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空賊よ、さばいばれ

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空賊よ、さばいばれ

リアクション


chapter .2 19時〜22時 


 1階船内通路。
 豪華な食事にありつける、という話を聞きケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)はお腹を空かせ楽しみにしていた。
「せっかくごちそうが食べられるって聞いて来たのに……お腹の音が止まらないよ、響子……」
 隣を歩くパートナーの御薗井 響子(みそのい・きょうこ)に情けない声で話しかけるケイラ。
「ケイラ、配られた非常食はもう食べちゃったの?」
「あんなのあっという間に……ん? アレは……」
 響子の言葉に答えつつ、ケイラの視線が前方に向く。その先には無造作に置かれた非常食があった。
「非常食だ! 非常食だよ響子!」
「えっ、なんでそこでそんなにテンションが……」
 響子の疑問など耳に入っていないかのように、ケイラは一目散にその非常食目がけダッシュした。
「あっ……待ってケイラ、そんないかにもな配置、もしかしたら何かの罠かも……」
 響子が止めようとしたが、既にケイラは落ちていた非常食を頬張っていた。
「うん、やっぱりお腹が空いたら非常食だよね」
「……ケイラの食欲は異常です」
 ちなみに、響子の分の非常食も既にケイラの胃の中である。数分後、何者かの非常食をたいらげたケイラが、口元を拭きながら目を光らせた。
「そうだ、どうせこんなに倍率が高いなら、ごちそうよりも非常食を狙った方がお腹いっぱいになれる……!」
「まだ食べる気なんだ……」
 そしてケイラは、次なる非常食を求め通路を歩き出した。手には持ち込んだおもちゃ、ピコピコハンマーが固く握りしめられている。
「待ってて、必ず7つの非常食を集めて見せるから……!」
「ケイラ……何かと勘違いしてない?」
 響子の不安な視線を背中に浴び、ケイラはピコピコ音を鳴らしながらその姿を暗闇に消した。
 余談だが、この時無造作に置かれていた非常食、これはだごーんとメカダゴーン、イオマンテの分である。

 同じく1階通路では、ケイラ同様あくなき食への執念を燃やしている者がいた。
 小林 翔太(こばやし・しょうた)はBB弾が入った銃を構え、船内を徘徊している。そしてその目は食べ物を求めるあまり、かなり危ない感じになっていた。
「僕の鉄の胃袋が、食べ物を欲しがってるよー! ううん、もうこの際、食べ物じゃなくてもいいや! マヨネーズでも! 今なら何リットルでもいけちゃうよ!!」
 どうやら翔太も、ケイラに負けず劣らずの食いしん坊らしい。特技の捜索を用いて、カモフラージュで物陰に身を隠しながら彼は食べ物を探し回っていた。
「メッシマヨマヨメシマヨ〜」
ちょっと際どい鼻歌を口ずさみながら歩いていた翔太は、殺気看破により近くの船室から強烈な気配を感じた。
「むむっ、何かすごいオーラが出てるっ! 人のいるところに食べ物あり、ってことで突撃ー!」
 いつでも銃を発砲出来る体勢を取り、部屋の扉を開ける翔太。そこで翔太が見た光景は、驚くべきものだった。
「これはっ……!?」
 部屋中に張り巡らされたナラカの蜘蛛糸。その奥には、優雅に水を飲んでいるソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)がいた。契約者である清泉 北都(いずみ・ほくと)も、ソーマの前で彼を守るように立っている。そして北都の表情や雰囲気は、恐ろしいほど自信に満ちていた。翔太が先ほど感じ取ったオーラは、彼のものだったのだ。翔太は瞬間、北都のあまりのオーラに気おされ部屋の入口から動けずにいた。頬からつう、と汗が流れ落ち、息遣いが荒くなる。
 無理だ。これ以上、進めない……!!
 何だあのオーラは!? この世のあらゆる不吉を孕んでいるよう……!!
「北都、侵入者が来たぞ。俺を守れ……何者も恐れない、最強の執事として」
「イエス、マイマスター」
 北都がすっ、と懐に手を伸ばす。どうやら北都は、ソーマに吸血幻夜をかけられいつもより強気な精神状態となっているようだった。もちろんそれは気分の問題であって実際に強くなっているわけではないのだが、北都の友人である翔太は、普段の彼からは感じ取れない修羅の匂いを嗅ぎ取り一歩引いてしまったのだった。
「ここが限界……!」
 翔太は北都が何かを仕掛けてくる前に、その身を慌てて翻し部屋から出て行った。
「あれ、今のって翔太……だよね。もしかして食べ物を狙いに来てたのかな。だとしたら、早いうちに非常食を食べておいて正解だったかもねぇ」
 ソーマちゃんの執事状態から戻った北都が、懐からシャボン玉グッズを取り出しながら言う。彼がシャボン玉で何をしようとしていたかは分からない。が、そのただならぬ雰囲気が翔太を退けたことは事実であった。

「はあ……はあ……ここまで来れば安全……!」
 部屋から遠ざかった翔太は、先ほどの凶暴なオーラを思い出し別行動をとっていたパートナーのことを思い浮かべていた。
「イーグル……! 無理はしないでね……っ! 僕はもう、そこへ行けない……!!」
 頭を抑えながら目を閉じる翔太。しかし少しすると、「あ、でもイーグル無理するの好きだよねむしろ」と考え直し、「別にいっか」という結論に至った。そして翔太は再び空腹を満たすため、1階をうろつき始めたのだった。
 同時刻。1階と2階を繋ぐ階段付近でその翔太のパートナーであるイーグル・ホワイト(いーぐる・ほわいと)はどういうわけか、インラインスケートを履いた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に思いっきり踏まれていた。
「はあ……はあ……もっとっ、もっと踏んでっ!」
 そしてどういうわけか、イーグルはとても喜んでいた。その瞳は恍惚のあまりとろんと溶けており、まさに幸せの絶頂ここにあり、といった様子だ。
「……踏むと喜ぶタイプの生き物がいると聞いたことはあったが、まさか本当だったとはな……」
 むしろ、踏んでいる呼雪の方が若干困惑気味である。それもそのはず、人は踏まれたら痛がったり拒んだりするのが普通の反応であり、喜ぶという反応は今まで呼雪が見たことのないものだった。まあイーグルは人ではないが。
「しかし、これでも足りないとは……こ、こうか? こうすればいいのか?」
 呼雪は踏みつけるだけでなく、スケートについた車輪を地に伏しているイーグルの股間の上できゅるきゅると滑らせた。
「はぉおおおぉおおっ、はぉおおぉぉぉおっ」
 イーグルは声にならない声をあげた。一通りプレイが終わると、イーグルは満足そうに額の汗を拭いながら爽やかに言う。
「ううーん、絶頂っ」
 ちなみに絶頂と書いてエクスタシーと言うらしい。イーグルはそのまま持っていた縄跳びを呼雪に渡す。
「さあ、次はこれよっ! この縄跳びでイーグルちゃんをぶって! 何度でも何度でもぶって! ぶつのがアレなら縛ってもいいのよ!」
「あっ、ああ……」
 戸惑いながらも、呼雪はイーグルから縄を受け取った。若干16歳の呼雪にはいささか難易度の高い要求である。と、じっとその様子を見ていた呼雪のパートナー、ヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)が呼雪から縄を預かった。
「コユキたち、さっきから楽しそうだ。ヌウも、まざりたい」
「ヌウ、いやこれは……」
 誤解だ。呼雪がそう口にするよりも早く、ヌウは縄でイーグルの体を縛り始めていた。ぎゅうっ、ときつく締め上げられるボディに、イーグルはまたもや嬉々とした反応を見せる。
「ああんっ、その調子、その調子よっ!」
「……」
 尋常じゃないほどテンションの上がっているイーグルを目の当たりにして、呼雪は若干ひいていた。その冷たい視線がイーグルに刺さると、イーグルはより一層よがり声をあげる。
「あっ、そんな凍てつくような眼差しを向けられたらもうっ……!」
「……」
 自分の視線で、目の前のこの生き物は恥じらい喜んでいる。最初はひいていた呼雪だったが、その事実が彼の中にあるサディズムを刺激し、揺さぶった。
「なんだ、この気持ちは……か、快感……?」
 早川呼雪16歳、ちょっぴりSMに目覚める。
 なおこの後、イーグルはすっかり遊びに夢中になったヌウに縄でぶたれ、勢い余って窓を突き破って落ちていった。
 イーグル・ホワイト、脱落。



 3階、ヨサークの部屋の前。
 扉の前に立ち、ハルバードを構えているフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の前に現れたのは九条 風天(くじょう・ふうてん)だった。
「ん? キミは……」
 既に風天と面識のあったフリューネは、何気なく呟いた。そして、同時にここに風天がいることを意外にも思っていた。あれほど空賊をヨサークを嫌っていたのに。しかし、その理由はすぐに判明する。
「フリューネさん、どうしてここに立っているんですか? ヤツを誰かと接触するのを避けるためですか?」
「えっと……まあ、大雑把に言うとそんなとこ」
 風天の問いに、歯切れ悪そうに答えるフリューネ。風天は彼女のその反応と行動をやや疑問に思ったものの、少し考え込んだ後微かに口元を緩ませて言った。
「誰とも接触させないようにするなら、もっといい方法がありますよ」
 言うが早いか、風天はどこからか板を取り出し、釘で扉に打ちつけ始めた。
「な、何を……?」
 フリューネの目の前で、ヨサークの部屋の入口が塞がれていく。やがて板でバツ印がつけられ、ヨサークの部屋は完全に封鎖された。
「ふう。どうです? こっちの方が確実にヤツを隔離出来るでしょう?」
 隔離というよりは、封印である。もっとも、風天の狙いはそれであった。丸一日の船旅、人間であればその間トイレに行くのは避けられぬ行為。しかし出入り口を塞がれたヨサークには、トイレに行く術がない。風天は便意と戦うヨサークを想像すると、満足気に手をパンパンと叩いた。
「さて、報復も軽く済ませたことですし、せっかくですからこの酔狂な遊びに加わるとしますか。フリューネさん、フリューネさんもこれでもうここに根を張っている必要はないでしょう?」
 フリューネを一瞥し、その場から去ろうとする風天。が、それをフリューネが呼び止めた。
「……待って」
「はい? どうしました?」
 首を回し、風天は返事をした。直後、風天の指からパキッという小気味良い音が響く。
「うあっ!?」
「キミ、指が折れてないじゃない。でももうこれで大丈夫よ」
「フ、フリューネさん……?」
 指を押さえながら風天が呟くと、フリューネは「私はユビオリオン座だから」などと意味不明なことを述べ、部屋の扉の前に戻っていった。その目には、とぼとぼと去っていく風天の後ろ姿が映っていた。
「ん……?」
 風天と入れ替わるように、次にフリューネの前にやってきたのは森崎 駿真(もりさき・しゅんま)とそのパートナー、セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)だった。息を切らしながら走ってきた駿真は、部屋の前まで着くとフリューネの姿と頑丈にロックされたヨサークの部屋を見てガクンと肩を落とした。
「お、遅かったかあっ……ヨサークの兄貴にちょっとでも早く会おうって思ってたのにな」
 ヨサークに入れ込んでいる駿真は、乗船してからというもの居ても立ってもいられずヨサークに会いに来たらしい。が、ご覧の通り扉は風天により固く封印され、さらにその前にはフリューネが立ちはだかっている。これでは部屋に入ることは不可能である。がっくりとうなだれている駿真を見て可哀想に思ったのか、セイニーはぽん、と駿真の肩を叩き励ました。
「簡単な話だよ、駿真。フリューネが門番としているなら、どいてもらえばいいんだよ」
 ヨサークのことは嫌いだが、駿真がここまで落ち込んでいるなら手助けをしないわけにはいかない。そう思ったセイニーは駿真の持っていたおもちゃ、「BB弾」を手で掴むと、ころころと地面に転がし始めた。
「セイ兄、何を……?」
「いやあ、これでフリューネが転ばないかなと思ってね」
 もちろんフリューネはこんなことでは転ばない。ハルバードの穂先でちょいちょい、と転がってくるBB弾をどかして終わりである。
「ううーん、やっぱりこれじゃ無理か……仕方ない、こうなったら豆まきの要領で投げつけるしかないね。鬼みたいな強さなんだから、考え方としては合ってるんじゃないかな」
 そう言うとセイニーは、フリューネ目がけBB弾を投げだした。ダメージはほぼゼロに等しかったが、パラパラと時折当たるその感覚が、フリューネの怒りを買った。
「ちょっと、そんなもの人に投げちゃ駄目じゃない! まったく、指が折れてないからそんな悪戯をするのね」
 降りかかるBB弾の合間を縫って、フリューネがセイニーの懐に潜り込む。そしてそのまま彼の指をペキッと折ると、セイニーは痛みで窓から吹っ飛んでいった。
「セ、セイ兄ぃーーーっ!!」
 落ちていったセイニーを見て、思わず叫び声を上げる駿真。
「セイ兄……オレ、セイ兄の分まで精一杯生き残ってみせるよ。セイ兄が見せてくれた勇姿は忘れないからな!」
 ぎゅっと拳を握りしめる駿真。が、この状況ではさすがに分が悪い。あくまで彼の目標は最後まで残り、ヨサークとふたりきりになること。駿真は引くのも戦い、と自らに言い聞かせ、その場を静かに去っていった。もう少し正確に言うと、いつ指を折られるか分からないから折られる前にさっさと逃げることにしたのだ。

 風天や駿真、セイニーとフリューネのやり取りを影からこっそり見ている者がいた。
 琳 鳳明(りん・ほうめい)とそのパートナー、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)だ。
「フリューネさん、相変わらず人気だなぁ……これじゃ私の入り込む隙間がないよ」
「なんだ琳? 見るからにやる気がないではないか」
「うん……フリューネさんに好きって伝えたはいいけど、まだ返事も貰ってないし、こんな感じじゃやっぱり無理なのかなぁ……」
 どうにもうだつの上がらない鳳明を見て、ヒラニィは「やれやれ」と息をつき鳳明をぐい、と引っ張った。
「な、何っ……?」
「仕方ない、このヒラニィ様が琳に自信をつけさせてやろう」
 そう言うとヒラニィは、人気のない船室へと鳳明を連れて行った。その手に日本酒が握り締められていたのは、気のせいだろうか。
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