リアクション
◇ ◇ ◇ 前世の自分は、過去の時代に既に死に、今は生きてはいないし生き返ってもいない。 けれど、芦原 郁乃(あはら・いくの)は、彼女と対話する形で、穏音媛の記憶を思い返していた。 もう一人の自分とおしゃべりする、というのを想像するのが楽しかったからだ。 現実逃避と言われれば、そうかもしれない。 「……だって目の前にこんなに課題があるんだもん……」 小さく息を吐いて机に突っ伏し、顔だけ上げて、組紐に付いた鈴を、目の高さに持ち上げて見つめる。 ねえ、穏音媛ってどんな生活してたの? 『里でのびのび育ったわたしは、小間使いに傳かれる生活というのが慣れなかったの。 くるくる動き回って、少しもじっとしていられなかった』 お淑やかで芯が強くて凛とした印象だったのに、意外……。 『人は見かけによらないと言いますから』 二人はくすくす笑いあう。 ▽ ▽ そんな穏音媛は、やがてジャグディナの命令によって、周辺都市の祭祀として派遣されることになった。 その日、ジャグディナ自らが、彼女を神殿へ送り届ける。 国内とはいえ戦時中に彼女を一人で向かわせるわけにもいかず、護衛を割くくらいなら自分が行った方が合理的、という理由からだ。 穏音媛を自分の前に乗せて軍馬を走らせる。 「護衛が私では不安か?」 他種族を嫌悪に近いほどに侮蔑する、自分の噂を聞いているのだろう。 硬くなっている穏音媛に声を掛ける。穏音媛は首を横に振った。 「安心しろ。いくら私でも祭器一人葬るのに、こんな回りくどいことはせん。 私は信仰というものに興味は無いが、多くの民が拠り所にしていることは確かだ。 血を流さずとも、お前が戦う術はある」 ジャグディナは、穏音媛を祭器ではなく、一人の兵士として扱った。 私情で責務を放棄することは、ジャグディナが最も嫌うこと。そこに種族は関係なかった。 「お前に軍は厳しすぎる。だが、それでも国を憂うならば戦ってみせろ」 「……戦う……」 それは、酷く恐ろしい言葉に聞こえたが、逃げてはならない言葉であることも、穏音媛は胸に刻んだ。 「胸を張れ、顔を上げろ。 お前は私の持ち合わせぬ力を持ち、私の出来ぬことを成そうというのだから」 当初、祭祀となった穏音媛は環境の変化に馴染めず、周囲に畏まれ、傅かれる生活に慣れなかった。 距離を置かれているようで寂しかった。 そんな折、穏音媛は、エセルラキアに出会ったのだった。 密かに隠れて泣いていた子供の穏音媛を、主人に泣かされた召使だと思ったかもしれない。 彼は穏音媛を優しく慰め、それにとても救われた。 その後も時々会うことになり、互いの身分を知ることになっても、彼は態度を変えることなく接して、それが、とても嬉しかった。 ◇ ◇ ◇ 子供の頃は読まなかった本も、悪くはないと思い始め、読み始めたが、大概途中で寝てしまう。 けれどそんな一時を、レキアは悪くないと思っていた。 その内、誰か友人が起こしに来てくれるだろうか。 揺り起こされる時が、実は更に好きだった。 こんな平和がずっと続いて欲しい。いや、守り抜こうと思う。 そんなことを考えながら、レキアは眠りに落ちて行く。 「……あーあ、またこんなところで寝て……。ほら、レキア?」 △ △ 「ふわぁ……」 七刀 切(しちとう・きり)は、大きな欠伸をしながら目を覚ました。 うーん、と伸びをする。 事件が終わり、もう前世がちらつくことはない。だから、これはただの夢。 「あんたは守れたよ、ちゃんとな」 切は呟き、ふ、と息を吐いて、再びごろりと横になる。 出来れば、夢の続きが見れるといい。そう思いながら。 |
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