空京

校長室

戦乱の絆 第2回

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戦乱の絆 第2回
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リアクション



東西・承前


 ヴァイシャリー郊外にある、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の私邸。

 広い敷地に城と表現して差し支えないほどの立派な館は、宮殿として使われるべく候補に挙がっていた場所のひとつだった。

 その敷地の外側には、ヴァイシャリーの地の利を生かした、侵入者を防ぐ水堀が巡らされ、正門の前、堀の内側と外側を繋ぐ橋は、城塞としてなら跳ね橋であることがセオリーだが、ヴァイシャリーの景観に相応しくない、と、美しい彫刻の施された石の橋が架けられている。
 堀の内側には、城壁と呼ぶほど豪壮ではないにしろ、容易くは越えられない高さの塀があり、均等間隔にある柱には人が立てるようになっていて、簡易的ながら、外敵を迎え撃つことを想定されていた。

 百合園学園生徒会執行部『白百合団』副団長であり、東シャンバラのロイヤルガードを統べる立場にある神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、アイリス・ブルーエアリアルから作戦指揮を一手に任され、2つある裏門を中心に、館を囲む塀の要所要所にリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)ホイップ・ノーン(ほいっぷ・のーん)らロイヤルガードを中心とした少数精鋭の部隊を配した。

 だが、裏の作戦はどうあれ、西の本隊は真正面から攻めてくるだろうと、優子は踏んでいた。
 西には、アイシャ救出という大義名分がある。
 それを翳すのは堂々と正面から攻めてこそだからだ。
 そして東側にも、表には出さなくても、密かに西側寄りの考えを持つ者も少なくないことを優子は知っていた。

「……だからこそ、ラズィーヤさんは静香校長を旗頭に出してくれたわけだが……」

 東側の生徒達の士気を上げる為に、あえてラズィーヤは戦闘に向かない桜井 静香(さくらい・しずか)を前線に送り出した。
 最前線で敵に襲われるような状況でも「みんな、戦いはやめようよ!」と怯えながらでも訴えていそうな静香ではあるが、その思惑が解ったので、優子も、突然のことに未だ状況が理解できていないように呆然とする静香を遠慮無く、護衛と共に門の外に配している。
「状況は、どちらかといえば不利だが……。
 時間を稼げれば」
 打開する策はある。と、優子は一人呟いた。

 布陣は、塀の内側に自分を始めとする精鋭、塀の外側、堀の内側に前線後衛、橋を越えた堀の外側に前線前衛だ。
 静香は、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)らに護られて、後衛の位置にいた。


 だが、そんな静香への処遇に不満を持つ者もいた。

「静香様もロイヤルガードなんだあ……。
 そうだよね、校長だもん。実はすごく強いんだよね!」
 純粋な憧れを伴ったミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)の言葉に、静香は苦笑するしかない。
「静香様の活躍を見てみたいなあ……」
 何だかもう、すごい期待をされている。
 一方でパートナーのアーミア・アルメインス(あーみあ・あるめいんす)は、これでいいのかなあ、と、何か間違っている気がするなあ、と、ずっと思い続けていたのだが、ミネッティがある意味ですごいやる気で、何だか口出し出来ない。
「……ミネッティさん」
 静香の苦笑の意味を知るロザリンドが、やんわりと口を挟むが。
「そっか。もうすぐに見られるよね。
 攻めてくる西は敵だよ! あんな奴等に負けるもんか!
 静香様、あたしも手伝う! 弱いけど何かできること、するから! 
 ほら、アーミアも手伝って!」
 何か用意してくる! とアーミアを引きずって走って行く。
 そんなミネッティに引きずられながら、できれば怪我人が出ないように、と、アーミアも出来るだけのことをしようと思う。
「……どうして、世界ってなかなか、噛み合わないのかなあ……」
「何か言った、アーミア?」
「ううん……」

 そんな二人を見送って、そんなことより、と、幼い外見の魔女、萌恵・コーニッシュ(もえ・こーにっしゅ)が静香を見た。
「ラズィーヤは一緒にいないのね」
「ラズィーヤさんが、こんなところに来るわけないよ」
 静香は苦笑する。
 つまらない、彼女の思惑を、近くにいて見極めておきたいと思ったのに、と、萌恵は溜め息を吐いた。
 パートナーの忍野 赤音(おしの・あかね)が、共に前線に立ちつつ、静香に苦言を呈した。
「ロイヤルガードは本来、代王の護衛をする為に結成されたものだと伺っているのですが」
 ロイヤルガードであるロザリンドの表情が僅かに動き、静香は苦笑して
「……そうだね」
と答える。
「それが、アイシャさんを護る為とはいえ、無益に戦っても良いものでしょうか?
 ましてや、一校の校長である桜井校長がむやみに手を出せば、東西の関係が悪化することは必至です。
 戦うというのならば、それはロイヤルガードではなく、私達一般生徒に課せられるべきことではないかと思います」
「……もう悪化はしちゃってると思うんだ……」
 静香は沈痛な気持ちで呟いた。
 東西が戦う。これを悪化と言わずして何だというのだろう。
「僕だって、皆にも、誰にも、戦って欲しくない。
 こんなこと、やめて欲しいよ」
 その言葉は、本当に途方にくれたようで、これから始まるだろう戦闘に怯えてもいて、……それでも。
「……なら、どうか戦う「形」だけにしていただきたいです」
 どうしても戦うことを避けられないのなら。
 汚れ役は自分達一般生徒が幾らでも負おう。
 赤音の言葉に、静香は悲しそうな顔をする。
「……でも僕は、校長ではあるけど、……そもそも百合園は、王宮に仕える人を養成しているからって……それに皆だけ危険にできないし」
 静香は、本当に困り果てたように、それでも、赤音に向かって微笑みかける。
 ぐっと言葉を失って、赤音は
「……解りました」
と言った。
 意見はした。あとは、できるだけ静香の手助けをするだけだ。
 護衛のロザリンドは、そんな静香を見て、複雑な笑みを浮かべる。

 無理やりに近い形でこんなところに放り出されたのに、ラズィーヤも、誰をも、恨まない。
 怯えていながらもしっかりと前を見て、立ち向かおうと、使命を果たそうとする。
 ――そんなところにも、自分は、惹かれたのだろうと。


「ホイップさん、ロイヤルガード就任おめでと~!
 すごいね!」
 伏兵を憂慮して配置された、館裏手にある、通用口ほどの大きさの裏門近く。
 水の流れる堀を前に、カッチン 和子(かっちん・かずこ)はホイップを祝う。
「あ、ありがと」
 ホイップ・ノーンは小首を傾げるようにして微笑んだ。
 そのポケットの中には、和子の小さきパートナー、ゆる族のボビン・セイ(ぼびん・せい)が入り込んでいる。
 存在に気付かないくらい小さく、軽いので、ホイップの邪魔にはなっていない。
 万が一誘拐などされても、居場所が解らなくならないようにという策である。
 最も、有事にならなければ役に立たないので、今は昼寝と決め込んでいるのだが。
「でも、驚いた。いつの間に?」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)が訊ねた。
 ホイップの恋人である彼だが、彼女がロイヤルガードになったことを、今回のことで初めて知ったのだ。
 今回の作戦には色々と戸惑うこともあったが、今は、迷いを全て捨て、東シャンバラに属する者として、ホイップを護り抜く為に、ここに立っている。
「……私、十二星華だから。
 自動的にロイヤルガードになってた、って感じかな」
 えへへ、と、ホイップは少し困ったように笑った。
 彼女自身も、いきなりのことで戸惑ったりもしたのだろう。
 十二星華は元より、女王を護るための存在だ。
 入れと言われれば入るしかない。
 そうだったのかとエルは頷いた。
 ならば一層、自分が彼女を護ってあげなくては、と決意を新たにする。
「そうか」
 と、なるべく気楽な口調で答えて、笑みを浮かべてみせた。
「……どうしてこんなことになってしまったのでしょうかね……」
 だが、パートナーのホワイト・カラー(ほわいと・からー)は、そんな2人を見ながら、ひっそりと独りごちた。
 エルは迷いを捨てたようだが、それでも、そう思わずにはいられない。
 東にも西にも、友人がいる。
 戦うことに気が進まなくても、状況が変わるわけではない。エルはそう言って、何より大切なのは、ホイップを守ることだ、と参戦を決意したのだ。

「……そっかあ」
 和子も、ホイップの言葉に、決意を新たにしたような口調で言った。
「あたしもやっぱり、女王様のこと、ちょっとは真面目に考えないと駄目だよね」
 契約者、ということで期待をされているはずだ。
「イルミンスールの為にも、頑張らないと! うん、一緒に頑張ろうねっ!」
 ホイップの両手を取って言う。
「うん!」
とホイップも頷いた。
 でも本音は、と、和子はホイップの笑顔を見て思った。
 ホイップさんと楽しく暮らせる世の中を目指す。……なんてのは、駄目かな?
 ちら、とエルを見る。
 エルもきっと、同じことを考えているはず。だからいいよね。
 うん、と一人もう一度頷いた。

 そっとホイップに手を差し延べたエルが彼女を抱き締めて、空気を読んだ和子はおっとっと、と後ろを向く。
 エルはホイップに軽くキスをして笑った。
「元気を貰った。ありがとう」
「……うん」
 頬を染めながらも、ホイップも微笑んだ。


「なぁに。ボクに何の用」
 怪訝そうに訊ねたシャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)に、ロイヤルガードのジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は苦笑した。
「何の用も何も。
 同じ東側だろ。協力しあった方がいいだろう」
 共闘しよう、という誘いに、シャムシエルは一層胡散臭そうにジークフリードを見、笑った。
「よっく言うよね。ボクのことなんて信用してないでしょ?」
 それはそっちも同じだろう、とジークフリートは思う。
 共闘しようというのは勿論建前で、その実は監視しようと思っているのだ。
 混乱を極めるに違いない戦闘の中、深くエリュシオンと繋がるシャムシエルが何をしようと考えているのか解ったものではない。
「ま、好きにすれば~」
 説得の言葉を考えていたジークフリートに、シャムシエルはあっさり言ってスタスタと歩いて行く。
 布陣などは気にせず、戦いが始まるまで、気ままにブラブラしているつもりのようだ。
 誰を殺そうとするかもしれない。その時は、必ず止める。
 そう思いながら、ジークフリートは、パートナーのノストラダムス・大預言書(のすとらだむす・だいよげんしょ)と共に、シャムシエルに続いた。




 一方、金 鋭峰(じん・るいふぉん)率いる西シャンバラの部隊は、目的地であるヴァイシャリーの館に着々と近づきつつあった。
「……あの、団長」
 戦いが始まる前に、どうしても言っておきたいことがあって、森乃 有理子(もりの・ありす)は、鋭峰に申し出た。
 厳密には、
「金ちゃんにはビシッと言っとかないと!」
と息巻いているのはパートナーの魔女、テレス・トピカ(てれす・とぴか)で、自らも色々思惑はあるものの、取りあえず有理子は付き添い、という形だ。
 お話が、と言った理子に、鋭峰は先を促し、
「お忙しいところ、ありがとうございます」
と目通りさせてくれたことに感謝する。
「堅っ苦しいことはどうでもいいの!
 ボク、忘れてないよ。
 リンデちゃん……アムリアナ様に、教導団はシャンバラの剣であり盾として女王陛下に忠誠を誓う、って言ったよね?」
 それなのに、今の教導団は何だろう。
 シャンバラの民としては納得できない。
「アムリアナ様を大事に思ってる人は、ボクだけじゃないよ。
 もし彼女が帰ってこないようなことになったら……そんな判断を金ちゃんがしたら、絶対に許さないから!」
「あ、あの、すみません。失礼なことを」
 興奮しつつあるテレスをフォローするように、有理子が慌てて口を挟む。
「構わぬ」
 恐らく、どこからかそういう声が上がることは予測できていたのだろう、鋭峰は特に機嫌を損ねなかった。
「……ですが、あの……」
 だが、有理子も、思いは同じなのだ。
 あの誓いとは裏腹に、教導団が地球権力の犬となってしまっているように思えて仕方なかった。
「……正直、私も、失態を挽回せずに勢いづいている教導団の姿には、反感を覚えています」
 側で鋭峰を護衛する羅英照と李 梅琳(り・めいりん)が、むっとしたように有理子を睨みつけた。
 教導団の生徒であれば、誰もそんなことを彼に言わない。
 他学校の生徒だからこそできることだと他の教導団生徒も、その怖いもの知らずさに唖然としつつ成り行きを見守る。

「アイシャ殿の存在は、アムリアナ陛下が望んだからあると考えている」
 ちらと周囲を見渡した後、鋭峰はそう口を開いた。
 ――もしも仮に、この先、アイシャの命を優先する為に、アムリアナ女王の命が失われるような選択が生じた時。
 それは、アムリアナ女王が、自らの命よりもアイシャの命を優先して欲しいと願ったということだ。
 それに、と、鋭峰は、この場でその先を口にすることを憚る。
 最悪、それがアムリアナでなくとも、国家神が誕生すれば、完全な建国が成せるのだ。
 ならばそれを成せる選択を優先すべきで、それこそが、アムリアナ陛下も望んでいることだ、と、彼は考える。

「事態は目まぐるしく動き、先の事件を省みる間もなく、次の事件が降りかかる」
 傍らに控えていた関羽・雲長(かんう・うんちょう)が代わりに口を開いた。
「失態の挽回は無論大事だが、それで今目前にある事態を疎かにはできぬ。
 速やかに手を打ち、今を打破してこそ、先の反省、挽回にもなり、また来するであろう次の事態を、失態なく進められることにも繋がろう」
「……それは、そうですが」
「留まっている猶予は無い。我々は急がねばならぬ」
「……はい」
 胸の内には晴れないもやもやが残っていたが、言える言葉も見つからず、有理子は頷いて下がる。
「……関羽」
「出過ぎた真似を致した」
 じろりと睨み付けた鋭峰に、関羽は目を伏せる。
「……いや、いい」
 ふっと息をついて、鋭峰は前方へ目をやった。


「シャムシエルが、団長を襲撃してくるということはないでしょうか」
 懸念していたことを、エミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)のパートナーである魔女、コンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)に伝えた。
「……そうでしょうか」
 ティセラはふと考え込む。
「そうなった時、私達では力不足かもしれません。
 あなたに、彼女をマークしておいて欲しいのです」
「わかりましたわ」
 ティセラは頷いた。
「団長様には、関羽様もついてらっしゃいますし、わたくしは、彼女はそこまで浅はかではないと思うのですけれど、注意しているにこしたことはありませんものね」
 ティセラは、シャムシエルがここまで攻めこんで来ることはないと踏んでいるようだ。
 だが、コンラートの要請には快く頷く。
 それに安心して、エミリアとコンラートも鋭峰の護衛につくことにした。


「パッフェル。おなか減ってないかい?」
 そう言って差し出した、七刀 切(しちとう・きり)からのチョコレートを、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)はきょとんとした顔で見つめた。
 それから、その手からチョコレートを受け取って
「ありがと」
と礼を言う。
「チョコ、好き?」
「甘いものは嫌いじゃないわ」
 一粒取り出して、ぱくりと口に含む。
 やったぜ好印象!? と、内心でガッツポーズを取る切を後ろから見つめて、パートナーの魔鎧、黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が、その気合いに軽く引いていた。
(何だか、切のヤル気がいつもと違う気がするが……気のせいか?)
 まあ何にせよ、切はパッフェルと共に戦うことを決めたらしい。
 自分は彼と共に戦うだけだ。
「パッフェルはさ、何のために戦ってんの? やっぱり、仲間や友達のため?」
 次の一粒を取り出して食べるパッフェルに、切は訊ねる。
「そうよ」
と、パッフェルはあっさり答えた。
 特にセィニィやティセラのためなんだろうなあ、と切は思うがそこは訊ねない。
「それなら、わいと一緒だな」
 そう言って差し出された手を、再びきょとんとパッフェルは見つめる。
「何?」
「握手。一緒だから」
 首を傾げたものの、パッフェルは握手に応じる。
 そして、気に入ったらしく、再び無心にチョコを食べ始めるパッフェルを見て、彼女の言う友達の中に、自分も入れて貰えるように頑張ろう、と、切は思った。