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桜吹雪の狂宴祭!?

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桜吹雪の狂宴祭!?

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第四章

 花見客がひしめき合う広場から少し離れると、人気が無くなり静かな場所があった。
 そこは出店も見物客も無く、僅かな桜の樹がぽつんとあるだけ。
 その桜の根元に、一組の見物客が腰を下ろす。
 そのうちの一人、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)が桜の樹を眺めつつウィスキーを取り出していた。
「な〜な〜アル〜。あっちの方見てきていいかぎゃ〜?」
 そんなアルテッツァに、はしゃいだ様子の親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)が言う。
「あっちの方……広場の方ですか?」
「そうだぎゃ! あのヒトと酒と欲望の混じった空気がたまらないんだぎゃ!」
 胡坐をかいた足をばたつかせる夜鷹に、アルテッツァが苦笑する。
「ちょっとよた! あんたさっきっからうるさいのよ!」
 そんな夜鷹にパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)がイラついたように言う。
「うるさいのはお前だぎゃ! あぁもう我慢できないぎゃ! 行って来るぎゃ!」
 そういうと、夜鷹は走っていってしまう。
「あらら、行っちゃったわね」
 ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が他人事のように言う。
「仕方ありませんね。我々だけで飲みましょうか」
 苦笑しつつ、アルテッツァはグラスにウィスキーとロックアイスを入れる。そして青い錠剤を齧り、ウィスキーで流し込んだ。
「あんたのその癖、治らないわねぇ。近頃オーバードーズ気味じゃないの」
 そんなアルテッツァを眺めつつ、レクイエムはハイボールを飲む。
「そうですね……最近はこれでも効きが弱くなってしまいましたよ」
 自嘲気味にアルテッツァは笑う。事情を知っているレクイエムは、呆れたような表情になる。
「ほら、こんな時くらいはおつまみも普通のに変えなさい。生き延びる、って思ってるならね」
 レクイエムがバスケットを取り出した。中にはポテトチップスなどの乾き物やサンドイッチ、チョコレートなどが詰まっていた。
「あ〜ヴェルレク〜、そのチョコぱぴちゃんにちょうだい〜」
 開かれたバスケットを覗くなり、パピリオがねだる。
「あんたって子は現金ねぇ」
 呆れたようにレクイエムが言う。
「……そうですね、ボクも乾き物をいただきましょうか」
 そう言ってアルテッツァはバスケットに手を伸ばした。
「ところでテッツァ、何の話をしてたのよ? 例のテッツァ御執心の『彼女』?」
 パピリオがアルテッツァに抱きついた。
「あら、ぱぴりおちゃん知らないんだっけ?」
「ぱぴちゃん会った事ないから知らな〜い」
「そうですか……じゃあ桜を見ながら話しましょうか」
「そうね、時間はあることだし」
「さんせ〜い♪」
「時間がある……ね……」
 アルテッツァは苦笑しつつ呟く。散っていく花びらを見つつ。

「……とまぁ、さっき人気の無いところで飲んでいる人たちがいたのよ」
「へぇ……そういう楽しみ方もいいよな」
「あはは……」
 涼司達が、ちらりと目を向けた。その視線の先には、
「いっちょめいっちょめ わぁお!!いっちょめいっちょめ わぁお!!」
リズミカルに腰を振る滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)がいた。
 涼司達は今、洋介達のグループに誘われ、混ざっていた。
 洋介が今踊っているのは、彼の一発芸らしい。素面だというのに、凄いテンションだった。
「はっはっは! なんじゃ洋介その珍妙な踊りは!」
 その踊りを見て、道田 隆政(みちだ・たかまさ)が腹を抱えて笑う。
「これは『東パラミタ音頭』っていうんだ! 山葉校長も精霊も一緒にどうだ?」
「いや、遠慮しておく」
「遠慮するのよ」
 苦笑しつつ、涼司とさくやが断る。先程から誘われるのだが、『流石に素面じゃ無理っす』とその度断っていたのだ。
 その横で泪は話を振られないことに、ほっとしていた。
「なんじゃ、ふられたのぉ洋介。ならわしもまざるぞ!」
「おぉ! よっしゃやるぞ! 東パラミータ!いっちょめ〜わぁ〜お!」
「こうかのぉ!?」
 隆政が洋介を真似て踊る。
「すみませんねぇ、騒がしくて」
 涼司達の様子を見ていた雑賀 孫市(さいか・まごいち)が申し訳無さそうに言う。
「いや、賑やかなのはいいのよ。賑やかなのは」
「賑やか過ぎる、って感じだけどね……」
 さくやの言葉にエリー・プラウド(えりー・ぷらうど)が溜息交じりで呟く。
「それはそうと校長、一杯いかがかしら? お酌しますよ?」
 孫市が日本酒の入った徳利を見せる。
「あ、いや。俺は見回りもあるから……というか飲んじゃいけないんだけど、年齢的に」
「あら、それは失礼しましたわ。それなら卜部先生は?」
「いえ、私は遠慮しておきます……」
「あら、そうですか……」
 孫市が残念そうに徳利を収めようとしたときだった。
「あの……あれ、ほっといていいのよ?」
 精霊が指差した先には、
「ほぉれ、飲め飲め〜……なんじゃ、おぬしわしの酒が飲めないというのか!?」
隆政が通り過ぎる人に絡んでいた。一升瓶を片手に、片っ端から誰彼構わずといった具合にだ。
「ああ! 隆政さん、いつの間にか酔ってるじゃない! なんであんた止めないのよ」
 落ちている一升瓶を目にしたエリーが洋介に叫んだ。
「ああすまん、踊りぬいたら何もかもがどうでもよくなってしまって……」
 その洋介はぐったりと仰向けで寝転がっていた。
「ああもうどうするのよ!」
「心配ありませんわ」
「え……ひぃっ!?」
 孫市の顔を見たエリーが、小さく悲鳴を上げた。
 だが孫市は気に止める事無く、隆政の元へと向かう。
「おぬしも飲めないというのか! わしを馬鹿にして――」
「まーちゃん」
「なん……じゃ……」
 満面の笑みで振り返る隆政の顔が固まった。
 そこに居たのは孫市。背後に般若のオーラが浮かんでいる、『ただ今絶賛お怒り中』というのを丸出しにしている状態だった。
「ちょーっとこっちに来ていただきますわ」
「す、すまん孫! もうやらん! やらんから!」
 聞く耳持たない孫市は、隆政を何処かへと連れて行ってしまった。

「――以上が私の芸、日本舞踏ですわ」
 舞を終え、孫市が頭を下げる。
「如何でしたか?」
 笑みを浮かべ、孫市が涼司達に聞いてくる。
「え? ええ、良かったです……」
「は、はい……とてもお綺麗でした……」
「と、とても上手だったのよ……」
 涼司達は歯切れ悪く答えた。
 確かに舞踏は良かった。だがそれ以上に、涼司達はガクガクと震えながら洋介に縋り付いている隆政の事が気がかりだった。
(一体何があったんだろう……)
(戻ってきてからずっとあのような感じですね……)
(……恐ろしいのよ)
「さて、次はエリーちゃんですわね」
「うぇっ!? 私!?」
 いきなり話を振られて、エリーは目を丸くした。
「まぁ流れ的にはエリーだな」
「うぅ……やらなきゃ駄目な雰囲気だ……」
 洋介に促され、渋々エリーが立ち上がる。
「よ、四番エリー・プラウド! え、演歌歌いまぁ〜しゅ……」
 何処からかマイクを取り出したエリーが歌いだした。

「……上手かったな」
「……上手かったですね」
「……普通に上手かったのよ」
 洋介達のグループから離れた涼司達は、口々にエリーの演歌の感想を述べた。
「けど、まさかギャラリーが出来てるのは気づきませんでしたね」
 泪の言葉に、涼司が頷いた。
 エリーが歌い終わった後、周囲に何時の間にやらギャラリーが集まっていた。そしてアンコールまで始まってしまった為、涼司達は早々に立ち去ったのである。
「しかし、何処もかしこも騒がしくなって来たな」
 涼司の言う通り、花見客が賑やか……というより騒がしくなって来た。時刻的にアルコールが回りだした頃だからだろう。
「……ん?」
 その中で、一際大きな音声が聞こえた。
「あっちの方ですが、何でしょうね」
「行ってみるのよ」
 精霊に促され、涼司達は音の方へと向かった。

 涼司達が辿り着いた場所には、簡易な作りのステージがあった。
『貴様らぁーッ! 盛り上がってるかぁーッ!?』
 そのステージ上でマイクを持ち、獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)の呼びかけにステージ下の観客が呼応する。
『俺様は獅子導龍牙! いずれ天下を制する男だ! ……がそんなことは今はどうでもいい! 今日は無礼講だ! だがちょっと貴様ら騒ぎすぎじゃねぇか!? そこかしこで騒いで……貴様ら喧しいんだよ!』
 龍牙のマイクに、観客が沸く。通りすがり、近くに居た者などが続々集まり、ステージに注目している。
『そんなちまちまとやってないで……ここ! このステージででっかくやってやろうじゃねぇか! 我こそは、と思う野郎共! やるなら今しかないぜ! 最高の思い出、作ろうじゃないか! ただ今より、一発芸披露大会を開催するッ! それじゃまずトップバッター! 我こそはと言う奴出てきやがれぇッ!!』
 集まった人々は、一つの塊になったように、盛大な歓声を上げた。
「凄い歓声なのよ……」
 呆気に取られたように、さくやが呟く。
「こんなに凄いのは初めてなのよ……見てきていいのよ?」
「ええ、もちろんですよ」
 泪がそういうと、さくやは嬉しそうに顔を輝かせた。

「……ふぅ」
 ステージの影に回った龍牙は、先程の演説の疲れか、溜息を吐いた。
「くっくっく……『天下を制する男』とは、主よ……流石言う事がでかいのう」
 ニヤニヤと笑いながら龍牙に言うのは、カノン・ガルディエル(かのん・がるでぃえる)だった。
「なんだ、いたのか。てっきりどっかふらついてるのかと思ってたぜ」
「酒がある所にわしがおるんじゃよ。飲んでいたらなにやら主が面白そうな事をしてるじゃないか」
 酒瓶を抱えるようにして、笑いを含みつつカノンが言う。
「別に大した事ねぇよ。そこいらで喧嘩とかして台無しになるのが嫌だっただけだ」
 うんざりしたように龍牙が言う。
「それで人の注目を集めたか」
「何だ、貴様。からかってるのか?」
 龍牙が睨むと、カノンは肩を竦めた。
「なんじゃ、暴漢が出たら守ってやろうとしたのにのう。それより、司会はしなくていいのか?」
「……言われなくてもわかってる」
 そう言って、龍牙はマイクを握った。
「わしは酒が無くなるまでここで見ておるよ」
「ああ、俺が盛り上げるのをしっかり見ておけ」
 そう言って、龍牙はステージへと戻っていった。

「ミナ・リンドバーグ!」
「ふ、ふらんか・まきゃふりー!」
「二人で歌います!」「ふたりでうたいます!」
 ステージ上でマイクを握り、音楽に乗って踊りつつ歌っているのはミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)だ。
 二人ともステージ狭しと、踊り、歌う。それに反応するように観客から歓声があがる。
「……何処かで聴いた曲ですね」
「ああ、今話題になっているアニメソングですよ。最近色んな所で流れてますから」
 涼司の呟きに、泪が答える。
「……見えないのよ」
 足元でさくやが不満に呟く。遅れてきた涼司達は、かなり後ろの方に居る。
「あ、そうか……」
 そこで涼司は、さくやの身長ではこの人垣でステージが見えないことに気づいた。
「むー……ちょっと、屈むのよ」
「ん? こうか?」
 さくやに指示され、涼司が屈むと、
「よいしょ……んしょ……」
背中からよじ登りだした。
「……ふぅ、これで見れるのよ」
 一仕事終えたように、さくやが言うが、
「みんなー! 聴いてくれてありがとうー!」
「ありがとうー!」
「……終わってるのよ」
見えたのは、客席に手を振っているミナとフランカだった。
「……早く気づけばよかったな」
「にょー……ん? 次の人は何なのよ?」
 落ち込んだ声を上げたが、すぐさま次の人物を見つけたさくやが聞いて来る。
 ステージ上に上がっているのは、ウナ・ラングリット(うな・らんぐりっと)だった。タキシードにシルクハットを身につけていた。
「ああ、あれは手品ですね」
「手品?」
 首を傾げるさくやに、泪が微笑みながら言う。
「そうですねー……見ていればわかりますよ」
「はい、それではこのシルクハットですが……中には何もありませんね?」
 ウナは壇上からシルクハットの中を見せる。中には当然、何も無い。
「では、これに布を被せます……そして三つ、数えます。三……二……一!」
 一、と共にウナが布を外す。すると同時に、中から何羽かの鳥が飛び出してきた。
「にょ! す、凄いのよ!」
 さくやが驚いた声を上げる。
「あれ、どうやってるのよ?」
「……すまん、知らない」
「あはは……私もです」
 涼司達が答えると、さくやががっかりしたように俯く。
「あ、山葉校長に泪先生」
 背後から声をかけられ、涼司達が振り返るとそこには珠洲峰 マユ(すずみね・まゆ)が立っていた。
「珠洲峰じゃないか、どうしたんだ?」
「ええ、ここで歌わせてもらおうと思いまして」
「何を歌うんですか?」
「母さんが作った子守唄です……花見の時、よく歌ってくれた歌なんです」
 マユは桜を見て、懐かしむように目を細めた。
「是非聴いていってください。いい歌なんで」
 そう言って、マユはステージへと向かって行った。
「……そういうことなら、聴いてみたいのよ」

「……ほぉ」
 さくやが感心したような溜息を吐いた。
 ステージ上に上がったマユが歌うのは、アカペラの名も無き子守唄。
「……いい歌なのよ。子供を思う気持ちが伝わってくるのよ」
 さくやの言葉に、涼司達も頷く。
「……ふむ」
 さくやが何か思いついたように言うと、突如弱い風が吹いた。その風に乗り、花びらが舞う。
 花びらはステージへと上がり、マユの周りを舞う。
「ちょっとした演出なのよ」
 さくやはそう言った。
 皆、先程までの喧騒は何処へやら、マユの歌にただ聞き入っていた。

「さて、そろそろ別の所へ……」
 マユの歌が終わり、涼司が移動を提案しようとしたときだった。
「はわわわわ……どどどどどうしましょう北斗さん!?」
「どうしようと言われても……」
 そこに慌てふためいているよいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)と、困り果てた表情の柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)がいた。
「あの、どうかしましたか?」
 その様子を見た泪が声をかけた。
「あっ! た、助けてください! こ、このままじゃ、このままじゃ大変な事に!」
「お、落ち着いてください! どうしたんですか?」
 掴みかからんとする勢いの『ももたろう』に驚きながら、泪が聞いたが、
「い、イランダさんがステージで、ととととにかく大変で!」
慌てふためく『ももたろう』からの話は要領を得なかった。
「俺から話そう」
 そんな様子を見て、北斗が口を開いた。

 今から少し前。
「桜って本当にキレイ!」
 初めての花見にやってきたイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)が、興奮を隠せない様子で辺りを見回していた。
「ねえ北斗! 頭にネクタイを巻いたサラリーマンは何処かしら!?」
「ははは、俺も見た事は無いなー」
 北斗がそう言うと、つまらなそうにイランダが頬を膨らます。
「あら? あそこで何かやってるわね」
「んー……隠し芸大会みたいな事をやっているっぽいな」
「へえ……参加者自由か……ねえ、行ってきていいかしら?」
「ああ、いいとも。イランダは何をするんだ?」
「んーそうねー……みんな歌ってるから、私も歌おうかしら」
「え゛!?」
 イランダの言葉に、『ももたろう』が固まった。
「ほう、そいつは楽しみだな」
「じゃ、行ってくるわねー」
 嬉しそうにステージへ駆けていくイランダ。
「はは……ど、どうした!?」
 イランダが居なくなり、北斗は漸く気づいた。
「あわわわわわわわ……」
 隣で真っ青になりながらガクガクと震えている『ももたろう』の姿に。
「おい、どうしたんだ!? 真っ青だぞ!?」
 ガクガクと震えながら、『ももたろう』は言った。
「だだだだ駄目です……い、イランダさんに歌わせたら……」
 
「……歌わせたら駄目?」
「は、はい!」
 少し落ち着いたのか、涼司の言葉に『ももたろう』が頷いた。
「それはえっと……上手じゃない、ということですか?」
 泪の言葉に、『ももたろう』は大きく首を横に振った。
「そんなレベルじゃありません……む、昔ですね……イランダさんがお風呂に入っていた時に鼻歌を歌った事があるんです……」
「それで、どうなった?」
「……今、その町は地図に載っていません」
 桁違いのレベルだった。
「それは……拙いな」
「ええ、どうにかしないと……」
 冗談かと涼司達は最初は思ったが、『ももたろう』の態度を見る限り嘘とは思えない。
「ああ……な、何かないかな……」
 そういいつつ『ももたろう』は道具入れを取り出し、中を漁りだす。
「えっとこれは違う……違う……」
 ぽんぽんと、何処に入れていたのかわからないくらい物を出す『ももたろう』。
「え? いや、あの某青い狸ロボットを思い出してなんていませんよ?」
 泪が突然、涼司に対して否定する。
「何も聞いてませんけど……ってか、同じ事思ってたんですね……ところで、何でメイド服なんてあるんだ?」
「ああ、それは俺のだ」
「「「え゛」」」
 全員、言葉を失った。
「あ、あの、違うんです。今北斗さんのクラスが『メイド』なわけでして、そういう趣味があるわけじゃないんですよ?」
「……何故メイドなんですか?」
「色々と事情があるんだ……」
 溜息を吐く北斗の横で、さくやがじっとメイド服を見ていた。
「……良い事を思いついたのよ」
 そして、にやりと笑みを浮かべて呟いた。
「ほ、本当ですか!?」
 さくやは『ももたろう』の問を無視すると、北斗の方を向いた。
「貴方、身体丈夫なのよ?」
「え? ああ、丈夫な部類だと思うが……」
「じゃ、ちょっと我慢するのよ」
 そういうさくやの足元から、するすると樹の触手が伸びてきて、北斗へと向かっていった。

「さて、次かしら……歌うのなんて久しぶりね」
 次が出番、ということで、イランダは舞台を見つつ興奮を抑えきれないでいた。
「……ん?」
 その時、何者かが舞台に上がっていった。
「何かしら……」
 自分と同じくらいの背丈の少女が舞台に立ち、何かをするようであった。

『さあ飛び入り参加だ! 先程手品で協力してくれたこの少女、実は例の桜の樹の精霊だそうだ!』
 その言葉に、会場が沸いた。
「よろしくなのよ」
『さて、今回何をしてくれるんだ!?』
「さっきみたいに、何も無いところから物を出すのよ」
『おお! そいつは楽しみだ!』
「では、いくのよ」
 さくやが目を瞑り、手を差し出すと風が吹いた。
「……花びら?」
 その風に乗り、花びらが空中に集まる。
 花びらがカーテンのように空中を隠す。
『さあ、何が現れるんだ!』
 さくやがゆっくりと目を開く。すると、徐々に風が弱まり、花びらのカーテンも薄らいでいく。
 やがて、花びらが消え去ると、そこに無かったはずの物が現れた。
『……な』
 その場に居た者、全員が言葉を失った。

 そこに現れたのは、樹の根で首吊りになり白目を剥いた北斗だった。しかもメイド服を着用している。

「冥土のメイドを出したのよ!」
 ドヤ顔でさくやが叫んだ。
 一瞬静寂が場を支配し、
「き、きゃあああああああ!!」
「し、死んでるぅぅぅぅぅぅ!!」
「何で男でメイドなんだぁぁぁぁ!!」
 まるで蜘蛛の子を散らすように、人がいなくなっていた。
『お、おい! 慌てるな! 逃げるならこっちだ!』
「悠長に言っている場合か! わしらも逃げるぞ!」
 龍牙とカノンが観客達を必死で誘導する。

――そして、さくや達だけが残った。

「……確かに人は居なくなったな……泪先生、大丈夫ですか?」
「は、はい!? こ、腰なんて抜かしてないですよ!?」
「……涙目で言われても説得力がありません」
 目に涙を浮かべ、泪はへたり込んでいた。そんな彼女を、涼司は手を貸して立たせた。
「しかし……大丈夫なのか彼は?」
 白目を向いている北斗を見て、涼司が言う。既に樹の根は彼の首から離れ、今は横に寝かされている。
「大丈夫なのよ、頚動脈をキュッと絞めただけなのよ」
「ああ、それなら大丈夫ですね」
 さくやの言葉に、泪が安心したように言う。
「大丈夫なんですか、それ?」
「ええ、峰打ちみたいなもんですから」
 泪が平然と答える。
「……大丈夫とは思えないんだけどな」
 白目を剥いている北斗を尻目に、涼司が呟く。
「ほ、北斗さん! 北斗さぁーん!」
 先程から『ももたろう』が何とかして起こそうとしているが、一向に覚醒する気配は無い。
「……ほぉーくぅーとぉー!」
 その時、イランダが何処からか駆け寄って来た。
「あ、イランダさん! ほ、北斗さんが……」
「もも、どきなさい」
「え?」
 イランダは『ももたろう』を押し退けると、
「何してんのよアンタはぁーッ!!」
「ぐぼぁッ!」
思いっきり北斗の脇腹を蹴り飛ばした。
「い、イランダさん!?」
「……はっ!? お、俺は何を……」
 北斗は意識を回復し、起き上がる。
「何を、じゃないわよ! アンタ何てことしてくれてんのよ!」
「い、イランダ!? ま、待て! 俺にも何が何だか……」
「うっさい! 死にくされー!」
 怒りに任せたイランダの一撃が、北斗の鳩尾にジャストミート。
「が……ふっ……」
 そして、そのまま前のめりに倒れこんだ。危険な倒れ方だった。
「ほ、北斗さん!?」
「ふー……少しは気が晴れたわ……もも、帰るわよ」
 満足げに息を吐いたイランダは、北斗の足を持って引き摺るようにして歩き出した。
「い、イランダさん! そんな持ち方したら北斗さんが削れちゃいますよぉ!」
 その後を、『ももたろう』が必死に追いかけていった。

「ね? 大丈夫だったでしょう?」
「今度は別の意味で駄目そうなんですけど……」
 特に何もしていないのに、あまりに悲惨な北斗に涼司は心から同情していた。