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楽しい休日の奇妙な一時

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 第五章


 レイカ・スオウ(れいか・すおう)ユノウ・ティンバー(ゆのう・てぃんばー)が大通りを歩いていると、喧噪のなかでもよく通る声が聞こえてきた。
 知った声である。
 何事かと近づくと、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)と歩くシェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)の姿が見えた。

「やぁ、レイカさん。レイカさんたちも買い物? 僕らは……まぁ、ブラブラと」

 レイカに気付いた雫澄が苦笑いをしながら挨拶をすると、二人はそのまま話し込んでしまった。

(どうしたものか)

 シェスティンが、終わる気配の無いレイカと雫澄の会話を一歩離れた位置で聞いていると、どこからか自分への視線を感じた。
 さりげなく目を向ければ、レイカの後ろからユノウがこちらをじっと見ている。

(何か用でもあるのだろうか?)

 そんなことをぼんやりと考えていると、スッとやってきたユノウが正面に立った。
 相変わらずシェスティンをじっと見つめている。

「……キみがしぇスてィンか。うんウん……いい匂イがスる、なンとナく。おモしろソウなひとダ。その眼ニは一体、何ガ映っテいるノカな」

 溢れ出る興味を隠そうともせず、ユノウがまとわりついてきた。

「主のハナしはナがクなりそうダし、ドこか回ラないか? きみニ興味ガある。もっと話シてミるのは悪クなイト思うガ?」

 レイカと雫澄の方をちらりと見たユノウが突然の誘いを口にする。
 そして徐にシェスティンの手を取ると、返事を待たずに歩き出した。

「えぇい! わかった! 買い物ぐらいなら付き合う! だから、この手を離せッ」

 戸惑いながらもユノウに付き合うシェスティンであった。

 ◇


 店を出たレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は不穏な視線を感じていた。
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)と服を買いに訪れただけのはずが、何かしらのトラブルに巻き込まれたのだろうか?
 レリウスがそんなことを考えていると、ハイラルに額をトンと指で押された。

「レリウスどうした? 眉間にしわ寄ってるぜ?」
「ハイラル、何か不穏な視線を感じます。あちらの女性からですね。取り立て武装はしていないようですが……」

 訝しげに周囲を警戒するレリウスの言葉に、ハイラルも笑みを消して隙無く構える。
 だが、突然噴き出すと、そのまま声を上げて笑い出した。

「……視線? 馬鹿、あれは不穏な視線じゃなくて秋波って言うんだよ」
「秋波、ですか……」

 そのまま苦笑に変わったハイラルが説明をするが、銀髪の青年は釈然としない様子だ。

「あの、ハイラル? どうする気ですか?」

 レリウスの問いかけに応えず、澄ました顔で女性に近づいたハイラルが話しながら時折りこちらに目線を送っている。
 話が終わったのか、二人がレリウスの前にやってきた。心なしか女性の顔が赤いように見える。

「レリウス、おまえはもっと色々なことを学んだ方が良い。そこで、だ。今日学ぶのは女性との接し方だ。ちゃんとエスコートするんだぞ」

 耳元でささやくハイラルの言葉に、驚きの声を上げるレリウスだった。

 ◇


 ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)は未曾有と呼ぶほどの苦悩の淵に立たされていた。
 場所はショッピングモールの一角にある水着ショップ。その中でもファンシーなことで有名な店である。

「男物ばかり着ていたアイリも、女らしい水着を選ぶようになるとは……恋とは良いものだな」

 アイリが真剣に悩む様を微笑ましく見ていたユピーナ・エフランナ(ゆぴーな・えふらんな)が小さな声でつぶやく。
 やがて意を決したのか、アイリが一着を片手に更衣室へ飛び込んでいく。
 長い時間の末、内側からカーテンが開けられる。
 出てきたアイリの姿は、明るい色合いに多めの装飾が付いたタンキニだった。

「ユピーナ、このタンキニとかどうだ? 胸のフリル飾りは可愛いし、無い胸も隠れるから調度いいぜ♪」
「ふっ、タンキニもいいが思い切ってビキニはどうだ? サイズはどうであれ恋人の胸ならば男は見たがるぞー!」
「ビキニはまだ恥ずかしいよぅ」

 ユピーナが選んだビキニを渡そうとするが、アイリは顔を真っ赤にして逃げていく。
 その先に一匹の猫が立っていた。
 立派な毛並みだが薄汚れており、所々に歴戦の傷跡が見える。
 ゆっくりとアイリに近づくと、渋い声でにあ〜と鳴いた。

「何だよ、男女が可愛い水着とか無理すんなよって言いたいのか?」

 被害妄想丸出しのアイリが顔を真っ赤にしながらぼやく。
 だが、渋い声の猫は一つの水着を器用に咥えてアイリの前に置くと、そのまま去ってしまう。
 なんだろう? と見てみると、それは肉球のプリントされたタンキニだった。

「「お前の趣味かよっ!」」

 ◇

 うーん、と唸りながら九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が空京を歩いていた。
 向かっている先はショッピングモール。
 勉強のために欲しい本を探していたが、街で回った本屋では一冊も残っていなかったのだ。

「ショッピングモールの本屋さんにはあるといいな。ついでに前から探していた薬学書があれば最高なんだけど」

 ジェライザ・ローズは、ショッピングモールへ足を踏み入れるとまずは案内図を探し始めた。

「えーと、書籍を扱うお店の区画は……」
「お嬢さん、何かお探しですか?」

 案内図を見ていたジェライザ・ローズは、声をかけられて振り返る。
 見れば、シルクハットに黒いスーツの男が綺麗な姿勢で立っていた。
、細かく整えられた口髭が魅力的な初老の紳士である。

「あ、あのどちら様で……?」
「わたくしめはお嬢さんの役に立つ品物を持ってきた、しがない老人でございます。実はこの折り畳み式薬研、これ一つあればどんな薬も作れる可能性があるかもしれない素敵アイテムなのでございます。見たところ医学にお詳しい様子。是非一つぐらいは持っていても損にはならないでしょう。今ならこれがなんといちきゅっぱ! いちきゅっぱでお買い得! なのでございます」
「えっ? そんなに便利な道具がいちきゅっぱ!?」
「はい、いちきゅっぱでございますよ〜」

 両腕で荷物を抱え、満足げに帰路についていた足が途中で止まる。

「……はっ! 私なんでこんなの買っちゃったんだろ……本買うお金が〜」

 我に返ったジェライザ・ローズの声が、青い空に響き渡った。

 ◇


 ゴールデンウィークということもあり、ショッピングモールは大勢の買い物客で賑わっていた。
 ほとんどの人が家族連れだったりカップルだったりと、買い物以外でも楽しんでいる様子が伺える。
 お目当ての物を買い終えたサズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)は、そんな光景を眺めながらケーキと紅茶を楽しんでいた。
 時折り遠くから叫び声や爆音、地鳴りが聞こえてくるが気にしない。
 期待していた以上に紅茶が美味しかったのだ。
 相変わらず騒がしいが、ゆっくりと味を楽しむ。がやがやと騒がしいが……。

「あれっ、えええっ」

 余裕をもって避ける他の客たちの間から、こちらへ一直線に大量の砂煙がやってくる。
 それは凄まじい勢いで迫りくる大量の猫だった。
 気付くのが遅れて取り残されたサズウェルだけが暴走猫の荒波にのみ込まれていく。

「ふわああ」

 過ぎ去った後に残ったのは、くるくると目を回すサズウェルと、抱きしめた一匹の可愛い猫だけだった。