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食材を巡る犠牲と冒険

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食材を巡る犠牲と冒険

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第一章 スイカと枝豆の異種格闘コンボ

 イルミンスール魔法学校の校長室。
 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は、ふと思い出して手を止めた。
「ああ、そぉいえば。あの件は今頃どぉしてるんでしょうねえ」
 あの件。旬の食材の収穫を依頼した件のことだ。
 収穫が面倒なので毎年丸投げしているが……今頃悲鳴が鳴り響いているところだろうか?
 例年であれば成功した者は何も言わず、失敗した者は恨みがましい目を向けてくる。
 つまり、成功すればそれなりの報酬である事を客観的に指し示しているとも言えた。
 今年向かった者達は、果たしてどうだろうか?
「まぁ、成果さえ出すなら私には何の問題もないんですけどねぇ」
 そんなドライな台詞を呟きながら、エリザベートは椅子に座りなおす。
 そう、大切なのは結果だ。
 収穫物が美味しくて、頼んだ者達が成功したならば何も問題はない。
 遠く響いているであろう悲鳴に、耳を傾けながら。

 さて、その哀れな犠牲者達は早速問題の洞窟の中へと足を進めていた。
 洞窟の外観自体は、どこにでもあるような普通の洞窟。
 暗黒などという言葉のついた食材達が自生するとは思えないような場所だった。
 だからこその穴場でもあるのかもしれないが……。
 こうして実際に生息している植物達を見ると、何とも奇妙な気分になるのも事実だった。
 こうして太陽の光の届かない場所に生えているのを見ると、暗黒植物とやらは普通の植物とは相当違うのだということをうかがわせる。
「スイカを収穫よ! 沢山採ってエリザベートをうんと喜ばせたいんだもん」
 エリザベートの為に、と張り切るのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
 たくさんスイカを採れば、エリザベートも喜んでくれるだろうか?
「……まぁ。それも悪くない、か」
 またしても厄介事に巻き込まれた事を自覚しながらも、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はそんな事を呟く。
 多少天然なルカのフォローは俺の役目だ、と。ルカルカに聞こえないように小さく付け足して。
「あっ。あれって暗黒スイカの蔓よね!」
「そう見えるな」
 ルカルカ達の視線の先にあったものは、どこにでもあるようなスイカの蔓。
 その先には、大玉のスイカが一つくっついているのが分かる。
「ずいぶん野生的なスイカだね。手足が生えて喋らないだけマシ、かな」
「ああ。俺が蔓を断つ役でいいんだな」
 予め決めていた役割を確認すると、ルカルカとダリルは暗黒スイカの前に立つ。
「よーし。こぉい!」
 覚悟を決めたルカルカのお腹に向けて、暗黒スイカが弾かれるように発射され。
 それと同時刻、泉 椿(いずみ・つばき)達もまた暗黒スイカを探して洞窟の中を歩いていた。
「あんたはだれだと誰何する♪ わたしゃスイカと答えたら〜塩をふりかけ食べてやる〜はーちょちょちょいなー」
 歌うディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)の先には、例の暗黒スイカ。
「ミナにいい修行があると言われてきたが……」
「特殊な食材と聞いては放っておけませんわ」
 エリザベート様からのお召しとあれば私の出番、と張り切るミナ・エロマ(みな・えろま)とスイカを見比べて、椿は溜息をつく。
「なんだよこの怪しいスイカ! 反撃すると割れる?そりゃそうだが……防御してもダメなのかよ!?」
 その理不尽さが暗黒たる所以だろうか。
「さてさて、とりあえずボディブローをくらいつづけるのね……」
 椿と霧島 春美(きりしま・はるみ)は、言いながらスイカの蔓の前に立つ。
 ここにあるスイカは二つ。つまり、丁度二人で採れる計算となるわけだ。
 覚悟を決めた椿と春美のお腹に発射される、暗黒スイカ。
 それは爆発するような音を立てながら、風を切り裂いて飛来する。
 例えるなら、ヘビー級の全力ボディーブロー。
「ぐ、ぐはっ」
「うぐ、ぼぐっ、けっこうキツい……このスイカどもあとで覚えてろよー」
 スイカの出来がいいのか、一発では止まらない。
 即座に蔓はスイカを引き戻し、更なる一撃を放つ。
「よし、動きが止まった。みんな今だよ」
 そう、攻撃を終えた暗黒スイカは動きをピタリと止めている。
 つまり、ここが暗黒スイカの蔓を断つべき攻撃タイミング。
 このまま放置しておけば再度の攻撃に移るのだろうが、そんな事をさせる気は毛頭無い。
「るんたたるんた、きーっく」
 ディオネアが春美の暗黒スイカの蔓を断つと、春美も椿のスイカの方へとスルリと移動する。
「私はご存知、ホームズのバリツと。この如意棒でぎったんぎったんにしてやるわよ」
「よし、いくぜ。合体技だ!」
「みんなの力をひとつにあわせ! 倒すぞスイカ、食べちゃうぞ! それ、はらぺこアターック☆」
 そして、もう一つの暗黒スイカの蔓も断たれ。椿の手元へとスイカはドサリと収まっていく。
 収穫完了。実に理想的な暗黒スイカの収穫風景とは別に。何やら不機嫌な城 紅月(じょう・こうげつ)と、オロオロするレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)の姿があった。
 ちょっとした誤解ではあるのだが、誤解を招く原因が全く無かったとも言い切れないレオンは、ひたすら下手に出るしかない。
 恋や愛とは、実に複雑で繊細で。扱いがとても難しいのだ。
 誤解の入り込む余地の無い愛が欲しい。それは、誰もが願う事なのだから。
「何? レオン、俺に文句あるの?」
 一番美味しそうなスイカを求めて、紅月はズンズンと洞窟内を歩く。
 一番美味しいということは、一番攻撃力が高いということ。
 そのくらいでもしなければ、気が収まらない。
 レオンには、いつでも自分だけを見ていてほしいのだ。
「文句なんてありません、ただ話を聞い……」
「もうすぐ結婚式だけど。スイカ持ってくるまで、初夜は無いと思えよ、ばかあああ!」
 オロオロしながら言い訳しようとするレオンに、紅月は叫ぶ。
 レオンは浮気なんかしないと分かってはいても、許せないものは許せないのだ。
「それだけは許してください、紅月ぅ」
 そんな威厳も何もないレオンの姿を見ながら、紅月は歩く。
 自分を愛してくれている。その事実の再確認に、少しだけ安堵しながら。
「我輩は、大英雄である。我輩に受け止められぬ物など無い!」
 根拠不明でありながら絶対の自信。
 暗黒スイカの前に仁王立ちするアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)を、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は心配そうな目で見ている。
 師匠たるアガレスをサポートするべくパワーブレスをかけてはみたが……やはり心配だ。
「お、お師匠様。大丈夫ですか……?」
「我輩の白銀に輝く翼を……そして、ぷりてえぼでえを見たまえ」
「はぁ」
 これぞ自信の証、とでも言いたげなアガレスにリースは曖昧に頷く。
 スイカが地面に落ちないようにする為の準備は、もう完了している。
 あとは、受け止めるのみ。
 白銀の翼を広げ、ぷりてえぼでえを暗黒スイカへと向けて。
「暗黒スイカよ! 遠慮なく我輩のぷりていなぼでえに飛び込んで来るが良ごふぁ!」
「お、お、お師匠様ぁっ!?」
 ハトに豆鉄砲、とは言うが。スイカ大砲をくらったハトは……はたして、どんな顔をするのだろうか。
 アガレスが暗黒スイカの渾身のボディブローを受けて宙を舞っている頃。
「何か聞こえたような……?」
 倒れて気絶しているゴブリンを見下ろしながら、神代 明日香(かみしろ・あすか)は暗黒スイカを抱えていた。
 美味しい収穫の仕方と身の安全と収穫物の半分を取引材料に協力してくれませんか、とゴブリンに提案をしたのは数分前のこと。
 ゴブリンが作物を狙っていることを逆手にとった、明日香の恐るべき戦法である。
「私とエリザベートちゃんの分で二個は欲しいので最低四回……? うん、エリザベートちゃんの為にがんばる!」
 あと三回、同じ事を繰り返せばゴブリンとの約束分含めて充分な数が手に入る。
「回復は任せてくださいっ」
 悪魔のような微笑を浮かべる明日香を、ゴブリンは恨みがましい目で見る。
 とはいえ、明日まで覚えているかも微妙なところではあるだろうが。
 ちなみに、防御でも回避でも無い新しい手段を模索する者もいる。
「夏といえばスイカ。やっぱ暗黒スイカなのな!」
 皇祁 光輝(すめらぎ・ろき)は言いながら武器を引き抜く。
「ボディブローなんて俺の剣の前では一刀両断だぜ」
 そう、光輝は迎撃をするつもりなのだ。
 知り合ったばかりの薔薇学生の為、美味しいスイカを贈りたい。
 その一念で、光輝は暗黒スイカへと向けて身構える。
「あ、でも切っちまうと旨くないかもしんねぇな。どうすっかな……」
 射出される暗黒スイカを、スッパリと切り裂いて。
「ま、切っちまってもいいか! くっ付ければ!!」
 そんなあまり解決になっていない事を呟きながら、光輝は笑う。
 そう、出来るか出来ないかではなく、体当たり。
 二つの暗黒スイカにボコボコに殴られている柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、スイカの猛攻の中で踊るようにゆらいでいた。
 特に出来がいいのか、ラッシュ攻撃の止まらない二つの暗黒スイカ。
「いや無理、二連射とかプロの手口だろ……」
「わぁ……あれ……なんかこう……いつもの俺を見てるような……なにこれデジャブ?」
 その恭也の姿を見ながら、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)は呟く。
 地面で小刻みに震える恭也を見ながら、メルキアデスは自信満々に進み出る。
 後はただ蔓を切断すれば良いのだが…・・・メルキアデスが進み出るのは、少しだけタイミングが遅かったようだ。
「よ、よし! 攻撃が止まったんなら俺が……ぶべらっ」
 倒れている恭也に重なるように崩れ落ちようとするメルキアデス。
 だが、それを暗黒スイカは許さない。
「い、いやだからちょっぐ、タン……ぶっ」
 植物である暗黒スイカに、タンマなんて無い。
 これは単なる収穫作業ではない。暗黒収穫作業なのだから。
「メルキー、丁度いい身代わりが来たぜぇ」
 メルキアデスがやられているうちに回復した恭也上手く騙したゴブリンを連れてきたのは、メルキアデスがボコボコで転がっている、丁度その頃。
 もう少し早くゴブリンが出てきてくれていれば、こんな目にあわずにすんだのではないか。
「……出てくるのが……遅いんじゃあああああああああああああ!」
 そう考えると、メルキアデスはそんな叫びをしないではいられなかった。
「夏のこの季節は、やっぱりビール。
収穫の労働の後、枝豆アテにビールで一杯って、ええやん」
暗黒枝豆を前にそんな事を言い出したのは、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だ。
「ついては、この暗黒枝豆て、ビンタ繰り出してくるのを黙って受け止めて、攻撃が止んだ時に収穫せなあかんらしい。誰かが攻撃を受け止める、尊い犠牲にならなあかんねン」
 そう、それが暗黒枝豆を収穫する際の掟だ。
 どういう理屈かは分からないが、特殊食材相手にどうこう考えても仕方が無い。
「くじは……「貧乏くじ」とかいうてやらしいから、ここは民主的な方法でいこ。入れ札や」
 そう言うと泰輔は、小さな袋と数枚の紙片を取り出す。
「メンバーの中で一番打たれ強い思う、みんなの意見、多数決で決めよ。勿論、この人やったらビンタ程度では壊れないと思う人間を選ぶのもOKや」
 そう、誰が暗黒枝豆を収穫するのか。その話し合い中なのだ。
 泰輔の提案に仲間たちは、納得したように頷く。
「皆さんで、枝豆の攻撃を受けても大丈夫だと思う人を決めるのですね」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は言いながら、自分の名前を紙片にサラサラと書き込んでいく。
 ここは、戦うために生まれてきた私が、きっと相応しいでしょう、と。そんな自分が犠牲になる事により被る被害を一切考えない答え。
 続いて紙片に名前を書き込んだのは、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)だ。
「みんなで決めるのかー。まあ、悪くないけど」
 さて、誰の名前を書いたものか。
 悩んだ末、フランツは消去法で選ぶ事にした。
 レイチェルは、そんな目に合わせられない。
 僕は、デリケートにできてるから、不適格。
 顕仁は、嘘でも帝だった存在なんだから、これも……と。
 消去法で、泰輔だな。
 三人もパートナー契約できるくらいタフだし、大丈夫だろう、きっと。
 そんな事を考えながら泰輔の名前を書いた紙を袋に入れるフランツ。
「ふむ。このメンバーで、「頑丈さ」を競うのか」
 残る一人……讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、チラリと泰輔の顔を見る。
「……正直に書くとなると、心が痛むのぅ……が、泰輔、一択じゃな。その実力をきちんと評価するのも愛しさ故じゃ」
 呟きながら、泰輔の名前を書いた紙を顕仁は袋の中に放り込んで。
 紙の入った袋を、泰輔は満足そうに見る。
「…・・・って、僕ぅ!? 人徳はないんかい、自分?」
 勿論、そんな事は無い。人徳があるが故である。
「仕方ないです泰輔さん。変わってあげられるものなら替わりたいですが、泰輔さんが決めた決定方法ですから……頑張ってください」
「打たれ強さ、なかなかあそこまでいくのは難しいよ!?」
「仕方あるまい。民主主義とやらだ。泰輔、頑張るのじゃぞ」
 仲間達の暖かい声援を受けて。
 引くに引けない泰輔は、枝豆の木に手を伸ばす。
 大丈夫。たかが枝豆の木。死んだりなんかしない。
「痛い、マジ痛い! 何コレ、往復ビンタの嵐とか聞いてない!」
 そう、それは枝豆の木の葉という葉による一斉往復ビンタ。
 ザワザワとざわめく木の音は風ではなく、ビンタの勢いで揺れる音。
「泰輔さんの犠牲は、無駄にしません」
 まさに犠牲。泰輔の姿を見ながらレイチェルは、そう呟くのだった。
 そして、その往復ビンタを思いもよらぬ方法で受ける者もいる。
「ぬうっ、まだまだ!」
「おらおら、どうした。こんなもんやったら世界狙えへんで。世界どころか地区大会も夢のまた夢や、もっと気張らんかい!」
 そこにあったのは、全ての装備を脱ぎ捨てて枝豆のビンタを受け続けるジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)と。
 何故か枝豆と一緒にジョージへの攻撃に参加している瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の姿。
 よく理解できない光景だが、理解してはいけない光景のようにも思える。
 一体彼等は何処へ向かっているのか。
 それとも、あれが新しい進化の系譜なのか。
「わけがわからない……」
 冷たい視線の笠置 生駒(かさぎ・いこま)を他所に、やり遂げた顔のジョージと裕輝。
 しかし、採り方としては間違ってはいない。
 それを誰が食べるのかという問題は発生しているのだが。
「……本人が食べればいいよね」
 解決であった。