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【十二の星の華】籠の中での狂歌演舞

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【十二の星の華】籠の中での狂歌演舞
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第一章 想する

 気流に乗ってユラユラと。
 軟殻舞い舞い火ラメは、その広大な背に乗せた生徒たちに一切の不快な揺れを感じさせる事無く、大空を舞い進んでいた。
 座ることも寝転がることも、やろうと声をあげれば野球だって出来るであろう程の背の上で、生徒たちは各々に気を休めている。
 読書に励む者や武器の手入れをする者、鏡を前に髪を梳く者まで居る中で、アリシア・ルード(ありしあ・るーど)は食器棚からカップを取り出していた。
「それは… 教諭の趣味なのか?」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は「ペトラ」の絵柄を見つめて声を雫した。アリシアは嬉しそうにカップを頬に寄せた。
「えぇ、可愛らしいでしょう? ペトラちゃんをペイントしてもらったんです。あぁ、この子、この子ですよ」
 黄黒のシマシマの体を揺らしながら、ポテポテとペンギンが歩み寄ってきた。アリシアがティーポットを差し出すと、尖った口の先から熱湯を吐き注いだ。聞けば、名をペ虎ポッドと言い、これも軟殻舞い舞い火ラメ同様、ベルバトス・ノーム(べるばとす・のーむ)教諭が生んだ合成生物のようだ。
「ノーム様にパインティーを淹れますので、よろしかったらご一緒にいかがですか?」
 言った後の視線が、一点に止まる。アリシアの視線は、の4つの水筒に向けられていた。
「あ、いや、これは」
 中身は水だとは説明した。先日、イルミンスール魔法学校が襲撃された際、首謀者のフラッドボルグに洗脳された生徒たちを、花瓶の水と轟雷閃で一斉に気を失わせた。同じ手が通用するかは分からないが、準備しておくに越したことはないと用意した物だった。弁当も持参している事だし。
「それで、そんなに多くの水筒を」
「そなたは、棚ごと持ち込んだのだな」
 背丈よりも大きな食器棚が立っている。自分たちと同じ床の上、共に空を行く。冷静に見なくとも… それは異様な光景だった。
「食器棚だけは無事でしたから、連れてきたんです。少しばかり蒼空学園さんにお世話になるみたいですから」
 先の襲撃事件の際、ノーム教諭の研究室はほぼ全壊してしまっていた。少しばかりの滞在とは言うが、まさか研究室が直るまで居座る気では在るまいか。というか、連れてきたとは… まさか……。
「そう言えばアリシアさんが剣の花嫁と言うことは、ノーム教諭も光条兵器の使い手という事になりますよね?」
 グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)の問い、ノーム教諭は前方の空を見つめたままに応えた。
「そうだねぇ、まぁ、そうだよねぇ」
「教諭の光条兵器は、アリシアさんと同形のなのですか?」
「………… さぁ? どうだろうねぇ」
「銃タイプですか? それとも刀状タイプなのですか?」
「どうだろぅねぇ? どぅだろう」
「なぜ… 隠されるのでしょう……」
「知識を得れば体感を欲する。教えたら、見せてくれって言うだろう?」
「えぇ。ぜひ。知るのが怖いような気もしますが」
「光条兵器もですけど、私は以前の続きを答えて頂きたいですわ」
 跳ね寄りて、覗き見上げる吹雪 小夜(ふぶき・さよ)に、教諭は小さくため息をついた。
「また君かぃ? しつこいねぇ」
「大事な事なのです。もし、蒼空学園で襲われるような事が起こっても教諭は戦わないおつもりなのですか? それとも戦えない理由があるのですか?」
「私は戦わないだろうねぇ、その為に君たちが居てくれるんだろう?」
「? そうなのですか?」
 小夜に瞳を向けられたのを感じて、葉月 ショウ(はづき・しょう)は読んでいた本を閉じて答えた。
「ん、まぁ、そうだな。それが特選隊としての最低限の任務だろうしな。メンバーが少な過ぎる気もするけど」
「そろそろ追加した方が良いかねぇ。まぁ、それまでは蜂の如くに働いてくれたまぇ」
 ノーム教諭は功績を挙げた生徒たちを【ノーム教諭の特選隊】として任命していた。しかし任命したのは、ごく数名である上に、幾人かはパッフェルに協力した事でクイーン・ヴァンガードに捕らえられている者も居る為に、隊として機能しているかと言えば、極めて際い状況だと言えるのだった。
「私が戦って、蒼空学園やヴァンガード本部を大破してしまっても可哀想だろう?」
「はっ?」
「えっ、それ程に強力なのですか?」
「ノーム様… それは盛り過ぎです」
「そうかぃ? そうだねぇ、そうだったねぇ、くっくっくっ」
 嘆息混じりのアリシアの笑みに、教諭も笑みで応えた。どこまで本気なのか分からない、教諭のいつもの様子にもショウは不安を拭えないでいた。その視線は、水晶と化したままのユイード・リントワーグの全身像へと向いた。
 像にヒールをかけるジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)の元へ。襲撃時の前からずっと、ユイードの世話は彼女に任せきりである。
「まったく…… 到着次第のすぐにバレるぜ、あの嘘」
「そうね… やはり隠した方が良いのかしら」
「教諭は何て言ってるんだ?」
「…………… 何も…」
 大層な大きさで、ため息が落ちた。2人の元へ、マーク・モルガン(まーく・もるがん)が重量感のある機械を抱え来て降ろした。
「光学測定の機械です。旧型なので大きいですけど、測定は問題なく行えるはずです」
 よく見ればユイードの像は体重計の上に乗っていた。具体的な指示はなかったが、像を体重計の上に乗せた教諭の意向を汲み、像の体重の変化を測定、記録していた。
「透明度や色の変化を測定を行います。残念ながら体重は全くに変化なしでしたから」
「そうね、何が手掛かりになるか分からないし… 出来る限りの事はしてみましょう」
「はい!」
 ため息は… これ以上は吐けないな。真剣に瞳を輝かせる2人を見て、ショウは小さく頬を緩めた。
「ショウ! ショウってばっ!!」
 上体が揺れる程に裾を引かれた。振り向き見れば、葉月 フェル(はづき・ふぇる)が頬を膨らせて見上げていた。
「ボクも前の景色、見たいよ!」
「見たいって… 後方の警備はどうするつもりだ?」
「代わってくれるって♪」
 見ればが小さく掌を振り、笑みを見せていた。
「ねぇねぇ、いいでしょ? いいよね? いいじゃんっ」
「ちゃんと、お礼は言ったのか?」
「あっ… 言った、言ったよ言った」
 じっと見つめれば瞳を逸らした。ため息はつかないって思ったばかりなの…。
 了承の意を聞いたフェルは正に跳ね行きて教諭の横にペタリと座った。 まだまだ見える砂漠が終われば蒼空学園も見えてくる。空を行く軟殻舞い舞い火ラメを追い駆ける白馬も、連なる砂丘や砂山脈に荒い息を吐き始めていた。
「天音、少し休もう。シャーティルが苦しそうだ」
 愛馬であるシャーティルの首に手を添えながら、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は首だけを振り向きて黒崎 天音(くろさき・あまね)に声をかけた。この提案を天音は空に目を向け… 却下した。
「ダメだ、これ以上離される訳にはいかない」
「しかし」
「教諭の到着次第、水晶化の解除にかかるはずだ、そうなれば、早々に青龍の女王器が登場するかもしれない」
「青龍の女王器……」
 五獣の女王器の一つ、青龍鱗。浄化の力を持ち、その力でミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)パッフェルの毒や水晶化を解除してきたのだが、その力を持ってしても解除できない水晶化の症例や解毒し切れない毒の存在が現れた。
 パッフェルはそれを、青龍鱗を使うミルザム本人の問題だと言ったそうなのだが。
「青龍鱗について、いや、真の力の発動条件だって解るかもしれないんだぜ」
 目が輝いている、好奇心が踊っているのが端正な顔にも現れていた。
 ヒールでもかけて駆けさせるんだ! と天音が吐いた時、白馬よりもずっと後方の空から軟殻舞い舞い火ラメを追っている影が4つ見えた。
 上昇したかと思えば、すぐに下降する。
 空飛ぶ箒に跨りて、アリシア・ミスティフォッグ(ありしあ・みすてぃふぉっぐ)火ラメの行く先を確認し、それだけをこなすと、すぐに身を隠しているようだ。アリシアの後方を行く空飛ぶ箒と2機の小型飛空艇も限界にまで低空の飛行を強いられていた。
「お館さま〜、お館さま〜!」
 その小型飛空艇から、クルーエル・ウォルシンガム(くるーえる・うぉるしんがむ)アリシアをお館と呼びて叫んだ。
「コソコソする必要は、あるであります〜?」
「当たり前よ! 事件の当事者を追っているのよ、身を隠すのは当然でしょう?」
「やはり… ベルバトスが怪しいでありますか?」
「あのタヌキはいつもいつでも怪しいわよ。今回だって、ヤバい事件の香りがプンプンするわ」
 言葉を聞いて、首を傾げた小鳥遊 律(たかなし・りつ)は、
「匂い…… 感じない……」
「律… ものの例え、なのだよ」
 とネクロノミコン 断章の詠(ねくろのみこん・ふらぐめんと)に正されていた。
 保健室から漏れ聞こえた教諭の声は、水晶化の解除法がどうたら、と言っていた。爆破された研究室、水晶化したままの生徒の像、そして急な出向。考えれば考えただけ疑いが沸いてくる。
「何が起こるのか、しっかり見極めてやるんだから」
 方向からして目的の地は蒼空学園だろうと予測しつつも、アリシア火ラメを視界の隅に捉えていいた頃、その蒼空学園では、教諭たちよりも一足早く現地入りしたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、水上 光(みなかみ・ひかる)と合流を果たしていた。
「光♪」
「ルカっ! …… うっ……」
 パラミタ虎に睨まれたようで、いや、虎に睨まれるは威嚇されたように感じて思えて、が半身にさせられた。
 長い髪を振り舞わせながら軍用バイクを降りるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の様には、羨望と敗北感を抱かされた。
「ダリルさんも、お疲れさま」
「あぁ、世話になる。首尾はどうだ?」
「ばっちりだよ。許可は取ってあるから、案内するよ」
「さっすがだね、頼りになるぅ♪」
「よし、行こう」
 ダリルは大きな鞄と保冷ボックスを持ちて、ルカルカはパラミタ虎の頬を撫でてから歩み導いた。
 両人ともに笑みを浮かべてはいるが、その瞳には覚悟の色が輝いて見えた。
 校外の生徒をクイーン・ヴァンガードの本部に招き入れ、しかもミルザムの治療をさせるなど… が言った程に許可を取る事は容易では無かったのだが。
「ボクだって… ボクにだって……」
「ん? 何か言った?」
「ううん、何も、アハ、ァハハハ」
 2人は以前、襲撃に遭う中でも、ヴァルキリーたちを苦しめていた難毒の解析と解毒薬の調合を成功させたという。決して諦めず、信じた事を貫いて。
 憧ればかりが肥大してゆく。それでも前を駆けている2人に喰らいついて行こうと決めたんだ。
「ボクだってがんばるんだ、ミルザム様のために… 何より! ボク自身のために!」
 は揺れ倒れそうな心を奮い立たせて臨んだのだった。
「彼女を捕らえる切っ掛けを作った人間に対して、ずいぶんな扱いですね。」
 学園に入るのに、門役を担う生徒との交渉をしているのは、シャンバラ教導団の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)であった。
「こちらにも水晶化した者がいるんです。女王候補ミルザム・ツァンダへの謁見許可を!」
 交渉というよりは挑発に近いようにも見えるが、事実、彼のパートナーであるリース・バーロット(りーす・ばーろっと)は全身を水晶化されていた。ガラク村での戦闘時、パッフェルが放つ水晶化の「赤い光」を、砕いた手鏡で反射させ、彼女に手を貸す生徒たちを水晶化させたのだが。捨て身の策だった事もあり、リースも「赤い光」に打ち抜かれてしまったのだった。
 水晶と化したリースの姿を小型飛空艇に見ると、門役の生徒も慌てて本部への連絡を入れた。
 水晶化は青龍鱗の力でなくては解除できない。戦部の狙いは別にあれど、ミルザムへの謁見を果たすのに、これ程有効な弁は他に無いようにも思えた。
「あの… お名前は……」
「戦部小次郎、水晶化患者はリース・バーロットです」
 しばらくとして、2人の通行、及び謁見許可が下りたようだ。
 囚われの十二星華パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)と青龍鱗、そして女王候補ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)を中核として、それぞれが各々の思惑と共に蒼空学園へと集まっているのだった。