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【学校紹介】超能力体験イベント「でるた1」の謎

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【学校紹介】超能力体験イベント「でるた1」の謎

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第2章 イベント前夜(2)―強化人間の哀しみ―

「どうしたんですか? 疲れたようにみえますが」
 天御柱学院の校舎3階では、イベント運営委員であり、強化人間Xの世話役である火村加夜(ひむら・かや)が、車椅子に横たわるXの表情を心配げにみつめていた。
 なぜかはわからないが、Xが急に「窓際に行きたい」といってるように感じたので、火村は車椅子を押して、Xを、彼の居住用だった窓のない部屋から出して、廊下の端にある窓の近くに運んで行ったのだ。
 窓からは、遥か先にあって海京を包む黒い海と、その海の上に広がる真っ暗な空を見渡せるようになっている。
 その空に、先ほどまで敵側のイコンが数体浮かんでいたなどとは、火村はゆめにも思っていなかった。
 しばらく空をみつめていたXが、急に疲れたような様子をみせたので、火村は少し慌てていた。
「う、あ……あ……」
 Xはよだれを垂らしながら火村を見上げるが、その虚ろな瞳からは何も読み取れない。
 Xが着ている寝間着の右胸のポケットには、ネリネの造花がさし入れられていた。
 火夜がさしたものだ。
「そろそろ部屋に戻りましょうか?」
 火夜が車椅子を押してXを部屋に戻そうとしたとき、学院上層部から直接派遣されてきた「世話役」たちが、腕組みをして廊下に立ち並び、とがめるような視線を火夜に注いでいた。
「我々がちょっと目を離した隙に、何をしているのかね?」
 偉そうな口調で問われる。
「すみません。彼が、窓際に行きたいといってるように感じたので」
 火夜はとがめられることにやや心外な気持ちだったが、表面上は丁寧な口調で答える。
「いってるように感じた? 何をいってるんだね?」
「はい。私も、不思議なんですが、急にそういう気がして。実際、窓際に連れていったら、彼は窓の外をじっとみていましたし。思うに、彼の部屋には窓がないので、息苦しくなったのではないでしょうか」
 呆れたような目で火夜をみる世話役たちは、Xを機密として認識しているものの、実際には彼にどんな価値があるか理解していないように思えた。
「困るんだよね。上はとにかく、イベント開催時以外は彼を密室に入れておくよう命じているんだ。窓がないのも、警備を考慮してのことらしい」
「すみません。でも、ほんのちょっとの間も部屋の外に出てはいけないんですか? 彼が望んだとしても?」
「だから、勝手に出すなという話さ。上層部からきている我々の許可をとって欲しい」
「でも、これじゃ、世話役というより、監視してるのと同じじゃないですか?」
 火夜としては、目の前の人たちに違和感を感じざるをえなかった。イベント開催時以外はXを監禁しろといってるようなものだからだ。
「そう、世話役だよ。だから、管理しなきゃいけない」
 管理という言葉にいやらしい響きを覚えて、火夜はそれ以上話す気も起きなかった。
 そこに。
「ずいぶん神経質に扱うんだな。こいつにはそんなに価値があるのか?」
 火夜と同じく、運営委員でありXの護衛である西城陽(さいじょう・よう)が口を挟んできた。
「あるんだろうさ。だから、我々もお前たちもここにいる」
 上層部からの世話役たちは、肩をすくめていった。
「おまえらも、上からはあまり聞かされていないんだな? こいつは強化人間で、かなり強い力を持ってるんだろ? しかし、だからといって自由を奪うのはひどいと思わないか?」
「お前たちはそうでもないだろうが、我々は上から彼を厳重に管理するよう重い命令を受けている。彼の身に万一何かあれば、重大な損失につながりかねないとのことだ。もっとも、我々とて、彼にサンプルとして以上の価値があるのかどうかは疑問だがな。四六時中こんな調子なのだから」
 一連のやりとりを聞いているのか聞いていないのか、ただ茫然と虚空をみつめているXを指さして、上層部からの世話役たちはため息をついた。
「研究者の考えることはわからん、ってことか。しかし、こいつがこうなったのだって、上の連中の指示で『実験』が行われた結果なんじゃないか?」
「さっきから、何をいいたい? 機密の詳細など、我々下の者は知らない方がいろいろと身のためだろう。それとも、学院上層部に反逆の意志でもあるのか?」
 怪訝な目でいわれて、西城は首を振った。
「別に。ただ、こいつのことが気になっただけさ。俺も護衛だから、何も知らないで守るよりは、漠然とでもいいから上の考えを知りたいと思ってね」
「単なる好奇心で聞いてたなら、それも問題だ。与えられた情報以外のことを探る行為にはリスクがつきものだからな。しかし、気になることがあるのだ。実は我々は、あくまで『世話役』を命じられているだけなのだ。彼の『護衛』をするというのは、運営委員の生徒たち、つまりお前たちが言い出したことなのだ」
「それこそ、どういうことだよ?」
 西城は尋ねた。
「我々も腑に落ちないから教えてやるが、上は、我々が彼を守るのではなく、逆に、彼が我々の『護衛』だといわんばかりの様子だったのだ」
「何だって?」
 さすがの西城も驚いた。
「俺たちの護衛を、こいつが? この状態で?」
「だから、我々も理解に苦しんでいるのだ。上が彼を、機密でありながら早期に学院に派遣したのも、彼の役割を期待してのことだったらしい。まあ、お前のいうとおり、研究者というのは少しイカれているのかもしれないな。こうして、一日中うわごとを言い続けるしか能のない存在に、何ができるというのだ? この状態で我々を守らせようなどという考えは、お笑い草だ!」
 上層部からの世話役たちは、声をあげて笑った。
 その笑い方に、火夜の嫌悪感は絶頂に達した。
 いったい何だって、この哀れな彼を嘲笑うのか?
「それじゃ、私たちは部屋に戻ります」
 吐き捨てるようにそういうと、火夜は車椅子を押し始めた。
 すみやかにその場を離れたいという気持ちが、足取りを早くする。
「ふふふ。私は彼、面白いと思うよ」
 廊下の向こうから、笑いながら横島沙羅(よこしま・さら)が現れた。
「沙羅! こいつは疲れているみたいだから、あまり絡むなよ」
 西城がパートナーに声をかけた。
「そう、疲れているわよね。私も強化人間だもの、わかるわよ。さっき、学院の中で『力』が使われたのを感じたわ」
「誰かが超能力を使ったのか? 誰が? なぜ?」
 西城の問いに、横島は謎めいた笑みを浮かべた。
「彼よ。私も、すごい『力』の発生を感じただけで、詳しくはわかんなかったよ。でも、彼は確かに強い。だから、尊敬の気持ちさえ抱いたんだよね。ふふふ」
 横島は、笑いながら身を屈め、Xの瞳を覗き込んだ。
「あ……あ……」
 Xの反応は変わらない。
 西城には、横島の反応が意外に思えた。
「お前が、尊敬の気持ちを抱くなんてな。それで、こいつのどんなことがわかるんだ?」
「だから、詳しくはわかんないって! でも、そうね、彼は確かに可哀想かも。私は西城くんがいるから、まだいいんだけどね」
「はあ?」
 西城には、横島のいってることがわかるようで、わからない。
 だが、いつものことなので、あまり気にしないことにした。
「沙羅、今夜はもう遅いぞ。寝たらどうだ」
「ふふっ。西城くんが寝たら、私も寝るよ。これだけはいっとく。私も、今回はこの人を守るよ。興味がいっぱいあるしね」
 横島の見守る前を、強化人間Xの乗る車椅子が過ぎてゆく。
 火夜は、Xの部屋の扉を開け、Xとともに部屋に入ってゆく。
「みなさん、集まって下さい。いまあったことと、明日のことを話したいです」
 火夜が部屋の中に待機していた運営委員に呼びかけるのを聞きながら、西城と横島も扉の中に潜り込んだ。
 静まりかえった学院の廊下に、上層部から派遣された世話役たちの呟きが響く。
「やれやれ。仲良しごっこをしたところで、あの男には何もわからんというのに。それにしても、今夜は静かだな! イベント前夜だが、学院を襲おうという輩の気配もないのは、結構なことだ」

「何ですって! ちょっと窓の側に行っただけで、注意されたんですか」
 火村加夜からさっきあったことを聞いた神薙久遠(かんなぎ・くおん)が、思わず声を上げる。
「私も、正直どうかと思いました。一日中窓のない部屋にこもっていろとか、ちょっと外に出るのも許可が必要とか、監禁と同じですよね」
 火夜は哀しげに目を伏せて、いった。
「機密機密って騒ぐけど、これじゃ人間というより品物の扱いですね。サンプルという言い方にも納得がいきませんよ」
 育ちのよさそうな神薙も、腹立たしい思いを抑えることができない。
「よりによって、この状態の人にその扱いしはるなんて。えげつないわぁ」
 御剣千早(みつるぎ・ちはや)も露骨に嫌な顔をしていた。
「御剣さんのいうとおりです。この人は、決して健全な状態ではないと思います。何だか、地獄をみてきたような顔をしてますし……あっ」
 車椅子に埋もれている強化人間Xの顔を覗き込んでいた神薙は、驚いたような声をあげた。
 虚ろな瞳のXと、一瞬、目があったのだ。
 その瞬間、神薙の脳裏には深い海の底の光景が広がっていた。
 深い、深い、海の底だ。
 そう、光がさすこともほとんどない。
 深い孤独感と、押しつぶされそうな重圧。
 神薙は絶句した。
「神薙さん、どないしました?」
 御剣が心配そうに尋ねる。
「な、何でもありません。大丈夫です」
 御剣の声に我に返った神薙は、軽い頭痛を覚えながら、いま脳裏に広がった光景が何を意味するのか考えた。
 だが、Xとの感応がふいに起きたという以上のことは、わからなかった。
 それでも、神薙はひとつだけ、確かにいえることがあると感じた。
 いまのような「感応」が起きるのは、Xが一個の人格を持った人間だからだ。
 Xの心の叫びに耳を澄ませるなら、決してモノのような扱いはできないはずなのだ。
「ふふふ。みちゃったんだね」
 頭をうち振りながら拳を握りしめる神薙の姿を、横島沙羅は楽しそうにみつめていた。
「まあ、上から派遣された連中はそんな感じだから、俺たちは俺たちでやっていきたいと思うんだ」
 横島の脇の西城陽がいった。
「おっ、いいな、それ。俺も同感だぜ!」
 和泉直哉(いずみ・なおや)が意気揚々と叫ぶ。
「明日は、イベント開催の日だ。何が起きるかわからねえけど、こいつの護衛は俺たち中心でやるんだ。おい、守ってやるからな!」
 和泉はXの肩を叩くが、Xは例によって遠くをみつめている。
 Xをみていて、和泉はふと、妹のことを思い出した。
「家族のことも、俺自身のこともあるし、俺はお前を嫌いにはなれないな。むしろ、お前にひどい扱いをする連中にムカついてるぜ!」
「家族のこと? そうね。私も、強化手術によって姉を壊されたもの。彼を守るのは当然だわ!」
 天貴彩羽(あまむち・あやは)も和泉に同意する。
 彼女の隣には、彼女の姉である天貴彩華(あまむち・あやか)が床に座ってビスケットをかじっていた。
「ハ〜イ、彩華も強化人間なので、Xくんを守りま〜す」
 ビスケットの食べかすを唇につけたまま、彩華は微笑んだ。
「ふふ。私も強化人間だよ!」
 横島が手を上げて、自己主張する。
「横島く〜ん。彩華も、さっき感じたよ。Xくん、『力』を使ったよね? ね?」
 彩華は横島も気に入ったのか、微笑みながら話す。
「ふふふふふ! お互い敏感だね!」
 横島はひときわ嬉しそうな笑みを浮かべた。
 横島沙羅も天貴彩華も強い『力』を持った強化人間だが、自分がそういう存在であることをどう感じているかは微妙だった。
 だが、2人とも、Xといると、どこか気持ちが落ち着くものを感じていた。
 なぜだろう?
 同じ強化人間なのに、Xは自分たちとどこが違うのか?
 一見すると、自分たちより不安定にみえるのに。
 だが2人とも、内心の疑問を表に出すことはしなかった。
「みなさん、ありがとうございます。それでは、明日は、イベントで何が起きても大丈夫なように、みんなで力をあわせてがんばりましょう」
 火村は、心からの言葉を述べた。
 深い安堵の思いが、胸にこみあげる。
 少なくとも、この部屋に集まっている生徒たちは、人間らしい人間だった。
 そのとき。
「あ……」
 Xが、うめいて、何か言葉を紡ごうとした。
「何ですか? 無理はなさらないで下さい」
 火村が車椅子とXの間に手を差し入れて、背中をさすろうとする。
「炎が、み、える。明日は、僕の側から……離れる、な……」
 その場の全員に、何ともいえない緊張が走った。
 Xが無意味なうわごとをいうのはいつものことだが、このタイミングで発せられたその言葉の内容は、どこか不吉な思いをかきたてずにいられなかった。
 Xは、本当に、無意味なことをいっているのだろうか?
 彼は、もしかして、この場の状況も、みんなが話していることも、わかっているのではないか?
「だからいっただろ。俺たちがお前を守るんだ」
 和泉がXに話しかけるが、Xはもう口を開かない。
 西城は、上層部から派遣された世話役たちの話を思い出して、首をかしげた。
「それではみなさん、今日は早めに休みましょう」
 火村が、その場を穏やかにさせるような口調でいった。
 だが。
 話が一応終わっても、誰も、すぐには部屋から出なかった。
 みな、なぜかXの側に夜遅くまでいて、彼と関わりたかったのだ。
 彼が自分たちの話を理解していて、何らかのメッセージを返してくれるという、淡い希望があったがゆえに。

「なあ、X。聞いてくれよ。俺には、自分から強化人間に志願した妹がいるんだよ」
 低い声で、和泉直哉はXに語りかけていた。
「お前は、どうなったんだ? 自分からなりたいといって、そうなったのか?」
 だが、Xからの答えはない。
 和泉は、じっとXの目をみつめた。
 すると。
 視界が暗くなり、脳裏に、深い海の底の光景が広がってくる。
 感応が起きたのだ。
「なるほど、噂どおりだ。この海、海京の近くか? お前は、海京で手術を受けたのか?」
 答えはなかったが、和泉は感じた。
 茫洋とした海の光景の中に、Xの強い感情の流れがせめぎあっていることを。
 Xは、海が好きな人間だったのだろうか?
 あるいは、Xがいまの状態になった原因に、「海」は密接な関係を持っているのか?
 いずれにせよ、「海」はXにとって特別なものなのだ。
「そうか。言葉じゃない。心で感じて、理解していく。これが感応か」
 和泉は、明確な答えを出そうとすることをあえてやめて、Xとの感応に身を任せている自分を感じていた。

「X。強化手術であなたをこんな風にした天御柱をどう思ってるの?」
 天貴彩羽も、Xに話しかけずにはいられなかった。
「姉をみたでしょう? 姉は、前はあんな風じゃなかった。私は許せない、許さない、そう思っているわ。あなたもそうでしょう?」
 Xの目をみつめる彩羽の脳裏に、深い海の底の光景が広がる。
 暗い暗い海で、深い深い底であるにも関わらず、力強い海流の動きを確かに感じた。
 ふいに。
(君の姉は、退化したわけじゃない)
 誰かの声が、明瞭に響いた。
「誰? Xなの?」
 彩羽は戸惑った。
 Xの声にしては、いまの声は非常に明瞭だった。
「……でも、姉はかなり幼くなったわ。壊れたといっていいんじゃないかしら?」
 彩羽の声にならない声が、感応の世界に響き渡る。
(それでも、君の姉なんだ。だから君は、いまも姉と一緒にいる。外見が変化しても、本質は変わらない。運命に……惑わ……される……な……)
 声は、次第に不明瞭になって消えていった。
「でも、いまのあなたは、不幸にみえるわ。違うかしら? 失ったものは大きかったはずよ」
 その叫びとともに、彩羽は我に返った。
 目の前には、虚ろな瞳を宙に向けた、強化人間Xの姿があった。
「いまの声は、現実のもの? わからないわ。すごく、不思議な気持ちがする」
 彩羽は戸惑っていた。
「ハ〜イ。現実だよ〜。目にみえるもの以上にね〜」
 彩羽の背後で、指についた水あめを無邪気にしゃぶる彩華が意味ありげな言葉を呟くが、彩羽の耳には入っていなかった。