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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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第一四章 女王器到着


 ヘリコプターが大きな音を立てながら、空京美術館の駐車場に降り立った。
 最初に翔、セルマ、ミリィ、ルカルカが縄ばしごで降り、周囲の安全を確認後、静麻と綾香が降り立ち、木箱を地面に下ろした。「夢門の鍵杖」はケースに入れられ、綾香が背負っている。
 ダリルとブルーズが出て来て女王器運搬&護衛組を誘導し、建物裏の搬入口から入館させた。
「先に行ってるぞ。状況を確認してくる」
 綾香はそう言うと、小走りに館内へと駆け込んだ。
 少し騒がしい。後続の応援がかなりやって来ているようだった。
「空京大学の夜薙 綾香だ。『遊夢酔鏡盤』の使用者は誰か?」
「はーい! あたしでーす!」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)が手を挙げた。
「酒の準備はどうなっている?」
「はーい! ここにありまーす!」
 アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が答えながら、両手にそれぞれ日本酒の一升瓶と、芋焼酎の瓶とを掲げて見せた。
「酒はそれだけか?」
「? はい、そうですけど?」
「足りないな。話にならん」
 綾香は即座に切り捨てた。
「足りないって……これ、両方ともすごくおいしいんですよ? 日本酒は新潟産のコシヒカリから作った本醸造の……」
「あいにくだが、我らが女王器様は質より量がお好みだ。安物のワンカップも20年物のワインも『あれ』にとっては大した違いはないのだ」
 「送った資料を読んでないのか」、と言いたくなったが綾香は堪えた。総ページ数が80にもなる文字ばっかりの文書など、いきなり渡された所で気後れするに決まっている。
 責められるのは、先方ではなく、こちらの気配りの足りなさだろう。労をいとわず、必要な箇所をちゃんと要約しておけば良かった、と少し反省した。
「……ともあれ、酒はもう少し補充しておこう。
 事前に送った資料の最終頁に、空京内の主立った酒屋の名前と連絡先が書いてある。私の名前を出して『いつもの』と言えば、電話一本で無色無発泡の酒をグロスで運んでくれるはずだ。今日は休日なので、閉店時間がいつもより早いぞ。対応よろしく頼む」
「あ、はい」
 アンナは思わず返事をしていた。
 綾香は携帯電話を取り出すと、掲示板に書いてあった「対策本部」の連絡先の番号を入れた。
〈はい、こちら空京美術館ビュルーレ絵画事件対策本部、オルフェリアです〉
「空京大学の夜薙 綾香だ。女王器を運んできた所だ。責任者はいるか?」
〈はい、少々お待ち下さい……こちら二色 峯景だ〉
「空京大学の夜薙 綾香だ。女王器『遊夢酔鏡盤』の使用に関して、注意がある」
〈何だ?〉
「使用中は屋内にアルコールの匂いが充満する。使用者の集中が削がれる可能性があるので、換気には十分留意して欲しい」
〈換気だな、了解した〉
「可能であれば、防火用排煙設備を限定的に使用することを勧める。美術館側との調整を頼みたい」
〈分かった、話してみる〉

 夢への突入口並びに、映し出すべき夢の主は、一番顕著な変化が出ている「死にゆくものの眼差し」となった。被害者の誰かをその任に当てるのは、被害者の精神への負担が大きいだろうという判断だ。
 また、突入の際には突入要員は絵の前に集まっていなければならない為、展示用のパーティションをズラしたりして場所を作らなければならなかった。
 そして、その絵の前に陣取る形となっていたフリードリッヒ、若冲、エッツェルも、夢の中で頬をつねり、その場から退けた。
 着々と進む突入準備を見ながら、翔は静麻に話しかけた。
「さっきは済まなかった。礼を言っておく」
「? 何の話だ?」
「ミルザムの所の話だ。俺を借りたい、と言っただろう?」
「あぁ、あの事か」
「おかげで俺は面子を潰さずに済んだ。まさか、女王器狙ってあんな大がかりな襲撃があるとは思わなかったが」
「別にあんたの顔を立てようとしたわけじゃない。予想されるリスクには手を打っておくべきだろう? できる限り、な」
 静麻は答えながら、ニヤリと笑った。
 ――人間相手の調整事や交渉事も、一種の「戦い」と考えられない事はない。
 なら理想的な勝利の形は、「敗北者を作らない」事にある――静麻はそう思っている。
(……何せ「戦った」後も、つきあいがあるかも知れないんだ。遺恨の種や禍根の元は、最初から作らない方がいい)


 何人かが夢の中からの自力脱出を果たしたが、その中にはラムズ・シュリュズベリィも入っていた。
 彼は夢の中で久にぶん殴られて気を失っていたのだが、眼を覚ました後に歌菜から笑顔で、
「あなたは早く現実に帰った方がいいよ、うん」
と「威圧」され、自分で自分の頬をつねったのだ。