空京

校長室

戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
戦乱の絆 第1回 戦乱の絆 第1回

リアクション

 アイシャへ会いに行こう〜独自行動〜
 
 
 深く暗い、森の中。
 冷たい風が吹いて、枯れ葉が舞い上がる。
 その赤と黄色の壁を切り裂くようにして、アイシャは姿を現した。
 
「はあはあはあ……もう、テレポートも隠れ身も、無理。
 しばらく休まなくきゃ……」
 きゃっ。
 小さく叫んで、つまずいた。
 木の根に足を取られたのだ。
 着の身着のままに出てきたのだ、運動に適した靴ではない。
 それは服装も同じこと。
「寒……」
 両手で我が身を抱きしめて、ぶるっと震わせる。
 立ち止まると、銃声や風の音が流れてきて、森は一層不気味に見えてくる。
「大丈夫。私には、女王様が……いつだって、女王様がついていて下さるもの……」
 ともすれば気弱になりがちな心を諌めて、アイシャは立ち上がった。
 さっきだって、助かったじゃない。
 どなたかは分からないけど。
 酸の霧で覆ってくれたり、聖なる光で助けてくれた。
 あれもすべては女王様の加護があってものだと、アイシャは考える。
「さあ、頑張って、アイシャ!
 ヴァイシャリーへ向かうのよ!」
 
 そう、自分には。
 命に代えてもやり遂げなければならない、
 大切な使命があるのだから……。
 
 だがそんな彼女の耳に、獣の咆哮が入ってきた。
 小動物かもしれないが、脅えた少女の耳には血に飢えた野獣の叫びにしか聞こえない。
「狼? どうしよう!」
 アイシャは、獣の脅威に震えあがる……。
 
 ■
 
 ……数分後。
 
 アイシャは森の木陰で談笑していた。
 彼女の傍にはイルミンスール魔法学校・生物部部長の鷹野 栗(たかの・まろん)羽入 綾香(はにゅう・あやか)の姿。
 栗の足元では、狼のミヤルスが気持ちよさそうに寝息を立てている。
 
「それにしても、ビックリしたわ!」
 アイシャは胸に両手をあてて、ホッと息をついた。
 恐怖が今になってこみあげてくる。
「ミルヤスが野獣ではなく、栗のペットでよかった」
「狼を見れば、誰でも慌てよう。
 人を探す時は、その点も配慮しなければならんのう? 栗」
 綾香がくぎを指す。
「でも、獣の嗅覚は侮れないですよ? 羽入さん。
 実際にこうして、アイシャさんと会えたのですから」
「私が『東シャンバラ国民証』を掲げて、身分を明かしたからじゃな」
 そうね、とアイシャ。
「でも、私も栗達と会えてよかったわ。
 ちょうど誰かとお話したかったところだったから」
 微笑ましい2人の様子を、彼女は眩しそうに眺めた。
 
「では、アイシャさんはヴァイシャリーに行きたいのですね?」
 こくんっと、アイシャ。
 意思を尊重したいから話を聞きたい、との願いを承諾した。その回答だ。
「でも、今出て行ったら、大変な目に会うと思うのだけど?」
「大変な目?
 帝国の方でもいるの?」
「ええ、というよりは、学生達が。
 特に東シャンバラはエリュシオンの命を受けて、血眼になって捜していますね」
 アイシャの顔色がサッと変わる。
「そなた、エリュシオンを出て、どうするつもりだったのじゃ?」
「ヴァイシャリーに……」
 栗達を巻き込んで、いいのかな?
 アイシャは一瞬迷っていたが。
「代王のセレスティアーナ様に、お会いしたいのです」
「セレスティアーナさん?」
 2人は顔を見合わせる。
「ええ。お2人はその、協力してくださいますでしょうか?」
「セレスティアーナさんは、私達東側の代王なのです。
 喜んでお引き受けしますよ」
 栗達は頷いた。
 羽入が制服のローブを脱いで、アイシャに渡す。
「寒かろう、それにそなたのその格好はちと目立ち過ぎる。
 これを渡すゆえ、羽織るがよい。
 森はこのような格好の者で一杯じゃからな」
「あ! ありがとうございます!」
 アイシャは丁寧に礼を告げて、ハッとした。
「そうそう、あなた達。
 こんな場所にいたら、獰猛な獣達に食べれられてしまうわ!
 早く安全な場所まで、移動しないと……」
 
 しかし、アイシャは2人を安全な場所まで導くことは出来なかった。
 直後に、別の獰猛な狼達に追われて、森の奥へと追い立てられてしまったのだ。
 
 ■
 
「さてさて、あたしの可愛い狼共は、獲物を連れてきてくれたかな?」
 アイシャは、無邪気な声に顔を上げた。
 そこには狼達の飼い主――茅野 菫(ちの・すみれ)が、力なくへたり込んだ彼女を挑発的に見下ろしている。
「アイシャは様々な理由から獣達の領域に入り込む――。
 あたしの読み勝ちじゃん!」
 あっはっはーと豪快な笑い。
 アイシャは警戒して、ローブを胸元でギュッと引き寄せる。
「それで、あなた。私に……何か用?」
「用? って言うか。
 あんたを逃がしてやろうと思ってさ!」
「私を?
 エリュシオンの追手から、逃れされて下さるの?」
 アイシャは一瞬喜んだ。
 が、胡散臭そうな提案に、眉をひそめる。
 逃がすためには、彼女の血が必要だというのだ。
「だ・か・らぁ、パビェーダに吸血させてくんない?
 チョットでいいのさ、頼むよ!」
 パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が吸精幻夜をするべく、アイシャを抑えにかかる。
 アイシャは焦って。
「吸血? どうして?」
「あんた、女王の力を宿してんだろ?
 力を持った者が2人になれば、囮にできる。
 どちらかが残れば、目的を達成するための『保険』にもなるじゃん!
 1人を西の、1人を東の大王のパートナーにする、てことも……」
「それは、つまり。
 私の力が目的、と言うことね!!」
 ひゅんっ。
 アイシャの姿は瞬く間に消えさった。
 
 ■
 
「あーあ、ひどい目にあったわ」
 
 アイシャはハアハアと荒い息で、木の幹に体を預けた。
 何て、鬼畜な人達だろう!
 栗達とは大違い、と考えて、アイシャはハッとした。
「……そうだわ! 栗達!
 無事に森を出られたのかしら?」
 栗? とアイシャは空に叫ぶ。
 2人を捜しかけて、結局止めた。
「栗達を危ない目にあわせては、いけないもの……」
 
 【蜘蛛女】ことシャミア・ラビアータ(しゃみあ・らびあーた)から命を受けたリザイア・ルーラー(りざいあ・るーらー)が、彼女の姿を補足したのは、直後のことだ。
 
 ■
 
「変ね?」
 アイシャは道々妙な気配を感じて、度々振り返った。
 
 いない――。
 
 確かに誰かに見られている気配はあるのに……。
 じっとりとまとわりつくような、嫌らしい視線で。
 ローブを胸元で引き寄せる。
「早く行った方がいいのかな?」
 変な人がいないとも限らないしね?
 ダッシュし始める。
 とたん、何者かに背後から抱きつかれて、アイシャは短い叫びと共にテレポートした。
 
「消えた?」
 シャミアは腕の中を見て、茫然とした。
 確かに、アイシャを抱きすくめて確保したはずなのだ。
 その証拠に、2つの胸の大きさも。
 はち切れんばかりの弾力だって……。
「取り逃がしましたの? シャミアさん」
「ふん、私の特技は『追跡』よ。
 逃がしゃしないもんね!」
 お宝のためぇ――っ!
 シャミアはアイシャの気配を探る。
 リザイアは特技の「方向感覚」と「捜索」を駆使して、再びアイシャの位置を捜し始める。
 
 ……しかし取り逃がしたアイシャは、2度と彼らの前に姿を現さなかったのであった。
 
 ■
 
「あなた方は?」

 はあはあはあ吐息を切らせつつ、アイシャは少女達に尋ねた。
 テレポートは体力切れで、数メートル先にしかできなかった。
 腕を引っ張って、木陰に匿ってくれた少女達を見上げる。
「私は夜薙 綾香。
 彼女はパートナーのアンリ・マユ。」
「パートナー?
 では、コントラクター……シャンバラの学生さんなの?」
 ええ、と夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は頷いた。
 アンリ・マユ(あんり・まゆ)は一礼すると、シャミア達の方へ向かった。
 あら、見失いましたの? と声が聞こえて、アイシャの顔が蒼くなった。
「大丈夫。
 利用しただけだ」
「利用?」
「そう、我々はあなたに会いにきたのだ。
 さ、こちらへ!」

「身を潜める?」
「ああ、しばらくの間だ、アイシャ。
 騒ぎが収まる間だけでも、どうだろう?」
 アイシャは目を丸くして、綾香を見上げる。
 ザッ、と足音。
 シャミア達と別れて、アンリが帰ってきた。
「まだ出ない方がよいですわ。
 シャミア達は諦めておりませんもの」
 アイシャは脅えて、無意識のうちにローブを引き寄せる。
「でも、私はヴァイシャリーに行かなくちゃ」
「ヴァイシャリー?
 龍騎士達が待ち構えているぞ!」
 相手は陸戦型、と綾香は顎先に手を当てる。
 このまま森を進んでイルミンスール方面に抜けてから、サルヴィン川を渡る……。
「……アトラスの傷跡。うん、そこがいいだろう!」
「あなた達は、どうして私を助けてくれるの?」
 アイシャは僅かに眉をひそめる。
「キミの力もだが、キミ自身にも興味があって、ね。
 良ければ一緒させてもらいたいな! なーんてね?」
 ふふっと綾香は笑った。
「力? そうだったの……」
 アイシャはスッと立つ。
「アイシャ?」
「綾香、同行はごめんなさい。
 さようなら」
 アイシャの姿は消えた。
 
 しまった!
 綾香は爪を噛んだ。
 テレポート――アイシャにこの能力がある限り、何人たりとて彼女を拘束することは出来ないのだ。
「私は、逃がしたかった!
 ただ、それだけなのに……」
 いかがしましょう? アンリが覗き込む。
「……鮪に連絡するのだ、アンリ」
 綾香は嫣然と笑った。
「使えるものは、使う。
 あんな男でも、弱ったアイシャを見つけ出すくらいには役に立つだろう」
 
 ■
 
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は、「根回し」で綾香と協力関係にあった。
 だから予定通り綾香からアンリを介して連絡が来た時、にやりと笑った。
「ふん、女狐がぁ!
 俺を出し抜いて、アイシャのパンツを独り占めしようなんて、10年早ぇぜぇ!」
 鮪にとっても、綾香との共闘は賭けであった。
 そして彼はこの瞬間、賭けに勝ったのだ。
「行くぜぇ、信長。
 アイシャを拉致って、パンツを頂きだぁ!」
 鮪は光学迷彩と迷彩塗装で姿を隠す。
 織田 信長(おだ・のぶなが)はあまり乗り気ではないのだが、鮪の後について行く。
 
「ヒャッハァ〜! アイシャ。
 エリュシオンのランジェリー事情に詳しい、と見たぜ!!」
「え? どなた?」
 アイシャは見えない鮪の手に突然抱えられて、ジタバタとあがいた。
 誰か! 助けて!
 アイシャは周囲を見渡すが、そこは鮪。
 信長が逃走しやすい方角を示すせいで、障害はない。
 何しろ、「殺気看破」を使っている。
「私を、どうしようというの?」
「決まっている!
 お前のパンツは、俺のもの。
 パンツ奪って、女王の秘密とやらを暴いてやるぜぇ!」
「パ、パンツ!? 私の?」
 アイシャはスカートを押さえて、悲鳴を上げた。
「いやぁあああああああああっ!
 変態っ! 近づかないでえええっ!」
 ボンッ!
 アイシャは、ピーを集め最大出力にした光術を鮪目掛けて放つ。
 
 鮪は星になってしまった。
 
 消えたアイシャの後を見つめて、信長は盛大に溜め息をつく。
「これで、エリュシオンについて分かる手掛かりはなくなった。
 いやはや、残念だ……」
 木々の間を抜けて、綾香に事の顛末を報告に行くアンリの姿がある……。
 
 ■
 
 ……鮪の魔の手(?)から逃げたアイシャは、森の中を彷徨っていた。
 途中に倒れた兵士の姿があった、既に息はない。
「ごめんなさい。
 ちょっとだけ、疲れちゃったから……」
 首筋に歯を当て、血をすする。
 ごくごくと一気に飲んで、ローブの袖口を使おうとして止め、片手で口元を拭った。
「これは、大切にしなくっちゃ!」
 体力を回復させた彼女は、今度は「隠れ身」を使って移動し始める。
 森の中で会った大半の学生達は、自分の「力」が目当てだった。
 捕まったら、何をされるか分からないのだ!
 
 アイシャが「隠れ身」を使って、森を移動し始めた同じ頃――。
 彼女の情報で優位に立つ「西シャンバラ」側は、少ない目撃情報を基に、彼女の下へ迫りつつあった。
 
 西側の先兵たちが、少女を補足する――。