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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
蜘蛛の塔に潜む狂気 蜘蛛の塔に潜む狂気

リアクション



【5・謎を追う者たち】

 塔の九階には建築者の意向なのかどうなのか、一切窓が無く。
 ただでさえ暗い石畳の通路が一層黒に染まって、一寸先すらよく見えない状況だった。
 そんな中コツコツコツと数人の足音が響いていた。
 音の先頭になって歩いているのは泉 椿(いずみ・つばき)
 その後ろには桐生 円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)や、橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)もいる。
 円とオリヴィアの懐中電灯が、行く手を照らし出し。更にオリヴィアは光術まで使って辺りを少しでも明るくしようと試みていた。
 その光源に助けられながら歩く椿はぽつりと呟いた。
「かなり上ってきたけど、やっぱり普通の生徒以外とは会わないな。そもそも砕音先生がいるわけねぇよ。先生は、生徒が病院送りになるのをほっとけるような人じゃねえし」
「確かにね。きっとあれよ、塔を何かしらの目的に利用している何者かが、砕音さんの名を騙って塔に人を集めているのよ」
「……なるほど。そう言われると、そんな気もしてきたわ」
 それに答えつつ自身の推理を披露するブリジットと、なんとなく納得気味の舞。
(あれ? だとすると、私達ってまんまとその何者かの術中に嵌まっているような)
 ふと嫌な想像も浮かんでいたが、とりあえず考えないようにした。
「それが本当なら話に聞いた女生徒も、被害者なのかな? それともその子は何か別の目的があるのかな?」
「んー、もしかしてさ、上に強力なモンスターが住み着いてるから追い返してるとか? ないよねーやっぱり。オリヴィアはどう思う?」
 舞の疑問に答える円だったが。言ってる途中で、それなら別に隠す必要もないかと自分でダメ出ししつつ、パートナーにも話題を振ってみたが。
「ねぇ円ー? お化けいないわよねぇー?」
 物凄く怯えるばかりで話を聞いていなかった。
「あーうん。大丈夫だよ、というよりその質問もう何回目?」
 円は軽く苦笑して、しがみついてるオリヴィアの頭を軽く撫でて安心させようとして。
「皆、ちょっと止まれ」
 椿の真剣味を帯びた声に遮られた。
「え!? ななななな、なに? ど、どうかした?」
 目に見えて動揺したオリヴィアは慌てふためいて自分の懐中電灯を取り落とし、ついでに光術も消してしまい。それがまた恐怖に拍車をかけてしまっていた。
「落ち着け。落ち着いて、明かりをちゃんと前に向けてみて」
 十字架を掲げて混乱しているオリヴィアをなだめつつ、円は自分の懐中電灯を正面に突き出した。
 するとぼんやりと、誰かが立っているのが確かに伺えた。
 オリヴィアは危うく卒倒しかけたが、円が支えているおかげでどうにか意識を保った。
「もしかして、本当にお化け……?」
「まさか。生徒か誰かじゃないの?」
 舞とブリジットはわずかに寒気を感じながらも、一応平静を装っている。
「人だ、とは思う。すまないが、もっと光の量を増やしてくれ」
 椿に言われて、オリヴィアは震えつつももう一度光術を発動させ、周囲が照らしだした。
 おかげで今度こそはっきりと、その人影の姿が全員の目に映し出された。
 見た目は二十二歳くらいの青年、髪はショートの黒で、瞳は琥珀色。
 顔立ちは端正だがどこかヘタレっぽい印象があるその顔は、

 砕音・アントゥルースその人のように見えた。

 見えた、が。しかし。
「先生……じゃねえよな?」
 椿はそんな言葉をかけていた。
 それはもし目の前にいるのが本当に砕音先生であるなら、自分達に対してなにか返しをくれる筈だろうという想像の上でのことだった。
 やはりそっくりさんか偽者なのかと判断した椿は、唐突に、
「あの、お名前と携帯番号教えて……!」
 なんとも場違いに近い質問をかけていた。
 残る全員が(恐怖に怯えていたオリヴィアまでも)呆気にとられて口ぽかん状態だったが、椿は真剣だった。
 けれど。
 それでもその影は何も語ろうとしないまま踵を返して、音もなく闇の中へと入っていってしまった。
「あ、待って!」
 追いかけようとした椿だったが、そこへタイミング悪くカサカサと蜘蛛達が集まって行く手を遮っていく。
 偶然なのか故意なのかは不明だが、椿は小さく舌打ちして碧血のカーマインを構えた。
 円もクロスファイアを使っての交戦に移り、オリヴィアも怯えていたが戦いやすいよう光術の力を少し強くさせた。
 舞とブリジットも手を貸そうとしたが。そのとき、
「次から次と、面倒な人達が大勢できて困るわね」
 後ろから声がした。
 ふたりが振り返るとそこには、蒼空学園の制服を着たひとりの女生徒がいた。
 外見年齢は十五歳くらいで、あまり目立ちそうにない地味な子というのが印象だった。
「あなた……もしかして、噂の女生徒ちゃん?」
「それがどういう噂かは知らないけど、多分合っているとは思うわ」
 舞の質問は予想していたものなのか、間髪を入れず答えを返していた。
「さっきの人影、見ていたでしょう? あの砕音さんはきっと偽物だわ」
「…………いいえ。本物なのよ、あれは私の先生なの」
「納得できませんか? 先生と連絡をとりあってるんでしたよね。いつどこで、連絡先なんて知ったの?」
「そんなの、先生と私はずぅっと連絡しあっていたわ」
(え? 砕音さんが蒼空学園を離れて以降、誰も連絡をとれなかった筈なのに)
 と、舞の頭に疑問符が浮かぶ中、今度はブリジットが前に出る。
「だいじょうぶ。私には、全てわかってるわ」
 なにやら本当に面白そうな笑みを浮かべているブリジットに、舞はなんだか嫌な予感がした。
「つまり! 砕音の連絡先を、なにかしらの方法でどうにかして手に入れた犯人は、それを利用して砕音に成りすますことを考え付いたんだわ! 犯人の正体もわかってる。あれは知能を持った突然変異種の蜘蛛なのよ! その蜘蛛は餌となる人間を集めるために、女子生徒に人気のある砕音に成りすまして、集まってきた人間を捕まえているってことよ! そうに違いないわっ!!」
 ビシッ、と人差し指を立てて推理を得意満面で披露したブリジットだったが。
 フッ、と女子生徒のほうは鼻で笑うような失礼な返しをして。
「残念ですけどその推理はハズレね。あれは本当に先生なんだから。私の思いに答えてくれた本当の先生なの……妄想はそのくらいにしてさっさと帰らないと、どうなっても知らないわよ。うふふ、あはハはハハハはハ」
 なんだか不気味な笑い声を残し、女生徒は隠れ身か光学迷彩かで姿を消してしまった。
「なんなのよ、あの子は」
 舞はそんな女生徒なんだか得体のしれないものを感じて震えていたが。
「ふふん、私の推理に動揺して逃げたのね! まあしかたないことだわ」
 未だに得意満面であった。

     *

 十階を観察中の月詠 司(つくよみ・つかさ)シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)
「この塔、何度見てもイイ雰囲気だよねぇ。ねぇ司? 早く幽霊出てこないかな?」
 肝試し気分のシオンに、
「ああ。そうですね」
 司は生返事をしながら光術で周囲を照らし、殺気看破を常に使用しながら進んでいた。
「司ぁ、もうちょっと光を絞ってよ」
 なぜ、と司は聞かない。そうした方が雰囲気が出るからだとわかっているからだ。
 渋々光の量を抑えつつ、鍵の壊れた一室を覗き込むと、なんとも無残に荒れていた。
 資料かなにかの置き場だったのか、異常に虫に食われた書類がそこかしこに散乱している。司はその中に転がっていた、蜘蛛の歯型つきの本を手にとってみた。
「ここもやはり蜘蛛のモンスターに荒らされていますね。となると……」
 司としては、蜘蛛や亡霊は幻か何かでヒトの心理に干渉する類の装置があるのではと踏んでここまで調べまわってきたのだが。蜘蛛はちゃんと蔓延っているらしかった。
「シオンくん。念の為、最上階の様子を見てきて」
「え? あーうん。フギン、ムニン。頼んだよ」
 シオンは連れていた使い魔のカラス達に命じ、窓から飛ばせておいた。
 そして再び調査を続ける司と、やや飽き気味のシオンだったが。
 ガシャガシャとなにかがこちらに向かってくる音が聞こえてきたことで、反射的にふたりはそちらを向いた。
 ぼんやりした明かりの中、暗闇から、ぬう、と唐突に姿を見せたのは二体の髑髏だった。
「な、なんですか!?」
「きゃー! なに? この塔に潜む幽霊? きゃあきゃあ! 怖いーっ!」
 なんだかはしゃいでいるようにも思える悲鳴を上げながら、シオンは司の後ろに隠れる。
 その拍子に小さく「コレだからオカルトは止められないわ♪」と呟いたのを司は聞き逃さなかった。
「そ、それにしてもまさか本当に幽霊……え?」
 と、若干腰が引けていた司だったが、迫る髑髏はなにか背負っているように見えてきた。
 光術を強めにしてみると、徐々に輪郭がハッキリ映し出され、それが実は髑髏の御輿であることがわかった。
 そして御輿なら当然誰かが乗っているわけで。上にいたのは燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)だった。
 このとき彼女が普通の場所で普通にしていれば、変に誤解されることもなかっただろうけれど。
 この塔は薄気味悪い場所な上に、彼女が冥府の瘴気を纏い、レイスやゴーストを周囲に漂わせていればどうしても不気味なオーラ満載で、とても普通の生徒には見えなかった。
「なになに? 幽霊の親玉? きゃー、こわーい!」
 案の定シオンは怖がってるのか喜んでるのか微妙な感じで大声をあげて、
 司も警戒を強めて、いっそ蹴りかなにか攻撃した方がいいのかと思案しはじめたとき。
「ちょ、ちょっと……はぁはぁふぅ……待ってくださ……い」
 ガシャガシャとやかましい音を立ててザイエンデの後ろから、ナイトのフル装備しているせいで、汗だくの神野 永太(じんの・えいた)が姿を現した。
 攻撃態勢に入りかけた司に、永太はほぼ倒れこむような形で土下座して謝りに入った。
「す……すいません。ふぅはぁ……ザインが迷惑をかけてしまって。悪気はないん、です」
「永太、どうして謝るんですか。わたくしは、そちらの方が肝試しに来ているようなことを話しているを聞いて、それならば脅かして帰って頂くべきかと考えただけです」
 永太の弁解に、やや不満そうなザイエンデは憮然として。
 シオンは「本物じゃなかったのかぁ」と心底残念そうだった。
「ああ、いえ。気にしなくていいんです。こちらとしても、多少不謹慎なところはあったかもしれませんし」
 言いながら司は相方にも彼らにも溜め息つきたい気分になりつつ、この際気持ちを切り替えて聞きたいことを聞くことにした。
「それよりも、あなた達は途中蜘蛛のモンスターに会ったりしましたか?」
 その質問に対し、永太達は一度互いの顔を見合わせ、
「え? は、はい。何度か戦闘にはなりましたよ」
「わたくし達を襲おうとした不埒な蜘蛛達は、すべてファイアストームでこんがり焼いておきました」
「そう。だとすると、やっぱり私の予想は外れだったようですね」
「?」
 永太には質問の意味がよくわからなかったが、
 とりあえず何か納得してくれたようなので詳しくは聞かず、自分も納得しておいた。
 正確には、質問するのもしんどいほど疲れ果てていた、が正しいのかもしれなかったが。

     *

 十一階は食堂だった。
 そこは本来なら、眺めの良い場所でお食事と洒落込める筈だったのだろうけれど。
 だった、という過去形が示す通り、他の階の例に漏れず椅子もテーブルもバラバラに壊れて、その上を蜘蛛の巣がビッシリ埋め尽くしていた。
 そんな中を探索中なのは冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)。そして七瀬 歩(ななせ・あゆむ)七瀬 巡(ななせ・めぐる)が一緒にいた。
 小夜子の持つ懐中電灯と、歩の光術で暗い部屋を照らし、更に巡が自前の槍を突き出し蜘蛛の巣への警戒をしつつ進んでいる三人。
「それにしても、この蜘蛛に占領されている状況……やはり黒蜘蛛の洞窟と似ていますわね。先生の噂と併せてみても、偶然にしてはできすぎですわ」
「確かにそうよね。何か関連があるのかも……あっと」
 歩が光を向けた天井に、大きめの蜘蛛が一匹張り付いていた。
 今にも口を開き攻撃を仕掛けてこようとしたそいつに、小夜子はすかさず棒手裏剣を投擲して、逆にその口に文字通り食い込ませてやる。
「わー。やっぱりすごいなぁ。ねー、小夜子ねーちゃん、今度ニンジャのカッコイイ技教えてー」
「え? まぁ、そうですわね。機会があればそのうち教えて差し上げますわ」
「ほんとっ? やったぁ、約束だよ!」
「べ、べつにそこまで喜ばれるほどのことではありませんけれど」
 小夜子は誤魔化すように、近くの鍵の掛かったドアへと駆け寄ってピッキングで開けた。
 そこはどうやら食料庫らしかった。とはいえ、元々さほど物を置いていなかったのか、全部誰かに盗られたのか、目に入るのは空の冷蔵庫と、わずかな缶詰の入った段ボール、そして、
「え……?」
 ひとりの女生徒がいた。
 こんなところになぜ一般生徒っぽい子が? という疑問もそこそこに、
「あなた、大丈夫? どうしてこんな場所に――」
 手を伸ばそうとした歩だったが、それをあっさり払いのける女生徒。
 その目はあからさまに睨んできており、それを受けて小夜子の目もやや険のあるものに変わった。巡はあまりわかってない様子で首を傾げていたが。
 歩も特に気にした風もなく、女生徒へと語りかけ続ける。
「怪我はない? ここは危ないから、よかったらあたし達と一緒に帰らない?」
「……余計なお世話よ。私は、ご飯をとりに来ただけだから。すぐに部屋に戻るの」
 そう言って女生徒は、放置された缶詰をふたつほどがめていた。
「ご飯って、まさかここに住んでるの? どうしてこんな危ないところで」
「あなたには関係ないわ、さっさと帰って。砕音先生が待ってるの」
 そのまま三人の横をすり抜けて立ち去ろうとした女生徒だったが、
「砕音先生? 先生になら、あたし達も最近会いましたよ」
 それを聞いてピクリと足を止めた。
「嘘ね。先生はいつも私と一緒なんだから。そんなでまかせ言うと、私も先生も怒るわよ」
「え? そんな筈はないと思うんだけど……それに先生はあたしたちに酷いことはしないよ――」
 歩の言葉は最後まで続かなかった。
 なぜなら女生徒の振り上げた缶切りが歩の目の前に迫ってきて、すんでのところで小夜子の忍刀に止められるという攻防が行なわれたからである。
 絶句する歩と、巡だったが。巡は驚きつつも、持っていた槍を振りかぶろうとした。
 視界の端にそれを見た女生徒は、小夜子の忍刀を振り払って扉の方へと跳び退った。
「あんたが先生を語るな。先生のことを本当にわかってるのは、私だけなんだから。本当に好きなのは私だけなの。愛してるのは私だけなの。よく覚えておきなさい」
 そう吐き捨てると、女生徒はどこかへと駆けていってしまった。
「なんなんですの、あのアブない子は」
 文句を言う間もなく逃げられた小夜子は憮然として、
「さあ……わかったのは、先生のことを異常なまでに好きだってことよね」
 歩はちょっと高まってしまった鼓動を落ち着け、
「好きな人は好きで良いんじゃない? あ、ただせんせーはラルクにーちゃんの恋人だから、ちょっと大変かもね」
 巡は相変わらずよくわかっていない様子でいた。