校長室
【ろくりんピック】最終競技!
リアクション公開中!
「『ハチマキ』か……。これなら、応援してる人が持ってそうだね! 陽子ちゃん、行くよ!」 「は、はい!」 透乃はカードを拾うなり、軽身功で応援席まで行った。このスキルはゴールするまで解除するつもりは無い。 (今までの競技はチームの勝利のためだったけど、もうそれは終わり! 私が勝つためだけに参加するよ!) 利己的である自分らしさが足りなかったのが良くなかった。そう判断した透乃は、ひたすらに勝利のためだけに走った。 「ハチマキ貸してくださーい! ハチマキ!」 「これでいいなら……」 ベンチの間を走っていると、応援していた女性の1人がハチマキを差し出してきた。 「ありがとう!」 そうして、透乃は障害物に突進していった。 「シルフィー! 借り物を手に入れたぞ!」 試合後の休憩の準備をしていたクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が顔を上げた。見ると、和輝が腕時計を持って走ってくる。 「さっきの歌が良かったみたいだ! 腕時計を出してる人が多くってさ!」 「そうですか。良かったです。では、行きましょう」 「ああ!」 そうして、シルフィーは巨大迷宮を攻略すべく和輝と一緒に走りだした。 アフィーナはアルフレートから10番のカード『娘カンパニーのフリューネグッズ』を確認すると、必殺サポートを発動した。 「リサーチ!」 借り物カードに指定されたものがある場所が第6感で知覚できる技である。 「……では、ちょっと行ってきますわ。アルフレート様は待機していてくださいませ」 西側スタンド、フリューネ達が空中でチアダンスをしている後方の席。選手というよりはフリューネに声援を送っている観客達の中に――何かを感じる。 「フリューネグッズを持っている方ー! いましたらご協力をお願いいたします!」 観客の間を歩き、最後の仕上げにと声を出しながら持ち物に目を向けていく。そして、見つけた。 「突然すみません。そのグッズをわたくしに貸していただけませんか?」 魅力的と思えるスマイルで話しかけると、その所持者の男性は一瞬グッズを渡そうとし、思いなおしたようにひっこめた。 「えー? いやだよ。これは僕のフリューネちゃんだ!」 「大丈夫です。そんなものに拘泥しなくても本物のフリューネ様がいらっしゃるじゃないですか。わたくし達が借り物を手に入れる過程も、カメラで記録されていますわ。ここでグッズを渡していただければ、きっと本物のフリューネ様も感心なさいます」 「ほ、本当に?」 「……ええ」 「分かった! 僕、貸すよ!! このフリューネちゃんを!」 「……ありがとうございます。必ずお返しいたしますね」 アフィーナはそう言ってフリューネグッズを受け取ると、急いで戻った。ハンカチに包んでアルフレートに渡す。西の応援席側で、「フリューネちゃーん! 今の見てた?」とか言ってぴょんぴょん飛び上がってアピールし、指を折られた男が悲鳴を上げたりしていたような気がしたが、まあ気のせいだろう。 「……どうぞ。頑張ってくださいね」 「はい、アフィーナ。教導団の力をシャンバラに示す絶好のチャンス、見事モノにしてみせる!」 アルフレートはそう言うと猛ダッシュで障害物に向かった。借りる過程をアフィーナに任せることで、彼は体力を温存していた。疲労の少ない状態で、一気にハードルを跳び越える。2つめの障害物は面倒そうだが、アルフレートには秘策があった。 実況が、1人目のゴール者を伝えてくる。 『ミューレリア選手、時間迷宮を越えて、バーストダッシュでゴールに向かっています! 速い! こちらからは高速で低空飛行をしているように見えます! そして……ゴール! 1位! さて、他の選手達はどうやって障害物をクリアしていくのか……!』 「何やら、面倒そうな仕掛けがあるようですな。しかし!」 中に入って、叫ぶ。 「ミラクル・ダッシュを使います!」 そして、宝箱をガン無視して猛ダッシュした。 『あっ、アルフレート選手、宝箱に触れようともしません! 通り過ぎていきます! これは問題ないのでしょうか!』 《今、ミラクル・ダッシュと叫びましたね。これは必殺防御で、一定の時間内、障害物の効果を無効化して走り抜けられることができる技です。ですから、第1レースのとりもちや第2レースの納豆プールなら無傷で、この障害物の場合ですと、宝箱の条件を気にすることなく走ることが出来ます。チェックしなくても、こちらでクリアとみなします》 『それは効果的な必殺技だ! アルフレート選手、今障害物をクリアしました! ケイラ選手達をごぼう抜きです! そして、そのまま走り抜け……ゴール! 2位です! ケイラ選手達も急いで最後のチェックポイントを通過! そして……今、関羽選手が障害物に到着……ん? 関羽選手、入口に入れません! 身体が入口よりも大きすぎて通れない模様! 無理やり入り……いえ!』 関羽は時間迷宮から距離を取ると、両手を思い切り広げて突進した。 「むぅん!」 『関羽選手、体当たり! 入口に体当たりをかましました! これで無理に中に入ろうというのか……! あっ!』 関羽の攻撃を受けて、迷宮の土台となっていたコンテナが派手に崩れた。鉄板部分が「く」の字どころかヘアピンのように曲がり、上に乗っていたコンテナがバランスを崩して崩壊を始めた。 『な……な……なんでやねーんっ! この障害物が体当たりで壊れるなんて……! さ、さすが関羽選手……なんでしょうか! きゃあ!』 近くの観客達も悲鳴を上げる。物凄い地響きと土煙を起こし、時間迷宮は崩れ去った。入口は、他の落ちたコンテナに塞がれ――いや、その前にもう使えない状態ではあったが。 『す……すごい……』 土煙が収まっていく中、関羽はコンテナの山を超えて走り出す。そこに、透乃と陽子が追いついてきた。透乃はハチマキを頭に巻いている。彼女は神速を使って山を越え、関羽をも超えてゴールへと走る。陽子は封印解凍をしてそれに続こうと走った。関羽と並ぶ。 その時―― 「……!」 「ぬぅおおおおおおおお!!」 コンテナから100メートルは離れていただろうか。そこに、大きな落とし穴が掘られていた。 『落ちたぁー! 関羽選手と緋柱選手、落とし穴に落ちました!』 《ちょっと待ってください。この落とし穴……スタッフが準備したものではありませんよ? 障害物のリストに載っていません》 『え!? それはどういうことでしょう。誰かが密かに掘っていたということですか!?』 《そういうことになるわねえ。愉快犯かしら?》 これは、前日にゴキ……いや、ジュゲム・レフタルトシュタイン(じゅげむ・れふたるとしゅたいん)が掘っていた底が見えないような穴である。しかし、ゴ……いやジュゲムは別に愉快犯というわけではなかった。これは、もちろん障害物という役割も想定していたが、それ以上に、重要な意味があったのだ。ジュゲムは、鏖殺寺院がテロを起こそうとした場合、爆発物の処理&VIPの保護にも利用できるようにとテロ対策として掘っていたのだ。尤も、ジュゲムにはそれを警備に知らせる気は無かったようだし、伝えていない以上、使えるかどうかは甚だ疑問ではあったが。 「陽子ちゃん……!」 一瞬だけ振り向いたものの、透乃はそのままスピードを緩めなかった。レースの前に、自分に何かあっても見捨てるようにと言われていたからだ。 そして―― 『ゴール! 霧雨選手、ゴールです! 3位!』 『私達は問題無い! 自力で上がれるからレースを続けてくれ!』 その時、会場に轟くように関羽が穴の中から叫んだ。 『おっと、関羽選手の声が聞こえてきます! マイク! 借り物のマイクを使ってのメッセージです! それにしてもすごい大音声です!』 《関羽選手がいれば、緋柱選手も大丈夫でしょう。レースは……》 『落とし穴を回避した選手達が次々にゴールしてきます! ケイラ選手、4位! 次に、安芸宮選手もゴールです! 5位!』 その少し前―― 「わー、指輪を持ってる人いませんかー」 「6」のカードに書いてあった『指輪』を求めて、陽太郎は競技場を走り回っていた。幸いにもポピュラーな借り物で安堵したが、無事借りられるまでは些か緊張する。第5レースにはそんな変なものが少なかったのか、彼と同じように観客に協力を求める選手が多い。ミューレリアが障害物に向かっていく。8コースの正光も、必死そうに大声を出していた。「7」のカードを持っている。 「誰か、ハンカチを貸してくれませんかー!?」 借り物競争はスピード勝負。たかがハンカチ、されどハンカチである。油断していたら遅れを取ってしまう、と正光は真剣だった。というか、皆早い。何だこの早さは。今までのレースではもっと手間取ってなかったか。関羽効果か。実際、関羽のおかげで巨大建築物は破壊され、ハードルを越えて落とし穴に気をつけさえすれば、そこはもうゴールである。 「ハンカチはないのー!?」 アリスのパートナー、アリアも一生懸命声を出す。そこに、陽太郎が話しかけた。 「七尾さん、アリアさん、一緒に声を出しませんか。ばらばらで探すよりも目立つし、声も通りやすいです」 同じ西チーム。協力しよう、ということである。 「分かった! 一緒に遅れを取り戻そうぜ! ハンカチはありませんかー!!」 「ハンカチ、貸してくださーい!」 「指輪、持ってませんかー? 細心の注意をして運びます! 絶対に無くしませんから!」 彼等の求めを聞いて、観客席のイブは周囲を見回した。今日は指輪をつけてきていない。しかしハンカチは持っている。この辺りで持っている人は―― 「おいシルト。確か、指輪用意してたよな」 そこで、こんな声を耳にした。見ると、指輪を確認したらしき青年が、前に乗り出して陽太郎に向けて声を出し始めた。 「おーい、こっちだー!」 しかし、離れた場所を走る陽太郎に気付く素振りはない。イブは、2人に近付いた。 「あたしが届けるわ。パートナーなの」 「お、そうか? じゃあ、頼む」 きれいな指輪を預かると、イブは素早く陽太郎の元に移動した。 「こっちよ、陽太郎、七尾くんも」 「イブ!」 3人は彼女に駆け寄り、借り物を受け取った。 「ありがとう!」 ハンカチを手にして正光達が走っていく。陽太郎も指輪を受け取り、それをタオルに包んだ。壊さないように大事に、注意深く運ぶ。障害物のハードルに―― 「う、うわあっ!?」 その時、正光がハードルに引っ掛かった。派手にこける。 「大丈夫!?」 アリアが、慌てて声を掛けてくる。しかし、正光はすぐに立ち上がった。 「大丈夫だ。この程度の怪我、地球の時と比べたらどうということはない!」 「怪我してますよ……」 追いついてきた陽太郎に言われつつ、一気に走る。 『楠見選手、ゴール! 6位! 七尾選手は7位でゴール! 関羽選手は……!』 『ゆっくりと上がろう! 手助けは不要である。2人で話したいこともあるのでな』 『わかりました! では、ここでレース終了です! 司さん、最終結果をお願いします!』 《では、お伝えします。第5レースの順位は…… 1位、東チームのミューレリア・ラングウェイ選手 2位、西チームのアルフレート・ブッセ線湯 3位、西チームの霧雨 透乃選手 4位、東チームのケイラ・ジェシータ選手 5位、西チームの安芸宮 和輝選手 6位、西チームの楠見 陽太郎選手 7位、西チームの七尾 正光選手 になります。関羽選手は――》 「そうか。このろくりんピックの間に、いろいろあったようだな」 「はい……今まで参加した競技では役立たずどころかチームの足を引っ張るばかりでした。もう嫌だったのに、また透乃ちゃんに庇ってもらったりも……。チームや私の結果などどうでもいいです。私が見たいのは、透乃ちゃんの活躍する姿だけですから」 「…………」 関羽は、ただ優しい目で陽子の話を聞いている。実況の声だけは聞こえてくるが、それでも、この穴の中だ騒がしい会場とは隔絶していた。 「応援団員失格ですが透乃ちゃんのためだけに行動する。そう思ったのに……こんな穴に落ちてしまって……」 陽子が話終えても、関羽はやはり何も言わなかった。陽子が落ち着くまで、ただそこにいた。 これは、アドバイスするべき問題ではない。ろくりんの結果自体は、様々な要因が重なって出たものであって、彼女1人の責任ではないだろう。それでも、それを言うのも恐らく、余計なことなのである。 穴を上るのは容易い。だから関羽は、急がなかった。 そして、その頃―― 「借り物競争は、東の勝利で終わったようですわね。それにしても……まさかパンツを提供することになるとは思わなかったですわね。セイニィ、ご苦労さまでした」 セイニィは仏頂面のまま、ふっ、と横を向く。 「べ、別にっ! 大したことじゃなかったわ。それに……」 「それに?」 「…………な、なんでもないわよ!」 セイニィに柔らかい笑顔を向けてから、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)は言う。 「パラミタ内海の海賊では、わたくし達で西を勝利に導きましょう。仲間も出ることですしね」 「おなか、すいた」 「……さっきまで、ホットドッグ食べてませんでした?」 次の競技にチアガールとして呼ばれたティセラとリフル・シルヴェリア(りふる・しるう゛ぇりあ)、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)が観客席から移動しようとしていた。 「ん……? なんだ、あの美女達は! パラミタ内海に行くのか?」 それを発見したのはむきプリ君である。すぐに追いかけようとしたが、彼は帰宅準備をする観客に揉まれてしまう。 「ぬ……くそっ!」 上手く動けない中、むきプリ君は1人誓いを立てた。 「……あの美女達にホレグスリを飲ませて今度こそハーレムだ!」 「ムッキー、どこいったのかなあ……」 観客席でぼーっとするプリムを忘れ、むきプリ君は次の競技先へと走り出した。