波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

はじめてのひと

リアクション公開中!

はじめてのひと
はじめてのひと はじめてのひと はじめてのひと はじめてのひと はじめてのひと はじめてのひと

リアクション


●今も変わらず君の傍にいる

 高台に昇る。できるだけ、高い場所に昇る。
 そのほうが携帯の電波が、しっかり届くと思うから。
 今、この世界にない、あの女性(ひと)には。

 峡谷、見渡す限り岩場のこの絶景にあっても、携帯電話の電波が届くとはいい時代になったものだ。
 雲一つない空は果てなく蒼く、秋の風をはたはたと樹月 刀真(きづき・とうま)の襟元に吹きつけてくる。彼の手には、ピュアブラックの新型『cinema』が握られていた。展望台は狭く、他に誰の姿もない。
「刀真さ〜ん、寒くないですかー?」
 展望台の下から彼を見上げて、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が声をかける。ここからだと刀真の姿は、人形程度にしか見えなかった。
「……先に戻っていてくれていい。家族割引で一斉に新型携帯を買うという今日の目的は終わった。後は無理して付き合う必要はないぞ」
 ちらと足元に視線を落とすと、刀真は黒の『cinema』に戻った。
「そう言われて、はいそうですかと先に帰れるわけないじゃないですか」
 白花は不満げな顔をしていたが、ふと、刀真の発言を思い出し、
「……ところでさっき刀真さん、『家族割引』って言いました?」
 と、同じく展望台下で彼を待つ玉藻 前(たまもの・まえ)に問うのである。
「そういえばそうだな。我は携帯の料金体系なんぞには注意を払っていなかったから気づかなんだが……」
「嬉しいですけど、もう少し違う方が……いえ、何でもないですよ!」
 一人で照れている白花、同様に、玉藻もなにやら満足そうな笑みを浮かべているのである。
「そうか家族……家族か、ふむ」
 なんとなく、という理由で白花らと同時に『cinema』を購入した彼女であったがここで、胸元に入れたっきり存在を忘れていた電話機を取り出してみる。
 ちょうど白花も自分の『cinema』をいじっていたものの、玉藻が携帯を出すのを見てこれ幸いと泣きついた。
「……玉藻さ〜ん、使い方がわかりません」
 ところが、
「この程度の機械は説明書を見ればすぐに使えるであろう」
 といって玉藻はとりつく島もないのである。事実、付属の『簡単ガイド』を開いて見つつ、さっさと操作している。
「……月夜さ〜ん」
 白花がますます泣きそうな声になって呼ぶので、展望台中腹に控えていた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が飛び降りてきた。
「はいはい、うろたえないうろたえない。これはこっちでそれは……そう、そこを押すとね」
 月夜が白花に教えているそばで、もう玉藻は電話発信を開始している。
「玉ちゃん……携帯使えるんだ?」
 驚いたように月夜が言うと、当然といった風に彼女は述べた。
「この程度の機械は説明書を見ればすぐに使えるわ」
「うん、ビックリ……年の功?」
「年の功とか言うな、大体それを言うならそこの封印の巫女の方が……おおっ!?」
「………歳が何ですか?」
「えうっ!」
 月夜も思わずたじろいでしまう。じろり、と白花が刃のごとき視線を向けてきたのである。(※ご参考までに――玉藻前は1000歳に到達していないものの、白花は優にその五倍を生きているという)
 ところで玉藻はずっと、携帯を耳に当てて呼び出し音を聞いている。
「……こら、なんで電話に出ない」
 腹立たしげに呟くも、らちがあかずついに声を上げた。
「刀真……お前、我からの電話には出られないというのか!」
 展望台でメールを作成していた刀真は、手すりから身を乗り出している。そう、玉藻がずっとコールしているのは彼だったのだ。
「……いや、すぐそこにいるのに出る必要がないだろ?」
 月夜も彼には味方してくれない。
「刀真……それは電話に出ない刀真が悪い」
 と、腹立ち顔である。
「刀真さんその電話に出ないのは酷いです」
 白花も口を尖らせている。こうなっては仕方ない。刀真はメールを中断して玉藻の電話を受け、ほどよくなだめて会話し、次に白花からの可愛らしいメールを受け取る。

「とうまさんへ、まいにちがたのしいですこれからもよろしくおねがいします」

 これも返事せねばならないだろう。刀真は『俺こそいつもありがとう。これからもよろしくな白花』という文面を用意しておいた。
 そして彼は本命のメールを作成し終え、これを発信するのである。
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に……今、この世界にない、あの女性(ひと)に。

「環菜へ、このメッセージは君が殺されてナラカに在る時に送っている。
 ろくりんピックのVIPルームでの出来事は、何か考えがあっての行動だろうが……もう二度としないでくれ……。
 目の前で君が殺された時、あの感覚は忘れられない。腕の中で冷たくなる君を思い出すと今でも辛い。
 いつもの我が儘と同じだ――ちゃんと言ってくれれば俺がそれを叶える。
 何かあればいつでも何でも言ってくれ。

 今も変わらず君の傍にいる刀真より」

 
 亡き環菜を想い、刀真はこれをタイムカプセルメールとして送った。
 この悲劇的な状況がいつまでも続くはずがない、そう信じる故の、心のこもったメールだった。
「バレンタインデーまでには連れ戻す……そしてその手を二度と放さない。絶対にな」
 ゆえに、到着指定日は2月14日としている。
(「刀真……どうやら環菜へのメールを送り終えたようね」)
 月夜は静かに微笑むと、自身もまた、環菜宛へのタイムカプセルメールをしたためるのである。指定日は刀真と同じだ。

「環菜へ、守れなくてご免なさい。
 環菜がどう思っていたとしてもやっぱり守りたかったから謝っておくね。
 あと、あれから色々環菜の仕事を手伝おうと勉強しているの……上手くいってないけど。だから手が空いた時に色々教えてくれると嬉しいな、よろしくね環菜。

 今日も手伝っている月夜より」