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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 2

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■第14章

 時はちょこっと遡って、師王 アスカ(しおう・あすか)扮するラウルとルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)扮するダロガが到着した館の一室。

「クリスティーヌを返せ! ファントム!! ――って、あれ? 鴉ぅ〜?」
 怪人と同化してないじゃない? 怪人の扮装はしてるけど。……ってことは、これは鴉なわけで。
「アスカっ、アスカっ、いいとこにっ!」
 まるでミノムシのようにぶらーんぶらーんとオルベールが後ろで揺れている。こっちもクリスティーヌと同化するのはやめてしまったようだ。
「なんでベル吊るしちゃってんの!? 予定と全然違ってるじゃない。一体なんなの? これ〜」
 リストレーションにならないじゃないのぉ。
「リストラなんかどうでもいい!」
 鬼神力解除! 元に戻った鴉は、そのひと言で現状をうっちゃった。
「え〜? でもそれだとここにいる意味が――」
「アスカ!!」
「はいっ」
 急に両手をとられ、アスカは勢いよく返事をした。いつになく真剣な目をして覗き込まれる。
「……近い。顔、ち、近いわよぉ、鴉〜」
「なんであいつがクリスティーヌでおまえがラウルなんだ? 俺がファントムをやると知りながら……なんで俺があの女悪魔に愛をささやかなきゃいけないんだよ?」
 そうだ、それが腹立たしかったのだと、鴉も口にしてようやく自分がここまで不機嫌な理由に思い当たった。
「それを知ってて、おまえあいつにクリスティーヌ役を許したのか? 俺が――」
 ほかの女に、好きだの愛してるだの言っても全然構わないって?
 絶句する。
「あ、あのー、鴉?」
 正直そこまで考えがいたってなかったのだが、目の前、あまりに激しく落ち込んでいる鴉を見て、これはやばいとアスカも悟り始めた矢先に。
「……駄目だ、これは」
 ぽつり、鴉がつぶやいた。
「こればっかりは…。もう、おしまいだな」
 ふーっと息を吐き、鴉は身を起こした。ふっきったような、それでいてどこかちょっとだけ歪んださみしげな笑みでアスカを見る。
「うん。分かった。今までごめんな、一方的に押しつけてばっかりで」
「えっ? ちょ、ちょっと鴉??」
「これからはちゃんとおまえのこと、ただのパートナーだって見るようにする。まぁすぐには無理だろうけど」
「待ちなさいよ! 何言って――」
「いいんだ。これ以上待ってたって見込みないってはっきり分かった方が、俺自身のためでもあるって分かってるから」
「待ちなさいってば!!!」
 視線をそらし、離れて行こうとした鴉にしがみつき、アスカは強引に振り向かせた。
「ひとの話も聞きなさいよ! もおっ! 何言ってるのよ、さっきから! わた……私がいつ、あなたのこと好きじゃないって言ったのよ!」
「でも、平気なんだろ? 俺がだれに何を言おうが」
 鴉が自分にだけ言ってくれた言葉を、ほかのだれかに向かって言う?
「――平気じゃない。全然平気じゃありませんわぁ…」
 ぎゅっと鴉の服を握り込む。その手が、震えているのが自分でも分かった。彼女を思うことをやめると……彼を失いかけたあの瞬間を思うと、それだけで足から力が抜け、へたりこみそうになる。
「鴉……私、親に捨てられた子どもだったから……正直……愛とかよく分からないの。だから初めて告白されたとき……戸惑ったわぁ。きっと、気の迷いだって……本気なはずないって。
 だって、親にも愛されていなかった私が、他人に愛してもらえるはずないじゃない? でも、鴉本気なんだもん。そしたら、少しずつあなたの事気になって……私…っ。
 不安にさせてごめん…。私……鴉のこと――」
「おまえが愛されないはずがあるか!!」
 強く胸に抱き寄せられ、アスカはそれ以上言葉を続けることができなかった。
「そのうちどこかのだれかに横からかっさらわれるんじゃないかって、いつも不安なんだぞ!? 俺は!
 大体、俺は生まれてこのかた、ただの1度もだれかを好きになったことなんかなかったんだ。だれと会っても、なんとも思わなかった。その俺をこんな気持ちにさせたんだ。おまえは十分すごいやつだ。それを誇れ!」
「――うん。ありがとう、鴉…」
 背中に回した手で、ぎゅうっと抱き締めた。自分にだせる、精一杯の力で鴉にしがみつく。
 初めて、その気持ちに応えたいと思ったひとに…。

「うっわーーーー!!」
 目の前の光景に頭を掻きむしったのはルーツだった。
 なにしろ、ファントムとラウルが抱き合っているのだ。どこからどう見ても薔薇だ、BLだ。
「二人ともやめてくれ〜!!? 見ているこっちが恥ずかしいっ! せめてアスカ、ラウルとの同化を解け! そして鴉! この世界から出たら我らはここであったこと、全部きれいさっぱり忘れるんだぞ! ここで両思いになってどうする!? 思い出せー!!」

 まったくです、ルーツさん。

「他のリストレイターの皆さんすみません! できたら後ろを向いて見ないでやってくれ! というか、このページは閉じて二度と開かないようにしてくれたら最適かと!!」

 ほかの参加者も出てますのでそれは無理です、ルーツさん。

「そんなことよりさー、ベルのこと忘れてないー? 3人ともー」
 ぶらーんぶらーんと鉄鎖で大揺れに揺れてるオルベール。足が届けばあのバカラス蹴ってやるのに、とラブシーンの間中試みていたことを、また何度か繰り返す。しかし目を閉じてすっかり2人の世界にひたりきっているアスカと鴉は全然、まったく、これっぽっちも気づいてくれそうにない。
 ルーツは完璧こっちに背中向けて、ブンブン手を振り回してワタってるし。
(これってベルが自分でなんとかしなきゃいけないのかしら?)
 オルベールは、はーーっと深いため息をついた。



 そして、なんとか2人のラブシーンを隠そうと懸命なルーツだったが、実はそんなことをする必要は全くなかった。
 なぜなら、ほかの者たちはみんな、それぞれがそれぞれのアクションに夢中だったからだ。


「くそっ! ここはどこ……だ!? エリックめ……あ、ファントム? そっちのがいい? じゃあえーと……ファントム! クリスティーヌをどこに連れ去った? ……姉さま、ここってこれでいいの?」
 刹姫扮するラウルは隣でダロガに扮したグースにこしょこしょおうかがいをたててはひと言ひと言セリフを発しているし。
「いえね、わたくしも一言一句覚えてはいませんので、はたしてそれでいいかどうかは分かりませんのよ。でもよろしいのではないでしょうか」
 グースはグースで、ちらちらラウルの表情をうかがいつつ、手元に開いた手帳に何かを記述していっている。
 そっちに気の大半を奪われているようで、指示はかなりおざなりだ。
「どうして、こうなったの。……あ、こうなったんだ。だ、ね。だ。――ここは鏡……の間か? よね? 姉さま。違った? えーと……クリスティーヌはどこへ?」



「ふははー。恋人たちよ! その想いが本物だというのなら、ワシを倒してみせるがいいー」
 前回に引き続きリン・リーファ(りん・りーふぁ)は、怪人コスプレでノリノリだ。
「本物に決まってるじゃん!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)扮するクリスティーヌがコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)扮するラウルをかばうように立っている。
 ……これって逆じゃあ…?
「倒せって言うんだったら倒すよ! いくからね!」
 舞台衣装のロングドレスは邪魔! とビリビリ引き裂いて、超ミニスカに変えたクリスティーヌは一直線に怪人に向かっていく。

「前回のようにはいかんぞーっ。こっちも準備済みじゃー」
 ロミジュリで一撃でのされたことは、さすがにまずかったと思ったらしい。
 ラスボスが頭にげいんと一発たんこぶつくって終わりでは、話としてまずすぎる。
 というわけで。
 ポケットから取り出したギャザリングヘクス一気飲み! すかさずクリスティーヌの足元に氷術を放つ。
「きゃあっ…!」
 つるん、ごちん!
「いたたた…」
 思いっきり打った額を押さえてうずくまる美羽に、リンはにやりと笑って懐から煙幕ファンデーションを取り出す。
「そしてすかさずこれっ! 煙幕ファンデーションで連続技っ」
 ボンッ!
 美羽の周囲が煙幕で真っ白くなり、足元が全く見えなくなる。
「これに一体何の……きゃわっっ」
 つるん、ごちん!
「ふはははー。どこからどこまで凍ってるか、見えないだろー? 立ったら転ぶぞー」
 えっへん! 腰に手をあて胸を張るリン。
 みごと策にはめてやったと鼻高々だ。
 その後ろで、そっと関谷 未憂(せきや・みゆう)が涙をぬぐった。
「……リン。セコすぎます…」
 前回から考えてこれ?
 リンらしいといえばらしいが、ちょっと成長に疑問というか、心配がわいてくる未憂である。
「立たなきゃいーじゃん」
 よつんばいになって進む美羽。手探りで凍っていない床を探して立ち上がる。
「むうーう……ならばこれを受けよ!」
 奈落の鉄鎖!
「きゃっ!」
 右足にぐるんぐるんに絡みつかれた美羽は、転んでしりもちをついてしまった。
「ふははー。おまたおっぴろげではずかしーのじゃー」
「……うっうっ。なぜかしら。涙で曇って前が…」
 真剣に、これは普段の自分の教育が間違っていたのではないか考え始める未憂。
「美羽!! 避けて!」
 コハクが龍殺しの槍で遠距離からランスバレストを放った。
 煙幕を蹴散らし、まっすぐリンへと向かう力。
「リン! 危ない!」
 とっさにかばった未憂のおかげで、リンは直撃を避けられた。しかし床に叩きつけられたショックで、奈落の鉄鎖が解除されてしまう。
「ありがと、コハク!」
 軽くなった足で一気に距離を詰めた美羽は、リンの手前でジャンプ。起き上がったところですかさず頭を両足でカニ挟みし、そのまま投げ飛ばした。

   ドッポーーーーーン!

 派手な水しぶきを上げて地底湖に落ちたリンは、ぷかっと背中を浮かび上がらせたまま、水路をどんどんどんどん流れて行く。

「その後、地底湖に消えたファントムの姿を見た者は誰もいない……なんちゃって!」
 コハクの手をとり、Vサインを突き出す美羽だった。
 
 ――だがしかしッ

「……にゃ〜……いたーい。頭打っちゃった。みゆうー、もうちょっと優しくとびかかってよー」
 煙幕がほとんどなくなった中、むっくり起き上がるリン。
「そんな暇あるわけないでしょう。ランスバレストを受けたら、そんなものじゃすみませんでしたよ?」
 ほら、手をどけて。見せてみなさい。
 早くもぷっくりふくらみかけたコブの具合をはかる未憂。

「……えっ?」
 2人の姿に、美羽とコハクが互いを見合う。

「じゃあさっきのあれ…………だれ?」