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空賊を倒せ!

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空賊を倒せ!

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第3章 出航後しばらくしてから起きたこと


 この飛行船には、大規模な作戦室が設けられていた。本来使用する飛行船にはなかった設備である。
 せっかくだからということで、有志でこの作戦室を利用し、空賊対策について作戦会議を行うことにしたのである。しかし会議開始早々、その作戦内容を巡って対立が起きたのであった。

「これが最善策よ。譲ることはできないわ」
 感情に乏しい静かな口調で発言するのは、ヴァルキリーのセラ・スアレス(せら・すあれす)だ。
「空中戦は敵の十八番。相手が甲板に降りたところを叩くのが最も効率的よ。そのためにみんなは物陰に隠れておいて、甲板を無人の無防備な状態として晒し、空賊を誘い込むのが有効だわ」
「なんだよ? そんなコソコソとした戦い方しなきゃ勝てないほど、俺たちは弱いってのか?」
 セラに対し、語尾を荒げる銀髪の男子生徒がいた。レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)である。
「ソルジャーたちのスプレーショットなら、甲板から有効打を与えられるはずだぜ? 甲板戦力も最初から徹底抗戦するべきだ!」
 今ここで争点となっているのは、空を飛ぶ手段を持たない、いわゆる甲板組の戦闘方法である。
 セラの主張するように空賊が甲板へ降りてきてから攻撃を仕掛けるのか、あるいはレイディスの言うように、空中にいる間から射撃などで応戦するのか。

 会議室に集まった者たちの意見も、ほぼ二分されていた。
「僕は、甲板からの援護があると嬉しい……かな」
 黄色のツインテールが目立つ剣の花嫁月守 遥(つくもり・はるか)が、ぽつりと呟く。
 空中戦を行う者たちの意見は、ほぼ彼女の言葉に集約されていた。彼女らにとって甲板からの援護があった方が圧倒的に有利なのである。
「やっぱりそう思うよな? 空中戦、甲板戦の二段構えじゃ、各個撃破されるのがオチだぜ?」
 勝ち誇ったように言うレイディス。
「だけど、この船の甲板の広さでワタシたちの守備位置をさらけ出していたら、誰もいないところに降りられて船内に侵入されてしまうに決まっているわ」
「隠れていたって、敵の降下場所をカバーできるとは限らないだろ」
「でも、可能性は高い――」

「はい、そこまでです」
 セラとレイディスの言い争いを、遮る声があった。会議の参加者たちは、一斉に声の主の方へ視線を向ける。
「敵は空賊、です。味方同士で言い争いをしていても仕方ない……でしょう?」
 教導団の軍服に身をまとった彼の名前は、黒崎 匡(くろさき・きょう)。そのすぐ側には、純白のドレスを着た、いかつい大男を従えている。
 匡が飄々とした視線で一同を見渡すと、ついさっきまでざわついていた室内が、シンと静まりかえる。このコンビの異様さ、そして醸し出す威圧感に気圧されたのだ。
「……自分、黒崎匡やろ? そして後ろにいるのがパートナーのレイユウ・ガラント(れいゆう・がらんと)か」
 会議室の隅っこにポツリと立っていた浮浪者風の男子生徒――井上敏道が、ニヤリと笑みを浮かべながら匡へ視線を向ける。
「ええ、その通りですが……よくご存じですね」
「オレはあちこち旅してるさかいに、色々な情報が入ってくるんや。白い海賊を従えた、黒き名を持つ軍師。アングラなとこでは割と有名や」
 敏道の言葉に、レイユウはフゥと大きくため息をつく。
「匡、お前は本当、目立ちすぎなんだよ」
「おかしいですねぇ。目立たないように努力していても、目立ってしまうなんて――」
 匡は、やれやれと肩をすくめる。
「そんなことよりも、とっとと会議再開しようぜ?」
「そうよ。仲間同士で言い争いしていても仕方がないことはわかるけど、作戦が決まらなければ身動きが取れないじゃない――」
 さっきまで舌戦を繰り広げていたレイディスとセラに、黒軍師に対する共闘関係が生まれる。
「ああ、作戦ですか? そんなものは必要ないですよ。皆さん、好きなようにやればよろしい」
「好きな、ように……ですって!?」
「はっ! お前なに言ってるんだよ!」
 あまりにも無責任な答えにふたりは憤るが、それを諫める者があった。
「まあまあ、話を聞いてみても、良いんじゃないかのう?」
 蒼空学園の制服を着た小柄な少女ではあるが、その口調は老人のようなものである。彼女の名は、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)。大魔女になることを夢見るウィザードだ。
「そういうお前さん、匡の言いたいこと、実は大体わかってる感じじゃねぇのか?」
 セシリアに対し、レイユウは試すような視線を向ける。
「……さすがというか、黒と白のおふたりにはお見通しのようじゃな。つまりおぬしらが言いたいのは、こんな寄せ集めの集団で全体の統率を執ろうとしても無駄なことだ……ということじゃよな?」
「ええ、その通りです。貴女は聡明な女性のようですね」
 匡は口の端を持ち上げ、歯をキラリと光らせる。
「寄せ集めで統率を執ろうとすれば、動きがぎこちなくなり、逆に敵に狙われます。連携をとるのであれば、このような場でなく、事前に綿密な打ち合わせをしておくべきですね」
「まあ、海賊のように仲間同士の確固たる信頼があるのならば、話は別になってくるがな」
 匡の言葉を引き継ぎ、レイユウはワッハッハと豪快に笑う。
「そういうことじゃ、レイディス。私らは私ら『獅子小隊』として連携をすればいい。他の者たちは他の者たちで好きにやればいいのじゃ」
「あ、ああ……」
 レイディスは頷く。そう、セシリアとレイディスは、この日のために結成された『獅子小隊』の一員なのである。
「わかったわ、私たちも好きにやらせてもらう」
 セラも、その場は納得し、矛先を下ろした。
 黒軍師の活躍によって、会議はどうにか円満に収束したのである。


「はい、次の人どうぞ――」
 藤原すいかのパートナーイーヴィ・ブラウン(いーびー・ぶらうん)は、やや疲れ始めていた。ご自慢の前髪ぱっつんロングも毛先に乱れが見え始めている。
 彼女がなにをやっていたかというと、ダミー箱に潜伏し敵を迎撃しようという者たちへの対応であった。
 本来であればこれは、船倉を取り仕切る香取翔子の役目なのであるが、出航前からフル回転していた彼女を少し休ませてあげたいということで、たまたまその場にいたイーヴィが代役を引き受けたのである。
 そもそもなぜ、彼女がこの場にいるのかといえば、まさに今、甲板で日向ぼっこを楽しんでいるであろう、すいかから「本物の木箱の見分け方、下で待機して聞いておいて」と頼まれたからに他ならないのである。

「もしもし、係の方。聞いているでありますか?」
「あ、申し訳ありません。少しぼーっとしていたわ……」
 イーヴィは姿勢を正し、目の前に立つ人物金住 健勝(かなずみ・けんしょう)への対応を始める。
「自分も箱に入り、囮となりたいであります!」
「わかったわ。それじゃあ、こちらの箱へどうぞ。……ええっと、後ろのあんたも箱志願者?」
 イーヴィは健勝の背後に立つ女生徒へ視線を向ける。
「――あ、いえ。私は健勝さんの入る箱の、見守り係……ですので」
 健勝のパートナーレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)は、かわいらしく首をフルフルとさせる。
「見守り係なんて、ラヴラヴね。あー、私にもどこかにラヴが転がってないかしら。すいかと一緒にいる限り、宝物も男性も、どちらも遠のいていくような気はするけれども――」
「見守り係なら、僕と同じだな」
 別のダミー用の箱の側に立つリア・ヴェリーが、会話に混ざってくる。
「……まあ、僕はこんな箱のお守りなんて、あまり乗り気ではないが」
 そう言って箱をひと蹴りするリア。中からパートナーのうめき声が聞こえるが、彼は特に気にした様子もない。
「ああ、自分と同じ作戦の方がいるのでありますね! それならば、自分も、その近くに固まって配置して欲しいであります!」
「密集配置ね。ええ、わかったわ……」
 こうして、船倉に人の入ったダミー木箱が、また一個増えるのであった。
 今はベッドで休んでいる木箱班長がこのことを知れば、きっと嬉しく思うに違いない。


 場所は変わって、厨房。
 ここにまたひと組、遅れてやってきた訪問者があった。
「はぁ〜、やっとお台所に着いたですぅ」
 のんびりとした口調の彼女は、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)。百合園女学院の学生である。
「メイベルちゃん、歌いながら歩いているから迷子になっちゃうのよ」
 そんなメイベルに付き従っているのは、彼女のパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)だ。かわいらしいメイベルに比較して、端整な顔立ちが特徴的である。
「でもぉ、お歌を歌わなければ歩いていて元気が出ないんですぅ」
「まあ、ちゃんとたどり着けたんだし、ヨシとしましょうか」
「ええ、そうですぅ」
 ニッコリと微笑むメイベル。
「せっかく素敵な作戦を思いついたんですから、実現させないといけないですぅ」
「メイベルちゃんの作戦、なかなかのグッドアイディアだと思うわ」
 メイベルの考えたついた作戦――それは、小袋にコショウや塩などを詰めて目潰し用投擲武器として用いることであった。
「あ、あったですぅ。ここが調味料置き場ですぅ……」
 表示板を見ながら、メイベルは戸棚を開ける。ところが、であった――。
「あれ……? 戸棚の中、空っぽですぅ」
「そうみたいね……」
 なぜ、そのようなことになってしまっているのか。それは、非常に簡単なことであった。彼女らよりも先にここへやって来たクラーク波音が、すべてを持って行ってしまった後なのである。
 調味料たちは今頃、ダミー木箱の中にこれでもかと詰め込まれているはずだ。
「そんなぁ……」
 せっかく思いついた作戦を実行に移すことができず、瞳を潤ませるメイベル。セシリアは、そんな彼女の髪を、そっと撫でるのであった。


 自称パラミタいちの商人佐野 亮司(さの・りょうじ)は、飛行船内の廊下を、せわしなく走っていた。
「こっちの方に俺の商品を必要としているヤツがいる――」
 亮司くらいの商人ともなれば、欲しいものが手に入らずに困っている人間の所在を、なんとなくではあるが、察することができる。
 そして今、亮司はその匂いを嗅ぎつけていたのだ。
「このまま行くと、厨房へたどり着くな。必要な商品は、調理器具か? 食器か? それとも、調味料か――? 待っていろ、今、パラミタいちの商人が駆けつけてやるぜ――」
 ……と、厨房へ向かう亮司が、ちょうど機関室の前を通り過ぎようとしたそのときであった。
 ボン! ボンボン! と、軽い爆発音が、機関室の奥から聞こえてくる。
「ん? なんだ――?」
 思わず足を止める亮司。そして、おそるおそる、中をのぞき込んでみる。
「うわ、大変だ。これはヤバいぞ――」

 これが、飛行船のエンジンが爆破され、大幅に出力が低下した瞬間であった。