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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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chapter.9 あかし 


 一方、ヨサーク陣営では。
 騒々しかった朝も過ぎ、彼らは島の中央に向かい本格的な捜索を始めていた。ここで、前日の夜からひたすら気配を消し、ストーカーとも言えるレベルで隠密行動を続けていたリュース、そしてシーナがついに動き出した。
「このあたりに罠を仕掛けておけば、上手く誘導出来そうですね」
 トラッパーのスキルを使い、ヨサークの現在地から島中央までの道の間に簡単な、見破れる程度の罠を設置するリュース。彼もまた、島村組の一員であった。彼の組内での役割は、まずヨサーク側の罠を解除し、その上で巧みに罠を配置し直し、自然な形で一行を誘導することであった。
「リュース兄様、私、眠くなってきちゃいました……」
 シーナが目をしぱしぱさせながら言う。それもそのはず、このふたりは、気配を消すことに命を懸けていたため、睡眠を取るどころではなかったのだ。
「もう少し待っていてください。姉貴と合流出来たら、どこかに隠れて休んでいて大丈夫ですから」
 そうシーナを励まし、リュースは隠れて様子を見守った。

 視線を寄せられていることにも気付かず、ヨサークは中央へ向かい歩みを進めていた。一行の先陣を切っているのは、藤原 和人(ふじわら・かずと)。罠発見に人一倍情熱を燃やしている、頼もしい少年だ。彼はロープやランタン、針金やバール、ナイフや手鏡などありとあらゆる小道具を持ち込んでいた。彼の罠発見に対する執念は凄まじく、どれくらい凄まじいかと言うと、スキルに一切頼らず己の力のみで罠を見つけてやろうというくらい凄まじかった。現に彼は、特定の部位にだけ埃がなくなっていないかや生えるべき場所に植物が生えていなかったりしないかなど、入念なチェックをしながら進んでいた。その後ろを歩いている一行は、「そこまでしなくていいよ……」と若干その執念を暑苦しく思っていたが、そんなことで彼はめげないのだ。
「ん……? この草妙にしなってるな……さては、ワイヤートラップか!?」
 ただの萎れている草である。
「おいおめえ……その気持ちはありがてえが、もっと進むペース上げねえか?」
 ヨサークがとうとう口を挟むと、和人は断固としてそれを拒んだ。
「俺は罠を見つけるんだ! いやむしろ罠が俺を呼んでるんだ!」
 もう言ってることが無茶苦茶である。しかし、そんな彼の執念がついに実る。
「見つけた! 見つけたぞ! 罠だ!!」
 なんで嬉しそうなのかよく分からないが、和人はこれで俺の使命は果たしたぜ、とでも言わんばかりの態度でヨサークの肩をぽんと叩き、親指を立てた。ちなみに彼が発見した罠は、廃墟と廃墟の間にバナナがこっそり置いてあったというトラップだ。
「リュース兄様……」
 物陰で見ていたシーナは、なんかちょっとがっかりした。
 和人は喜び罠を解除するが、ヨサークはそのバナナに違和感を覚えた。
 ――ここに罠があるってことは、誰かがここを通った? ここにいるのはフリューネくらいだろ……てことは、この先に、フリューネがいんのか?
 そう推理したヨサークは、そのまま真っ直ぐ歩き続けた。あの女より先に秘宝の手がかりへ辿り着くんだ、そう強く決意して。
 リュースはそれを見て、計画の成功を確信した。
「さて、これでようやく姉貴のところに行けますね」
 リュースは気配を隠したまま、シーナと共にヨサークの下から離脱した。
 ほぼ同じタイミングで、忍を通して幸から合流地点を聞いた大和がカガチにそれを伝え、彼もまた隠れ身を使いこっそりと一団を抜け出した。これで、ヨサーク側にいる大和以外の島村組組員は全員離脱したことになる。
 ただ、ここで残念なお知らせがある。
 この流れだけを見ると、リュースの仕掛けた罠を和人が発見したばかりにヨサークはそれに誘導され、進路を取ったように思える。がしかし、島中央とヨサークを結ぶようにバナナを置いたリュースと、元々島中央に向かっていたヨサークという構図を見てもらえばお分かりの通り、結果的にどっちみち島の中央に進むことになっていたのだ。つまり、完全なリュースの気配消し損である。もっともそれを知らないリュースは、役目を果たしたことを喜びながら島村組との合流地点に向かっていた。

 ということで、そのまま進路を変えることなく中央に向かい進み続けるヨサークたち。相変わらず和人はきょろきょろと罠の発見に余念がない。そんな和人とは別に、昨夜ヨサークに挨拶を済ませていた北都も何やら辺りを警戒していた。
「どうした、北都」
 パートナーのソーマがわけを尋ねると、北都は昨夜の献立を思い返してほしい、とソーマに告げた。
「昨夜……かぼちゃの煮物に野菜ごはん、サケの塩焼きにサツマイモの味噌汁、あと大量の大根料理だろ? ああ、今朝シジミ汁なんてのも用意されてたな」
 北都は、その中のひとつに強い警戒心を抱いていた。
「……サツマイモって、臭いが兵器になるかもしれないよね」
 言うや否や、北都は超感覚を発動させた。少年とたれ耳わんこが融合した姿になった北都は、くんくんと匂いを探す。
「……まだ、オナラをしている人はいないみたい」
 オナラって、兵器になるかもしれないよね。わんこ北都は切なそうにそう呟いた。ソーマはそんな北都を、心配そうな目で見つめていたがやがて北都にノリを合わせることにしたようだ。ソーマは双眼鏡を取り出すと、視覚による警戒を強めた。サツマイモを食した大勢の生徒に対する視覚での警戒。オナラを警戒している相方。つまり、彼の警戒しているのはオナラ以外の何かではないだろうか。それが何かは分からないが、ソーマはとりあえず双眼鏡で辺りをきょろきょろを見回していた。

 彼らが様々なものを警戒している一方、ヨサークの近くを歩いていたのは終夏、そして彼女のパートナー、シシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)だった。
「……おい、女。わざわざ近くを歩くんじゃねえ」
 終夏はずっと種芋を持ったまま、あの言葉を言われる時を待っていた。が、なかなか言ってくれないので、ちょっと接近を試みたのだ。
「いやあ、私のことは喋る道端のカカシ、もしくは道路標識とか郵便ポスト程度に考えていただいて結構です」
「標識とかポストに失礼だろうが、あぁ!? おめえの口に速達ハガキ突っ込んだら、翌日に届くのかこらぁ!」
 出るか? 出るか? 今か今かと終夏は種芋を握っている。
「……」
「……」
 が、出ない。
「せっかく、耕された時のために持ってきたんだけどな」
 どうやら彼女の願いは叶わなかったらしい。仕方なく、終夏は持っていた種芋を地面にそっと埋めた。とその時、屈んでいる終夏の上からヨサークの声が響いた。
「おい、こんな環境悪そうなとこに作物植えんじゃねえ! 農家馬鹿にしてんのか! 耕すぞこらあっ!!」
「あ、ああああぁぁ〜……」
 今なの? 今なの? 終夏は、自分のタイミングの悪さを呪った。種芋を手放してしまった終夏は、仕方なくパートナーのシシルに軽く空から偵察でもするよう頼んだ。
「分かりましたあ、じゃあ、行ってきますよお」
 秘宝以外にも色々と探す気満々なシシルは箒に乗り、一気に高度を上げた。そして彼女はそのまま空から島を見渡す。すると、シシルは島の中央に見覚えのある模様を見つけた。慌てて空から降りてくるシシル。彼女はとんでもないものを見た、という様子で終夏に話した。
「ここからもうちょっと行った先、島の中央に高台があったんですけどね、そこにおかしな遺跡を見つけたんですよう」
「へえ、どんな遺跡が?」
「ええと、屋根の所に紋章があって……それが、あの鏖殺寺院の紋章だったんですう」
 その言葉を聞き、一気にどよめく生徒たち。
 ――つまり、ここはかつて鏖殺寺院の者が住む土地だった?
 何やら真剣な表情になり始めた生徒たちを見て、ヨサークはことの大きさをあまり分かっていなかった。
「それがどうした、寺院だろうと何だろうとユーフォリアを手に入れるって目的に代わりねえだろうが」
 しかし、彼の態度はシシルの一言で一変した。
「あと、その遺跡に何人かの人影があったような……遠くからだったのでよくは分からなかったですけどねっ」
「女、それが本当なら、俺らはもう遅れを取ってるってことじゃねえのか、あぁ?」
 先ほどの罠も含め、自分が争奪戦において後ろに位置していることを自覚させられるヨサーク。
「ちくしょう、おめえら、急ぐぞ!」
 がしかし、そんなヨサークの後ろで何かに気付いた様子を見せたのは、団員のケイラ、そして梓だった。
「あ、ちょっと待って頭領、たんま、たんまー。ケイラが、なんか見つけたってー」
「あぁ? それどこじゃ……」
 しかしここはせっかくの団員の頼みである。仕方なくヨサークは梓に引っ張られるまま、ケイラが発見したあるものの前に連れてこられた。そこは数ある廃墟の中のひとつで、かなり老朽化が進んだ建造物のようだった。ぞろぞろと後からついてきた生徒たちの目にも、それは触れることとなる。
 そこにあったのは、一枚の壁画。起伏の激しい雲のような模様の中を、翼を持つ黒いシルエットが飛ぶ姿が描かれている。そのシルエットは女性のように思えた。
「なんだろうね、これ……」
 ケイラが不思議そうに呟く。ヨサークはふと思い出していた。昨日の夜、同じような絵がフリューネの側でも見つかったという情報を聞いていたことを。がしかし、ヨサークにとって女性の絵という時点で割とどうでも良い収穫であった。
「おらおめえらっ、こんな絵に構ってねえで先に進むぞ!」
 ずんずんと先を行くヨサークを追いかけて、梓はケイラに先輩団員として助言をしていた。
「ケイラ、頭領はたぶん女の絵を見つけても喜ばないと思うんだー。次また頑張ろーな」
「ユーフォリアを見つけられれば一番いいんだろうけど……せめて、何か手がかりになるものでも見つかるといいな」



 時計は、12時を少し回っていた。
 ロッテンマイヤー・ヴィヴァレンス(ろってんまいやー・う゛ぃう゛ぁれんす)、そして蜜楽酒家で情報を集めていた隼人と乗船時に牛乳を持ち運んでいた政敏、政敏のパートナーカチェアら4人は、ヨサーク一行とは別行動を取っていた。彼らの目的はひとつ、空賊狩りとの接触であった。隼人は蜜楽酒家で様々な情報を集めたが、結局外見などに関する決定的な情報は得られなかった。なので彼らはあえてヨサークらの探索ルートを外れ、独自に空賊狩りを探し回っていたのだ。そして彼らは今、島の北東部にいた。
「空賊狩りってのは、どこほっつき歩いてんだよおおお!!」
 歩き回ってもなかなか空賊狩りを発見出来ないロッテンマイヤーが、痺れを切らして手を震わせた。そもそも空賊狩りがここに来るかどうかも不確定事項なので、彼女の怒りは大分見当違いだったのだが。
「おぃい! そろそろぶっ放すぞ!? このアサルトカービンぶっ放すぞ!?」
 そして、彼女はやや精神が壊れていた。そのせいか、常に思いつく限りの非道を尽くしてやろうと息巻いている危ない女だった。一応このメンバーは、「空賊狩りは相当な実力者らしいから、協力者を見つけて複数人で探そう」という意思の下集まった者たちだったのだが、よく他の3人が彼女の同行を許可したものである。これで空賊狩りがこの島に来なかったら、とんだ骨折り損となる。
 がしかし、彼らにとって幸か不幸か、空賊狩りは実際にこの島に迫ってきていた。否、島にというよりももっとピンポイントに、彼らの下に。

 最初は、頭上を何かが素早く通り過ぎていった、そんな感覚でしかなかった。それが目に見えるものとして認識出来たのは、彼らの前にそれが降り立ったからだった。目の前に現れたその女性は、黄金色の髪を頭でふたつにまとめ、その髪と同じ色の衣服を身にまとっていた。指の根本にある機具から伸びた爪だけが、不気味に青く光っている。対峙した瞬間、彼らは凍るような青さをまとった爪を見て、自然と正体を導き出していた。
――彼女が、空賊狩りだ。
 ロッテンマイヤーが、全く物怖じせずに空賊狩りに歩み寄る。
「会いたかったぜぇ! ひゃはははは!! 噂の空賊狩りなんだろ? え?」
 黄金色の髪の女性は、そんなロッテンマイヤーの雰囲気とは反対に冷たい空気を漂わせている。
「へー、ほんとにそんな名前で広まってるんだ」
「なあ、あたいは女嫌いのヨサークって空賊と一緒にここに来たんだけどよぉ、どうもやっぱ腹が立って仕方ねえ! そこでせっかく空賊狩りが来てくれたんだ。あいつをぶっ潰してくれよ! そのためなら、何だって協力するぜ!?」
 ロッテンマイヤーは自身の思惑を告げ、敵でないことをアピールする。が、当の空賊狩りはその話にあまり興味がないようだった。
「別に、あたし空賊を狩るのが目的じゃないし。それより、フリューネって空賊がユーフォリアに近いって話聞いてきたんだけど」
「フリューネを狙うんだったら、結局空賊を狩ることになるだろ」
 隼人が横から口を出した。空賊狩りは心底どうでもよさそうに、ぶっきらぼうに答える。
「空賊なんて、倒しても倒さなくてもいいの。あたしは、ユーフォリアさえ手に入れられれば」
 しかしこのままでは、いずれにせよフリューネかヨサークのどちらかが餌食になってしまう。双方の依頼を受けていた隼人はそう判断し、思い切った行動に出た。
「なあ、空賊を狩るより、俺とデートした方が楽しく過ごせるぜ?」
 なんと、空賊狩り相手にナンパである。さすがにこれにはイラっときたのか、彼女は爪の先を鳴らし、隼人たちに近付いた。
「なんかもう面倒になっちゃった。話が通じないのって、空賊だけかと思ったら最近の子供もそうなのね」
 一歩、また一歩と距離を詰める彼女に、4人は危機感を覚えた。
「ついにこれの出番だな」
 その時、政敏がどこからか水風船を取り出した。
「ほらよ……っと!」
 そして、それを彼女の顔面目がけ勢い良く投げつけた。女性は難なくかわそうとした……が、女性が横にずれたそのタイミングを狙って、カチェアが風船に狙いを定めソニックブレードを放った。次の瞬間、水風船が割れ、中から白い液体が飛び散った。そう、政敏は持ち込んだ牛乳を、中に仕込んでいたのだった。びしょ濡れ状態こそ免れたものの、彼女の顔や肩、腕の一部に牛乳がかかった。てっきり恐ろしい反撃が来るのかと思いきや、彼女はぷらぷらと腕を振り、動こうとしない。その隙に政敏は写メを撮ろうとするが、カチェアに頭を殴られ仕方なく携帯をしまった。
「牛乳を何に使うのかと思ったら……本当に、ろくでもないことばかり考えるのですね! ほら、今のうちに早く逃げますよ!」
 カチェアに促され、大急ぎでその場を離れる4人。ロッテンマイヤーと隼人は未練がましそうな目線を彼女に向けていたが、命の方が大事とあえなく逃走に及んだのだった。4人が消えた後、女性は顔にかかった牛乳を拭い取り、爪で近くにあった廃墟の窓を割った。
「……そんなに切り刻まれたいなら、気の済むまで掻きむしってあげる」
 そのまま、空賊狩りは入り組んだ廃墟の中へと入っていった。