「あぁ……そうだったんか。大変やったなぁ」
 怯えるエリザベートを安心させるかのように、社は笑顔で彼女の頭を撫でる。
「よっしゃ、よっしゃ。もう怯えんで、ええ。ここは一つ、俺が温めたるわ!」
 ニコリと笑った社は、エリザベートから少しだけ離れる。
「そんじゃ、いくでぇ!」
 自信に満ちた様子の社は、大きく両腕を頭上に掲げ――
「関西のみんな! オラに力を分けてくれぇ! って、俺関東人やんか!? しかも、関西限定って……どんだけ小さい元気玉やねん!?」
 …………綺麗に決まったノリツッコミは、本当に綺麗な静寂を生んだ。
「どや? 懇親のギャグ『関西のみんな! オラに力を分けてくれぇ! って、俺関東人やんか!? しかも、関西限定って……どんだけ小さい元気玉やねん!?』――って、そのまんまやないかい!!」
 駄目押しの二発目。社の左手が、見えない相方へ突っ込みを入れる。
 ただただ……ただただ、静寂だけが流れた。
「どうや? おもろかったか?」
 社の清々しいほどの笑顔。
 だが、エリザベートの震えは――倍以上に増していた。
「さ、寒すぎますぅ……」
「お、おい!? どないしたん!? 大丈夫か!?」
 怪談三連続の恐怖と、とどめの一撃によって、とうとうエリザベートはその場に倒れふしてしまった。
「も、もう……限界ですぅ」
 薄れ行く意識の中で、エリザベートは後悔していた。自分のワガママのせいで、ここまで地獄を味わうとは……と。