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第五章 雨のち、大団円


 戦闘の種類は多くあれど、数の差が勝敗を決めるのは、至極当然の事である。
 しかし何よりも重要なのは、その兵の質である。
 明日香の指揮の元、環菜達の救助に向かったイルミンスール魔法学校の生徒達は、狼や熊を相手に、果敢に戦いを進めた。
 そして、形成が逆転し、勝敗が決しようとした時、ソレは起こった。

 最初に気がついたのは、風森の薬により眠りから覚めた透乃である。
 寝ぼけ眼の透乃の傍に咲いていた百年草の蕾が、徐々に膨らみ始めたのだ。
「あ……陽子ちゃん、見て!」
「え?」
 二人の目の前で徐々に蕾を開かせていく百年草。
 白い花びらが、高速カメラで撮影した映像の如く、開花してゆく。
 エースが驚嘆の声をあげる。
「嘘だろう!? こんな日中に、こんな速度で開く花なんて!?」
 やがて、完全に開花した百年草の花から、ほんの塩ひと掴みよりもさらに少ないが、目に見える量の花粉が風に舞うかの如く飛散していく。
 話を聞きつけ、駆けつけた毒島が言う。
「マズイ!! また、獣達が集まってくるぞ」
「え? どういう事?」
「先程、調べてわかったんた。百年草がその開花時に飛ばす花粉、そのごく少量の花粉が他の植物の花粉と相乗効果を起こし、動物の嗅覚を刺激して攻撃的にするのだ。」
「どうして、そんな効果が……?」
「恐らく、種の保存のためだろう。百年草は、百年に一度しか花をつけない。言い換えれば、その時に刈られてしまったなら、絶滅するのだ。そのための防御策と考えるのが妥当であろう。刈り取る人間相手のな……」
「やっぱし刈り取ってしまうのが、いいんじゃねえか?」
 起き上がった悠が言うと、縁と縹が真っ向から反論する。
「駄目だよ! 確かに花粉症は辛いけど、その選択肢はないよ!」
「百年に一度ってぇのはなんつーか浪漫と儚さがありんす。それを人間様の勝手で滅ぼすなんてぇのは、わっちの美学が許さねぇ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「……」
「……」
 戦いの最中、沈黙する一同。
 ちなみに悠が「刈り取る」と言った時に、小さく美央も手を挙げていた。
「せめて、今私達の体についた花粉だけでも除去できれば……」
「服を脱げ、と?」
「……」
「あ、あのぅ?」
 魔道書の姿に戻った煌おばあちゃんを抱えたみらびが、戦闘を続けながら口を開く。
「みらびの煌おばあちゃんがですね、もうすぐ雨が降るから心配ないよって言ってます」
「へっ?」
 そう言った矢先、ポツリ、ポツリと雨が落ちてくる。
「雨だ……」
 やがて、本降りになり、バケツをひっくり返したような大雨になっていく。
 獣達も森の中へ素早く退散し、生徒達は、草原にある大きな木の下に、雨宿りに走っていく。
「山の天気は変わりやすいんだよ」
 濡れた服を拭くみらびの横で、人間の姿に戻った煌星の書が、ニヤッと笑った。

 その近くで、やはりずぶ濡れの環菜とエリザベートが並んで話をしている。
「助かったわ、ありがとう」
 環菜の素直な謝罪の言葉に、エリザベートは照れたように頬を掻く。
「ふ、ふん! こ、これで貸しができたですよぉ、環菜」
「そうね。いつか返してあげるわ」
「……」
 雨が小ぶりになった頃、生徒達から歓声があがる。
「おい! 虹だ!!」
「わぁ、綺麗!!」
 見ると、山の谷間に、大きな虹がかかっている。
 百年草の写生に来ていた生徒達は、画用紙をもう一枚取り出したり、スケッチブックの次のページを開いていく。
 そして、環菜とエリザベートのそれぞれの百年草調査部隊が、ゆっくりとした足取りで、互いに笑い合いながら、雨露を帯びた花畑へと歩いて行くのであった。その中には百年草を、花占い、研究、園芸、商売等々といった事を目的にする者達もいたのだが、驚くべきことに、皆が自分の必要な分の百年草を、争うこともなく、容易に採取できたそうである。

――翌日
 蒼空学園校舎内の廊下にて、アシュレイが「百年草写生大会・優秀作品」と題された絵画の展示を眺めている。蚕養縹が描いた百年草の水墨画は『金賞』と書かれた枠に貼られている。
 もう百年草の花粉被害は終わったものの、まだ、マスク姿の生徒達がチラホラ見える。純粋に花粉症の被害者と、あの日の百年草争奪戦において、集中豪雨で風邪を引いた者達である。

 結局、環菜とエリザベートの対決は、エリザベート側が僅差で下したのだが、「風邪引いた環菜からのキスなんてありえない、ゲホッ、ゲホッ」
 と、最も多くの百年草を採った霧雨透乃の拒否権でうやむやになったそうである。

 尚、この百年草争奪戦の首謀者である環菜とエリザベートは、共に風邪を引いて寝込み、それぞれの学校関係者からかなりの批判と苦情を受けたらしい。

 また後日、霧雨透乃の元には、環菜から箱一杯の『キス』という魚が届けられた。これが環菜の熱狂的信者である影野陽太の仕業だとわかり、また物議をかもしたそうであるが、それはまた別のお話である。

担当マスターより

▼担当マスター

深池豪

▼マスターコメント

 こんにちわ、深池豪と申します。
 今回のお話はいかがだったでしょうか?私自身、2回目のリアクション執筆で、今回は少し心に余裕を持って取り組めるなぁと考えていたのですが……採用したいアクションばかりで凄く悩みました。 アクション不採用の方々、本当にごめんなさい。
 さて、今回のお話は、リアルな世界でお悩みの方も多い花粉症というハンデを負いながらも、百年に一度開花する珍しい百年草を採取しに行く、と言うのが本筋でございました。
 特に中盤付近の戦闘シーンを、いかに緊迫感を出しつつ描くことができるか、といった点で苦労しました。
 ラストの合戦の模様が無いぞー、と思われた方が、多いと思います。
 すいません、ワザと書きませんでした。ここは私の文章より、皆様の想像で楽しんで頂くのが、よいかと思いまして。
 また、百年草は、私の脳内オリジナルの花です。そして、この花の花粉が獣達を冬眠から叩き起し、百年草を守らせるという話もこれまたオリジナルです。よく言えば共生(寄生?)の関係になるんですかね? 昔、テレビで珊瑚と魚(?)の関係で見たネタを原点にしております。
 ジャンルは学園生活なのに、蓋を開けるとバトルものになるのは、これ如何に?? と思いながらも、私個人としては楽しくリアクションを書くことができたと思います。
 皆さんにも少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 今回の称号はなるたけ多くの方に付けさせて頂きました。
 付いてないよ、と言う方は、私がいいネーミングが浮かばなかっただけです。すいません……。 
 それでは、またお会いできる時を楽しみにしております。