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第2章 コンテスト開催・漁師役部門


「あーあー、テステス。こほん! えー、では、いきます。
 皆さん長らくお待たせしましたぁーっ!
 それでは奉納の舞、漁師、その妻、そして竜神役の配役を決めるコンテストをこれより開催したいと思いまぁ~すっ!」
 金髪ツインテールに緋袴の少女が、壇上でマイクを握りながら元気よく叫んだ。
「おーっ、似合ってるぞ! リーレン!」
「きゃーんっ! ありがとぉーっ。あたしもそう思うーっ」
 早くも口いっぱいにイカ焼きをほおばっているパートナー・松原 タケシからの声援に大きく手を振って答えるリーレン・リーン。それが全部マイクを通しての大声なものだから、舞台の周りに集まっている人々の耳にキンキン響く。このボリュームで通すのなら、マイクは不要なんじゃないかと耳を押さえただれもが思った。
「リーレンちゃん、声をもうちょっと落として…」
 思わず舞台袖から声がかかり、リーレンも少し反省したようだ。今度は音量を落として、マイクを心持ち遠ざけてから話し始めた。
「えー、それではあらためまして。コンテストを開催させていただきます。
 司会はわたくし、テラきゃわゆい臨時巫女、金髪コスプレ大好きヴァルキリー、リーレン・リーンが務めさせていただきます。あっ、ちなみにただいま彼氏募集中のぴちぴち17歳でーす! フリーのイケメンズさん、よろしくねっ!」
 きゃらるん。決めポーズをつけて、彼女に注目している男性たちにアピールをする。
「リーレンちゃん、そういうのはまたあとでね…」
「あっ、またまたごめんなさーい」
 舞台袖の声に謝罪するリーレンの姿を見て、どっと浜で笑いが起きた。
「――なんかあの子、見覚えあるような…」
 そう呟いたのは国頭 武尊(くにがみ・たける)だった。持参したデジタルビデオカメラでズームをして、リーレンのアップを見るが、その輝くばかりの笑顔の少女のことが思い出せそうで思い出せない。髪は間違いなくカツラだから、地毛はおそらく金髪ではないのだろう。
 同じような呟きが周囲でちらほら起きていたが、だれも思い出せてはいないようだった。
(ま、いーか。そのうち分かるさ)
 武尊は考え直し、再びカメラを回すことに専念した。
「はいはいはいはい。とゆーわけで。前座はオッケー、皆さんのピュアハートをグイグイ掴んでますよぉリーレンちゃんは! この調子でじゃんっじゃんいっちゃいますからねー!
 まず審査方法についてですが、舞台の前に設置されています審査員席にお座わり中の3人のおじいさんプラス特別審査員のシラギさんによって決定されまーす。
 一番左の頭つるぴかおじいちゃん、あなたの審査基準は何ですかぁ?」
 審査員前でひょこっとしゃがみ込む。リーレンの緋袴の裾をなんとかして覗き込もうとかぶりつきで寄っていた老人の1人が、あわてて威厳を取り戻すべく姿勢を正して、向けられたマイクに向かって言う。
「審査基準は、ワシの独断と偏見ぢゃ!」
 しーん。
「……うーん。ま、そうですね! 結局コンテストは審査員の好みですから! つまりはおじいちゃん4人のハートをわし掴みにした人が勝ちってことでーす」
「リーレンちゃんが出とったら、ワシあんたを押しとったよ」
「きゃーんっうれしー! おじいちゃん大好きっ」
 ちゅっ、と投げキッスを飛ばして舞台の中央へ戻ったリーレンは、そこでクルクルとターンを決める。
「えーっと、順番ですが、数の少ない順にちゃっちゃとやっつけちゃいましょうね! そうしたら舞の練習に、皆さん時間かけられますから! あたしもダーリン見つけてお祭り謳歌できるし!」
 笑いがパラパラ起きる中、リーレンは手元の紙を覗き込みながら司会を続けた。
「まず、漁師役ですねっ。海で溺れるわ、舟なくすわ、命あっただけめっけもんのそんな状態で神社まで建てなきゃいけなくなった苦労人。えーと、あっ名前があるんだ。キンジ……さん? その役! 候補1番・空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)さん! 壇上へどうぞーっ」
 動き続けなければ死んでしまうとでもいうように終始ハイテンションでしゃかしゃか動き続けるリーレンに少し気圧されつつも、舞台袖から狐樹廊が現れる。
 地祇の礼服姿、美しいすり足で舞台の中央に立った狐樹廊は、観客を見回し、審査員4人を見て、きれいなおじぎをした。
「手前、狐樹廊と申します。以後お見知りおきをよろしゅう頼みます」
 すっと背を正し、扇を開き掲げ持つ。
「緋扇・曼珠沙華!」
 狐樹廊の言葉とともにドン! と爆発するような重量のある音がして、扇から緋色の曼珠沙華の花があふれて周囲に飛び散った。
「おーっとこれはすごい! いきなり大技です! ちょうどお彼岸が終わったばかりですから、これは見ている方にもウレシイ技ですねっ! お墓参り行きそこねていた方、これで明日はお花持参でお参りですっ!」
 脇へ避けていたリーレンが戻ってきて、すかさず狐樹廊にマイクを向ける。
「狐樹廊さんは種族が地祇ですね! 地祇なら神様の役ではないかと思われる方もいらっしゃると思いますが、そのへんはいかがでしょうか?」
「へぇ。ここの竜神様は手前と同じような生まれのようですね。その役柄に興味はありますが、新参とは言え空京の地祇である手前は、このヴァイシャリーではいわば余所者。たとえ芝居であっても、土地神の座を奪うような真似ははばかられますゆえ、漁師役として立候補させていただきました」
「なるほど! なんと奥ゆかしい方でしょうか! まさにニッポンの心、ワビサビを備えた方だと思います! 皆さん狐樹廊さんにもう一度拍手を贈りましょう!」
 リーレンが手を挙げると、わーっと観客から盛大な拍手が起きる。
 満場の拍手の中、狐樹廊は満足げな表情で壇上から降りた。
「それでは候補2番・ノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)さん、どうぞ! ――わぁお! イッケメーンさんじゃないですかぁー」
 壇上に現れたノインを見て、リーレンの目が明らかに輝いた。
「やーんっ、リーレンこーのみーっ! ノインさん、種族は? お歳は? ヴァルキリーは大好きですかっ?」
「……吸血鬼です。歳は内緒で。もちろんヴァルキリーの女性も好きですよ」
 突然至近距離へがぶり寄ってきたリーレンにも、ノインは慌てず冷静に対処する。
「あなたに決定」
 リーレンがうっとりと呟く。これが漫画のワンシーンだったなら、彼女の周囲にはハートマークが飛んでいたことだろう。
「――リーレンちゃん…」
 司会役を任せたのは間違いだったかしら。会場はたしかに彼女のおかげで盛り上がってはいるんだけれど。
 舞台袖で、はーっと巫女装束の婦人がため息をついた。
「おまえさん、いつぞやはお嬢ちゃんと一緒に世話になったの」
 そう、声をかけたのは審査員席のシラギだった。
「こちらこそ、先日はお世話になりました」
 彼が覚えていてくれたことに、ノインは笑顔でシラギの方を向く。
「しかし、それはそれ、これはこれじゃ」
「はい」
「2~3質問をさせてもらうよ」
 きた、と内心ノインは思った。
(マリアのおかげで既に審査員の4人についてはリサーチ済みです。奉納の舞の基となる物語も細部まで全部調べてきました。どんな質問がこようと完璧に答えてみせます!)
 意気込むノインに、眼光鋭くシラギが発した質問は。
「お嬢ちゃんのチャームポイントは?」
「そんなもの、決まってます。かわいい顔と細い足!」
「お嬢ちゃんの好む下着の色は?」
「白!」
「お嬢ちゃんの身長、体重は?」
「…………な…っ」
 驚きのあまり絶句してしまったマリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)の前で、シラギとノインの質疑応答は過熱化していく。その全てが、マリアのプライバシーに関するものばかりだった。
「……ぬぅ。おまえさん、よくぞそこまで…」
「ふっ。マリアのことで私の知らないことなど何ひとつありはしません」
 事もなげに、落ちてきた前髪を払うノイン。
「では最後の質問じゃ。これに答えられたらワシはおぬしを推そう。
 ずばり! お嬢ちゃんのスリーサイズは?」
「そんなことでいいんですか。簡単です。マリアのサイズは上から――」
「いいかげんにしなさいッ!!!」
 勝ち誇って答えようとしたノインの後頭部にクリーンヒットしたのは、かがり火用のスタンドだった。
 もちろん全力で振り切ったのはマリアである。
「……わ、ワシは質問をしただけじゃぞ」
 ギッ、と睨んでくるマリアに、シラギは降参と手を挙げて見せる。
「さあ行くわよ、ノイン。なぜあなたがあんなことまで知っているのか、じっくり聞かせてもらいますからね」
 きゅう~~っとなっているノインの首根っこを引っ掴んで舞台を降りたマリアは、そのままずんずん人気のない浜の方へとノインを引きずって行ってしまった。
「……あ~~~、リーレンのダーリン候補が行っちゃった」
 インタビューする間もなく、舞台に取り残されたリーレンがぽつっと呟く。
「でももうハニーがいたみたいだし! 次の人もイケメンさんだから、リーレン頑張るね!
 候補3番・アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)さん、壇上にどうぞ!」
 リーレンの呼ぶ声に応じて、アインが舞台袖から現れて中央まで進み出る。精悍な顔立ちをした男性型機晶姫の彼は、機械の冷たさと同時に人としての温かさも持っている、不思議な印象の持ち主だった。
「アインさん。アインさんはどーして漁師役に立候補されたんですか?」
 すすす、と近づいたリーレンが、めいっぱい手を伸ばしてマイクを顔に寄せる。リーレンは小柄で150そこそこしかないため、180近い長身の彼の返答を拾うにはそうするしかなかった。
「ここに来たのは、地球に下りる機会がめったにない今、空京にいるだけでは得られない「古い伝統文化」を学ぶ良い機会と考えたからです。この小さな村に根付いた竜神信仰はとても興味深く思います」
「それじゃったら見とるだけでもええんじゃないかね? むしろその方が客観性が得られると思うんじゃが」
 審査員の1人が訊く。
 アインは振り返り、舞台袖から行方を見守っていた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)と視線を合わせた。
「朱里、こちらへ」
「……ええっ?」
 突然名を呼ばれ、朱里は思わず声を上げてしまった。
 あわてて口を押さえたが、出た声は戻らない。
(まずいよ、それ。今は漁師役のコンテストなのに…)
 そうは思ったが、アインに見つめられ、手を差し伸べられていては、出ないわけにもいかなかった。
 袖端を離れ、衆目を集めることにためらいながらもアインの手をとる。
 朱里をすぐ横に導いて、アインは彼女を見つめた。
「ご紹介します。彼女は僕のパートナーです。とても大切な人です。彼女と出会い、彼女とともにいることで、僕はさまざまな出来事、自らの中にあるとは思ってさえいなかった思いに気づいてきました。
 奉納の舞の話を知り、金二の思いには僕と通じるところがあると思えました。愛する人を残して逝きたくはないという思い。絶望の暗闇の中で見つけられた希望の光は、彼を強く愛する妻の思いであるとともに、彼に居場所を教えてくれるものです。大切な人はそこにいて、そこにこそ自分の居場所はあるのだと…。
 そして、2人を支えて再び巡り合わせてくれた竜神。それは2人をとりまく人々の優しさ、思いにあります。竜神(思い)の加護なくして、2人はともにいることはできなかったでしょう。神美根神社は彼らの思いに対する感謝の象徴でもあるのです」
「その価値がおまえさんには分かると? 機械のおまえさんに、人の思いが理解できるかね?」
 シラギからの辛らつな問いに、アインはためらうことなく頷いた。
「朱里と出会う前の僕には、決して理解できなかったことです。たとえそうと教えられても、そこに価値や意味を見出せなかった。ああそう、と思うだけ。
 でも、今の僕は違います。彼女や、みんなから、たくさんのかけがえのないものをもらいました。彼らとともにさまざまなことを体験し、ともに築き上げてきた。それらはみな、自分自身の経験として、この胸の内にあります」
 アインの淡々とした語りに、シラギは満足そうに頷き、背を椅子に預けた。
「おまえさんには心があるね。それはとても尊い。人であっても持っておらん者はたくさんおるというのに。
 傍らの彼女や、周りの人がくれたものじゃ。彼らを大切にしなさい。それがおまえさんの心を守ることにつながる」
 シラギの言葉に応えるように、朱里の手を握るアインの手の力が強まった。
「アイン…」
「ずっとこうして僕の横にいて欲しい」
 前でも、後ろでもなく。常に傍らで。
「――うん」
 朱里もまた、ぎゅっと強く手を握り返した。