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白昼の幽霊!? 封印再試行!!

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白昼の幽霊!? 封印再試行!!

リアクション

 翼の喧噪とした騒動とは相反するように場所を離れた蒼空学園では別の幽霊による出来事が展開していた。エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は幽霊を探しているうちに、ピアノの音色が鳴り響いていることに気づき、それに誘われるままに音楽室にたどり着いていた。
 エースの予想通りそこにはひとりでに鳴り響くピアノがあった。鍵盤がひとりでに動いているのは、怪奇現象と思っていいものだが、その音色が非常に優しいものであったために恐怖を感じさせることはない。
 そしてピアノの前に座りその音色の主が女の子であることで、エースは自然な笑みとともに幽霊に近づいた。
「やはり女性だったか。あなたの音色がそれを物語っていたよ。どうだいそんな鍵盤とにらめっこするより俺と時間を共にしないか?」
 エースは幽霊であることを無視してその女の子に語りかける。大義名分は幽霊の回収というものではあるが、傍目から見たら口説いているようにしか思えなかった。しかし幽霊はそのようなエースの言葉に耳を貸さず、ピアノの音色が鳴りやむことはない。
 エオリアがエースの肩を叩く。
「エースではご不満なようすですね」
「あぁ。駄目か……なら仕方がないな。君の相手が見つかることを祈っているぜ」
 エースは強引に彼女を連れることはしなかった。幽霊が奏でるピアノの音色に惚れていたからである。そしてエースがいなくなり、幽霊は一旦その鍵盤の演奏を止めて、出て行った出口を見つめたが、やがて何もなかったかのようにピアノを弾き始めた。
 どれくらいたったかは分からないが気が付くと、もう一人の人間が音楽室の入口から顔を出していることに気が付いた。白木 恭也(しらき・きょうや)も鳴り響くピアノの音色に誘われて、ここに訪れたのだろう。
 目を閉じてじっと頭をうなだれている恭也を半ば無視するように幽霊は演奏を続けていた。しかし一曲が終わるころだっただろうか、その寸前に恭也はゆっくりと目を開く。優しい目つきをしていたそれは何か意志のようなものを感じさせ、そして彼は音楽室にある楽器をそっと取り出した。
 幽霊は構わずずっと演奏を始める。その個人的な演奏に合わせるように恭也は自分の音色を重ねた。それによって音色はさらに膨らみをまし、表現の幅が広がりを見せる。恭也は自ら奏でる音色に耳を預け、楽器を奏でる指を休めない。
 そしてピアノの音色に合わせるだけではなく、ピアノをリードするように自分の演奏に緩急をつけ始めた。時にはゆっくりと、時には激しく。平坦だったピアノの音色に彩が生まれていた。
 恭也は演奏に興じている間も、ずっと幽霊の様子を眺めていた。その幽霊の壁のような表情が崩れ始めて、温かさを持ち始めたところで、恭也と幽霊の演奏のほかにもう一つ別の音が重なる。
 それは楽器の音色ではなく、誰かの声色だった。生き生きとしたその歌声を作っているのは布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)である。ソプラノの歌声は驚くほどに演奏に調和し、お互いを手に取ってさらなる高みへと向かってゆく。
 驚く恭也だったが、彼女たちの歌声が彼自身の、いや音楽室全体の空気をさらに温かくすることに気づく。そして二人の気持ちがそれを通じて伝わってくるようだった。
 一つの演奏を終えて皆が満足げに息をつく。恭也が佳奈子を見ていると、その視線に気づいたように彼女はぺこりと頭を下げた。
「あまりにもいい演奏が聞こえてきたからちょっと参加しちゃった。やっぱりみんなで演奏するのは楽しいよね」
「そうね。幽霊と歌おうなんて音楽室の前で提案した時はトンデモないと思っていたけれど、やっぱり楽しいことは楽しかったわ」
 エレノアもそれに加わり、恭也も自分の強い肯定を頷きによって示した。そしてピアノの単音が音楽室に幽かに響く。
 幽霊が一つの鍵盤を押した音だった。また演奏をするのだろうかという三人の疑問を前に幽霊は一筋の涙を頬から流していた。
ずっト、ピアノの前では独りぼっちダった。それがキライででもピアノを弾くしかなくて……でも違っテいたの。私は独りぼっちじゃナかった
 ぽつりぽつりと語っていく幽霊が淡い光に包まれていく。恭也はその時が来たことを察した。笑って送り届けてあげよう。佳奈子とエレノアも幽霊を見つめている。
ありがとう。お姉ちゃんたち。お兄ちゃん。最後にこんな思いをくれて
 その言葉を最後に、まばゆい光に包まれて消えていく幽霊の姿を、三人は最後まで見つめていた。
「もう一曲弾きますか?」
 手に携える楽器を恭也はもう一度構えて、二人に提案する。二人は顔を見合わせてそれに答えるのだった。そして無音だった音楽室に今一度新たな音色が生まれ始めた。





 ほぼ同時刻であるだろうか?雅羅は北都からの連絡を購買部で受けていた。
「え?何か子供の気を引くような物?分かりました。あるならいただいておきます」
 そう連絡を受けて、購買部の中を見回す雅羅に、三月がひょっこりと顔を出す。
「雅羅。何か役に立ちそうなもの見つかった」
「ヒィ!!」
「ほら。三月ちゃん。いきなり現れて驚かさないの」
 柚がその後ろから現れる。雅羅はぎこちなく笑うとまた購買部の棚を見回した。
 三人は封印の器となるようなものを探すために購買部を訪れていたのだった。だが、あまり成果は見られていないらしい。
「そうだ。先ほど連絡があったのですが……」
 雅羅は北都からの連絡を伝える。
「子供が喜びそうなものですか……」
 柚は直立のまま動く気配はない。何も思い浮かばないようで、息を吸うとそのまま深くため息をついた。しかしその隣で三月は硝子細工のペーパーウェイトを見つけると、嬉々とした顔でそれを掲げる。
「ねぇ柚。これ気に入ったよ。いいのじゃないかな?」
「三月ちゃんが欲しいものではないですか?」
 耳半分に柚は聞いていたが、友達と遊ぶのが好きで素直な三月のことだった。彼が気に入るものなら、他の誰も気に入るかもしれない。それに気づくと彼女は一気に決断した。
「いいですね。なら三月ちゃんのそれを採用します。雅羅ちゃんもこれでいいですか?」
 柚はそれを見せようとしたが、怪訝な顔をした。柚の声が届いていないかのごとく、雅羅が堅い顔をしているからだ。
 雅羅は見られていることに気づくと若干居心地の悪そうな顔をしたが、誤魔化しきれないと思ったらしくしずしずと口を開く。
「その……ごめんなさい。私の不注意のためにいろいろとしてくれるのが申し訳なく思えて」
「迷惑だと思ったことは一度もありませんよ」
 柚は雅羅の手を取り、しっかりとした口調でそう言った。
「ですが……」
「僕も同じ気持ちだよ。だから元気出して」
 柚と雅羅の手に三月の手が重なる。確実なぬくもりが雅羅に伝わり、彼女も二人の気持ちを理解していた。
「ありがとうございます」
「それでは別の場所を探しますか?どこに行ってみます?」
「ゴミ捨て場とかいいのじゃないかな?」
 三月の提案に従い三人は購買部から出て行った。
 そしてそこで黒い影と出会った。
 あまりにもあっさりとした状況に三人はしばらく棒立ちになったものの、そばに倒れている生徒たちがその影の脅威を教えてくれた。そしてその次にはその脅威を全身で感じていたのである。
 影が三人の方向へ進んでくる。一歩また一歩と近づくにつれて、心臓の鼓動が勢いづくのを三人は感じていた。
 捕まる!!
 それが分かっていても、動けない。ここが危険な場所だということを分かっているのに、目の前に見せられたそれをまだ理解できないでいた。
 呆然としたまま三人は倒れている生徒と自分の姿を重ねる。数秒先の未来が、あのようになるのかもしれない。本能的な恐怖が体を縛り、絶望的な光景が脳裏によぎる。
「あなたたち!! 危険です」
 その声と共に流星のように現れた誰かが三人を引き連れて影から距離を取る。影は依然としておってくるが、三人を連れた誰かのほうが数段速い風をまとい、少しずつ引き離す。
 柚は自分たちにその声に引っ張られるままにその背中を追って走り出した。その前に三月の手と雅羅の手を掴むことを忘れていない。走るということを考えると、それだけが頭の中に埋め尽くされる。
 喉が渇き、腕と足が重たくなっていても、柚は走り続けていた。背後からは見つめているだけで吐き気がこみあげてくるようなあの影の気配が続いている。少しでも気を抜くとすぐそれにのまれてしまいそうだった。
 けれど柚たちは走っていたのは、学園を元に戻すために動いているというその使命感があったからかもしれない。
 そしてあの影の気配が消えたことを確認して三人はほっと息をついた。まず誰かが声をかけてくれなかったら、このような結果には至らなかったはずだ。
「ありがとうございました」
「余裕綽々と言いたいところだけど危なかったね。でも間に合ってよかったよ」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)はフードをかぶりなおす。猫耳が付いたフードを持つその服は理沙の上下する胸を隠し、猫耳の部分から彼女の髪の毛が飛び出ている。
「でもどうしてあそこにいたのですか?」
「雅羅たちを探していたの。まずはあの壺が割れた場所に戻りましょ」
 理沙は帰る道すがら自分たちの事情を簡単に説明した。
 まず調理場に仲間たちといた彼女は周囲の状況を確かめた後に壺が割れた場所へたどり着いたらしい。そこで壺の修復をしている北都に雅羅たちの場所を聞いたところ、購買部にいると教えられたのである。その時にちょうど黒い影と対峙している三人を見つけたということだ。
 柚は説明を聞いている間、あの影のことを考えていた。静かではあるが、世界中の悪意を凝縮したような嫌悪感がするあの影と今回の騒動は無縁ではないだろう。だがその正体を考えている前に隣で心配そうに見つめる三月に気づいたので笑ってごまかすのだった。
「まだ器も見つかっていないのにどうしましょう」
「あぁそれについては大丈夫。ちょうどいいものがあるの」
 親指をぐっと立てて、答える理沙の前には壺の修復を進めている北都と、リオンの他に数人の人影が見えた。
「ルカ。連れてきたよ!!」
 その声に振り向いたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は両手を広げ雅羅の姿を喜んだ。
「おまたせ雅羅。でもルカルカがちょうどよいものを持ってきたの。ほら御覧なさい。壷より頑丈な金属製品、熱にも圧力にも耐える利点ありよ」
 そう言って、床に並べられているそれを指差し、三人はまた呆然とするしかなかった。そういえば理沙たちはここに訪れる前に調理室にいたということを柚は思い出していた。
「これは電子ジャーですか?」
 電子ジャーを雅羅は指でつっついていじっていると、その感触ではなく四つもあることにも怪訝な顔をしなければいけなかった。
「えぇ。もしかして割れていることを心配しているの?大丈夫よ。古文書の教訓通りそれがないことを確かめたわ」
「古文書?」
 雅羅が繰り返す。そして柚と三月も同じように繰り返した。
「そうだ。古文書だぜ!!」
 ルカルカの後ろで待っていたと言わんばかりに声を張り上げたランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)は耳をピコピコと揺らすと得意げに語りだす。
「オレが覚えていたのを理沙に教えたんだ!! 大昔の古文書ではこれを使って大魔王を封じ込めたらしいぜ」
 腰に手を当ててえへんと息づくランディの隣で、理沙がそれを真似していた。
「器を探していたみたいだけれどこれがあれば大丈夫。大魔王でも魔物でも幽霊でもどんとこいよ!! ねぇルカ」
「勿論よ。ランディが覚えてくれていてよかったわ」
 いや、理沙だけではなくルカルカもそれを鵜呑みにしているようである。唯一彼女たちの中で苦味を味わっているような顔を見せているルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)は腕を組みながら電子ジャーを見つめていた?
「それでもこんな四つもいらなくない?」
「数は多いに越したことないだろ?なぁ理沙」
「勿論!! これだけあれば一個ぐらい壊れても大丈夫だよ」
「その通りですが……ルカたちのいう古文書って、マンガ?まぁいいわ」
 ルカはただ陽気な空気だけはこの場所で励みになっていると思っているようで、それ以上何も言わなかった。
「まぁこれがあれば壺のちょうどいい代わりになりそうですね。壺の修復をしてくれていた北都君には少し申し訳ないですが……」
「ううん。大丈夫」
 北都はごまかしなくそう言った。彼は三月が持ってきていたガラス細工のペーパーウェイトを持ち、別の場所から戻ってきたところだった。リオンに上手くいったと伝え、そして三月に語りかける。
「あのガラス細工の……ありがとうございました。喜んでいました」
「そうか? 用意した甲斐があったね」
 にこやかに笑う三月につられ北都も気恥ずかしく笑い。壺の前に立つ。
「結局いらないものになっちゃったけれど、一応できたからね」
 そっと握りしめていた最後の破片をはめ込むと、ひび割れた壺の完全な形が姿を見せる。それに満足し、その苦労を首を回しながら思い出すと、リオンがそれをねぎらうように頭を撫でていた。