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第11章 魔王軍「勇者、我が掌で踊れ」



 講堂の放送室内には、今まで各コミュニティのPV収録DVDを入れ替えていた映研の人員が簀巻きにされて転がされていた。
 コンソールデスクにはマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)がつき、「魔王軍」のDVDをセットし、「後は知らんぞ」と言って窓から早々に脱出した。
 残された形の皐月は、外開きのドアのハンドルをロープで押さえつけ、さらにドア前に画鋲や先の尖ったものをバラ撒いた。侵入者の襲撃を一秒でも長く食い止める為である。
 もっとも、他ならぬ自分自身が放送室への侵入者であるのだが、そんな事は皐月にとってはどうでもいい。
 インパクトたっぷりに魔王軍のPVを流す事が、今の彼の最大の目的なのだ。
(本邦初公開、魔王軍PVとくと見ろ!)

 観客席の古代禁断 死者の書(こだいきんだん・ししゃのしょ)は、
「いよいよ始まったアルネ〜」
と洩らした。
 古代禁断 復活の書(こだいきんだん・ふっかつのしょ)も、
「これが吉と出るか凶と出るか……」
と呟く。

 スピーカーからジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)のナレーションが入った。
「われら魔王軍は、魔王としての振る舞いを追及し、その名をこの世に轟かせんとする組織である! 今日はその深遠なる計画の一例を紹介しよう!」
 観客席から一斉にブーイングが湧いた。
「うるせーっ!」
「頼んでねーっ!」
「帰れーっ!」
「ひっこめーっ!」
 不動 冥利(ふどう・みょうり)は湧き起こったブーイングに、
「……何か、凶にしかならないような気がするなぁ」
と溜息を吐いた。
 が、湧き起こったブーイングを無視し、映像は始まった。

 新たに画面に出て来た映像は、タンス漁りをしているルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)の姿だった。
「ここに、ひとりの勇者の卵がいる。タンス漁りは勇者の宿命だが、放っておけばコソ泥空き巣のまま終わってしまうのも道理。
 我、魔王ジークは、この者を勇者にして、我が名に箔をつけようと思う。魔王と言えば勇者だからなぁ」
 画面切り替わる。夜の王城。門を破り、闇の中に走り去っていく角の生えた鬼。その腕には王女のミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)がいる。
「あ〜れ〜、助けてぇ〜」
 ジークのナレーションが入った。
「王女誘拐はこの私がじきじきに行った。魔王なら、王女誘拐は自分でやるのが礼儀作法だ。あくまで礼儀作法にのっとったからであって、決して人手が足りなかったわけではないぞ。
(「ンな事聞いてねーよ!」客席からブーイング交じりのツッコミが入った)
 かくして王国内には『王女救出の勇者求む、助けてくれたら褒美は思いのまま』という告知が出された。計画通りだ……って、おいこら貴様何をしている」
 画面切り替わる。相変わらずタンス漁りに精を出すルイーゼ。
 と、王国の騎士不動 煙(ふどう・けむい)が出て来て、ルイーゼに接触した。
「魔王を止めるには、勇者の血を引くあなたの力が必要だ。協力して欲しい」
 その申し出に、「えー、でも怖いし」とぐずるルイーゼ。
「ええい、あなたに拒否権はない。例えイヤでも、魔王を止める為に力を貸してもらうッ!」
 不動煙は結局ルイーゼの身柄を拉致り、王女救出の度に無理矢理同行させてしまった。
 何とか始まる魔王の国への旅。その道中、次々に襲いかかる魔物の軍勢、降りかかる陰謀、仕掛けられる罠。それらを乗り越えていく内に、頼りなかった勇者の雰囲気もだんだんたくましくなっていく――
 ジークのナレーションが入った。
「それでいいぞ、勇者よ。貴様が成長すればするほど、打ち倒す時の達成感が増すというものだ」
 そこに、ミレイユの台詞が割り込む。
「今のうちに笑っているがいいでしょう、魔王。勇者様は、必ずお前を打ち倒す事でしょう」
「人の夢、これ即ち儚いと読む。叶う事なき望みを敢えて信じるというのなら、止めはせん」
「……哀しい、魔王」
「ん? 何か言ったか、人の子よ」
「何も信じず、孤独のままに、果てない退屈を持て余し……魔王、私はあなたが哀れでなりません」
 電撃音。ミレイユの悲鳴が聞こえた。
「まこと、女というのは度し難い。こうして時々わけの分からぬ戯れ言をほざく。人の諧謔とは、我が理解を超えるものよな」
 ついにネイーゼと不動煙は、魔王の領土の奥深くへと踏み込んだ。が、居城を目前にして、激しい敵の攻撃に会い、不動煙は斃れてしまった。
「! 煙さん、しっかりしてください!」
「うぅ……どうやら私の命もここまでのようだな……」
「イヤです! 死なないで下さい! 僕ひとりじゃ、魔王なんて倒せません! あなたがいてくれなきゃ……」
「心配はいらない……今のあなたは立派な勇者だ。あとはこれを、魔王の体に突き立てれば……」
 煙は震える手で、王国に伝わる宝剣をルイーゼに手渡した。
「今のあなたにならできる……魔王を止めてくれ……頼んだぞ……ゆぅ……しゃ」
 ルイーゼの腕の中で、煙の体が力を失った。
 無二の親友であり、かけがえのない仲間であり、仰ぐべき師。そんな不動煙を失ったルイーゼの眼に、強い光が宿る。真の勇者が誕生した。
 群がる魔物を薙ぎ倒し、魔王の居城に突入。が、魔王の間を目前にして最後に立ちはだかったのは、死んだはずの不動煙だった。
「なぜだ、どうしてあなたがここにいる!?」
「お前を導いていたのは私の影。全ては私と、そして我が魔王の計画通り。勇者よ、よくぞここまで来てくれた」
「なぜだ……どうしてこんな事を?」
「魔王の退屈を紛らわす為だ。自分の命を狙う者が刻一刻と自分に迫る、それは最大のスリルだからなぁ」
「全ては……お前達の遊びだったというのか!」
「その通り!」
 煙の口から哄笑。それはルイーゼの知る、道中に辛苦を共にし信頼してきた騎士のものではありえなかった。
「多少扱いづらかったが、結局は望み通りに動いてくれた。君は実に素晴らしいオモチャだったよ!」
「裏切ったな……僕の気持ちを裏切ったな!」
「いいぞ、いいぞ! その絶望、その悲憤! まこと、魔王への供物にふさわしい!
 勇者ルイーゼ、その血の一滴、魂の一片までも、残さず魔王に捧げるがいい!」


「煙にぃ、ノリノリだねー」
 冥利は画面に見とれていた。
「師匠、親友、ライバル、裏切り者、ラス前ボス。色々美味しすぎるアル」
 死者の書も溜息をつく。
「嘘つき性分の人が『演技』をしてるってだけでハマっているというのに、さらに役割が『裏切り者』なんですからねぇ。おあつらえ向きとはこの事ですわ」
 復活の書が肩を竦めた。

 怒りに燃えるルイーゼとうすら笑う不動煙の一騎打ち。激闘の末、必殺の一撃が不動煙を打ち倒す。
 地に伏し、次第に呼吸を弱らせていく不動煙。ルイーゼにとって、死にゆく煙の姿はこれが二度目だが、その眼に浮かんでいるのは警戒の色だ。
「心配するな。今度こそちゃんと私は死ぬ。行け、勇者よ。この茶番を許せぬと言うなら、扉の向こうに君を待つ魔王ジークを討ち、決着をつけろ」
「……お前に言われるまでもない」
「頼んだぞ、魔王を止めてくれ」
 返事もせず、扉に向かって横を通り過ぎるルイーゼの背中に向かい、不動煙は一言だけ付け加えた。
「強くなったな」
 扉に手をかけていたルイーゼは、初めて不動煙を振り向いた。
 煙の亡骸は、既に無い。消滅してしまったのだ。


 いつしか、ブーイングは消えていた。
 ベッタベタなRPG風「勇者vs魔王」のストーリーであるが、逆に言えばそれだけ人々には分かりやすく、しっかりと作り込んであれば没入しやすい、という事でもある。
 湯島茜は、険しい面持ちでスクリーンを睨み付けていた。
 両の手には揮える拳。ぎり、と歯噛みの音。
(……何てベタベタな、見え透いたパターン……!)
 お約束過ぎて、見てて腹が立ってくる。
 一番腹立たしいのは、そんな手垢のついたお約束に感動しかけている自分自身だ。

 厳しい顔で、扉を開けるルイーゼ。
 正面の玉座に悠然と座るジーク。ミレイユはその横の大きな魔法の鏡に閉じこめられていた。
「勇者様! 必ず来てくれると信じていました!」
「いい顔をしているな、勇者よ。それでこそ我が宿敵にふさわしい」
「お前の茶番にはもう飽きた。勇者も魔王もここで終わりだ、全ての決着をつけてやる!」
 かくて始まる最後の戦い。空前絶後の一騎打ちを横から見守る王女。
 ジークのナレーションが入った。
「ご覧のように、この一件に関わった者達は、極めて劇的な人生を歩む事になった。
 波瀾万丈、疾風怒濤、ここに真の勇者が誕生。我らが力を合わせれば、世界征服も勇者育成も思いのままだ。
 充実した魔王軍ライフをお約束。かけがえのない戦友との邂逅! 運命のライバルと出会えるかも!
 我こそ次代の魔王と思った者は、いつでも連絡をしてくれたまえ。もちろん勇者の挑戦も随時受け付けているぞ、魔王は逃げも隠れもせぬ!」
 画面下部に「魔王軍  >検索」


(いくらでも挑戦して差し上げますわ!)
 「光る箒」にまたがって、外から放送室の窓に迫っていたレイナは、そのまま吶喊。窓ガラスをぶち破った。
「……何っ!?」
 皐月も、相手が窓から強行突入してくる事は予測できなかった。
 その一瞬の隙をつき、レイナは「バニッシュ」を使用して皐月を行動不能にまで追い込む。そしてコンソールパネルを操作し、「雪だるま王国PV」と書かれているDVDをセットしなおし、再生ボタンを押した。
 ドアを封じるロープを切って開放すると、ドアの向こうにはリリ・ケーラメリスが待っていた。
「リリ、掃除をお願いできますか?」
「分かりました。お嬢様は?」
「これを引っ立てて参ります」
 「これ」とは皐月の事である。レイナは映研メンバーを解放すると、そのロープで皐月の体を拘束した。
「さて、覚悟と遺言は出来てますか?」


} スクリーンには再び「雪だるま王国」のPV。
 少女、秋山葵が拾い上げたボロボロのマフラーには文字が記されていた
「来年また会おう」
 それを見ると、少女は大事そうに首に巻き上を見上げて再び歩み始める。
 画面に大きく文字被さる。
続きは、雪だるま王国で

 雪だるま  >検索」


「……えーと、悲劇の展開とそれを覆す結末の妙。お見事でした」
 司会の口調も少し居心地が悪そうだった。
 ハッピーエンドとは言うものの、積み上げてきた詩情や叙情性は魔王軍のPV乱入で完全に壊滅している。マイクを差し出されているクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)も口元をワナワナと震わせて、とっさに言葉が出てこなかった。
「ええ、まぁ……はい、わが女王が作られました童話をもとにしてさちゅえいを……」
 不覚、台詞を噛んでしまった。しかも言うべき台詞はこれじゃない。
「ゴホン……『冬の寒さは、人の温もりを知らせるための神様からの贈り物』をテーマとした、名もなき少女と雪だるまの心温まる物語。いかがでしたでしょうか?」
「はい、胸を打たれました。雪だるまが溶けてなくなる所では場内のあちこちからすすり泣きの声が……」
 その時、ずるずるずる、と何かが引きずられてきた。
 「光る箒」にまたがったレイナが、簀巻きにされた皐月を運んできたのだ。
 彼女は、映研の司会とクロセルの後ろを通り抜けると、赤羽 美央(あかばね・みお)の前で止まった。
「下手人です。さて……どう処理しておきましょう?」
 が、訊かれている美央は、返事をしない。
「女王?」
「捨て置きなさい」
「はい?」
「それよりも大事な事ができました。適当に講堂から追い出してしまいなさい」
「しかし女王、この者は栄えある『雪だるま王国』臣民であるにも関わらず、本日の国事を妨害するという反逆を……」
「捨て置きなさい、と言いました」
「……また変な思いつきしちゃったみたいなのよ」
 横でその様を見ていたタニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)はレイナにこっそりと囁いた。
「『スノーマン』のお話と、割り込んできた魔王軍PVのお話が頭の中で融合しかけてるみたいなの」
(ちょっと待ってください、童話とステロタイプ勇者物語とがどうなれば融合できるんですか)
 口をついて出かけたツッコミをレイナは全力で飲み込んだ。
「……あのぅ、『スノーマン』の中に積み上げられた詩情とかメルヘンとかは……」
 何とか言葉を選び、絞り出すように訊ねるレイナ。が、問われたタニアは、すっかり自分の中に入って何事かをブツブツ呟いている美央を見て、肩をすくめた。
「少女の見たフラッシュバック……雪だるま……何かの化身……その前世は魔王、勇者、騎士、どれだったんでしょう……? それとも、三位一体となることで新たな神性を……いや、これだと王女がハブになってしまいますね……すると少女が……」
(『スノーマン』の続きはいったいどうなるんでしょう……)
 美央の口から洩れる呟きに、レイナは色々と不安になった。