校長室
【ろくりんピック】最終競技!
リアクション公開中!
VIPルーム 職務 (うわ……なんか、すげー格式ばった所に来ちまったな) 天御柱学院生の和泉 直哉(いずみ・なおや)が、精神感応しているパートナー和泉 結奈(いずみ・ゆいな)に、心でささやいた。 直哉たちは、ろくりんピックを観戦する天御柱学院校長コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)の護衛としてVIPルームにやってきたのだ。 (兄さん、ぼーっとしちゃダメだよ) 結奈は口には出さず、精神感応で兄に注意を促す。 そうは言われても、今日この日まで友人たちと 「ウチの校長が、あの風貌でろくりんピック観戦というのもシュールな光景だな」 などと談笑して直哉だ。 「あの校長、スポーツに興味があるようには見えんし……」 と、コリマ校長が何の為にろくりんピックを観戦するのかといぶかしんでいたが、謎は解けた。 コリマ校長の元には、各校校長や要人が次々と挨拶に訪れる。 同じ西側の学校はまだ、これまでに彼とテレパシーで話す機会はあったが、東シャンバラの学校長達にとっては、ほぼ初対面だ。 シャンバラ開発を進める組織「学校」のトップとして、互いに会って今後の布石を打つ重要な場面だ。 さらに、VIPルームにいるのは各学校長だけでなく、ろくりんピックに参加する各国の大使や外交官、あるいは大臣。大会のスポンサーを務める巨大企業の幹部も顔を連ねている。 地球の要人にとり、シャンバラの利権を担う各校長が空京に集まるこの大会は願ってもない機会だ。 それは逆に、シャンバラの要人にとっても、シャンバラ開発の援助を地球諸国や企業グループから引き出す、またとない機会でもある。 VIPルームには、個別の会談用の部屋も併設されており、込み入った会談や交渉はそこに移動して行なわれる事になっていた。そこでの話し合いは、今後のシャンバラ開発に大きく関わるに違いない。 ここは完全な、外交の場だ。しかも国家レベルの。 (ええと、俺は何をしたらいいのかな?) 戸惑う直哉に、結奈が答える。 (コリマ校長の護衛だよ。その為に来たんだもん) (まあ、そりゃそうだよな) 直哉はきょろきょろと他校の様子を見回した。 自分と同じようにこの場の雰囲気に戸惑っている者がいないか、探してみたのだ。 同じ西シャンバラでも、シャンバラ教導団の金鋭峰(じん・るいふぉん)団長を護衛する、鋼鉄の獅子・獅子の牙隊のルカルカ・ルー(るかるか・るー)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は落ち着きはらっている。 二人はろくりんピックに合わせて、ハチマキに学ラン、白手袋の応援団姿だ。 しかし学ランの下には、きっちり鎧や籠手を装備して、もし襲撃があれば即応できる体勢だ。ルカルカが掲げる応援旗も、実は槍である。 関帝聖君関羽・雲長(かんう・うんちょう)は最終競技の3競技すべてに助っ人として呼ばれている為、団長の護衛はルカルカとダリルが主軸だ。 ルカルカはシャンバラの守護者としての矜持を持って、誇らしい姿で護衛にあたっている。 さらに蒼空学園校長御神楽環菜(みかぐら・かんな)の背後には、影のようにクイーン・ヴァンガード特別隊員樹月 刀真(きづき・とうま)が控えている。 環菜は他校長への挨拶も程ほどに、ノートパソコンと資料の山を広げ、携帯電話も駆使して仕事を始めていた。 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が彼女に、今日これからVIPルームを訪れる予定の企業役員のタイムテーブルを説明し、それら企業と進めている各計画の資料を渡している。 環菜がここでも仕事に励むのは、月夜にとっても刀真にとっても想像通りだ。 他校生の中には「ここに来てまで仕事?!」と唖然とする者も見られたが、刀真にとっては、そんな環菜が愛しかった。 (仕事が環菜の戦いだから……その環菜を護るのが、今の俺の戦いだ。必ず護りきる) 周囲を見回した直哉は、自分のように場に飲まれている者がいない事に、また驚く。 他校のVIP警備を行なう生徒は、自分や同級生と年齢などはそう変わらないはずだ。 だが、半ば遠足気分でやってきた天御柱学院の生徒に対し、彼らは皆、真剣に己に課せられた仕事をしていた。 この緊張感の違いは、実戦をくぐり抜けた数の違いだろうか。 直哉にも一応、実戦経験はある。それは、ほろ苦い思い出ではあったが。 結奈が直哉に語りかけてくる。 (兄さん、それでも私たちは選ばれたんだから。自信を持って仕事しよう?) (……おう! 自信は元々あり余ってるけどな!) 直哉は、コリマ校長の背後で、出来る限りのきっちりした姿勢を取った。 校長は空京に来ても、海京に異変がないか、超能力で見張り続けている。その負担を考えれば、やはり護衛は必要なのだ。 直哉は気付いていなかったが、グラウンド側VIPルーム近くの客席でも警備を行なっている者がいた。 アイドルコスチュームに身を包んだフィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)は、銃型HCや携帯電話で周囲の映像を撮るのに夢中に見える。撮影の合間に応援もしている。 「西シャンバラチーム、優勝めざして頑張ってくださいませ〜☆」 だがフィオナは、実はそうやって周囲を見張っているのだ。不審な人物がいれば、そのまま映像に収めてVIPルーム内にいる前原 拓海(まえばら・たくみ)に送信する手筈だ。 イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)も、出番前に他競技を観戦する選手を装って、東シャンバラユニフォームを着ている。 (外は暑いし……ジェラート食べるくらいは良いよね) イングリットは買ったばかりのジェラートをほおばった。 彼女も実は、VIPルームを狙えそうな場所の見張りを務めている。 さらに会場内各地にいるマスコットの中にも、警備をしている者がいた。 ゆる族ゆるやか 戦車(ゆるやか・せんしゃ)も銃を体に隠しつつ、不穏な動きをする者がいないかと目を光らせている。 そこに子供の一団がやって来る。 「わー、何こいつー?」 「かわいくねーなー」 わらわらわら。ゆるやか戦車は子供によじ登られる。 マスコットにとって定番の試練であった。 「降りるでありますよー」 「わーい! わーい!」 場所は戻って、VIPルーム。 「御飲物をお持ちいたしました」 クナイ・アヤシ(くない・あやし)が銀の盆に、カップを乗せて静かに入ってくる。 薔薇の学舎校長ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)と、彼と話すアラブ系企業の要人には、冷たいアイスコーヒーを出す。 冷やすと味が濃く感じられるため、甘みとコクがある豆を使うなど、飲んだ者に喜んでもらえるような心づかいが効いている。 なお、そのコーヒーを淹れたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だが、ウェイター役には見目麗しい方がいいだろうとクナイに任せて、彼自身はキッチンに待機している。 クナイはカップをテーブルに置きながら、何気なくジェイダス校長の胸を飾る薔薇を見る。ポケットに差された薔薇は、彼が禁猟区を施したものだ。 (何事もなく、お茶だけの出番でありますように) クナイはそう強く思い、話を続ける校長と企業人の側から離れた。 次いで、ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)にアイスティーを出しにいく。こちらも北都が、先輩のエリオから保証されている出来だ。 何気なくカップを受け取ったラドゥが、ふとその形に目を留める。 「このカップは?」 「早川様が『ラドゥ様に』と御用意されたものでございます」 カップはガラス製で、カボチャを象ったものだ。紅茶の色合いで、オレンジ色のカボチャのように見えている。 ラドゥは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)を見る。 「日頃のご助力には、感謝しています」 「……校長のパートナーとしての立場上、仕方なくやっている事だ。別に、貴様を思っての事ではない」 ラドゥは、プイと顔をそらしてしまう。 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はニマニマ笑いを浮かべる。 「もー。ラドゥってば、相変わらずツンデレさんなんだから☆」 「誰がツンデレか……」 ジロリとにらむラドゥ。 「ちょっとした冗談なのにー。僕だって呼雪と一緒で、感謝してるよ」 「〜〜〜〜〜」 ラドゥはとりあえず紅茶をノドに流し込む。 「あれ? ヘルがいるよー」 ヘルの耳に聞きなれた、間の抜けた声が響く。黒田智彦(くろだ・ともひこ)だ。 「智彦? なんで、ここにいるの?」 「ああ、そいつは俺が連れてきたんだ。お前が来るって聞いたから、会わせてやろうと思ってな」 空京大学生ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、智彦の後から現れる。ヘルは意外そうだ。 「へえ、ありがとう。筋肉君って、いい人?」 「気にすんな。いざって時にゃ戦力になってもらうからよ」 ラルクは、空京大学学長アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)とそのパートナーパルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)の護衛を務めている。 その為には、戦力は喉から手が出るほど欲しい。 かわいいボケボケ少年に見えて、智彦は実は怪力ゴーレム。十分な戦力だ。 ヘルは苦笑する。 「ちゃんと役に立つといいんだけどね。……智彦、元気にしてたかい?」 「さ……もごもご……にバージョンアップしてもらったー」 智彦が「砕音」と言おうとしたのに気付いて、ヘルがとっさに彼の口をふさぐ。それでもしゃべり続けるのは、相変わらずだ。 二人を見守るラルクに、パルメーラが心配そうに聞く。 「でも、彼の側についてなくていいの?」 ラルクはひょいと肩をすくめる。 「そりゃぁ、本当はあいつも連れてきてぇが、動ける状態じゃないしな。今回は『しっかり休んでろよ!』って寝かしつけてきたぜ。 ……で、あいつを受け入れてくれた礼もあるしよ。あんな、たっかい設備にいれてくれたんだから、こういう所で恩を返してぇだけだ」 ラルクは婚約者の砕音を受け入れてくれた空京大に恩を返そうと、今回、なんとしてもアクリトとパルメーラを守る決意をしていた。 パルメーラは安心した様子でほほ笑んだ。 「そっか。おとなしく寝てるなら、お土産買ってってあげなきゃね!」 「そーいや、そうだな。さすがにコリマ校長のクリスタルをちょろまかす訳にはいかねぇだろうし……」 ラルクは、アクリト学長と挨拶を交わしている、天御柱学院のコリマ校長を見た。 (砕音が、どうやってアレにパートナーや知識を封印してるのか興味、持ってるんだよなぁ) 「ろくりんくんの人形とか、ろくりんピックのペナントはどうかな? ……ラルクくん?」 パルメーラに無邪気に話しかけられ、ラルクはハッっとする。 「おう、記念になる物なんていいんじゃねぇか?」 ラルクは余念を払って、彼女とアクリトの周辺警備に集中する事にした。 薔薇の学舎のイエニチェリ黒崎 天音(くろさき・あまね)は、VIPだけでなく自身も顔を広げる場だと、人々の間をまわっていた。 (おや、あれは……見覚えのある顔だな) 天音は、金鋭峰団長と何事か話し終えて場を辞そうとしている男に話しかけた。 「黒犬さん、久し振りだね。仔猫が不気味がってたよ」 「普通、猫は犬を恐れるものと思うが? 失礼。急いでいるのでな」 男は足早にVIPルームを出て行ってしまう。 天音は近くにいた教導団員に「あの人は?」と聞く。 「第一師団憲兵科の灰 玄豺(フゥイ・シュエンチャイ)大尉です。スタジアムの警備も担当されています」 「ふぅん、大尉だったんだ……」 何事か考えこんだ天音に、樹月 刀真(きづき・とうま)が目を留め、歩み寄る。 「クイーン・ヴァンガードの樹月刀真です、飛空艇レースではどうも」 天音は彼に気付くと、差し出された手を握りかえす。 「ああ、君が御神楽校長と親しいクイーン・ヴァンガード特別隊員か。薔薇の学舎、黒崎天音。 飛空挺レースお疲れさま。うちのパートナーが悪い事をしたね」 天音の言葉に、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がボヤく。 「レースでは、お前がああしろと言ったのだろう……」 だが天音はそれを聞き流して、話を続ける。 「あれは君たちの作戦だったのかい?」 これには代わって漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が答えた。 「アレは作戦、実際陽太が一位を取った!」 先日の競技の話をダシに、彼らは情報を交換しあった。