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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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終章 「おやすみ」


 ビュルーレ絵画事件から、しばらく過ぎた休日。
 空京美術館の一室に、ずらりと絵が並べられていた。
 いずれもモチーフは共通している。
 「地面から腰から上が生えている、血まみれの男」の絵だ。
 ただし、描き方はどれも違う。
 あるものは、力強い筆の線で描かれている。あるものは、蒼空を背景にして力の限り何かを叫んでいる。
 これらは、「事件」の被害者が描いた絵だ。描き終えた後、空京美術館に寄贈されたのだった。
 再び空京美術館を訪れたコルバン・ロデリック氏はこの一室に案内され、しばらく絵のひとつひとつをじっくりと眺めた。
 やがて、それぞれの絵の共通点が、モチーフ以外にもある事に気がついた。
 それは、「意志」だった。
 体中に傷を負い、血を流しながら、力強く在ろうとする人の意志だ。
 凄惨で、そして美しいとロデリック氏は感じ入った。技術の上手い下手などを超えた「想い」が、そこにはあった。
 気がついたら、涙が出ていた。
 曾祖父も、祖父も、本当はこういう絵を見たかったのではないだろうか。
 嘆きも悲しみも絶望も克服していく人間の強さを。それを形にされた絵を。
 そして、それらの想いが、きちんと新たな世代にも伝わり、形になって示されている事に不思議な感銘を覚えていた。
(だが――できる事なら、そんな想いを形にした絵は、アルベール・ビュルーレ自身に描いて欲しかった)
 アルベール・ビュルーレ。1889年誕生。1979年死去。享年90歳。
 あまりにその死は早すぎた、とロデリック氏は思った。
 ――こみ上げてきた感傷が静まってから、彼は館長室に電話を入れた。
 次は、彼らがじっくりと味わう番だ。


「泣いても笑っても人生、どうせなら、笑って過ごしたいねぇ」
 その絵の前に立ちながら、カガチは肩を竦めた。
「真面目すぎたんだねぇ、この人は……一緒にいたら、肩が凝って仕方ないだろうね」
「解せませんね。あの後も色々調べたんですが、ビュルーレの作品群は、地球にあった時には特に怪現象は起こしてなかったそうですよ」
 同じ絵を見ながら、真人はそんな疑問を口にする。
「兄さんも真面目だね。相棒さんから『疲れる』なんて言われないかい?」
「となると、パラミタに来てから不思議のトリガーが引かれた事になります。その原因が分からないと、この画家の事件は終わった事にはなりません」
「君は答えを出しているじゃないか?」
「はい?」
「『パラミタに来た事』、それがトリガーだったんだよ」
「……どうして?」
「地球上に比べれば、このパラミタはそりゃあ不思議が一杯だ。魔法は幅をきかせ、ドラゴンは空を飛び、科学と幻想のフロンティア、ってなもんさね。
 そんな所に、ちょっといわくのありそうなものがやって来ると、その不思議いっぱいなパラミタの空気に反応する事があるらしくってね。眠っていたのが、ちょっと眼を覚ます、なんて事もあるわけだ」
「考え方としては面白いですが……何か根拠は在るんですか?」
「イルミンスールの四方天唯乃さんが、事件の後君みたいに色々調べたらしくてね。過去にもそういう事件が色々あったそうなんだよ」
「……結界が張ってある空京でさえ、この騒ぎですか」
「そうそう。だから、地球からの持ち込みは、モノによっては注意しないといけないそうだよ」
「ちょっと待って下さい。次のここの企画展ってゴッホ展じゃありませんでしたっけ?」
「それで今、うちの影野陽太君は頭抱えているらしいよ。警備態勢とかの計画立案を校長から任されて、何でも日に日にやつれていってるとか」
「……もう一度あの女王器使わなきゃならんのですか……」
 真人は思い出してゲンナリした。
 「夢門の鍵杖」はまだいい。とにかく問題は「遊夢酔鏡盤」なのだ。
 ――山ほどの空き瓶空きパックの処理。使用後に器に残った酒の処理。そして水場に運んで行っての掃除。
 空京大学の研究担当が、何故あんなに「遊夢酔鏡盤」に対してぞんざいだったのかがよく分かった。
「……勘弁して欲しいですね」
「全くだ」
「あと、もうひとつ分からない点があるんですよ」
「何かな?」
「ビュルーレが鎮まった理由です。夢の世界は彼の嘆きと絶望の結晶でしたが、それを食い尽くした所で、また嘆いたり絶望したりすれば新たな悪夢が生まれます」
「それで?」
「一度食い尽くした所で、心の問題としては気休めにもならないと思うんですが」
「……こういう解釈はどうだろう?
 『画家の抱えた嘆きや絶望を分かち合い、なおも立ち上がって前に進もうとする者がいた。
 あらゆる妨害を克服し、彼らが画家の前に立った時、画家は、困難や障害、それが生み出した傷をも乗り越えて進める人の強さを信じる事ができた』
 ……なんてね」
「ロマンチックですね」
「俺の考えじゃないよ、天御柱学院のオルフェリア、って子の思いつきさ。あの子は『文学』好きだそうだから、そんな事を思いつけるのかも知れないね」
 その時、セルファの声がした。
「真人ー! そろそろ展覧会始まるってさ! 早くおいでよ!」
「恥ずかしいから大きな声出すなよ! ……それじゃあ、そろそろ行きますか?」
「ああ、そうだね」
 展覧会とは、「巨人ビュルーレの絵の展覧会」の事だった。
 「ビュルーレ絵画事件」の被害者は、事件からの帰還後に衝動のままに――誰かに命じられてではなく自分の意志で――巨人の絵を描き、完成させた。
 それらは美術館に寄贈されたのだが、モチーフが少々残酷に過ぎる為、一般展示は難しいと判断された。
 それで、かの事件に関わった者達にのみ限定公開する事となり、案内状が各自に送られたのである。
 仲間内では、師王 アスカと佐野 豊実の作品の対決が見所らしいが、さて、どうなることだろう――
 カガチは真人と一緒に絵の前から離れようとして、立ち止まった。
 そして、穏やかな声で、
「おやすみ」
と言ってから、真人の後を追いかけた。

 残された「死にゆくものの眼差し」の瞼は閉じていた。

(【DD】『死にゆくものの眼差し』・完)

担当マスターより

▼担当マスター

瑞山 真茂

▼マスターコメント

 初めての方は初めまして。
 またお会いする方はお久しぶりです。
 瑞山真茂でございます。

 今回は自分なりの「伝統的なRPGのシナリオとマスタリング」というのを追及しました。
 「事件」→「調査」→「アクション(戦闘等)」→「結末」というシークエンスを応用できるか、と思いましたが、思い通りにいった所もあり、いかなかった所もあり、ということで色々と反省点も多かったと思います。
 まぁ、50人からが参加するPBWと、せいぜいが6人程度を相手に対面で進めていくTRPGとでは、違う点の方がもともと多いのですけれども。

 あと、当方前回担当しました「蒼空サッカー」から引き続いてご参加頂いた方々、ありがとうございました。
 もしも前回のようなボリュームをご期待されていたとしたら、まことに申し訳ありません。
 「蒼空サッカー」のようなボリュームでの判定やリアクション執筆をやると、遅延も凄まじく、読む方の負担もさることながら、何よりマスター本人が生活に支障を来しますので……マスター側の都合といえば都合ではありますが、何卒ご理解下さいますよう、お願い申し上げます。



 それでは、また次のシナリオでお会いできればと思います。
 その時まで、どうぞご機嫌よう。

※2010年8月24日 一部修正を加え、リアクションを再提出しました。