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夢の遭難生活

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夢の遭難生活

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一日目  part1 美味しい森には毒がある


「みなさん長旅お疲れ様でしたーっ! ここが! 夢の! 無人島でーす!」
 パラミタ内海の孤島に上陸した生徒たちへ、卜部 泪(うらべ・るい)は朗らかに告げた。
 手には黄と赤の旗を持ち、片足で立って大きく振り回している。まるでツアーガイドみたいなノリに生徒たちの肩の力が少し抜けた。
 沖では、彼らを乗せてきたばかりのフェリーが汽笛を鳴らして小さくなっていっている。これから三日間、生徒たちは自力でのサバイバルに挑戦し、泪の連絡がありしだい迎えに来る予定だ。
 上陸地は遠浅の砂浜になっているため、生徒たちはフェリーから小舟に分乗し、陸地の四、五メートル手前で降りてそこから歩いてきていた。そのせいで制服のズボンや靴は濡れ、湿った砂が靴底にまとわりついてる。
「ではでは、早速参りましょーっ! 鬼が出るか蛇が出るか、生存競争の始まりです!」
 パアン。泪が笑顔で空砲を撃つ。明るいのはいいのだが、ちょっとは緊張感が欲しいなと思う一同だった。

 生徒たちは泪の持ってきた地図を基に役割を分担し、それぞれの受け持ちエリアに分かれた。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の担当は東エリアだ。彼女は空飛ぶ魔法で上空から森を眺望していた。
 うっそうと茂る広葉樹。黄緑や深緑の葉が折り重なって地面も見えないほどだが、その一部に赤い粒々がかすかに見えたような気がする。双眼鏡があれば良いのだけれど、持ち込める道具は限定されていた。
「あっちの方角に果物がなってるみたいよ」
 ルカルカは地上に降りて仲間に伝えた。一行は草藪を武器で掻き分けながら移動する。目当ての場所に到着すると、そこにはリンゴに似た果実がたわわに実っていた。
「おお、大漁だな!」
 夏侯 淵(かこう・えん)が小柄な体を生かして木に登り、
「ほれほれ、キャッチせんかー!」
 果物をもぎ取ってルカルカに投げる。高低差で加速がついているのでもはや飛び道具の域。ルカルカはすんでのところでよける。
「ちょっと淵ちゃん! 危ないわよ! それに食べ物を粗末にしたら駄目でしょ!」
「淵ちゃん言うなぁっ。俺は男だ! 淵くん、あるいは淵様と呼べ!」
「だって淵ちゃん可愛いんだもん。くんなんて男らしいの似合わないわ」
 そう、淵の外見は美少女そのものだった。そして淵はそのことを気にしている。
「お、お前えっ! 成敗してくれる! お前は猿カニ合戦のカニだ!」
 淵は顔を真っ赤にして果物を次々と投げつけた。でもさっきほどの勢いはない。
 ああもう、そんなところが可愛いんだけどなあ、と微笑ましく思うルカルカであった。
「きゃっ」
 淵の放った果物が頭にぶつかり、ナレディ・リンデンバウム(なれでぃ・りんでんばうむ)が悲鳴を上げた。果物は二つに割れて頭に載り、ジューシーな果汁が顔に垂れている。
「あ、悪い。大丈夫か。てか凄いバランスだな……」
 淵は手を止めて謝る。
「平気。美味しいです。しゃり」
 ナレディは平然とその果物をかじり、しゃがみ込んで食材集めを続ける。彼女の脱いだマントには、既にたくさんの食べ物(?)が集められていた。
 クワガタ、ゲジゲジ、ドクダミ草に幻覚キノコ。ガサゴソ、ヌルヌルしていて、なんというかこの世の地獄絵図である。
「ナレディ……、あなたいったいなんの料理を想定してるの……?」
 そのむせかえるような凄まじい臭気に、契約者である名無しの 小夜子(ななしの・さよこ)は戦々恐々として鼻を着物のたもとで覆った。彼女の横には、ナレディを乗せてきた水上バイク型の飛空挺がエンジンかけっぱなしで停まっている。
「鍋など作ってもらえればよいかと思っています。きっとみんなハッピーになれます」
 幻覚キノコを手に優しく微笑むナレディ。
「そういうハッピーは要らないわよ。一日目にして全員リタイアとか嫌だからね……?」
「問題ありません、このキノコは『まだ』合法ですから」
「問題ありまくりよ。そのうち規制されるんでしょ?」
 二人が口論している横で、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)は地道に山菜を採っていた。サバイバル技術を身に着けているので、ちゃんと毒のある植物を見分けられる。
 ナレディが非難がましい視線をマクスウェルに向ける。
「それは食べられますよ? まさかそんなものを料理に使うつもりじゃないですよね?」
「なぜそっちの方を意外そうに言う。食べられなければ意味ないだろう……」
 マクスウェルは呆れた。
 腕には、ゼンマイのような毛だらけの植物や、茶色の地味なキノコ、淵の落とした果物などが抱えられている。ナレディの収穫物とは違い、匂ってくるのは心の落ち着くようなかぐわしい芳香だ。
「美味しそうですね。炊き込みご飯が作れそうです。果物は生で食後のデザート、でしょうか?」
 御堂 椿(みどう・つばき)は契約者であるマクスウェルの身に危険が及ばないよう、周囲に警戒しながら傍らにたたずんでいた。
「オーブンがないから本格的なお菓子は作れないが、焼きリンゴみたいなものぐらいはできるだろう」
「あっ、なるほど。それは良さそうです」
 マクスウェルの案にうなずく椿。フェリーで朝食を摂ったばかりなのに、もうお腹がきゅんとしてきた。無人島の空気が爽やかで野生の本能が刺激されているせいだろうか。
 そのとき、椿の耳に低く唸るような音が聞こえてきた。椿は身構える。どんどん近くなる物騒な音。とげとげしい殺意の気配と共に、そいつらが姿を現す――。
「「「うわっ……!」」」
 一同は思わず声を漏らす。
 それは、赤ん坊の頭ほどの大きさはあろうかと思われる蜂だった。数十匹の群れを成し、目にも留まらぬ速さで羽を震わせている。表情の読めない黒い目玉と、膨れ上がった黄黒縞の腹、ぎらつく太い針が恐ろしい。
 生徒たちに随行していた泪が右手を高々と上へ伸ばす。
「皆さん、ご覧ください。右手の方角におりますのが、この島名物の殺人蜂ですっ♪」
「観光案内してる場合じゃないですよっ」
 椿は自分の体内から、薙刀型の光条兵器を取り出す。腹の針を下にし、矢のように降り注いでくる殺人蜂。椿は光条兵器を振り回して殺人蜂をぶった切っていく。
「離脱よ、離脱ーっ!」  
 小夜子が小型飛空挺に飛び乗った。ナレディの横に滑り込み、相方の襟首を引っ張る。
「乗って!」
「ああっ、せっかく集めた食べられない食べ物があー」
 弾みに、ナレディのマントから採集物がこぼれ落ちる。小夜子は構わず上空に浮上した。
 だが、殺人蜂は飛空挺を凌ぐ速度で追ってくる。なによりその機動力がとてつもない。人の運転能力を遥かに超える小回りで追尾する。空は彼らの独壇場なのだ。小夜子はたまらず降下し、二人とも飛空挺を飛び降りる。
「危ない!」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が巨大な盾で二人をかばった。殺人蜂の針が盾を乱れ打つ。殺人蜂は苦々しげにジェイジェイと鳴きながら辺りを飛び回る。
「この蜂は当島固有の新種です。凶悪な毒を持っており、誤って刺された者はそれが急所を外れても即死すると言われています♪」
 泪は解説を続けながら、自分に迫る蜂は楽々と機関銃で撃ち落としていた。さすがはサバイバルのプロ、余裕の見せ方も堂に入ったものである。しかし、干渉不可がルールなので生徒を助けてはくれない。
「蜂ごときで即死って……。まあ、あの針だけでも内臓やられそうだけど、困ったわね」
 リカインはうずくまり、盾を屋根のようにして身を守った。中には小夜子とナレディ、それにリカインの契約者である禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が体を寄せ合ってぎゅうぎゅう詰めだ。
「確かに困ったな。両手に花とはよくいうが、三人もいるとなっては手が足らぬではないか……」
 河馬吸虎はにやけた表情で手をリカインたちに伸ばしてくる。
 リカインはぺしっと河馬吸虎の手を叩いて払った。
「こんな緊急時になに色気出してんのよ! 河馬も少しは対策考えなさいよ!」
「そうだな、手が足らなければ口で首根っこをくわえるというのはどうだ……? 母猫のように慈愛深く、いやらしくな……」
「そっちの対策じゃないわよ! もういいわ、一か八か。三秒数えて一斉に出て行って総攻撃、これでいいわね!?」
「「「了解」」」
 うなずく仲間。
「じゃあ行くわよ、一、二、三!」
 リカインたちは盾を飛び出した。

 真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は上陸地の砂浜で、なにか使える物が打ち上げられていないか捜していた。
 『びにーる』でもあれば蒸留水作りに生かせると思ったのだが、やはりそこはパラミタ。開発が進行中とはいえ、なかなかその手の文明の利器は流れてついていない。
 代わりにロープと壊れた樽を発見し、砂浜をあとにした。東の森に入り、先行しているパートナーの柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)のところへ急ぐ。樽を頭に被っているため、他人が幸村を見たら樽人間と勘違いしたかもしれない。
「氷藍殿! ご所望の道具を見つけて参りましたぞ!」
 幸村は氷藍に追いつき、うやうやしくロープと樽を差し出した。
「よくやった。これで宙づりトラップができるぞ」
 氷藍はロープを受け取り、早速罠の作成に取りかかる。彼は果物や野菜を作るグループとは別行動をしていた。
 幸村は辺りの小枝を切り取り、氷藍の作業を手伝う。
「この森ではなにが取れますかな?」
「まだ大型の獣には遭遇していないが、ウサギとテンみたいな獣は見かけた。まあ、一食分ぐらいにはなるんじゃないか。野牛を狩りに行ったグループが成功するとも限らないからな」
「さすがは氷藍殿。念には念を入れて、ということでございますな」
「そんなとこだ」
 氷藍は手早く罠を完成させた。幸村はそのできばえに感嘆する。
「しかし、蒸留水作りの道具は手に入りませんでした。どういたしましょうか」
「それなら、あいつらに任せておけばいいんじゃないか?」
 氷藍は親指で同行者を指す。
 そこでは、シャンバラ教導団の相沢 洋(あいざわ・ひろし)が契約者の乃木坂 みと(のぎさか・みと)を前に気炎を上げていた。世界大戦中のドイツ兵のようにびしっと背筋を張り伸ばし、覇気のある口調で語る。
「これは野戦の訓練だ! カナンの状況を鑑みるに、この種の技術は必須! 特に空挺降下作戦では役に立つことだろう! みとにはつらいかもしれないが、耐えてもらおう!」
「……頑張りますわ」
 みとは洋の鼻息に少々呆れつつも、間違ったことは言っていないのでうなずく。
「まずは水の確保だ! 野戦の生命線は水だからな! ついてこい!」
「ええ、洋さまのいらっしゃるところならどこへでも」
 洋はダウジングをしながら、早足で森を進んだ。しゃっ、しゃっと、教導団の制服と草の擦れる規則正しい音がする。氷藍たちも要所に罠を仕掛けつつ、洋に続いた。
 果物採取組を襲ったのと同じ殺人蜂が現れる。羽音を響かせて飛びかかってくる。
「みと! 魔導砲撃、弾種、雷術、広範囲砲撃だ。撃て!」
「弾種、雷術。行きます」
 洋が素早く指示し、みとが雷術を放った。殺人蜂は知能もそれなりに優れているらしく、ただちに距離を置く。そのあいだに、洋がポイズンアローで蜂を射抜いていく。
 一行は森を駆け抜け、奥地へと到達した。ダウジングの揺れが激しくなる。見ると、美しい泉が沸いていた。気分の一新される軽やかな水音と、すがすがしい涼気。
 汗を掻いていた一行は、すぐさま泉の水を手の平にすくって浴びるように飲む。満足したみとが辺りを見回す。
「水は発見できましたけど、水筒がありませんね……」
「それならこれを使うでござる!」
 幸村が頭に被っていた壊れた樽を差し出した。
「うむ、修繕すれば使えそうだな。でかしたぞ二等兵!」
「拙者はこれでも日本一の武将でござる!」
 洋の言葉に、幸村は即座に主張した。