波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

空賊よ、さばいばれ

リアクション公開中!

空賊よ、さばいばれ

リアクション


chapter .7 10時〜13時 


 門番フリューネ、そして船の主ヨサークまでもが船から姿を消し、船自体もところどころ破壊されるという波乱ずくめの船旅も、いよいよ残り10時間を切っていた。
 イベントが佳境に入ったそんな頃、トイレでも一騒動が起きていた。

 船内のトイレ。
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は大の方に入り、どこのおもちゃ屋で見つけてきたのかヨサーク人形を片手にじっとうずくまっていた。大をしている最中というわけではない。彼は、ゲーム開始時から今に至るまで、半日以上をこのトイレで過ごしていたのだ。一体何の罰ゲームなのだろうか。遙遠はじっと便器を見つめ、ごくりと喉を鳴らしていた。
「これが噂の十二星華、便座のカバー……」
 などと意味不明なことを供述しており、関係者の間では薬物の疑いも指摘されている。
「あっ」
 あまりの便器の輝きに、うっかり遙遠は持っていた人形を落としてしまった。
「せっかくのヨサーク人形がっ……本人にぜひ見せたかったんですけれどね……」
 自動洗浄装置が作動し、そのままヨサーク人形は流されていった。今にして思えばこれは、彼の未来を暗示していたのかもしれない。
「さて、それはそうと残り……8時間ほどですか。勝負の世界は厳しいものですね」
 なんと、彼は残り時間もトイレに篭るつもりなのだろうか。ここまで来ると罰ゲームを通り越して、逆に信念のようなものすら感じ取れる。
「……ん?」
 トン、トンと。遙遠が悲壮なる決意を胸に抱いたまさにその時、隣の個室からノックの音が聞こえた。
「はい? どなたですか?」
「ねー、おしっこ出たー? いっぱい出たー?」
「そ、その声は変熊さん!?」
 突然降ってきた意味不明な質問。その声の主は、彼の言う通り変熊のものだった。どうやら彼らは知り合いで、奇遇にも隣のトイレに入っていたらしい。壁越しに、遙遠と変熊が会話する。
「ここの便器、とっても綺麗だね。さすがは次期女王候補、便座のカバーさん!」
 などと意味不明なことを供述しており、関係者の間では病気の疑いも指摘されている。
「いやあ、恥ずかしながらこの俺様、十二星華に関わるのはこれが初めてでね。今後の展開を楽しみにしてるんだ! 誰が女王になるのかな」
「あっ、それはそれは。はは……」
 完全に時期外れな発言に、遙遠は愛想笑いで答えた。
「んー……それにしても、麻雀やりたいなあ。誰か打てる人いないかなあ〜……」
 発言があまりに自由すぎる変熊に遙遠はついていけず「最近暑いですからね、気をつけてくださいね」と強制的に会話を終わらせた。変熊はバタンと個室のドアを開けると、床をごろごろと転がり始めた。彼は基本的に服を着ていないので、衛生上これは大変好ましくない行為である。良い子は全裸でトイレの床を転がるのはやめましょう。
「まーじゃん、まーじゃん〜……」
 と、変熊の発したその単語に反応を示す者がいた。
「麻雀? 今麻雀って言ったよね?」
 変熊の前に現れ、目を輝かせているのはファニー・アーベント(ふぁにー・あーべんと)だった。
「ファニーも麻雀したいって思ってたんだ! やろうやろう! あっ、でもメンツがふたり足りないかぁ……」
 がっくりと肩を落とすファニー。すると、絶妙なタイミングで如月 玲奈(きさらぎ・れいな)とパートナーのジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)がトイレに入ってきた。
「あっ、ちょうどいいところに! ねえねえ、麻雀しない麻雀?」
 玲奈は突然の申し出に一瞬驚くが、すぐに返事をした。
「いいですとも!」
 かくして、無事メンツの揃った4人は麻雀対決をすることとなった。便所で。
 なお余談だが、ヨサークの船なのでもちろん女子トイレというものは存在しない。ファニーや玲奈が普通に入ってきたのはそういうことなのである。

 東一局。
配牌でドラの暗刻と白の対子を手に入れたファニーだったが、なかなか場に白が出てこない。
「うー、和がりたいのにー……」
 そんな様子を見ていた上家のジャックがファニーに向かって、ちょっと格好つけて言う。
「ふっ、オレの下家は死に場所って呼ばれてるんだぜ」
 その手牌には、しっかりと白が押さえられていた。結局この局は、キー牌である白を後に重ねたジャックが七対子で和了。振り込んだのはファニーだった。
 東二局。
 勢いに乗ったジャックが、6巡目でリーチをかける。
「リーチ!」
 しかし今度はファニーの反撃が待っていた。
「えへへー、追っかけリーチだよ!」
 直後、ジャックがツモった牌は自身で暗刻っている牌、五萬であった。が、ジャックの待ちは五五五六萬の形での四―七六萬。待ちが変わってしまうため、捨てざるを得ない。
「カ……カン出来ないっ……! まさか……」
「ロンッ!」
 ファニーが手牌を倒す。カン五萬のリーチのみであった……が、しかし。
「おっと、裏ドラが丸乗りで満貫だねっ!」
 東三局。
 この局も、ファニーにドラが固まっていた。2ピンと北のシャボでリーチをかけたファニーのリーチに、玲奈が北を切る。
「ロン! リーチドラ3……あっ、裏ドラが北だからドラ6だ! やったっ!!」
「と、止められないっ……なんだこの女のドラの乗り方は!」
 ファニーの快進撃は続く。
 東四局。
 配牌で暗刻の2ソウはドラだった。その4枚目をツモったファニーは躊躇なくカンする。引いてきたリンシャン牌、八萬も彼女のカン材であった。
「……カンっ」
 そして、新ドラをめくる度彼女のカンした牌がドラになっていった。
「これが……流れか」
「ドラ12!? なんなんだこの女!」
 が、さすがにこれは和かれず流局。
 そして南一局。
 ここまで沈黙を貫いてきた変熊が、ついに来る。
 配牌で白と中の対子。そして發が1枚。さらに彼の第一ツモは、發だった。
「ククク……カカカ……コココ……当然だ! これで当然だ! 無敗無敗、もう無敗っ……! 思い出した、神の呼び出し方っ……!」
 いつの間にかトイレに入ってきて、この変熊麻雀を観戦していた鳥羽 寛太(とば・かんた)も、思わず応援に力が入る。
「さすが変熊さん……圧倒的強運っ……!」
 そのまま流れるように、変熊の手は進んだ。
「白ポンっ! 中もポン!!」
 そして、とうとうその牌が場に捨てられてしまった。
「その發、ロンっ!」
 捨てたのは、玲奈だった。変熊は何かにとりつかれたようにさっきまでの老人口調からクールな口調へと変わり、点数を申告する。
「……あんた、背中が煤けてるぜ。役牌みっつで5200点だ」
「変熊さん、それ大三元です。役満なので32000点です」
 寛太が思わず修正する。が、変熊にとって点数はどうでもよかったのだ。
「さあ、振り込んだ者は1枚脱いでもらおうか! 変熊麻雀は、脱衣麻雀なのだよ!」
 突然のルール追加に、3人は揃って声をあげた。
「聞いてないよっ!」
「今決めたでしょそれ!」
「ていうかお前はもう脱ぐものないだろ」
 麻雀は中断され、乱闘騒ぎとなるトイレ。変熊は否が応でも脱衣を求める。
「服を脱ぐことの素晴らしさを、貴様は分かっていないのか! さあ脱ぐんだ!」
彼が言うと妙に説得力があるが、玲奈は断固断る姿勢を崩さない。
「いやですとも!」
 はっきりと玲奈は言ってのけると、そのままガタッと勢い良く立ち上がり、主張をし始めた。
「そもそも私は麻雀しに来たんじゃない! 私の目的は、最後まで勝ち残ってヨサークをこの船から投げ飛ばすこと!」
 ツァンダまで到着した時点でふたり以上残ってたら、強制的に船から落とす。ゲーム開始時にその言葉を聞いた玲奈は、ルールが矛盾していると思った。ヨサークや船員がいる限り、ツァンダに到着してもひとりにはならない。つまりこれは、ヨサークが誰にも料理を食べさせないことを暗に示しているのではないか、と。
 そのため、玲奈は最後まで残り、ヨサークを落とそうとしていたのだった。だがしかし、ヨサークはもう既に落下済みである。のん気に麻雀なんかしてるから。
「玲奈が深読みしすぎているだけだと思うんだが……と言っても、玲奈を止めるわけにもいかねえしな」
 ジャックはヨサークがそんなこすい人間ではないと信じていたが、契約者の言動を否定することも出来ず流れのまま玲奈に従っていた。
「よし分かった、とりあえず話は脱いでからだ!」
 全然話を聞いていなかった変熊が、あくまで脱衣ルールを貫こうとする。
「そんな不公平なルール、ファニーも認めないもんね!」
 気付けば変熊は、共に卓を囲んでいたはずの玲奈、ジャック、ファニーに囲まれていた。変熊も3人に合わせて立ち上がると、股間に施された光学モザイクが立派に変熊の陰部を隠していた。が、残念なことに横からは丸見えだった。
「変態だーーーっ!!!」
 今さらかよ、という話ではあるが、変熊は3人に殴りかかられた。が、それを身を挺して庇ったのは変熊ファンを名乗る寛太であった。
「変熊さん危ないっ!」
 寛太は咄嗟に懐からアメリカンクラッカーを取り出すと、それをカーンカーンと弾き始めた。
「さあ、よく見てください。嫌な感じでしょう? 股間がきゅーっとなるでしょう? さあ今のうちです変熊さん……変熊さんっ!?」
 変熊はきゅーっとなった自身の股間を悲しそうに押さえていた。そしてあろうことか、技を繰り出した寛太本人も股間がきゅーっとなった。どうやら諸刃の剣だったようだ。何より一番残念だったのは、変熊側の被害がふたりなのに対し、敵側の被害者がジャックひとりしかいなかったということである。
「おのれ、女子じゃなければ成功していた……!」
 股間を押さえたまま、寛太が悔しそうに漏らす。
「なんかよく分かんないけど、今のうちにやっちゃえーっ!」
「ジャックの仇、取らせてもらう!」
 ファニーと玲奈によって、変熊と寛太はボコボコに殴られた後船を落とされた。ついでに、ジャックも股間がきゅーっとなるあまり本能的に恐怖を感じ、そそくさとドロップアウトした。
 ふたりとも無邪気という性格がそうさせたのか、敵を排除しすっかり盛り上がったファニーと玲奈はハイタッチして喜びを分かち合った。その様子はいかにも元気な女の子といった感じで、とても微笑ましい。
 しかし、その穏やかな時間も長くは続かない。遅れて現れた寛太のパートナー、伊万里 真由美(いまり・まゆみ)カーラ・シルバ(かーら・しるば)が彼女たちを見るや否や目を吊り上げ冷たい言葉をぶつけた。
「なにキャッキャしてんの、地球人が。とりあえず不愉快だから、落ちてくれないかしら」
 手持ちの剣玉の玉部分に剣を何度も突き刺しながら、ズカズカと真由美は距離を詰めていく。突然の危機に武器を構えるふたりを見て、真由美はカーラに命令を下す。
「カーラ、向かってくるなら殴って。逃げた場合は殴って。それかいっそ、殴ってもいいわよ」
「分かりました真由美さん」
 カーラは女だろうと何だろうと関係ないという勢いで、彼女たちに殴りかかった。
「え……怖っ、なにこの機晶姫、怖っ」
「やめて、一旦やめて、ねっ?」
 引き気味のファニーと玲奈は、どうにか拳をかわしながらカーラに休戦を申し出る。が、カーラは無論手を止めない。
「真由美さんがやめろと言うまで止まらないんです。そういう風に出来てるんです。本当です」
 たぶん嘘だが、一切顔色を変えず殴り続けてくるカーラの不気味さは本物だった。ファニーと玲奈は覚悟を決めると、反撃に転じる。激しい攻防が起こり始めたトイレ内。と、絶賛戦闘中のカーラに真由美が話しかけた。
「ちょっと待って、カーラ」
 真由美はおもむろに個室の中のひとつを開けた。中に入っていたのは、もちろんずっと身を潜めていた遙遠だった。
「な……なぜここが!? 音も立てていなかったというのにっ……!」
 真由美が扉を開けた理由を突き詰めるならば「何となく」という他ない。それほど微かな予感だった。真由美の感覚器官のどれをもってしても察知は不可能な位置にいた。剣玉でぶつ体勢に入った真由美が確信した根拠は、地球人嫌いの性格によるものと言わざるを得ない。
 真由美の「地球人なんて死んじゃえばいいのにセンサー」にひっかかった遙遠は、腹をくくり戦いに混ざることにした。数の上では地球人チームが優勢であったが、ずっと狭い個室にいたせいで体の節々に負担がかかっていた遙遠、そして先ほどまで麻雀をしていたため腰の血行が悪くなっていたファニー、玲奈は本来の力が出せずにいた。結果、トイレは大混乱状態となり5人共脱落した。ページと出番の都合上などという汚れた事情ではなく、バトルの結果の脱落である。争いとは、かくも悲しい結末を生み出すのだ。戦争は、悲劇しか生まない。我々はトイレを見る度それを思い出すのだ。
 遙遠、ファニー、玲奈、真由美、カーラ、脱落。
 これでトイレには誰もいなくなった……と思われた瞬間、変熊がずっと持っていたクマのぬいぐるみがぴくっ、と僅かに動いた。
「……どうにかバレずに済んだにゃ」
 そのぬいぐるみの中に潜んでいた彼こそが、変熊のもうひとりのパートナーにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)であった。このままぬいぐるみの振りをして最後までやり通す腹らしい。にゃんくまは再び動きを止め、沈黙し始めた。



 1階、小さな船室。
 北都は、相変わらずソーマを守りながら最強の執事になりきっていた。そんなふたりのいる部屋をこっそり覗いていたのは、泉 椿(いずみ・つばき)だった。船内をうろついていた彼女は、室内から香るイケメンの匂いに引き寄せられ、ついつい立ち止まってしまっていたようである。
「やばい、なんだこのドキドキ……ていうかなんだあの男ふたり!」
 もちろんそれは北都とソーマのことである。
「青目の方は小柄でかわいい系だし、赤目の方は艶やかなセクシー系じゃん……なんつう贅沢な二択だよ」
 ぶつぶつ部屋を覗きながら言っている椿は若干ストーカーチックで怖かったが、そこは恋する乙女。大胆になれない内気な乙女心を温かく見守ってあげたいところだ……と、言いたいところだが、椿はなんと次の瞬間、勢い良く部屋の扉を開けた。
「もう我慢出来ねえ! せっかくの空の旅なんだ、イケメンと楽しむぜっ!!」
 持ってきたスケートボードに乗り、ふたりに向かって突っ込む椿。内気どころか、彼女はものすごく大胆だった。今をときめく肉食系女子である。
「な、何か来たっ! 大丈夫、僕は最強の執事、最強の執事、誰にも負けない、僕こそがキングオブ執事……」
 北都は慌ててシャボン玉を飛ばし、ソーマも火術で迎え撃つ。が、今の椿にそんな攻撃は逆効果だった。シャボン玉は彼女のときめきを綺麗に演出し、火術はその燃える恋心をより激しく熱くするだけだった。
「うおおっ、番号とアドレス教えてくれーっ!!」
 部屋の中心で愛を叫ぶ椿は、ふたりの直前でボードを止めようとする……が、安物なのか何なのか、車輪の調子が悪い。スピードをつけたまま、椿は北都とソーマに突撃した。
「わああっ!?」
 勢いのついたボードに飛ばされ、北都とソーマは落下した。
「あ、あれ……落としちまった……」
 肉食系というより、暴走系女子である。
 北都、気分だけは最強のまま脱落。ソーマ、なまじ色気が出ていたばかりに脱落。
 【残り 22人】