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第9章 屋台でお祭り(3)


 冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は、アリエル・シュネーデル(ありえる・しゅねーでる)と一緒に、ぶらぶらと屋台を冷やかして歩いていた。
 2人は、一緒に来たわけではない。前から友人だったわけでもなく、この祭りで偶然出会っただけの関係だ。
 しかし、右手に焼きソバ、左手にりんごアメ、手首からわたがしの袋とべっこうアメの袋を吊るし、キャベツ焼きをどうしようか思案している永夜は、右手にお好み焼き、左手にタコのまるごと焼き、そしてやはりさまざまな食べ物が入った袋を吊って、キャベツ焼きをじーっと見ているアリエルを見て、不思議と他人でない気がしたのだ。
「俺ね、屋台は先に楽しんで、巫女神楽や奉納の舞はゆっくり静かに楽しみたいんだ。こういう神事には、食い物を持ち込んで見たくないんだよ。気分的な問題だけど」
「私もそう思います」
 キャベツ焼きができる間、そんな会話をして、意気投合した。
 波長が合ったというのかもしれない。
 歳は全然離れているし、どちらかというと兄と妹といった感じだったが、そうやって歩くのが自然な感じがした。
 なにより彼女は静かで、会話をしようと努めて無理に言葉をひねり出す必要もない。
「おっ、ここにも射的がある。アリエルは何かほしい物ある?」
「……あれ」
 アリエルの手が、景品のクマのぬいぐるみを指す。
「そう。じゃあ待ってて」
 クマのぬいぐるみと書かれた木札を難なく撃ち落とし、残った弾で自分の目当ての板チョコの木札を落とす。それを半分に割って、アリエルに渡した。
「ありがとう」
 ぬいぐるみを抱えたアリエルが、ぼそっとお礼を言う。
「どういたしまして」
「あそこ、丼屋ですって。屋台なのにめずらしいですね」
 唐突に言われて、とまどいながらもそちらへと目を凝らした。
 そこでは、店主が何か異様なオーラを放つ赤い丼をビニール袋に詰めて、おじいさんに手渡している。
「もしかして、もう食べましたか?」
「――いや。食べてないけど、あれはパスしといた方がいいみたいだ」
(あそこはかなりヤバいと、俺の第六感がそう告げている)
「それよりタコ焼きは? もう食べた?」
「まだ食べてないです」
「じゃあ行こうか。あそこ、はやってるみたいだし」
 丼屋とは正反対の位置にある屋台を指して、2人はそこに向かった。


 セシルのタコ焼き屋は大繁盛だった。4人体制で対処しているが、それでも手が足りない。
「エリィ、パックがもうないぞ! どこだ?」
「足元に50個入りを2つ用意してます。それからつまようじはこちらに」
 ささっと少なくなったつまようじ入れと新しい物を交換して、屋台の下に用意していたパックの袋を引っ張り出す。作業台に補充して、邪魔にならないよう離れた。
「お、用意いいな。ありがと」
「いいえ」
 褒められたうれしさを隠し切れず、うきうきとエリィは売り子に戻る。
「ちッ、タコも足りねぇ。アスティ、切ってるのあるか?」
「今やります」
 アスティ・リリト・セレスト(あすてぃ・りりとせれすと)が冷蔵庫がわりの発泡スチロールから下処理済みのタコの足を取り出し、手早くぶつ切りにする。
「とりあえず10個ぐらいくれ」
「分かりました」
「って、カイル! おまえ材料ぶちまけてんじゃねぇぇぇ!」
「す、すまない…」
 タコも切れない、呼び込みもできない、剣以外はからっきし駄目な超不器用者カイルフォール・セレスト(かいるふぉーる・せれすと)は、力と根気さえあればできる生地の練りを任されていたのだが、つい力が余って、手がつるりとすべってしまったのだった。
「……っ、はーっ。おまえ、何ができるんだよ…」
 妻のアスティに、体に飛び散った分を拭かれているカイルを見て、セシルが肩を落とす。
「こういう場で働いたことがないから、私にも何ができるか分からないんだ」
「あーもー、おまえってほんと、こういうのからっきしなんだから。
 店の方はもういいよ。これ以上被害出されても困るからな」
 カイルの本来の力を発揮するのがこういう場でないことは分かりきっているのだから、責めたところで仕方ない。
 苦笑しつつ、セシルはタコ焼き型に向き直って、作業を再開する。
「すまない」
「かわりにそれ、届けに行ってくれ。ついでに浜で販売もしてきてくれると助かるんだが」
「分かった」
 エプロンをはずして、重役を解かれたことに内心ほっとする。タコ焼きの入った発泡スチロールをアスティから受け取っていたとき。
「ああ、それと、さっき自分がぶちまけた床掃除はちゃんとしていけよ」
 背を向けてはいたが、セシルはしっかり釘を刺すことを忘れてはいなかった。


「危ない、オルフェリアさま!」
 すばやくオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)の前に出て、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)はぶつかりかけた男性の肘を代わりに受けた。
「あっ、すみません」
 ぶつかって、初めてそのことに気づいた男性が、ぺこっと頭を下げて行く。
 あの肘打ちがオルフェリアにぶつかっていたかもしれなかったことを思うと腹立たしかったが、相手に悪気がなかったのも分かっていたため、ミリオンは無言で頷くにとどめた。
 そして姿が見えなくなるまで、「死」という念を送って睨み続ける。
「大丈夫? ミリオン」
 そっと横から頬に触れられて、ミリオンは飛びずさった。
「ミリオン?」
「オルフェリアさま…」
「――驚かせちゃった? ごめんね」
「いえ、我の方こそ。過剰反応してしまい、申し訳ありません」
 かすかに触れた指先の感触が、まるで野火のように顔中に広がって、頬を熱くさせる。
「オルフェリアさま、もう屋台巡りは諦めませんか? 人があまりに多すぎます」
 オルフェリアに触れようとする不埒な輩が多すぎて、とても防ぎきれないから、とは言えなかった。それをガードするだけの力がない、自分のふがいなさを吐露するようで。
 せめてその御手を取り、不肖の身ながら我がエスコートできれば……とも思ったが、神聖無二、不可侵の女神であるオルフェリアの手を取るなど、おこがましいにも程があるだろう。
 いくら、触れたいと焦がれても…。
 だが肝心のオルフェリアは、そんなミリオンの思いなど全く理解してないようで。
「あっ、あそこ、りんごアメ売ってる~」
「あっ、あそこにきれいなアクセサリーが~」
 と、人混みに向かって突撃して行ったりしている。
「ああっ、オルフェリアさまっ」
 どうか我の話をお聞き入れくださいっ。
 あわてて駆け寄ろうとしたミリオンを振り返り、オルフェリアは手を差し出した。
「手、つなご。すっごい人だから、はぐれないように用心しなきゃ」
「は、はい…」
 おそるおそる伸ばした手を、ぎゅっとオルフェリアが握り込む。
「さあ行こ! オルフェね、髪留めが欲しかったんだ。似合うのあるかなぁ」
「……オルフェリアさまは、何をつけてもおかわいらしいです…」
 何をつけていなくても、そのままで、十分かわいらしい。
「ん? 何か言った?」
「いえ、何でもありません」
 自分の考えたことに真っ赤になりながら、ミリオンは手を引かれて歩いた。


「賑やかだね」
 ちょっと遅れて乗合馬車第2便で到着した七尾 正光(ななお・まさみつ)は、すっかりたけなわとなった屋台と人波を見て、そう言った。
「うん、賑やかだよねー。私、これまでお祭りにはあんまり参加してなかったから。今日は来れてうれしい」
 つないだ手を振りながらアリア・シュクレール(ありあ・しゅくれーる)が応える。
「どうして? 何かあったの?」
「えっ? ううん。ただ、どうせならお祭りには大好きなおにーちゃんと一緒に行きたかったから」
 そう言って照れ笑うアリアは、もうギューッと抱きしめたいほどかわいくて、正光はあわてて左手をポケットに突っ込んだ。
「お兄ちゃんは? 夏祭りには行った?」
「そ、そうだな…。俺も、どうせならアリアと行きたかったしな」
「じゃあこれが今年初めてのお祭り?」
「うん」
 正光の返事に、アリアはぶんぶん振る手を強めた。
「えへへ♪ じゃあ、一緒だねっ」
「うん、一緒…」
「じゃあせっかくだから楽しもうよ。ねっ? お兄ちゃん」
 アリアに引っ張られるようにして、正光は屋台へと向かった。


「いかがですかぁ? とってもめずらしい、光るアクセサリーですよ」
「お祭りの思い出に彼女へのプレゼントに、アクセサリーはいかがですかー」
 笹野 冬月(ささの・ふゆつき)笹野 朔夜(ささの・さくや)は、声を合わせて客を呼び込んだ。
 本当は、そんなことはしなくてもいいくらい店は繁盛していたのだが、こちらに気をひかれるそぶりで歩いている女の子を見ると、ついつい声をかけてしまう。
 今もまた、2人の呼び込みに反応して、女の子が店に向かって近づいてきた。
「うわー、きれーい」
 台の上に身を乗り出した女の子が、そこに並んだ水晶のペンダントを見て目をキラキラさせている。
「はい、いらっしゃい」
「全部水晶なんですか?」
「あちらでは花を販売しています」
 朔夜は店を真ん中で分けた冬月の担当する側を示す。
「こちらは水晶を使ったアクセサリーで、身に着けることで発光するように、特殊な加工を施してあります」
「こっちの花も原理は同じだ。プリザーブドフラワーだから、原型を保っていられるのは光らせてから7時間くらいが限度だが。この湿気のせいもあるが、融合とか結構無茶してるしな」
「ちなみに、こんなふうな感じです」
 朔夜の手が、身に着けていたペンダントを襟から引き出す。シルバーの台にはまっているだけのシンプルなそれは、ほのかなモーブピンクに発光していた。
「きれいな色~。それ、どのペンダントなの?」
「発光する色は、その人個人個人で違います。ですから石は基本的に同じ物ですよ。ただ大きさとデザインが違っているだけです」
「へ~、そうなんだ」
 と、その手がもっとよく見ようと台上のペンダントの1つに伸びる。
「おっと、気をつけろよ、お嬢ちゃん。水晶に触れて、光らせたら買い取りだからな。石には触れないように持ち上げな」
 すばやく冬月が注意を促した。
 女の子は頷いて、鎖を持って目の高さに持ち上げる。
「ここにいたんですか、セルファ」
 人混みから抜けて現れた男が、そう言って女の子の横についた。
「真人」
「ひとが支払いをしているうちに、勝手にちょこまか動かないでください」
 迷子になるでしょう。
「はい、きみの分」
 わたがしの入ったパンパンの袋を渡そうとする御凪 真人(みなぎ・まこと)に、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)
「それよりこれ、いいと思わない?」
 と、両手を突き出した。
「それより、って…。これも俺に持たせる気なんでしょう?」
 真人の右手には、焼きソバ、タコ焼き、りんごアメ、チョコバナナ等々さまざまな食べ物が握られていたが、全部セルファの買い物で、真人の物は今食べているわたがしだけだ。
「いいから、これ見て」
 焦れたセルファがせっつく。
「なんですか? これ。水晶?」
 鎖の先で、ペンダントがプラプラ揺れている。デザインをよく見ようと、何気なく、掌に乗せた。
「あ」
 水晶が、黄色く光り始めた。
「はい、お買い上げ~」
 冬月がカラコロとベルを鳴らす。
「!? えっ? ど、どういう意味ですかっ?」
「あのね、真人。それ、触わっちゃ駄目なの。光らせたら買い取りなの」
「えっ?」
 そこでようやく事態を把握した真人だったが、遅かりし。黄色く光ったペンダントは、冬月によって袋詰めされていた。


「……絶対、俺に買わせる気だったでしょう」
 屋台を抜け、浜に続く坂を下りながら、真人はぼやいた。
「えー? 何のことー?」
 ケロリンとした顔で、セルファが答える。
 デザインは花を象った物で、女性向けだった。真人に付けられるはずもなく、結果、ペンダントはセルファの物になったわけだが。
「買い物しすぎて、お金が足りなくなったんでしょう」
「うっ…」
「大体買い込みすぎなんですよ。いくらおいしそうだからって、それ、本当に全部食べる気ですか?」
 セルファの腕に移ったりんごアメ、チョコバナナ、タコ焼きを見る。しかしまだ、真人の手には焼きソバとお好み焼きとわたがしが握られていて、さらにゴミ袋には食べ終わったかき氷のカップととうもろこしの芯が入っていた。
「たっ、食べるわよ、もちろん。捨てたりしたらもったいないじゃない」
「でも、あとで体重計を見て騒がないでくださいね。そして、急に「ダイエットよ!」とか言って俺を巻き込まないでくださいね。俺にはそんなもの必要ないんですから」
 まさに「明日からダイエットすれば――」と言おうとしたところだっただけに、セルファは赤面してしまった。
「体重は……これからはスポーツの秋よ! 運動すればこのくらいすぐに消費するわよ。……多分」
 ふう、と息をつく真人。
「ま、なんにせよ、ほどほどにしておいてくださいね。でないと、帰りの馬車内で胃薬飲んで苦しむハメになりますよ」
「……分かってるわよ、そんなこと」
「どうだか」
 セルファには聞こえない声で呟いて、真人は先に立って歩き出す。
 その背を見ながら、セルファはポケットに手を入れて、ペンダントに触れた。

「これは、水晶に触った人の体力(生命エネルギー)を吸収して、もともとそれに込めてあった魔力と融合させる事で光っているんです。ああ、吸収といっても最初に光らせる分だけですから安心してくださいね。吸い取られ過ぎて倒れるようなことはありませんから」

 朔夜はそう説明していた。
 だからカップルが好んで買っていたのだ。相手の力で光る石を、交換して互いに持ち合うというのがロマンチックだったから。
(分かってないんだなぁ、真人は)
 ペンダントを取り出して見る。それは真人が買った物ではなく、真人が冬月に袋詰めされているのを凝視している間に、セルファがこっそり購入した物だった。
 デザインはシンプルに、丸い水晶が付いているだけの物だ。それが今、セルファの力で赤い光を発している。
 今は、明日どう変わるかもしれない不穏な時だから。お守りとして、互いで持ちたいと思ったのだ。
 込められた力は小さいかもしれないが、それでも、自分の力が常に真人とあると思うとちょっとホッとする。
 あとは、これを真人に持たせるだけだったが……それが一番難しい。
「――えーい。当たって砕けろだわっ」
 セルファは真人の背中に向かって走り出した。