空京

校長室

選択の絆 第三回

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選択の絆 第三回
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リアクション


ネフェルティティと「隠し子」

ネフェルティティのことを、
以前よりずっと妹のように思っている、
橘 柚子(たちばな・ゆず)
木花 開耶(このはな・さくや)は、
万魔殿を進むなか、ネフェルティティのことを気づかう。
(皆に、ネフェルティティの事を好きになって欲しいし、
ネフェルティティにも信頼できる人達をたくさん作ってあげたい。
そのためにできることをするのも、『姉』の役目や)
柚子はそう思っている。

「そういえば、
深空(みそら)ちゃん、髪ん色染めたんどすか?
前は、綺麗な赤毛やったけど、ずいぶん、雰囲気変わったなあ」
開耶の言葉に、
「深空(みそら)」と呼ばれたネフェルティティは柔らかく笑む。

「以前も、ゴアドー島のパーティーでも姿が変わったことを
ご指摘いただきましたが、
おそらくは、日本と結びつきの強いシャンバラ女王となったことから、
外見が日本人的になったのだと思います。
髪は染めたのではなく、自然とこの色になりました」
「へえ、不思議なこともあるもんやね。
でも、今の姿も、日本人形みたいでかわいらしいわ」
「ありがとうございます。
姿は変わりましたが、開耶さんや柚子さん、
大勢の方々が、私のことを助けてくださったということは覚えていますよ」

そんな会話が交わされる中。

ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)は、
妹の様子を遠目に眺めながら、
決意を固めようとしていた。
(仕事として受けた、週刊誌の取材を完遂しなければ。
それに、もし、本当に、ネフェルティティに隠し子がいるのだとすれば……)

そんな様子のジークリンデに、
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が声をかける。

「付かず離れずの護衛で無い限りは少し距離を置き身を隠し、
広い視野を持って行うのも手でござる。
襲撃の妨害さえできれば良いでござる。
なぁに、話したき事は
どうしても合流してしまうタイミングで行えば良いでござるよ。
敵の攻撃より守った後は合流せざるを得ぬでござろう?」

鹿次郎のパートナーである姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は、
ジークリンデの心が楽になるようフォローをする。
「姉として子の父親が誰か問い但し知る事は、
何もおかしい事ではございませんわよ。
むしろ常識!
……わたくしも気になりますし」
強く断言した雪に対し、
ジークリンデがうなずく。

「そう、ですよね。
ネフェルティティが、
もし、本当に子どもを一人で育てているのであれば大変ですし……」

「拙者は約束したでござるよ。
必ず、おぬしの力になると。
拙者たちも、できることがあれば何でもするでござる」
「ありがとうございます。鹿次郎さん」
そう言って、ジークリンデに笑みを浮かべた鹿次郎だったが。
「この協力へのご褒美はかつての約束を果たして下さればOKでござる!
巫女装束を着用して下されば!
正月は目の前でござる」
「え、巫女装束、ですか?
私、そんな約束したのでしょうか?
よく覚えていなくて……」
「それはよいのでござる。
巫女装束さえ着て下されば!
それで尚且つ拙者とイチャイチャして下されればッ!」
ジークリンデに迫る鹿次郎に、雪がぼそりと言って釘を刺す。
「約束は仕方なくても行き過ぎは
うっかりエメネアさんに話してしまうかもしれませんわねー」
「そ、それだけは勘弁でござる!」

想いを寄せている相手である、
エメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)の名前を出され、鹿次郎が慌てる。

そこに、
早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)
鳥っぽいゆる族、メメント モリー(めめんと・もりー)がやってくる。
あゆみやモリーも、
ダークヴァルキリーだった頃からネフェルティティをよく知る者たちである。

「ジークリンデさん、デリケートな話かも知れないけれど、
ネフェルティティ様が何か大変な秘密を抱えていらっしゃるなら、
微力でも支えて差し上げる事も出来るでしょう。
依頼という部分もあるかも知れないけれど、
それ以上に大切な事もわかるかも知れないし」
「うん、思い切って赤ちゃんのことを聞いてみようよ」
「そうですね。
いつかは確認しなければならないことですし……。
こんな状況だからこそ、早めに知っておかないといけないですよね」

ジークリンデは決意を固め、
あゆみやモリーたちとともに、ネフェルティティの元へとやってくる。

【西シャンバラ・ロイヤルガード】の、
度会 鈴鹿(わたらい・すずか)と、
パートナーの織部 イル(おりべ・いる)は、
ロイヤルガードとして、ネフェルティティの護衛にあたっていたが、
ジークリンデたちが緊張した面持ちで来るのを不思議そうにする。
「ジークリンデ様……?
どうかなさったのですか?」
「おや、あゆみ殿もかえ?」
鈴鹿とイルは、あゆみたちが同じような雰囲気で同伴しているのにも首をかしげた。

ジークリンデとあゆみは目を見合わせた。
モリーが、努めて冷静に話を進めようと口火を切る。
「ネフェルティティ様は、
即位されてからお身体に変化が多いそうですが、
体調等は大丈夫ですか?」

「さきほど、髪の色が変わったというお話もしていましたが、
そのような不思議な感じでの変化はありますけれど、
特に不調ということはありませんよ。
ただ、不思議な感じがするんです」
ネフェルティティの返答はあっさりしたものだった。

ジークリンデは、
鹿次郎に後押しされつつ、思い切って訊ねる。
「ネフェルティティ……あなた、子どもがいるんじゃないですか?」
「子ども……?」
ネフェルティティはきょとんとした表情を浮かべた。
「私、あなたに隠し子がいるという話を取材するように、
雑誌社から依頼を受けてしまったんです。
それで、『隠し子』の噂を知りました。
その仕事のこともありますが、
それ以上に……姉として、あなたのことが気になるんです。
記憶はないけれど、あなたのことがとても大切なのは確かです。
父親が誰かだけでも教えてもらえませんか?」
「え、待ってください、姉さん?」
真剣なジークリンデの問いかけに、
ネフェルティティは戸惑いの表情を浮かべた。

「ジークリンデ様、お待ちください。
突然、どうなさったのですか?」
「即位後、ネフェルティティ様のお体には、何ぞ変調が現れているという。
しかし、だからと言って……」
鈴鹿とイルが、ジークリンデを諌めようとする。

そこに、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も飛んでくる。
「こんな大変な時にごめんなさい!
でも、どうであれ真相が分かれば、
モヤモヤを吹っ飛ばして皆の心を一つにできるはずだよ」
レキが、ジークリンデを応援するように言葉をつなぐ。
「それにさ、『隠し子』って次代の女王様になる人かもしれないし。
力を持った誰かの生まれ変わりかもしれない。
その為にもハッキリさせておいた方がいいと思うんだ。
父親が強い力の持ち主……例えばドージェとかだったりしたら凄いよね」
「え、子どもの、父親?」
「そうです。
せめて、父親が誰なのか、教えてくれませんか?」
ネフェルティティにジークリンデが続ける。
「……で、誰なの、ですか?」
レキが、女王であるネフェルティティ相手に、
なるべくがんばって敬語を使おうとしながら訊ねる。
「いえ、その……私には身に覚えが」

戸惑うネフェルティティをかばうように、
ジークリンデを止めに入ったのは、
【東シャンバラ・ロイヤルガード】であり、
パラ実の生徒会長でもある、姫宮 和希(ひめみや・かずき)であった。

「今はそんな話してる場合じゃないだろ。
それに、ネフェルティティが望まないのに無理強いしたり、
本人から話してくれるならともかく、嫌がるのに無理やりってのはよくないぜ」

「うむ。パラ実の校長ともなった人が覗き見趣味とはいただけない。
週刊誌の依頼ではなく、
話を聞く必要があるのであれば、個人的に聞くべきではないか。
そして、そのことは、むやみに世間に広めず、胸にしまっておくべきだ」
和希のパートナーのガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)も、
ジークリンデに、パラ実校長としての在り方を説く。
「これからは、パラ実生の規範となるよう、
言動や仕事も考えてもらえないだろうか。
シャンバラの復興作業や、
イリヤ分校での農作業などをやってはみないか」

和希やガイウスの制止を受けて、
ジークリンデは、真摯な表情で言った。
「たしかに、そうですね……。
しかし、この仕事は一度受けたからには完遂しなくては。
それが、私のフリーターとしての責任だと思うんです。
その後は、おっしゃるとおり、パラ実校長の仕事を頑張りたいです」
「そうは言うけどよ、
ネフェルティティは話したくないみたいじゃねえか?」
そう、気づかう和希だが。

レキのパートナーのミア・マハ(みあ・まは)が、
眼鏡に手を当てて、冷静に指摘する。
「隠し子というか、
赤ん坊ならばネフェルティティの契約者が
捨てられた赤ん坊ではなかったか?
もしかしたら、我々は噂に踊らされているだけかもしれん」

「私のパートナーですか……?
私のパートナーは、
理子さんとセレスティアーナさんだけのはずです。
でも、何か、大切なことを忘れているような……
私がかつて、手を伸ばした先にいた……」
ネフェルティティは、混乱しているようだった。
「あの時、私は……」

そこへ、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が進み出る。
「最近巷で女王の隠し子の噂を聞いています……まさかとは思いますが、
それは女王自身ではないでしょうか?
ゴアドー島での光条世界への先遣隊のパーティーの時に聞いたガラガラの音や
赤ん坊の様な返事、
手に持たれていたおしゃぶり……あまりにも不自然です」
「ゴアドー島でのパーティー前に不安定な存在だという事は拝聴したが、
まさか……
女王の力を使いすぎによる幼児退行、
あるいは幼児の姿こそ女王陛下の本当のお姿ではないだろうか?」
麗華・リンクス(れいか・りんくす)が、優希の言葉を引き取って続ける。

「私の本当の姿……?」
「そうや、深空ちゃんのことや!」
「深空ちゃんが深空ちゃんだったときのこと?」
柚子やあゆみの発言に、モリーが補足する。
「それじゃなんのことかわからないよ」
モリーは、ネフェルティティが、ダークヴァルキリーだった時に、
地球人の赤ん坊と融合してしまった話を説明した。

「私の中に、赤ちゃんが、融合……?」
そう、言葉にするとの同時に。
ネフェルティティは、
空京のネットカフェに捨てられていた、赤ん坊のことを思い出す。

「……たしかに、あの時、私は、
自分の存在を、この世界につなぎとめようとして……、
そこにいた、誰かに向かって手を伸ばしました……」

それと同時に、ネフェルティティは胸を押さえる。
何かが強く脈動したような感覚を覚えたのだ。
契約者たちは、ネフェルティティ“たち”を心配そうに見つめる。

「……私の身体の中に、
誰かが……小さな命が存在していたんですね。
ずっと、忘れていました。
……ごめんなさい」

ネフェルティティは、
自分と同化していた赤ん坊のことを思い出し、静かに涙を流した。

ジークリンデを、周囲の契約者たちが、そっと背中を押す。
ジークリンデは、優しく、ネフェルティティを抱きしめた。
また、あゆみや柚子たち、
ネフェルティティを妹のように思っている契約者たちも、
ネフェルティティを一緒に抱きしめた。

落ち着いたころ、優希はネフェルティティに申し出る。
「私は、六本木通信社所長として、
ネフェルティティ女王に、戦いについての決意表明を取材させていただきます。
他の報道機関にはその内容をお渡しして、
今、ここで交わされたお話は、けっして公表しません」
友人たちが差し出してくれたハンカチで涙をぬぐったネフェルティティは、
毅然とした表情を浮かべていた。
「お気遣い、ありがとうございます。
ただ、私は、無事帰ったら、このことを公にするつもりです」
「え、どうしてですか?」
「そのようなことをして大丈夫なのですか?」
優希や、鈴鹿たちが口々に問いかけたが、
ネフェルティティは答えた。

「私はシャンバラ女王です。
シャンバラの皆さんに隠し事はできません。
それが、公人たる女王の責務です。
また、このままでは、
この先、私と赤ちゃんの同化は更に進むことになるでしょう。
早急に手立てを考える必要があります。

それに……可能ならば、私はこの子をこの世界に再び生み出してあげたい」

「そんなことが可能なのですか?
女王の力を引き継ぐ時も、
あなたは今のように、簡単なことのように言いましたが、実際には……」
驚くジークリンデに、ネフェルティティは微笑を浮かべた。
「これは、もともと、古王国時代、
大地母神の役割を担っていた私に課せられた使命です。
ですから、姉さんは、いえ、姉さんこそが、
このことを、皆さんに伝えてください」
ネフェルティティは、ジークリンデの雑誌記事掲載の承諾をしたのだった。

「……わかりました。
それなら、リコの会社、
広告代理店リコルートも、きっと協力してくれるはずです。
メディアとして、きちんと、シャンバラや国外に公表するのに、
ふさわしい場を設けてもらえるでしょう。
そうと決まれば、あなたと、あなたに同化している子を、
私は必ず守ってみせます」
ジークリンデも、ネフェルティティの手を取り、
強くうなずいた。

「ネフェルティティ様の心身をお守りするのが、
ロイヤルガードの務めです。
私たちも力を尽くします」
「よし、ネフェルティティたちを改めて全力で守って行こうぜ!」
「うん、女王様だけにがんばらせられないもんね!」
鈴鹿や和希、レキたちもうなずき、
一行は、
あらためて、
ネフェルティティを皆で守っていくことを宣言したのであった。