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黒薔薇の森の奥で

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黒薔薇の森の奥で
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リアクション

 カミロに戦いを仕掛けたのは、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)、そして本来は薔薇探しに森へ来ていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
 ラルクは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)から情報を聞き、この森へとロスト・イエニチェリを探しがてら、修行へと訪れていた。一方でルカルカは、親友に贈るための上質な黒薔薇を探しにきていたのだった。
 しかし、薔薇探しの間にも、なにやら不穏な空気はずっと感じていた。勿論、化け物が蔓延る森だ。容赦なく手にした武器で切り伏せて進む道中、当たり前のことかともルカルカは思ったが、それにしてもただごとではない。
 その予感は、ラルクたちと偶然出会い、情報を交わすうちに、的中していたと知ることになった。
 もっとも、その時点では、ルカルカ自身はカミロと戦うつもりはなかったのだ。噂のイコンのパイロットならば、会ってみたいという程度だった。
 ……しかし、実際にウゲンを前にして、このような状況になったのは、ラルクたちの性質のせいもあった。
 強者と手加減なしに戦うことは、ラルクの悦びの一つだ。それに関しては、相棒にも異論はない。ただ、闘神としては、もう少し森に住む吸血鬼を弄んでからでも良かったのだが、残念ながら吸血鬼たちに筋肉質な男は少なく、好みではなかったのだ。
「もう少し吸血鬼とやらも、己を鍛えればよいものを……」
 闘神は不満げだが、そのあたりは美意識の違いとしか言いようがない。
 出くわしたカミロは、三人の姿にも平然とした表情でいる。もっとも、カミロ陣営もすでにかなりの人数だ。
「ひとつ、お手合わせ願おうか!」
 わき上がる興奮に口元を緩め、ラルクが宣言する。
「邪魔をするというか。……こざかしい」
(やれやれ……)
 ルカルカとしては多少不本意だが、カミロはこうして対峙しているだけでも相当な使い手とわかる。ラルクたちだけでは、相手にはならないだろう。それならば、仕方がない。
「これも何かの縁かしらね」
 先ほど手にした薔薇を散らさぬよう。そう思いながら、ルカルカはラルクに助太刀することに決めた。
「どけ」
 低く、カミロが呟く。
 轟音は、同時に抜いた一振りの刀が、視界を遮るように大木を切り落とした際の音だった。
「いくぜぇ! 闘神!」
「いいってことよ!我の知識おぬしに伝授してやる!」
 闘神の力が、ラルクに流れ込む。その上で、ラルクは神速を使い、超高速格闘戦をカミロに挑んだ。食らいつくような激しい剣戟の音が、森に響く。
 同時にルカルカも、特殊光条兵器の二刀流でもって、こちらは舞い踊るかのような美しい動きで、カミロへと肉薄した。
「こちらからも、いきますよ!」
 そこへ、駆け寄ってきたアシュレイたちの攻撃も加わる。
 要と悠美香は、後方から彼らを援護した。要の放った爆薬が音をたてて爆発し、悠美香は要をガードしつつ、サイコキネシスでもって攻撃を仕掛けた。
 アシュレイは最初から決めていた通り、カミロではなく、一直線にルイーゼを狙う。
「日本の敵よ、燃え尽きろ!」
 しかし、彼女の攻撃を防いだのは、クリスティとトライブだった。二人は、ルイーゼを守るように動いていた。
「手出しはさせねぇぜ!」
「……ちっ!」
 未だ残る火の粉を散らしつつ、アシュレイが舌打ちをする。
 クリストファーとドルチェ、戦闘のさなかから一歩を引いてはいたが、己の身を守ることはする。睡蓮のことは、九頭切丸が完全にガードをしていた。
 その上。
「ここでカミロを追い返すのが真っ当なんだろうが、それじゃあ面白くないんでな」
 陰から、玖珂 秀臣(くが・ひでおみ)真崎 悠子(まさき・ゆうこ)もまた、密かにカミロが有利になるよう動いていた。ただし、悠子のメインは、秀臣の防御だ。
 秀臣は、鏖殺寺院に寝返ったというカミロに興味があった。様子をうかがい、機を見て声をかけるつもりだったが、その前に戦闘が始まってしまったのだ。
 もっとも、カミロに声をかけようとした動機はもともとがただの野次馬根性であり、こういった形であれ、そのお手並みを拝見するのも悪くない。
 気取られぬように距離を置き、偶然を装って木の葉を巻き上がらせたり、枝を揺らしたりといった形で、秀臣はサイコキネシスを発揮する。その口元は、楽しげに微笑んでいた。
「(秀臣……)」
 悠子はそっと、そんな傍らの彼を見やった。目的は果たせなかったものの、満足げな姿が嬉しくなる。悠子にとっては、秀臣の感情が全てだ。彼の望みは自分の望み。彼女は、そんな少女だった。後は、秀臣に危険が迫らなければ、それで良い。

 また、この騒ぎをききつけ、勢いよく戦闘になだれ込んできたのは、アシュレイたちだけではなかった。
「だあああ!!」
 大声をあげ、木の上から飛びかかり、背後からカミロめがけて襲いかかったのは斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)だった。
 かろうじてその一撃を交わすと、カミロは目を細め、半ば親子のようにも見える二人を見やった。
「ハツネ、……壊せ」
「うん、わかったの……」
 鍬次郎の言葉に、ハツネは幼い口調で頷く。
 少女にとっては、人を殺すことは、人形遊びと同じ意味だ。そして、壊せば、誰かが褒めてくれる。今ならば、鍬次郎が。そのために。
 ハツネの小さな身体が跳ね、カミロへと襲いかかる。白い髪を揺らして、己の内側の『破壊衝動』を爆発させる。
 鍬次郎もまた、カミロを狙い再び刀を振り上げた。
「うう…ハツネちゃんに鍬次郎さん…もうやめましょうよぅ……」
 びくびくと木の上で震えているのは、先ほど飛び降りずに残った天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)だった。白い狐の耳と尻尾が、恐怖と後悔に垂れ下がっている。二人を止めたかったし、何よりこの状況が怖い。
(あの人……ものすごく強いみたいだし……)
 カミロは先ほどから、この人数に襲われていても、ひとつも怯む気配はないようだった。さすがにやや息を乱しているようだが、ルイーゼとともに一歩も退く様子はない。
 もしも二人が傷つくようなことがあれば、葛葉は助けるつもりはあるが、それよりもなによりも、早くこの戦いが終わるよう祈るばかりだった。
 
「しつこい、な……」
 実力者といえど、この人数では、さすがのカミロも危うい。とくに、ルカルカの実力は、カミロにしても認めざるをえないものがあった。
 深く息を吸い、カミロの己の内側に力をみなぎらせた。
「うぉおおおお!!!」
「!!」
「ハツネ!」
 ハツネの小さな身体が、玩具のように吹き飛ばされる。鍬次郎はその身体を受け止めたが、同時に衝撃に倒れた。木の上で、葛葉が悲鳴をあげる。
 次に反撃の刃を向けられたのは、要だった。……しかし。
「要、危ない!」
 悠美香が咄嗟に要を庇い、その背中に大きな傷を負ってしまう。そして要もまた、悠美香ごと後方へと跳ね飛ばされた。
 カミロがさらに咆吼し、その力を爆発させる。その声と爆風は、黒い森を激しく揺らした。
「う、ぉ……!」
 ――全てが終わったとき。草木が激しくなぎ倒され、その場はそこだけが、全ての霧もなぎ払われ、ぽっかりと広場にように拓けていた。
 カミロに挑んだ者たちが、皆その場に倒れていた。まだ、敵わない。そう思わざるを得なかった。
「カミロ様」
「ルイーゼ、待たせたな」
 涼しい顔でそう告げると、再びカミロは歩き出す。目的地へと向かって。
 だが、その足がふと止まり、膝をついたルカルカの前に立ち止まった。
「強い者は、美しい。……薔薇を散らしてしまい、すまなかったな」
 ――ルカルカの足下には、彼女が先ほど摘んだ薔薇が、哀しげに花弁を散らしていた。
(謝られるとは、ね……)
 苦い笑みを浮かべ、ルカルカはふぅと息をつく。
 一方で鍬次郎は、遠くなるカミロの気配を感じながら、塵殺寺院入りの希望を伝えそびれたことを苦く思っていた。
(仕方ねぇ、また別の手を探すか)
 半泣きでハツネの手当をする葛葉を見やり、鍬次郎は短く「退くぞ」と顎をしゃくった。これ以上ここにとどまっていても、意味はない。ただでさえこの森には、カミロ以外の化け物もうじゃうじゃしているのだから。
 傷ついた身体を引きずりつつも、三人は霧の中へと再び姿をくらませた。
「……皆さん、大丈夫ですか!」
 そこへ現れたのは、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)だった。
 何が起こったかは、すぐにわかった。カミロが、戦った後なのだと。普通の吸血鬼や化け物には、これほどの力はない。
 校長の命令を受けて、森へと旅だったクライスだったが、この騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだ。……もっとも、加勢するつもりでではない。戦いを、やめさせるためだ。
 この森は、タシガンの民のものだ。それを勝手に荒らしてはならない……そう、クライスは思うからだった。
 しかし、全ては遅かったようだ。痛々しい現状を前にし、クライスの胸が痛み、苦しげに顔をしかめる。
「あの……起きられますか?」
 アシュレイに、そう声をかける。女性の相手は本来は苦手だが、傷ついている相手となればそうもいかない。
 しかも、こんなときに吸血鬼に襲われでもしたら……。
「気絶しているようだな。まぁ、無理もない」
 かろうじて歩けるようになったラルクが、彼女の様子をうかがうクライスに言った。
「貴方は?」
「まぁ、あばらの一本か二本イっただけだ。問題ない」
「修行がまだまだ足りぬな」
 傷ついてはいるだろうに、あっさりと言ってのけるラルクと闘神のタフさに、クライスはいくらかほっとしたように微笑んだ。
「ここから離れましょう。僕がお手伝いしますから」
 ウゲンのいる場所へとたどり着くことよりも、そのほうが大事だ。少年はそう判断する。
「ところで、カミロはどちらへ?」
 気絶したアシュレイを抱き上げつつ、クライスは要に尋ねた。
「あっちのほうだ」
 指さした先は、再び霧に閉ざされ、カミロの姿は望むべくもない。しかし、クライスはしかとその方角を心に刻みつけた。森を出た後に、本校に報告するためだ。
「さぁ、いきましょう」
 再びそう声をかけると、クライスは彼らとともに、森を脱出した。

 また、密かにカミロを追尾していた刹那とルナもまた、ここで巻き添えをくい、負傷してしまった。そのため二人は、仕方なくこれ以上の追跡をあきらめることとなった。