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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
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【9・砕音】

 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)は、一階にいた。
 彼らふたりも噂を聞いて砕音先生を探しに来ているのだが。
「北都……いつまでここを調べ続けるつもりでございますか?」
 隠し扉などがないか、人があまり探さない場所を中心に、五感を行使して執拗なまでにくまなく壁を調べている北都に、クナイが呆れ気味に声をかけていた。
「ああ、うん。もう行くよ。それにしてもさっきの音はなんだったんだろ、まるでトラックがこの塔の上から落ちたみたいな感じだったけど」
 超感覚によって音や振動に敏感な北都は、タレた犬耳と巻き尻尾をぴくぴくとさせつつ、ようやくこの階の調査を終わらせた。
「さあ、次は二階だねぇ。頑張らないとねぇ、うん。ほんとうに」
 やる気を見せて、言葉に出して、している北都だが。
 クナイは彼の犬耳が「くぅ〜ん」と鳴きそうなほどに垂れてきているのを見逃さず、
(やれやれ……やっぱり虫が苦手なのを無理してるのですね)
 思わず苦笑していた。
 そんなふたりが階段に足をかけ、いざ二階へ上がろうとしたとき、
 先に上から小蜘蛛が何匹か駆け下りてきた。
「わあああああ! く、来るな! 来ないでぇ!」
 北都はあっさり取り乱し、実力行使を使って遮二無二蜘蛛を殴り飛ばしていく。
 クナイもチェインスマイトでこちらは本当に平静を保って倒していくが。
 途中で蜘蛛達の動きが妙なことに気がついた。
「……? ほとんどの蜘蛛が私達には目もくれずに、塔から逃げることを優先しています。なにかあったのでございましょうか?」
「それならきっと、親玉の蜘蛛が倒されたからだろうな」
 と、その疑問に答える形で上から降りてきたのは、
「ラルクさん!」「ラルク様!」
 見知った相手の登場に北都は緊張を緩めて尻尾を振り、クナイも駆け寄る。
「やっぱりラルクさんもきてたんですねぇ。あ、それで。砕音先生は? いました?」
「いいや。どうやら、ただのイカれた女の妄想だったみたいでな」
「え……そうだったのでございますか?」
 そうして二、三、ことの顛末を聞きながら。
 雲の塔を出たラルク達は、
「な?」「え?」「あ」
 そこにいる人物を見て目を見開かせた。
「おいおい……本当にいるのかよ」
 ラルクは思わず呻くような声を漏らす。
 入口付近で仁王立ちしていた、その人物は。
 何度となくこの塔で目撃された、砕音・アントゥルース……と思われる男だった。
「先生? 本当にいたのか」
「はぁ、はぁ、やっと見つけた! くそ。見失ったと思ったらあんなところにいたのか!」
 それに気づいたエヴァルトや神崎優たちも駆け下りてくる。
 砕音先生らしき男はそうして人が集まっていっても、今度は逃げることもせずにその場で無表情のまま立ち続けていた。
「砕音、本当にお前なのか確かめさせてもらうぜ?」
 やがて。重々しく声を作りながら、最初にラルクが声をかけていく。
「まず、体内にあるアナンセのコードを出して貰いたいんだが」
「………………」
 対峙している砕音かもしれない男は、沈黙のまま。
 ラルクはそんな薄い反応にやや眉根を寄せる。
「先生! 以前授業を受けたとき、僕はどんな様子だったか覚えていますか?」
 北都も質問をぶつけてみた。
「…………さあな」
 今度は、僅かだが初めて声を返した。
 確かに砕音先生の声に似ていたが、返答内容はなんとも素っ気無く。
 一同が不信感を抱く中で続いてはエヴァルトが問いかける。
「砕音先生。コントラクターブレイカーというのを、今も持っていますか? ああ、誤解しないでください。自分が死んだとき、パートナー達に後遺症を遺したくないだけで」
「そんなもの、俺は持っていないな」
 今度は話を聞くのもそこそこに返してきた。
 あまりに冷淡な対応にエヴァルトも絶句し、次は優が聞いていく。
「あなたは、本当に砕音先生なのか? だとしたら、どうしてこのような処にいるのかを聞かせて欲しいんだけど」
「…………闇龍」
「え?」
「闇龍のおかげで、俺は今、ここにいるんだ」
 いきなりかなり大物の名が出てきて、驚かされる一同。
「それはつまり、闇龍とこの塔に、なんらかの関連性があるってこと、ですか?」
「…………クックククククク」
 優の質問にはそれ以上答えず、狂ったように笑い始める砕音らしき男。
 そんな不気味な彼を見て、
「もういいわかった。こいつは偽者だ、本人はあんな下品な笑い方をしない」
 キッパリと言い放ったラルクはパキポキと拳を鳴らしながら数歩歩み寄り、
「お前が何者なのかとか、どうしてあいつに似ているかとか、聞きたいことは色々あるが、それはとりあえずブッちめてからだな。さて、と。テメェ……覚悟はできてるよな?」
 今の質問への返答は期待せず、ラルクは一気に距離を詰めて殴りかかった。
 バックステップでそれをかわした砕音もどきは、そこから足を捻って回し蹴りをお見舞いしていく。
「なんだこりゃ。こんな軽い打撃、俺に通用するかよ」
 が、それをあっさり腕で受け止めたラルクは、反対の手で鳩尾に疾風突きを叩きこんだ。
 ぐっ、と息をつまらせた隙を狙い、軽身功を使って滑るように砕音もどきの背後をとり、 そのまま一気に押し倒して間接をきめて動きを封じた。
「あっけないな。強さはあいつの足元にも及んでないぜ」
 拘束されて罵倒されつつも、砕音もどきは不敵な笑みを崩さないままで、
「お前。俺の正体、聞きたがっていたな」
「あ? なんだ、話したいなら聞いてやってもいいぜ」
「クク……。この塔はな、悪しきものを自然と呼びよせるのさ。なぜかは俺も知らないが、元々そういう宿命の元にある物体、ということだろうな」
 淡々と告げられていく、言葉。
「その影響で、ここには闇龍の力が流れ込んでいた。言うなれば闇龍の片鱗といったところか。それがこの俺だが……勿論、流れ込んだだけじゃあ実体化することは叶わなかった。だが、ここに住み着いていた女の強い言魂(ことだま)が、俺に力を与えてくれたのさ」
 女生徒のあの異常なまでの執着心。
 それと闇龍の力が合わさってこいつが生み出されたのか、と理解するラルク。
「おかげで砕音という男の姿で生まれ落ちることができた俺だが、はじめのうちは実体化できる時間も少なく、話も大してできやしなかった。そんなとき、お前らがやってきた」
 砕音もどきは周囲の生徒達に視線を泳がせつつ、
「砕音・アントゥルースを求める言魂が、更なる力を俺に力を与えてくれたのさ。感謝してるぜ。クククク、まったく想いの力ってのは偉大だな。おかげで俺は、限りなく人間に近づくことができた」
「それで? 後はおきまりのように本人を殺し、おまえが成り代わるとか言い出す気か」
「クク、いいや。違うね。俺が望むのはもっと別のことさ!」
 そう叫び、砕音は腕がバキリと嫌な音を立てるのにも構わずに立ち上がり、さすがに驚くラルクを蹴り飛ばした。
「ククク。この腕に感じるのが痛みってやつか。人間ってのは面白い感覚をしてるもんだな。経験しがいがあるぜ」
「……そうか。なら、死も経験してみるか?」
 と、手を貸すべきかと思案していた生徒達をかきわけて現れたのは、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)
「塔の中にいるかと思って探していたんだが……まさか、こんなところにいるとはな」
 クルードは腰にさげた月閃華と陽閃華という名の刀の柄に手を添えつつ、近寄り、
「……聞けば、砕音と似てはいるが……鏖殺寺院の一派とは違うらしいな」
「クク、まあな。姿形は一緒らしいが記憶まであるわけじゃねーよ。まあでも、このさき俺が生きていくには鏖殺寺院とやらの助力を得たほうが、やりやすいみたいだな」
 砕音もどきの言葉に、クルードはわずかに目を細めた。
「……それは、寺院の仲間になるということか……?」
「そうだと言ったら、どうする?」
「……危険分子となりえる可能性は全て、完璧に潰しておく」
「へぇ、そいつは面白そうだ。やれるもんなら、やってみろよ!」
 無謀に思える勢いで、クルードに躍りかかった砕音もどきは、
 自分に致命傷を与えたクルードの居合いを見ることも叶わず、
 あっさりと倒れた。
 何の考えも無しに突っ込んできたとしか思えない砕音もどきの行動に、クルードは顔にこそ出さないものの、ほんの少し戸惑っていた。
「ククク……感じるぜ。今まさに迫ってきてるのが死ってやつか」
「…………やはり、わざと斬られにきたのか」
「理解、できないか? まあ、確かにな。世話になった女生徒に別れもいいそびれたし、人間としてもう少しだけ生きることを楽しんでもよかったんだが。まあ、いいさ。バケモノじみた力で生まれた俺は、人間じみた死を体験できて、満足なんだからな」
「…………そうか」
「お前も俺みたいに、笑って死ねるように、生きろよ」
 その言葉に、クルードは言葉を返さなかった。

 そして。
 砕音・アントゥルースに似た風体のその男は、
 元から本当にただの影でしかなかったかのように薄れて、消えた。