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リアクション
森の西側の捜索を行っている一行は、隊を成して進んでいた。
『囮役』の後方を半円軌道上に『護衛』が配置、周囲への警戒も同時に行っている。もちろん『囮役』の面々も僅かな異変も見逃さないよう警戒を行う、これで警戒と連携の網を構築できる。
そして最も危険に近い『囮役』にはパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)が同行しているが、これは氷室 カイ(ひむろ・かい)の案だった。
「とは言っても、説得したのは渚だがな」
カイは白馬を止めて携帯電話を耳に当てた。「渚、聞こえるか?」
「えぇ、聞こえてる。こちらに異常はないわ」
「そうか、こっちにも異常はない。引き続き頼む」
「了解」とだけ言って切ろうとする雨宮 渚(あまみや・なぎさ)をカイは呼び止めた。実のところ、少し前から胸騒ぎにも似た嫌な予感がしていたのだが。「十分気をつけるんだぞ」と言おうとしたはずに、口から出た言葉は「自己過信はするな、とパッフェルに伝えてくれ」というものだった。
不安を煽るような真似をする必要は無い。何かあれば必ず守る、改めて決意して顔を上げた。
「おぃ、ビー」
藍園 彩(あいぞの・さい)は、同じく『護衛』の任につくビート・ラクスド(びーと・らくすど)に声をかけた。いつもは優しいビートの目は、細く鋭くつり上がっていた。
「どうした? 今日はやけに気合い入ってるじゃねぇか」
「僕は許せないんだよ」
ハーフムーンロッドを握る手も奮わせている。「女の子を捕まえようとする悪い奴には、容赦しないよ」
「そんなに気を張るな。怒りは判断力を鈍らせる」
万願・ミュラホーク(まんがん・みゅらほーく)が腹から響く渋い声で言った。「まぁもっとも俺たち『護衛』は人影を見つけ次第撃つ、それだけだがな」
「見つけ次第って。最低限の確認も無しにか?」
「必要ない」
どこかの生徒ならば見た目である程度の判断はできる。各学校に事件の概要が伝えられているこの状況で、遊び感覚で森を訪れる者など居るとは思えない。
「故に、この森に居る奴はまず悪人と思えばいい。最低でもモヒカンがいたら撃つ」
「おいおい、ずいぶんと過激だなぁ」
「良いんだよ、『囮役』を守るのが最優先だからな」
ミュラホークは事前にパッフェルにも同じ事を伝えていた、彼女も不審者を見つけ次第、発砲することだろう。
パッフェルを始め『囮役』の中には戦闘能力の高い生徒が混ざっている。『護衛』が援護するまでの時間を自衛できるなら、戦況は一気に有利に働く。『護衛』にあたる生徒にとっても幾分か安心できるというものだが、それでも、それでも心配なのがパートナーを持つ者の心持ちというもののようだ。
「ったく、『囮役』をやるって奴があんなにいるってのによぉ、何でわざわざ『囮役』なんてやるんだよ人手は足りてるっつーんだ全くよぉ」
ブツブツブツブツと、リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)は不満を垂れ流していた。ブラックコートを着込み、木陰から見守る姿は正に刑事のようだった、部長の方針に悪態付く若輩刑事のようだった。
「そりゃあ、あいつらが『囮役』に加われば戦力アップにもなるけどよ、でも、だからってあんな事を言わなくたって……」
パートナーであり守るべき大事な主である水橋 エリス(みずばし・えりす)はこう言った。「わ、私も…純潔です………………ですから、私も『囮役』に志願致します」
同じくパートナーであり愛すべき彼女でもある夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)はこう言った。「私も純潔だ。主一人を危険な目には合わせられん、主の傍で『護衛』する」
純潔である事は嬉しい、でも何も公言する事はないだろうに。リッシュはヤキモキしてスルーしていたが、元譲の提案は新しかった。『囮役』の中にいて『護衛』を果たす、これもパッフェルが『囮役』に加わることの一因となっていた。
『バイコーン』および不審者を見つけるべく、一行が目を輝かせる中、師王 アスカ(しおう・あすか)は誰よりも慎重に、そして冷静であろうとしていた。事件の概要をいち早く入手した後、彼女は誰よりも早くに策を練り、行動に移した。そしてそれが今まさに実行されようとしている。
『護衛』の中にあるルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)と視線が合った。彼はいつもと同じく優しい瞳をしていた。一秒と交わさなかったが、アスカにはそれで十分だった。
アスカが首を回し戻した時、それは突然現れた。
茂みの中から、悠々と歩み寄ってきた。漆黒の体に漆黒の二本角、紫のたてがみ。『バイコーン』だった。
「人間か」
低い声が脳内に聞こえた。『ユニコーン』と同様にテレパシーが使えるようだ。『バイコーン』はゆっくりと首を回した。「乙女ばかり…………いや、他にも気配を感じる」
あまりにもあっさりと姿を見せた事に一同は戸惑いを覚えて言葉を失った。連鎖して築かれた緊張感の中、『バイコーン』と対峙したのは朝霧 垂(あさぎり・しづり)だった。
「その二本の角……おまえが『バイコーン』だな?」
「角か。やはり主らもこの角が狙いか」
「いいや、俺たちは、おまえに聞きたい事があって来たんだ」
「ほぉ、それにしては随分と多勢だな」
「最近この辺りで行方不明になっている生徒がいるんだが。何か知らねぇか?」
「解せんな。その娘らの行方を探して、我に会いに来たと?」
微妙にはぐらかされていた。だが、引き下がる訳にはいかない。
「おまえなら、気配か何か感じるんじゃないか? この森を縄張りにしてるんだろ?」
「さあ、知らぬな」
「とぼけないで下さい!!」
痺れを切らして志方 綾乃(しかた・あやの)は歩み出た。「あなたが関与しているという調べはついています! 大人しく話してもらいますよ」
「調べ? …………『ユニコーン』の奴か。全く、奴は何かと我を目の敵にする」
「『ユニコーン』が嘘をついてると?」
「善なる者ほど偏った見方をするものだ」
「この期に及んでそのような。もはや話し合いの余地はないようですね」
「何を言っている。我は知らぬと−−−」
「あなたはさっき『その娘らの行方を探して、我に会いに来たと?』と言いました。でも私たちは行方不明になっているのが『娘』とは言っていません、なぜ知っていたのです?」
「………………貴様」
「残念ですが、志方ないですね」
綾乃をはじめ、皆が一斉に構えた。
『バイコーン』も首を下げ、地を踏み握っている。今にも突き駆けてくる、そんな迫力があった。
「協力者がいるんだよねぇ」
アスカが訊いた。「プライドが高そうに見えるのに、人間に手を貸しているのは、どうしてなのかなぁ」
「………………」
「それとも、何か弱みを握られているのかなぁ?」
「何を勝手なことを−−−」
アスカの問いが神経の微細を思考に向けた。それで、十分だった。
「とりゃー」
葛葉 明(くずのは・めい)がバイコーンの首に飛びついた。
「どーうどうどうどーうぅー」
激しく体を跳ねて振り払おうとする。そんな『バイコーン』の首に回した手を、明は強く強く握りしめた。
「大丈夫だぞー怖くないぞぉーぉおーおー」
『バイコーン』は我を忘れた闘牛のように跳ね暴れたが、前足が地に着く瞬間を狙って垂は片角に飛びついた。
「正直に話せ! おまえにこんなことをやらせた奴はどこに居る!」
「えぇい離せ! 鬱陶しい」
おぞましい気配がぶつかってきて、一行は一斉に後方へ飛び退いた。『アボミネーション』だろうか、『バイコーン』の目が緑色に光っていた。
「くそっ、やっぱりこうなるのか」
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はロープを握りしめた。人数で圧倒しているとはいえ、生け捕るとなるとかなりの危険が伴うだろう。
「テノーリオは『囮役』の娘たちを安全な所へ。ミカエラは僕と一緒に来い!」
「おうよ」
「わかったわ」
バーストダッシュで弾び出そうとした時だった。目の前に小さな子供が飛び出して来て、3人を見上げて言った。
「何してんのさ、ここは危ないよ!」
少年は血煙爪(チェーンソー)を持っているが、背丈はその血煙爪と同じだけしかないように思えた。幼い顔をした少年はパラミタつなぎを着ていた。
「こっち! さぁ、こっちだよ!」
「しかし、僕たちはあの『バイコーン』を取り押さえないと」
「だから! 良い場所があるんだよっ!」
「良い場所?」
「こっち! 早くっ!」
「あ、あぁ…」
「待て!」
少年について行こうとするトマスをテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が止めた。「待つんだ、トマス」
「なんだ、時間が無い!」
「それでも待て! 重要な事を忘れてるぜ」
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