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黒毛猪の極上カレー

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黒毛猪の極上カレー

リアクション

 強力な一撃によって、黒毛猪の巨体は、天を仰ぐようにして後方へと仰け反った。
「フフフっ……チャンスだわ」
 ルイのアッパーカットが決まると同時に、少し離れた場所にある木の上で月代 由唯(つきしろ・ゆい)が薄く微笑んだ。
 彼女の金の左目が捉えるのは、黒毛猪の巨大な足。
「悪いけど……魔王さんや、調理場で待つ涼介さんのためにも止まってもらうわ」
 由唯は、スッと黒毛猪に手を向けると――
「凍りなさい!」
 氷術によって、黒毛猪の足元を凍らせてしまった。
「カルマ、頼んだわよ」
 黒毛猪が自分の足元を凍らされて戸惑うのとほぼ同時、由唯の合図によって、同じく木の上で待機していたパートナーカルマ・ジルロード(かるま・じるろーど)が獲物に向かって駆けだす。
「魔王軍、魔王補佐の名にかけて! 猪の一匹や二匹、一撃で狩ってやる。行くぜぇー!!」
 一気に飛び出したカルマの右手に、光条兵器である漆黒の魔剣――『狩魔』が現れる。
 そして――
「くらえ! 黒光斬撃!!」
 カルマの一撃が黒毛猪の胴に炸裂した。
 だが……結果は――
「……え? あまり効いてない!? う、嘘だろー!?」
 黒毛猪の鋼のような毛皮に、カルマの斬撃は呆気なく弾き飛ばされてしまった。もちろん、黒毛猪はその攻撃にすら気づいていない。
「……カルマ……あなた、もしかしてそれが本気なの? 威力弱すぎない?」
 パートナーの悪い意味で予想外の活躍に、由唯は呆れかえってしまったのだった。

 カルマの攻撃が炸裂するのと同時に、空飛ぶ箒で空中に待機していた鬼崎 朔(きざき・さく)が、パートナーの茨木 香澄(いばらき・かすみ)に合図を送る。
「香澄、今だ! 頼むっ!」
「フフフ……わかったわ、朔」
 香澄が薄く微笑んだ瞬間、彼女の『奈落の鉄鎖』による重力操作で、足元の動きを奪われていた黒毛猪の動きを更に封じた。
「それじゃ……気をつけて行ってらっしゃい。あたしの朔……」
 黒毛猪の動きが止まると、朔は空飛ぶ箒から一気に飛び出した。その直後、彼女の身体にも香澄の『奈落の鉄鎖』による重力操作が加わり、落下速度は弾丸の勢いにまで達していた。
「くっ……」
 身を切る空気に顔をしかめながら、朔は黒毛猪へと一直線に向かっていく。
 そして――
「でやぁっ!」
 黒毛猪と衝突する寸前、その強固な頭部に向かって『しびれ粉』付きのグリントフンガムンガ――月光蝶を突き立てた。

 ブォオオオオオオオオオ!

 朔が仕掛けた月光蝶は、見事に黒毛猪の頭部へと突き刺さった。
 だが、まだ致命傷とはなっていないようだ。
 黒毛猪は力を振り絞り、自身を捕らえる『氷術』と『奈落の鉄鎖』から力づくで逃れた。
 再び暴れだす黒毛猪の頭部で、朔は精神を整える。
「……刺さりはしたが、致命傷にはなっていないようだな。ならば……っ!!」
 短い呼気と共に、朔の『鬼神力』と『超感覚』が解放される。
 瞬く間に、頭にはねじくれた二本の角と黒い獣の耳が姿を現し、背後には黒い尾まで生え出した。まるでサキュバスのような艶かしいその姿は、彼女を見守る香澄の顔を恍惚とさせた。
 そして次の瞬間――
「くらえっ!!」
 朔の全力を駆使した『ドラゴンアーツ』が、頭部に刺さった月光蝶を更に押し込んだ。

 ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?

 今までにない、激しくも苦痛に満ちた咆哮が周囲に木霊した。
 だが――ジークはこれが終わりではないことを察知していた。
「……まだのようだな」
 朔の一撃が決まったにもかかわらず、黒毛猪は再び魔王軍を蹴散らそうと暴れだした。
「あれだけの……あれだけの攻撃を受けて、まだ立つというのか!? 黒毛猪よ!!」
 息を荒げ、巨体を振り回し、力強い一撃によって魔王軍の面々を吹き飛ばしていく。
 だが、それでも魔王軍は黒毛猪に立ち向かっていく。
「でりゃあああああああ!」
「うぉお、っしゃああああああ!」
 後方で鳴り響く皐月の驚きの歌やルイの戦う様など、この場にいる全員の戦う姿と黒毛猪という強大な獲物。その全ての要素が絡み合い、魔王軍の士気は最高潮に達していた。
「素晴しい……野性の獣はこうでなくてはならぬ! そして――魔王軍の仲間達よ! 全力をもって、この野生の力に答えようではないか!!」
 ジークは『禁じられた言葉』で魔力を増幅させると、一気にサンダーストームを黒毛猪に放った。
「ふはははっ、荒れ狂え雷光よ!」
 降り注ぐ雷の群れは、黒毛猪の頭部に刺さる朔の月光蝶に向かって、一点集中して落ちた。偶然にも、月光蝶は避雷針に近い役割を果たしたのだった。
 ただし――これは避雷針ほど生易しいものではなかった。

 ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?

 黒毛猪が苦悶の咆哮をあげる。
 頭部に深々と突き刺さった月光蝶を伝って、黒毛猪の全身にサンダーストームが行き届いたのだ。これによって、巨獣の動きが止まった。
 その隙を突いて――
「ここまでくればお膳立ては十分だ。鬼の力見せてくれる!」
 ジークは、『鬼神力』によって、巨大な双角の魔王へと姿を変えた。
 そして、パートナーの童子も『鬼神力』を解放し――
「わしも鬼の力を開放するとしようか!」
 絶世の美鬼となり、黒毛猪に向かって駆け出す。
「主! 悪いが、わしの身長じゃ届かないからな。背を踏み台にさせて貰うぞ!」
 童子は、ジークの巨体を踏み台にすると、そのまま黒毛猪よりも高く高く飛び上がった。
 更にここで――
「朱点! ここは一緒に、眉間狙いで攻撃しようじゃないかい!」
 朔のパートナーであるアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)が、空飛ぶ箒を利用して飛び降りてきた。
「そんなもん、言われなくたって百も承知!」
「そんなら、怪力乱神と、大江山の鬼の子孫の力……猪っ子に見せてやるかね!!」
 空中で攻撃態勢に入った童子とアテフェフは、そのまま落下の勢いに任せ――
「「そら、そら、そらぁ!!」」 
 同時に黒毛猪の眉間に、戦斧と自慢の怪力を叩き込んだ。

ブ……グゥオオ…………

 朱点とアテフェアの一撃によって、ついに黒毛猪の足元がふらつき始めた。
 だがしかし――それでも黒毛猪は最後の力を振り絞り、ジークに向かって突進の体勢を取る。
「ここまで攻撃を受けておきながら、なおも立ち向かおうというのか……」
 ジークは、今にもこちらに向かってきそうな黒毛猪を前にして、仲間達に攻撃を止めるよう制した。
「全開状態の突進を受け止めてやりたかったのだが……認めよう、貴様は強い。本来であれば、俺なんかは相手にならなかっただろうな」
 ジークの言葉をさえぎるように、黒毛猪は最後の突進を繰り出した。
「ならば……魔王と野性、どちらが上か勝負よ!」
 突進してきた黒毛猪に対し、ジークは真正面から向かっていった。
「フンッ!!」
 短い呼気と共に、ジークの右拳が黒毛猪の鼻頂部に叩き込まれる。
 次の瞬間には、矢継ぎ早に放たれた回し蹴りによって、黒毛猪の顔面は横へと大きく薙いだ。
 そして――
「終わりだ……!!」
 ジークの指先から、今までにない最大級の雷術が迸った。

 次の瞬間――魔王軍を苦しめた巨獣は……とうとう、地響きをたててその場に崩れ落ちたのだった。