波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

帰神祭へ行こう

リアクション公開中!

帰神祭へ行こう

リアクション


第4章 コンテスト開催・竜神部門(1)


「やぁ、陣じゃないか」
 そんな声を聞いて、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は足を止めた。
 少し先で、セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)が立っている。
「おまえも来てたの? 全然知らなかった」
「おまえは…………出張販売か?」
 まるで移動販売員のように、首で支える紐つきの発泡スチロールを抱えているセシルを見て、陣が言う。まるでというより、移動販売員そのものだろう。側面には、タコとタコ焼きの絵が描かれていた。
「アスティたちと屋台出してるんだ。なんだったらあとで来てくれよ」
「ああ、あとでな」
「で、そっちは?」
「ティエンだよ。あいつ、竜神になって神輿に乗りたいって」
 つきあわされるこっちはいい迷惑だ、と悪ぶって言っているが、手に持っているのはどう見てもティエンサイズの半被だ。
「いいお兄ちゃんだなぁ」
「なんだと?」
「いや、何でもない。
 でも……そっか、竜神か…」
「なんだ? もしかしてそっちはエリィか?」
 意味ありげなセシルの呟きに、陣が眉を寄せる。
「いや、ルナの方」
「ああ、なるほど。あり得るな、あの姫なら」
「妹分には悪いけど、今回ばかりはルナを応援してやりたいんだ」
「べつにいいさ。俺だってルナの応援はできないし」
「そうか。
 あ、そうだ。これ持ってけよ。俺からのオゴリ。ティエンによろしく」
 セシルからタコ焼き2パック受け取って、陣は再び砂浜を歩き出した。



「皆さん、お待たせしました! それではこれより竜神部門を開催させていただきます!」
 リーレンの宣言に、浜に散っていた者たちが再び舞台の前へと集まり始めた。
 屋台の準備を終えた者たちも加わって、浜は先までよりいっそう人の山で膨れ上がっている。
「おいおい、すげえぞ。ほんとにこの中でやるのか…?」
 舞台袖から外を覗き見て、蒼灯 鴉(そうひ・からす)が呟いた。
 後ろの師王 アスカ(しおう・あすか)を振り返る。1番のゼッケンを付けた彼女は「瞑想」とひと言呟いて目を閉じてから、ぴくりとも動かず立っている。
 その手に握られているのは迷刀・ゆる村。
「神美根神社で奉られている竜神様は、海の事故から人を救います。海開きの前の6月に神社へお迎えし、海を閉じる9月に海へと帰られます。んーとぉ、たましい? なので、性別はないそーです。奉納の舞では漁師夫婦を守護する存在として登場し、お祭りのクライマックスで神社から神輿に乗って海まで帰られるんだそーです。
 その役を決めるコンテストです。それでは竜神役候補1番・師王 アスカさん! どうぞ!」
 リーレンのあいさつに、アスカはゆっくりと目を開いた。
「お、おい、アスカ…?」
「じゃあ行ってくるわねぇ」
 わーっと歓声と拍手が上がる中、袖から出て舞台中央へ向かう。
「ほんとに大丈夫かぁ? あいつ」
 まっすぐ堂々と歩いてはいるが、いまひとつ信用できない鴉だった。



「おや、嬢ちゃん」
「シラギさん、お久しぶり〜♪」
 自分を見たシラギに反応があったことがうれしくて、アスカはひらひらと手を振った。
「嬢ちゃんも来とったんじゃの。たしかあのときは、何か絵を描いておったようじゃったが」
「はい。それは美しい風景を描かせていただきました。ここは本当にきれいな所ですのねぇ」
 人の山を超えて見える海と岩崖、そしてサンゴ礁の環を見渡して、アスカはほうっと息をついた。
「で、嬢ちゃんは何をするつもりかね?」
「剣の舞でも踊っていただけるんかの?」
「そりゃあ楽しみぢゃ」
「ああ。いえ」
 審査員の言葉に、アスカは刀を持つ手とは反対の手を持ち上げて見せる。刀の方にばかり目がいって、気づかなかったが、そこにはハケを突っ込んだペンキ缶が握られていた。ペンキ缶には大きく「耐水性」と書かれている。
「私は芸術を愛する者ですからぁ。アピールは、絵画と彫刻ですわぁ」
「彫刻? ペンキで?」
 絵画の方はなんとなく分かるが…。
 いぶかしがる審査員たちの前で、アスカは口の横に手をあてた。
「ルーツ、お願〜い!」
 とたん、人々の目がいっせいにアスカの声の先を向く。そこには、アスカのパートナー・ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が立っていた。
「……本当にやるのか…」
 壇を下りてこちらへ向かってくるアスカに、ふう、と息をつきつつ、ルーツは海面に向けて氷術を放った。
 みるみるうちに波の一部が固まり、また打ち寄せた波の一部が固まって、と、そこに氷の特製巨大柱が立ち上がる。
「できたぞ、アスカ」
「ありがとうね〜、ルーツ」
 砂にゆる村を突き立てたアスカは、さっそくペンキを用いて氷に竜神の絵を描き始める。
(竜はまるでこの海と一緒。穏やかで美しく……けど、そこには荒々しい激流のような激しい一面もある。それが私のイメージ!)
 突き上げる芸術への衝動が、彼女を激しく駆り立てていく。しかも彼女の計画は、これで終わりではなかった。
「絵で完成と思わないでねぇ〜、本番はこれから! 私の本気、見せてあげるわぁ」
 ゆる村を掴み、絵をベースとして氷を削り始める。
 夢中になって氷を削っていくアスカ。
 しかし。
「…………のぅ、嬢ちゃん。いつまでかかるんかいのぉ?」
 審査員の1人が声をかけるが、アスカは自分の生み出す竜のとりことなってしまっていて、耳に入っている様子はなかった。
「うーむ…。できあがりを待ってる時間はないぞい」
「ま、そのうちできるじゃろうて。
 リーレンちゃん、次ぢゃ」
「はーい、了解でーす。それではルーツさん、できあがったら教えてくださいねー」
 脇に控えているルーツと手を振り合って、リーレンは走って壇上に戻った。



「えーと。竜神役候補2番・六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)さん! どうぞー……って、あら! もういらっしゃったんですねっ」
 ぱっと前から飛びのくリーレン。その後ろには、乳白色の美しい髪をした麗人が立っていた。
 沈みかけた夕日を受けたその面は、どこか艶めいてあやしい。
「鼎さんは、女性ですかぁ?」
 思わずリーレンは訊いていた。
「それが審査に関係あるんですか?」
 薄く笑みを刷いた口元、鳥の鳴き声を思わせる澄んだ美しい声。
 しかし目は決して笑っていない。
「……多分」
 審査員のおじいちゃんたちを盗み見て、呟く。
 彼らは美しい鼎の登場に腰を浮かして「おおおおーっ、眼福じゃ、眼福じゃ」と、手をすり合わせて喜んでいる。
「ノーコメント」
 前にきた髪を肩向こうに払い込んで、鼎は意味深に笑った。
(ん〜〜。やっぱり女性なのかなぁ? 分かんないけど、どっちにしてもリーレンの好みじゃないからいーやっ)
「そうですね! 竜神はどちらでもないから、性別不詳の方がピッタリかもしれません!
 では鼎さん、自己アピールをどうぞ!」
 そそくさと離れていくリーレンを尻目に、鼎は持っていたペットボトルのふたを開けた。
 中の水をぴしゃりと床に打つ。
 その水たまりからいくつか球体が生まれて、ふわふわと浮き上がり始めた。
 鼎の手元で火術による小さな火がともり、彼の周囲をとりまく水の玉が飴色に輝く。それは、虹色に輝いて天にのぼろうとするしゃぼん玉のようだった。
(本当は龍を作りたかったんですが…)
 残念ながら、サイコキネシスはそこまでの能力ではなかった。数回の失敗のあと、諦め、この形にしたのだ。
 これでも十分幻想的なイメージは伝わる。
 そしてそれには、鼎の人並みはずれた美しさもあいまって、妖艶なムードを作り上げていた。
 やがて火は消え、球は水に還り、ペットボトルへと戻っていく。
「終わりです」
 キュッとペットボトルにふたをする鼎の言葉に、はっと我に返ったリーレンが、あわててそばに走り寄った。
「ファーンタスティック! すばらしい技でした! 感動です!
 皆さん、鼎さんに今一度大きな拍手を!」
 リーレンの言葉に、わーっと歓声と拍手が上がる。審査員の1人など、ついに拝んでさえいた。
 それを背に、鼎は満足げに壇を下りていった。



「どっ……どど、どうしよう〜〜〜〜っ、お兄ちゃん、僕、あんなことできないよ〜〜〜」
 舞台袖を握り締め、今にもかじりつかんばかりにティエン・シア(てぃえん・しあ)は動揺していた。
 緊張と動揺のあまり、泣き出してしまいそうに潤んだ目で「お兄ちゃん」こと高柳 陣を見上げる。
「あー、そーだな。おまえにはムリだな」
 ちっこいし。弱っちいし。
「…………っ」
 ヒャクッとしゃくりあげるティエン。
 こういうとき、ヘタに抱きつかせたり優しくするのは間違っていると、陣は信じていた。
 そんなことをすれば、相手は気を緩ませてますます泣いて、収集がつかなくなってしまうからだ。特にこれから舞台に出るっていうときに、それはまずい。
 だから、なるたけそう聞こえるよう、アッサリと突き放した。
「だけど竜神になって、神輿に乗りたいんだろ? それとも諦めるか?」
 陣の言葉に、今にもこぼれそうだった涙がピタリと止まる。
 ふるふると首を横に振るティエン。
「僕……僕、頑張る」
「よし」
 1回だけ、髪をクシャった。本当は思いっ切りクシャクシャにして、勇気を褒めてやりたいんだが。
「ほら、行ってこい。ここで見ててやるから」
「……う、うん……ううん」
「どっちだよ?」
「うん、行く。それと、ううん、ここにいないで」
「へ?」
「前にいて。後ろにいたら、僕、お兄ちゃんが見えないから。だから…」
 お兄ちゃんがいたら、きっと、頑張れる。
「――分かった。ちゃんと見ててやるから、しっかりやれよ」
「うんっ」
 ぱたぱたと舞台へ出て行くティエンを見て、ふうと息をつく。
(にしても、あの衣装はないだろ、ユピリアめ。海に叩き落されてもいいように白い水着と、お祭りらしく半被だと? ……どういう趣味だ?)
 パートナーながら、あいつの考えることはサッパリ理解できないと、頭をふりながら陣は表へと向かった。



「竜神役候補3番・ティエン・シアさん! どうぞ!」
 パチパチパチパチパチ。
 拍手の中、ティエンはなんとか中央まで歩ききった。
 足はもうコンニャクのようにグニャグニャに感じて、耳もジンジン痺れていたけど、どうにか司会者の言葉も聞き取って、言葉を返した。――何を返したか、覚えてないけど。
「はいっ。ではティエンさんは、何を自己アピールしますか?」
 きたっっっ!
「竜神様や、このお祭りを催してくれてる村の人、屋台を出してる人、コンテストのスタッフさんや審査員さん、見に来てくれてる皆さんに『ありがとう』の気持ちを込めて歌いたいと思います」
「おおっ! すばらしい! じゃあマイクをお貸ししますので、がんばってくださいね!」
 マイクを渡す際、勇気を移し込むように、ギュッとティエンを両手で強く握り締めて、リーレンは舞台の端まで引いた。
 舞台にいて、みんなの注視を受けているのは、ティエンただ1人だ。
 天真爛漫なティエンでも、さすがにこれは怖くて、怖くて、たまらなかった。
 知らない人たちからの何十もの興味津々な視線は、ヘタをするとトラウマになりそうだった。
「僕……」
 言葉が喉から先に出て行かない。
 涙が落ちそうになった、そのとき。
「ほら! 頑張れティエン!」
 人を掻き分け、先頭に出た陣が、審査員のすぐ後ろで大声を張り上げた。
 俯きかけたティエンの顔が上がり、陣と目があう。
 グッ、と親指を突き出す陣。笑顔の彼を見て、ティエンのくじけかけた気持ちが、あっという間に立て直される。
 ティエンは笑い返して、すうっと息を吸い込んだ。

なんでもないことで いらついて
不用意な言葉で 人を傷つける
そんな力は嫌いだった
笑顔で いつもつらいと思ってた
胸に空いた穴 生きてても仕方ない
強い風が吹くたびに そんなことを考えた

だれも知らない 心は見えない
流した涙さえ 僕しか知らない

たとえばひと言 ありがとうって言えたら変わる?
僕に力をくれる 最高の友達
世界が変わる魔法をくれた
ありがとう ありがとう ありがとう
ずっとそばにいてくれた 僕の大切な友達


笑顔で いつもつらいと思ってた
胸に空いた穴 生きてても仕方ない
強い風が吹くたびに そんなことを考えた

でもそんなことない 今はもう
ありがとうって言えるから
僕に力をくれた 最高の友達
心が変わる魔法をくれた
ありがとう ありがとう ありがとう
愛することを教えてくれた 僕の大切な友達

きみに出会えてよかった
この世界にきみがいてくれて ありがとう
きみに出会わせてくれた人たち
きみと出会わせてくれた世界
ありがとう ありがとう ありがとう

愛するみんなへ ありがとう
きみたちが大好きだよ
世界が変わる 輝きが満ちる
ありがとう…



 歌った。歌い切れた。
 なんとか最後のあいさつもこなし、審査員席に――一番は陣に――ぺこっと頭を下げて、ティエンは舞台袖へと戻ってきた。
「すごく上手でしたね」
 拍手で迎えてくれたのは、イチルだった。
 4番のゼッケンを付けた彼の脇にギターがあるのを見つけて、この人だ、と思う。
「途中から、ギターの音が聞こえてきました。曲を付けてくださったのは、あなただったんですね!」
「キミがとても心を込めて歌っていたから、自然と指が動いて…。邪魔をしたならごめんね」
「そんなことないです! 全然! とってもうれしかったです」
 笑顔のイチルに、ティエンは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」



「竜神役候補4番・九条 イチルさ……ん…。
 やーーーんっ! またまたまたまたリーレン好みのイケメンさーんっ」
 ギターを持って現れたイチルを見て、リーレンの目がハートマークに変わった。
「イルミンスールから来ました、九条 イチルといいます。よろしくお願いします」
 審査員席に頭を下げる、イチルの胸元で、小さな桜貝をつなげたネックレスが揺れた。
「かわいい! きれいなネックレスですね」
「友人がくれたんです。お互い頑張ろうって」
 ちょっと照れながら答える。
「ん〜、いいご友人をお持ちですねー。
 ところでこのあと、何かご予定は? って、あっ、でも竜神になっちゃったら遊べないんですよね…」
 一緒に遊んでほしかったのに、という未練タラタラなリーレンの子どもっぽさに、くすりとイチルが笑う。
「そういうこと、考えないようにしてるんです。コンテストに受かる・受からないは、気にしだすとドキドキしちゃうから。
 それより、自分らしさがうまく出せて、このときをみんなと一緒に楽しくすごせたらいいなと思っています」
「それなら大丈夫! みんな、楽しんでるもんねーっ!」
 リーレンの言葉に、観客から盛大な拍手が沸き起こった。
「じゃあイチルさん、お願いします!」
 マイクをスタンドに挿して、高さを調節し終えたリーレンは、いつものようにさささっと定位置まで引いていった。
「えーっと。このコンテストに参加しようと思ってから、俺にできること、一生懸命考えました。ここにいるみんなが心地よくなれるよう、せいいっぱい心を込めて歌わせていただきたいと思います」
 アコースティックギターを爪弾き、イチルは歌い出した。

Oh, give me a home, where the buffalo roam
Where the deer and the antelope play
Where seldom is heard a discouraging word
And the skies are not cloudy all day.

Home, home on the range
Where the deer and the antelope play
Where seldom is heard a discouraging word
And the skies are not cloudy all day.

How often at night, when the heavens are bright
With the light from the glittering stars
I have stood there amazed, and asked, as I gazed,

The air is so pure, and the zephyrs so free
And the breezes so balmy and light
I would not exchange my home on the range
For all the cities so bright.


 ゆったりとした、単純なメロディの歌。どこかで聞いたことのある、だれもが知っている歌。
 はるか昔、数百年前から歌い継がれてきた、郷愁の歌である。
 故郷の夜空を飾る満天の星の美しさ、その輝きに勝るものなどなく、人の世の栄光すらもはかない。
 大気は澄み、風は草原を渡り、鹿の鳴き声が聞こえる森がある。懐かしき故郷、だれもが帰りたくなる我が家。
 そんな歌だった。

「……あ、あれ…」
 舞台袖で見守っていたレキは、涙がこぼれて、初めて自分が泣いていたことに気づいた。
 そっと観客を見回す。だれも物音ひとつ立てず、イチルの歌に聞き入っている。
 胸をきゅーっと熱くさせる彼の歌は、聞いている人全員に同じ思いを感じさせているようだった。
「やっぱ、すごい人だったんだ、イチルくんって」
 その人と友達になったことが、ちょっと誇らしい。
 満場の拍手の中、戻ってくるイチルを、レキも負けないくらい大きな拍手で出迎えた。
「よかった! すっごくよかったよ、イチルくん! ボク、泣いちゃった」
「ありがとう。キミも頑張ってね」
 ハイタッチですれ違う。
 次はレキの番だった。