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12月の準備をしよう

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 ■ プレゼント フォー ユー ■

 クリスマスプレゼントなんだから、出来れば内緒にしておいて当日にサプライズプレゼント。
 ……といきたいところは山々なのだけれど。
 結婚して一緒に住んでいる上、普段から行動を共にすることが多い月崎 羽純(つきざき・はすみ)に、見つからないようにセーターを手編みするだなんてことは、遠野 歌菜(とおの・かな)には無理だ。
 プレゼントのセーターを本人の目の前で手編みするのは複雑……でもこれもいいかと、歌菜は思う。
 だから、蒼空学園での用が終わった空き時間、一息入れようと学食にやってきた今も、歌菜は編みかけのセーターを取りだして編み始めた。自宅でもどこでも、時間が空いたら編むのが最近の歌菜の生活だ。
 いつものように編んでいる……のだけれど、今日に限って羽純がじっと歌菜の手元に視線を注いでいて、どうも気になってしまう。
「羽純くん、そんなに見られたら……恥ずかしいよ」
「いや、あまり熱心に編んでいるから面白いのかと思って」
「面白いかどうかって言われるとよく解らないけど、出来上がっていくのを見るのは楽しいし、無心に編み針を動かして集中するのもいいかなー、とは思うよ」
 歌菜が編む手は休めず答えると、羽純は少し何かを考える様子だったがやがてこう言い出した。
「歌菜、俺も編み物に興味が出た。やってみたい」
「え? 羽純くんも編み物するの?」
 意外に思ったけれど、やってみたいのなら、と歌菜は毛糸と編み物本を入れた袋を羽純に渡した。
「えっと、じゃあ教えるね。初心者ならマフラーがオススメだけど、本に色々載ってるから編みたいのを探してみてね。毛糸はたくさん買ってるから、好きなの使っていいよ」
 歌菜から渡された本を眺め、その中から羽純は初心者向きのマフラーを作ることにした。一目ゴム編みで長く編んで端にフリンジをつけるシンプルなものだ。
 デザインを決めると、羽純は袋の中に入っているカラフルな毛糸の中から、明るいピンクのものを選び出した。
「あれ? ピンク?」
「ああ。歌菜にはコレがいいだろう。プレゼント交換だ」
「えぇ? 私に作ってくれるの?」
 思ってもみなかった答えに、歌菜は驚き、ついで嬉しさに笑みくずれる。
「ど、どうしよう……凄くすごく嬉しい!」
 まさか羽純から手作りのプレゼントを貰える日が来るとは、予想だにしなかった。
「完成させられるかどうかは解らないがな」
 羽純はさっそく毛糸を手に取ると、本とにらめっこしながら作り目を始めた。初心者向けに解りやすく解説してあるとはいえ、やったことのない作業はなかなか難しい。
「コツを掴めばあとは単純作業だよ。えへへ……クリスマスまでに、2人で頑張って完成させようね♪」
 クリスマスまでにはもう少しある。
 空き時間に少しずつ編んでいけば、きっと完成させられるだろう。
(でも、空き時間にピンクの毛糸を編んでる羽純くんって……)
 ぽわ、と脳裏に浮かんだその想像図に、歌菜は吹き出すのを必死で堪えた。



「白鞘先生、こちら宜しいでしょうか?」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に声をかけられて、琴子は編み物をしていた手元から顔をあげた。
「ええ、どうぞ」
「えへへ、ワタシたちも編み物なんです」
 ジーナが笑いながら席についたが、一緒に来た林田 樹(はやしだ・いつき)は気乗りしない様子だ。
「……なあジーナ、やっぱりこういうのは私の性に合わん。帰らせて貰う……」
「だーめーでーすー樹様! 今日はワタシと一緒に編み物するんです!」
 けれどジーナは断固として言い張った。
「樹様がバカ餅にプレゼントをあげるだけで、正月のワタシの気苦労が3割減るんですから! 頑張って下さいまし!」
「えっ、あっ、さ、3割?」
 ジーナと緒方 章(おがた・あきら)の間に一体何が起こっているものかと思ったが、だからといって編み物をすることを承諾することも出来ず。
「いやあのだな、私は斯様なことは得意ではないので出来な……」
 歯切れ悪く言いつつ踵を返そうとしたのだが、その腕をジーナが笑顔でとる。
「樹様がそう仰ると思ってこれを用意いたしました!」
 もう片方の手でジーナが取りだした見せたのは、毛糸編み機だった。
「リリアン編みの要領で編めますから、簡単でございましょ? まずはマフラーからチャレンジして下さいまし!」
「……退路は断たれていたか」
「そりゃあもう、樹様の仰りそうなことは分かりますから」
 こうなったら仕方がない。樹は観念してジーナから毛糸編み機を受け取った。
 毛糸を渡し、棒にかかっている方の糸を編み機の内側へと外す。それだけを繰り返せば、チューブ状に毛糸が編めてゆく。確かにこれならば樹でも問題なくマフラーを作ることが出来そうだ。
 ジーナはすいすいと手袋を編み、合間に他の子に編み方を教えたりもしている。しばしその鮮やかな手つきを眺めた後、樹が自分のマフラー制作に戻ろうとした時、ジーナの携帯が鳴った。
「お、ジーナ、電話だぞ」
「すみません、ちょっと手が放せないので代わりに出て下さいまし」
「ああ分かった」
 携帯の表示を確かめてみると、電話をかけてきた相手は新谷 衛(しんたに・まもる)のようだ。
「――もしもし私だ、マモルか? 何の用だ?」
「あれ、ジナじゃなくていっちーか。あのさ、餅米買いに行くところなんだけどさ、どんだけ買えばいいのか聞いてくれないかってあっきーが……」
「餅米の量? 鏡餅用も含めて3升買っておくとよいのではないか?」
「オレいっぱい食うけど、だいじょーぶか?」
「ああ。3升あれば良いだろう」
「そっか分かった……あれ? 何か話し声するけど、いっちー今どこいんの?」
「私とジーナは蒼学のがくしょ……」
「樹様、居場所を話さないで下さい!」
 突然伸びてきたジーナの手が、携帯の通話を切った。
「ワタシたちがここでプレゼントの準備をしているのは内緒なんです!」
 睨みつけてくるジーナに、樹はわかったわかったと返事をする。
「だからそう怖い顔するな。当日まで、やっていることがばれないようにするんだな」
「そうでございます。心しておいて下さいましね!」
 絶対にばれないように、とジーナは樹に釘を刺した。

 一方。電話を切られた衛は、電卓を叩いている章を振り返った。
「あっきー、ジナの声がしていきなり切られた〜!」
 しめ縄や御札、おせちの材料等を揃えていた章は、やっぱりね、と呟いた。
「何か企んでいるという僕の予想は当たったか」
「はい? 僕の予想、って?」
 聞き返した衛には答えず、章はいきなり号令をかけた。
「衛君、気をつけ」
「うぁい!」
 反射的に気をつけと敬礼をした衛に、章は言い渡す。
「……我々はクリスマスに如何様な物をプレゼントで貰おうとも、決して文句を言わないことを、今ここに誓いましょう」
「えっと、あとあとあっと……え? クリスマス? プレゼント?」
 さっぱり状況の呑み込めていない衛の顔を、章は睨みつけ、
「ねっ!」
 強く念を押した。
「うぁい!」
 やはり訳が分からないけれど、その念押しには逆らいがたく、衛は良い返事をしたのだった。