波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

白昼の幽霊!? 封印再試行!!

リアクション公開中!

白昼の幽霊!? 封印再試行!!

リアクション



第二章


 事件が発生してから今において、学園各地において幽霊による騒動と、その騒ぎを収拾しようと奮闘する人間という構図がだんだんと出来上がっていた。しかしその中で、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)は幽霊と敵対することはなく、逆に迎え入れていた。
 彼は目についた幽霊を自分の傍に置くと、彼らの欲望と自分の欲望を重ね、それに従うままに学園を練り歩いていたのだ。
 標的は単純に自衛するほどの実力のない学生だ。ちょうどいいところに、まだ事態が理解できずおどおどしている生徒を見つけると、ニコは薄い笑みを浮かべ、連れていた幽霊もそれを真似した。
「御嬢さん。どうしてそんなに泣いているのかい?」
 わざと優しい声音をだして、生徒の注意を引く。だが生徒は逆に顔を引きつかせて、青い顔をしていた。予想通りの反応にニコは高笑いをこらえながら、生徒の正面に回る。そんなニコの動きも生徒は気づいていないだろう。
 なぜなら生徒にはニコの姿が見えていないからだ。
 そして、生徒の周りにも数多の幽霊が取り囲んでいることを生徒はまだ知らない。
「その泣いている理由を僕にも話してくれないかなぁ?」
 その言葉が合図だったのだろう。生徒を取り囲んでいる幽霊が極限まで薄くしていた気配を加速度的に強くする。暗闇に浮かび上がる大小の目が一斉に生徒を見つめる。
 一つは血走ったような、もう一つは白目をむいた目をしたり、混濁な瞳を向ける幽霊もいた。
 そして全ての目が生徒の呆けた表情を映している。
 突然の気配と日常とは思えない体験に、生徒の精神は一気に振り切ってしまったのだろう。叫び声を上げる暇もなく、その場で卒倒してしまった。
「なんだ。つまらないの。耳に残る絶叫を上げてくれると思ったのに。ちょっと怖がらせすぎちゃったかな?」
 幽霊たちがその反応を見て嬉々とした反応を互い互いに見せる中で、ニコは光学迷彩を解除させると、倒れた生徒を見下して物足りなさそうに息を吐いた。
 異様な光景だった。彼らの周りで平然としている生者のニコが、最も幽玄とした雰囲気を身にまとっている。幽霊の中にいるのが当然だと他人に分からせてしまいそうなほどに、ニコは生者離れしていた。
 彼の仲間となっている子供の幽霊たちは倒れた生徒を中心として、誰が一番怖がらせたのか個人個人に自慢している。それらの主張を冷ややかな目で見つめていたニコはやはり息を吐くのだった。
「さてと、今のような結果じゃ満足できないね。だからもう一回ちょうどよさそうな遊び相手を探しに行こう」
 ニコの声に幽霊たちは嬌声を上げながら彼らの周りを走り回る。ニコはその声を一身に浴びて、得意げに子供たちの先頭を歩くのだった。
 だがそのとき、ニコは自分たち以外の存在を見つけ、すぅっと目を細める。廊下の前で毅然とした目つきでニコを睨みつける彼女の表情は、今までニコと子供たちが行っていた一部始終を知っていると言っているも同然だった。
「待ってください」
 ニコと対峙している彼女、双葉みもり(ふたば・みもり)はニコへの扱いをすでに選んでいた。ニコは目つきが悪い自分の双眸に暗い光を満たす。自他ともに認める自分の不気味な表情がさらに色濃くなり、彼女との空気をひしひしと強めた。
「双葉みもりと言います。そんなに幽霊を引き連れて何をするつもりなのですか?」
「いたずらだよ。さっきやったのを見てなかったのかい?」
 未だに伸びている生徒を指でさし、ニコは冷笑を浮かべると、周囲の幽霊もくすくすと笑い続けた。みもりは知っていますという言葉で、ニコたちの笑い声を止める。
「私がここにいるのは、学園内の幽霊を成仏させるためです。でもあなたは、そのようなこと微塵にも思っていなく、悪事を働くばかり……幽霊たちにその片棒を担がせてどうするつもりですか?」
 ぐっと固く込められた手を胸の前において、みもりは静かに言い放った。彼女だって再封印を施すことはできれば避けたい。なら成仏を促すというのが一番幸福に近い方法であると信じ、今日を歩いていた。
 しかしそのような中で見つけたニコたちは、幽霊の身分を利用して、他人をからかっている。
 彼女の眼には、ニコは幽霊を拘束して身勝手な自分をさらけ出しているようにしか見えなかったのだ。
「幽霊たちを解放してください」
 みもりの言葉が辺りを静かにさせる。幽霊の集団と、一人の少女。幽鬼な色合いを見せるニコと、生者としての役目を果たそうとしているみもり。
 この廊下で対照的に映っている二人は、自分の視線と他人の視線をぶつけ合っていた。
 その視線で語り合い続けていたが、まず沈黙を破ったのはニコのほうだった。
「何言っているのさ?死者、霊、この世のものではない存在はみんな僕の大事な友達なんだ」
「でも……だからといってずっとここに留まることはできなことだと思います」
「強情だね。ナインはどう思うかい?」
 ニコが何もないはずだった虚空に声を飛ばす。すると空間が揺れ、雑音のような音とともに、そこから一人の猫が姿を現した。すらりと伸びた手足とつりあがった口元がただの猫ではないことを明らかにさせる。
 光学迷彩を解除して、暗闇から突然現れたナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)はニコとみもりの顔を交互に見回すと、そのとがった歯を打ち鳴らしながら奇怪に笑い出した。
「そこのみもりは何を気にしているんだ? 俺たちはただ友達と遊んでいるだけじゃん。そもそもこいつらがそれを望んでいるんだぜ」
 割鐘を鳴らすようなしゃがれた声でナインはさっと二人の間に立つ。みもりは突然あらわれたこのチェシャ猫からの疑問に答えられないでした。ふと見ると、ニコの周りに幽霊が固まっているのが見えた。
 みもりは自分が揺れているのをどこかで感じていた。それを囃すようにナインが笑っている。
「まぁ再封印なんてことを言い出すならニコは聞く耳は持たなかったかもしれないけどな、でも成仏というのなら話は別ジャン?そうだろ?」
 ナインが赤い瞳をニコに向ける。幽霊に囲まれているニコは今までと変わらない細い目で、ナインを見つめていた。ナインの言葉はいつかはニコが幽霊を手放すという先を見据えているような意味合いがあったのかもしれない。
 でもそれを肯定する者は誰もいなかった。ニコは薄く唇を開くと、みもりに背を向けてぽつりとつぶやく。
「まぁいつかは成仏するかもね。いつかはね」
「いつかって……」
「なんだい?じゃあ……どうするの?」
 みもりはニコから明らかに違う感覚を連想させて、二の句もつけないほどに押し黙ってしまった。それは無邪気な言い方だったのに、締め付けられるような感覚とともに、息苦しさが加速する。
 手の甲に鳥肌が立っているのも気づかず、急速に熱が奪われていく。 ナインがニタニタと笑っていた。その白い歯がとてもまぶしかった。
 そしてニコはゆっくりと振り向く。その瞳は深すぎて、底知れぬ先へと落ちて行ってしまいそうだ。
「無理矢理奪って、無理矢理成仏させる?」
 痛すぎるほどの敵意と顔全体に張り付くような冷気にみもりはただ黙るしかなかった。けれど彼女だって幽霊なら成仏することが最もいいことであるのは十分理解している。だから彼女はひるむわけには行かなかった。
 どちらも自分を譲らない。そうなるともう衝突するしかない。ニコがそっと自分の服に手を隠す。それが合図だと直感的にみもりは悟った。
 けれども、ニコは動かなかった。二人の前にナインが全身の毛を逆立てながら躍り出たからだ。
「おい。ニコ。やべえんじゃねーか?あれ?」
 これまでの余裕を含ませた声ではなく、ナインは明らかな狼狽を見せた。だがその変化がみもりとニコの注意を傾けるのに十分だった。
 ナインが指をさしているのはみもりの背後だ。背後に何があるのか、それを知らないのはみもりだけだった。そしてそれが都合の悪いことであることもおのずと理解していた。なぜならナインの背後にいるニコもこれまでも、険しい顔をしているからだ。
 そしてニコが引き連れている幽霊も おぼろげな輪郭をしているのにそれが理解できた。
 背後からはびゅうびゅうと風が悲鳴を上げている。窓ガラスがカタカタと鳴り響き、奪われるような恐れが体の底からあふれ出して止まらない。
「どうやら双葉の相手をしているわけには行かないようだ」
 ニコはそういうとさっと身をひるがえして、みもりから離れていく。みもりからするすると離れていくニコの後姿を彼女は固まったまま見つめていた。ナインはすでにみもりから離れている。
 みもりはようやく自分の後ろにあるものを確認することを思いつく。だから、ゆっくりとではなく、一気に背後を確認した。
 背後には誰もいなかった。けれど何かがあった。
 生き物なのかさえ定かではない。だけどそれは人型のような確固たる形を持ち、こちらへ進んでくる。進んでくると思ってしまったのは、それの足元は動かないで、ただこちらに近づいてくるだけだったからだ。

 ヒタ   ヒタ    ヒタ……

 そしてその足元から墨が流れ広がるように、廊下を黒く染めていく。全てにおいて異質だった。
 それは人でも幽霊でもない。まるで影のような、だけど影ならその影を作っている本体がある。しかし本体のようなものはどこにも見当たらなかった。だからそれは影などではないのだろう。
 けれどそれは影という言葉以外に適切なものはなかった。黒い。ただ黒いそれが広がっていく。
 廊下の向こうからそろそろと進んでくるそれと対峙して、みもりはここがまるで世界の端であるかのような錯覚に陥いってしまった。
 学園が侵食されるように、その影は廊下を進み、自分に触れるものをずぶずぶと飲み込んでいく。それに囚われたらどうなるのだろう。みもりには嫌なイメージしか想像できなくて、それを振り払おうと頭を振った時だった。
 影が距離を詰めてくる。彼女のに引き寄せられるようにそれは移動を開始して、そして……